番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (32)
「綺麗ねぇ〜〜〜〜」 アナスタシアはうっとりと蝶の乱舞を心の友のうさぎのぬいぐるみと共に撮影し、同じく感動してはしゃぐ案外純情な信繁班の仲間達も思う存分に素晴らしい光景を撮った。
皆手を伸ばすものの決してアサギマダラに触れたり、ましてや採集する事はなかった。
ーーーと、信繁が急に近くの一頭をスッと捕獲したから仰天する。
「!!酷い! 班長なんて事を!」
「ああ、これは仲間内の研究者に頼まれた事なんだ」
信繁はそう言うと器用に油性ペンの蓋をしゅぽんと開け、翅の一部に何やら書き込むのが見える。
驚いた事に最初っから鱗粉がないクリアな場所で、思わず目が見開く。
「決まった符牒で、どこから渡ってきているのか?移動距離はどうなのか、メンバーで調査をしているのさ。
だからこそ、生息地、生息域が確認出来てるんだ、もちろん無闇やたらじゃない、今日の蝶が無事、遥かな土地のどこに行くのか、誰にもわからないんだ。
ーーー凄い蝶になると、ジャパンでマーキングされたのがチャイナ内陸に飛んだと言う記録がある。
富士山頂で見つかったと言う記録もある。
こんな小さな生物が、風と闘い気圧を跳ね除けそう言うの凄いだろ、ナスチャ」
独特の持ち方でアサギマダラを摘んでいた信繁はフワッと、柔らかに放つ。
蝶は一瞬慌てたものの、直ぐに仲間達とハタハタと混ざり、居場所は光の中でわからなくなった。
「じゃぁ、海を渡る事があり得るんですね!」
「ああ、中々にちゃっかりしていて、船舶で翅を休めたりもするそうなんだ。
毎年恒例行事だから誰も手出ししないし、縁起を担いで結婚式で空に放つカップルも居るって話だ。
ーーーロマンがあるだろ、そういうの。
どこまでも自由に、天高く舞い、知らない土地に勇敢に渡ってゆく遺伝子が組み込まれてるんだぜ?
今の蝶が、是非、幸せな旅行を果たす様に俺は祈るのさ、場所もちょうどいいだろ?聖域だしな」
アナスタシアは信繁の、何気ないこう言う部がとても好きでーーーー
ああ、この人の元で働けて、リーダーとして仰げてよかったと思うのだ。
すると視界の端に、少し離れて一人佇むヨンの姿が見える。
彼はサングラスを外し、目元をタオルで拭い俯いている。
しばらくそうした後、布帛を大きく広げて今度は大きく顔を覆った。
「ーーーミッションは成功したみたいですね」
「そんなのとっくにだよ」
アナスタシアの問いかけに、信繁は至極当たり前の様に返し、手に持っていたペンを胸元に刺し、再び蝶を一頭捕獲する。
そのまま流れる様にスタスタとヨンに近づくと、何やらボソボソ語り始め、身振り手振り、彼にペンを左手で差し出す姿がチラッと見える。
ヨンが見るからにおそるおそるといった風情で、何かを青みを帯びた透き通る翅に書き記すと、信繁は先ほどと全く同じ仕草で蝶を優しくふんわり手放す。
ーーー昆虫などただの虫ケラ、生きようが死のうがどうだっていい人間の方が絶対に多いだろう。
短い命の生物だから、そんなには理屈では当然生存なんかしないし、頑張ったって長生きも無理。
そりゃぁ愉快な仲間の家族が飼うというヨウムは長寿で、噂では20数年生きるというけれどもーーー
でもこの世のどこかにフワフワと、新天地を目指して健気に必死に羽ばたいて飛ぶ、自分の魂のかけらがいるかもしれないという想像くらい持てたっていい。
ヨンにとってあの蝶はきっと今後、心を曲がらせず、真っ直ぐに生きる事を尊び気持ちを支える自分の分身となるんじゃないだろうか?
