番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (34)
信繁は山室を出る時に備品として持参した人数分の足カバーを渡すと、「必ずポールを持っていってくださいね!」とやや悲壮感漂う風情で訴えていた。
えーーーっと???〜
「どうして直線距離でそんな物がいるの?」と不思議な気持ちがしたのだが、信繁班の背の高い男達が残らずせっせと足カバーを両足に履き〜
「うっっわーっっーーやっぱり気がききますねぇ〜」
「わぁーってますって!班長ーーー」
「まぁ、ゼッテーそうなるわなー」
「あのツルツルのザレザレ、クッソめんどいもんなー」
藤班皆??????意味がわからないものの、同じように足カバーを両足に装着し当たり前のようにガチャガチャ持ち出す姿を見て真似をする事にする。
ーーー既に畳み終えたMYポールを再び伸ばして手に持つのだ。
「これからは大きな石があり、高みから降ってくる落石に注意、くれぐれもこれ以降はロープの中を絶対に歩く様に、そして決して何気ない小石でも下界に蹴り落とさないで下さい。
ーーー大昔にそんな登山者の不注意が原因の山の事故、加速度が付き落下物があれよあれよと膨らんでしまい、下方の登山者が数多く巻き込まれた悲しい大事故があったと〜
俺は耳がタコになるほど子どもの頃より、父達から震えが来るホラー話として聞かされています。
疲れて無防備に大の字に伸びていると、もしもの予想外の落石に襲われても逃げられないので、なるべくすぐパッと行動、移動が出来るように心がけて下さい」
列の先頭はやはり先導役の信繁、次に藤、アナスタシアにヨン、そして長身の中にスポンと挟まる形で城主、すぐ後ろを守りの隊長の順で進む。
〜その大男の絶対安全安心なすぐ後ろを藤班、しんがりを信繁班で万全に固め、最後尾が子龍という順の列並びで、それは細い山道を進んで行く。
細長く山肌に伸びる山室を横移動で通り抜け、背の高い森林限界ギリギリに生える針葉樹が続いていたのだが。
ゴロゴロの大きな石が点在する砂利道がいきなり雰囲気が変化、ハイマツが出迎える見晴らしがよく、パァッと遮る物がなくなる事にアレレと思う間も無く、黒と灰色の砂利中心、歩む山道の様子自体が明らかに変わる。
「わあーーーーーーーーー!!」
大迫力。
目の前には巨大なクレーターのような物がノシッと広がっていたのだ。
ーーーー言葉を無くす圧倒的な風景。
黒黒と威圧感漲る巨大な壁にポカンと見上げれば緩やかな稜線が美しく、滑らかな視界中央に突出する夕焼けに輝いているのか、黒の景色の中、そこだけ赤茶けた頂が自分達を睥睨している。
ーーーー何だか地球じゃないみたいだ、というかまたまた異世界だ。
所々の山肌に這うように点在するごく背の低い植物の葉が金色に照り映え、夕暮れの残照に輝きを放っている。
驚いた事に既にもぅ濃い鮮やかな黄金色に変わり始めており、秋がすぐそばまで近付いて、紅葉がしめやかに進んでいるのが感じられるのだ。
今まで歩いてきた山裾のところはまだ全然青々として夏夏し、そんな事はこれっぽっちも有り得なかったのだが、驚いた事に自然はどうも標高の高い部分からどんどん秋めいてくるものらしい。
これも実際に体験してみなければ、嘘だろうとまず疑ってしまうだろうな、知らなかった新しい発見であった。
「綺麗ーーーーこれは凄いな」
藤は思わず見渡す限りの展望に感嘆のため息を吐くと、先導のために最前列にいた案内役である信繁も振り向き、ウンウンと大きく頷くのだ。
「ええ、藤先輩、今の時期からソロソロこんな風に、紅葉も楽しめるんですよ。
それに今日は実にラッキーですね。
日によっては体を吹き飛ばしそうな強烈な強風とか、白い雲が下から吹き寄せられてガスってしまい、せっかく上がって来たのに全く何も見えない、しょぼんとかありますが。
ーーーここまでしっかり遠くまで、くっきり見えるのは大変に運が良いです」
「へぇー〜そうなのかい?」
「はい、ここが宝永山の山道の分岐でもあり、正面が宝永第一火口縁です。
少し下がったところが先程俺が言った場所、宝永山山頂が美しい三角に赤っぽくオレンジ色に見える場所となります。
降りるのはかなり簡単ですが、分岐からのここまでの登りは、足場のジャリジャリの砂礫と傾斜で女性の足で15分といったところでしょうか」
「フゥン、それは楽しめそうだ」
「ええ、見下ろす眺望も見上げる景色も共に本当に絶景、とにかく素晴らしいですよ」
言いながら信繁はスイっと腕を伸ばし、説明をより詳しく続けるのだ。
「今見ている窪む火口の先の美しい稜線が『馬の背』、山道両側が切立ってるから両面より下方から上向きと横側より吹きつける物凄い強風でも有名なんですが。
〜馬の背から宝永山山頂に至る道をビクトリーロードと名付けて宝永山を、それはこよなく愛している推しの人もいるんですよ」
「へー、それはなんで?」
「ええ、道なりがまるで突き出すように真っ直ぐにグンと天空に上がって進み、さらに緩く下がって飛び出しているようなお立ち台?ーーー的な感じなんですよ。
ぐるっと半円以上で見える訳ですのでパノラマが本当に素晴らしいんですね。
今日は時間がないのでトライしませんが、いつかまた藤先輩と是非来てみたい場所といえますね。
我々が今いるこの山道の先に見える左ーーー
あれは駿河湾で、下の陸地が伊豆半島です」
細かい砂?石?のような体験したことがない奇妙な山道が山裾の方角に向かって連なり、信繁班と城主や隊長らは迷わず、わーいといった風情でワラワラ進んで行く。
藤班の皆もソロソロと着いてゆくのだが、彼らの止まった場所には想像以上の景色が待ち構えていた。
「これはーーーーーまた凄い」
少し視点が変わるだけでここまで変わるのだろうか?