アナスタシアはそんなこんなを思いながら、明るい午後の日差しを燦々と浴びてキラキラと舞う蝶の乱舞を眩しく見つめるのだ。
思い思いの映えスポット?で撮影後、充分に信繁班、藤班共に撮影を堪能した後はいよいよ白骨樹のひしめく厳しい登攀が待ち構えている。
普通の登山道は、ジグザグに負担軽減で山肌に平行に進める様に工夫されているのだが、そんなものは一切ない。
道と言えば変化もなく単純なのだろうが、垂直に直上する脅威のルートなのだ。
信繁にもこれには考え、早く安全にこなせる計画があった。
倒木の下を潜るごく狭い場所は、背負う嵩張る荷物はまず最初にバケツリレーの要領で信繁班で荷上げに近い方法で前方に渡してしまい、その後に身一つで難所を潜り抜けるやり方を取る。
これで随分と楽にはなったが、それでも傾斜がキツイ為、重心を後ろから押す人員と、上部に引っ張り上げる人員一人〜二人を配置した。
「とにかく今後のことがありますから、お気になさらず」
モジモジと恥ずかしそうにする様子にあくまで明るい信繁の率いるメンバーらは
「そうっすよー是非是非!!」
「てゆーか、全然だし?」
「ドンドン先行きましょーよ♪」
「皆んなで山小屋で富士宮焼きそば食べましょーよ!」
手助けなんかどおってことないですが、それが何か?!ーーーな底抜けのピッカピカな調子でイェイ♪ヘイカモン〜と超天然な雰囲気で誘うのである。
古代に新五号目にレストハウスがあったのだが冬季に侵入されて放火、建造物取り壊し。
その犯人は実刑を受けたものの随分様子が変わり、現在に至る。
「兎に角、倒木帯を潜り抜けて涸れ谷を通過、再びの白骨樹の領域を抜け、後は森林限界地手前まで行き、スカイラインに向かい折れ曲がれば殆ど終了だ」
まずの終了地点、一区切りが見えて来て、信繁は班員に今後の流れと計画を改めて指示、事故がない様に結束を高めるのだ。
かなり大変な、天然のアスレチックが如しの厳しいルートを渡ると、過去台風が山肌に直撃したのも成る程な、勾配がさらに激しい、しかしサッパリと風通しが良い如何にも高山と言える明るい踏み跡が現れる。
あれほど見かけた苔の絨毯は無くなってゆくのだが、爽やかな野鳥の囀りは消えることは無く、目にする景色も変化が現れ気持ちがいい。
「もう少し登ればいよいよ富士地表が見られますが、ルート的にこちらに行きましょう」
藤班は少しばかり名残惜しく残念に思ったが、ホログラム機材の搬入があるのでやむおえない。
針葉樹の中、林道〜遊歩道を歩くことしばし、突然に視界がパァーッと開け、そこがスカイラインの道なり、それも後少しの最終ラインであった。
道は綴織のうねうねで整備されているのだが、もっとも膨らんで林道に接近している部分に信繁が誘導した事が、舗装道路を見下ろすとわかるのである。
「よーーーー皆、頑張ったなぁーーーーー!!」
「城主、隊長閣下、お早い到着で」
フゥッと信繁は「それはお座なりでは??」ーーーな実にそっけない挨拶を送るのだが、小型回転翼機で待ち構えていた勇次には、全身でハグを返すのだ。
「その違いは何なのよ!」
「当たり前です!!」
ムゥっと頬を膨らませて餌袋をパンパンにするリスみたく怒る信繁はやはり可笑しかったから皆で大爆笑、暮れかけた山中に楽しげな笑いが響き渡った。
そんなこんなで無事重い機材を分担運搬、といっても〜特殊部隊隊長の突如熊のような怪力男が参加を決めたせいで、藤班は殆ど運ばずに済んでしまったのだが。
「まぁ貴方が来れば、繊細な彼らに負ってもらう無茶振りは如何なものかと?」
「おぅおぅ信繁、言ってくれるじゃねーか」
「上の山小屋で好きなものを注文してください、自分が奢ります。
ーーーでも食い尽くしは絶対にいけませんからね、他人に迷惑が及びます」
そんなこんなでラスト追い込みが目覚ましく、ドンドンと荷上げ作業は進み、無事予定時間に到着することが出来たのである。