「ーーー先ほどよりもやはりしっかりと見えますね、藤先輩。
宝永山山頂からですと宝石みたいな山中湖も左手側に見えるんですけどね、流石に山肌が陰になって見えません。
ぽこんと小さく飛び出すあれが箱根山、右に伸びる細長い土地が伊豆半島、その右の山が愛鷹山、愛鷹山塊、愛鷹連峰とも呼ばれます。
遠く水色のキラキラは全部海、スルガ湾です」
信繁はサラッと皆に説明するのだが藤は想像を超える絶景に言葉が出ないのだ。
振り返ればこれまた想像以上というよりも、人間の想像力など軽々超えてくる自然の造形物が、視界いっぱいに美を誇示している。
ああーーーーなんという美しさなのだろう。
黒い火口が二つ連なる先に馬の背という天然が作り出した滑らかな曲線が澄んだ空に映えている。
時間帯の夕日のせいなのか、艶やかに赤く染まる緩やかな三角を形造る宝永山の頂の輝きの美麗さ。
「じゃぁ信繁、ホログラム撮影の試運転、軽く行くかーーー」
「そうだな子龍」
テキパキとなんだかんだで動き、信繁班と藤班であっという間にセッティングは完了する。
おそらく皆ーーーー
きっと今この二度とない見事な瞬間を全部、素直な気持ちで記録媒体に閉じ込めたかったに違いなかったんだろうと、後日、藤は深く納得して思うのだった。
薄暮迫る夕闇へと変わり、全てが朧げに闇に溶け込む時間。
日が遥か彼方の地平線に落ち、夕闇がえも言えぬ朱鷺色と緋色と紫色のマジカルアワーに視界全てが覆われる奇跡の瞬間。
遠く市街地が闇に沈むと同時に光の波に燦然と輝き出し、記憶にあるどこよりも感動的な夜景の渦を作り出してゆく様の瞬間。
呆然とする魂が震える全ての刻を写し撮り、今回のお試し撮影は無事終了した。
ところがである。
藤にとって確かに帰路の登り道〜
「ポールがなかったら今すぐ死ねるーーーー!」
ザレザレと表現するらしい、まるで足首が砂にどんどん吸い込まれそうな山道には苦労し、ソロソロ空気も薄くなる事から分岐まで戻るのに結構大変であった。
「これかーーーー」
しかも厄介な軽石に似た細かい砂粒が容赦無く衣類の中に侵入しようと企むしで、何故信繁が足カバーの装着を全員に求めたのか?
ーーーここで漸く、その真の理由にも納得である。
〜カバーをもしも付けていず、足首から膝下まで覆っていなかったら多分、真新しい登山靴の中がジャリジャリの手に追えない小石のせいで不快、事実大変な事になっていたに違いない。
そんなこんなで短い距離のはずが、宝永第一火口の分岐にやっと到達する頃にはゼイゼイはぁはぁ、息が上がってしまった。
しかしこれは彼だけの事でなく、健脚を誇る筈の藤班みなそうであったから、まぁ訓練にはなったと言えたのである。
「普段使う筋肉と登山用が違うっていうことだけですので、別段そんなの当たり前ですのでお気になさらず」
全方位に気が利く信繁は明るく丁寧にそう言うと、パチリといつの間にか頭部装着のヘッドライトを点灯するのだ。
また信繁班も列交互に混ざり、後方から同じく藤班皆の足元を照らしつつ、肉体面でもフォローに回ったので少しも困らず山室に辿り着けた。
飲食の営業は運良くまだ行っていたから彼らは再び元気よくモリモリ良く食べ、へとへと過ぎて食欲が全然湧かない藤班とは真逆であった。
「我々が交代で警備しますんで、藤先輩方は安心して十分お休み下さい」
「それは頼もしいな、では頼む、ありがとう」
「いえ、当然の任務です」
藤は山室の部屋に用意の寝具〜ゴロンと布団に入るなり、数秒後には完全に意識がパンっと飛んでいた。
ーーーその後の先のことはまるで記憶にない。
ゆさゆさ「時間です、先輩起きてください」
信繁に揺り起こされるまで夢すらも見ず、寝入っていたというよりもストーンと完全に落ちていたという事に自分でも驚いた程だった。
さぁいよいよ富士山頂までのアタックが待っている。




