番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (31)
先程の駐車場は二合目、約1600mの標高で、そろそろ高山にしかいない野鳥の王国だと言う。
藤に語った信繁推奨の古道は、駐車場を出ると割とすぐに存在した。
山上り坂、暫く管理された遊歩道を通ったのち、”高鉢〜御殿場庭” との双方向分岐通路の辺りから、村山古道の道が奥に延びていた。
此処から札や目立つリボンのしるし通りに入っていき、標高1860mの笹垢離跡へ向かうらしい。
現実にルート〜踏み跡に入ってみるとかなりの想像以上の傾斜で、これなら確かにガチの古のルート、しかもわざとなのか、大して案内板がない。
『多分、知識のない人間は来てはいけないという暗黙の掟、言外の圧なんだろうな』 〜藤は思うのだ。
そうだ、もっと上りやすい単純なルートが富士にはある。
本当に元々は一子相伝のような秘伝で、修験者、山伏のような山の事情を知っている人間でなければ立ち入れない聖域だったのだろう。
藤が想像した通り、入り口が解らずに入れないと言う、秘密めかした踏み跡だった。
「自分が平安や室町の修験者や、法螺貝をボウボウと吹く本物の山伏になった気分がします。
おそらく藤先輩は……あんな登山道歩いたことは無いでしょう」
「まさか本当だったとはーーー」
信繁が語ったのは本当に比喩ですらなくて、決して脅しでもなんでもなかったのである。
そんな当の発言者である信繁は、相変わらず丹念に衛星で現在地の場所を確認しつつ、なおかつ周囲の木々に渡された目印テーピングやふだらしきものを目視でも確認し、細やかな感性で実に粘り強い。
「こちらです」
そうさし示し、細いと言っていいのか、獣道と言っていいのか、一本の轍と言っていいのか所々薄い踏み跡を逞しくサクサク、躊躇わず登ってゆくのだ。
ついさっきまで車道からのシャーシャーっという、車両の音が絶え間なく聞こえていたのだが、周囲はいつの間にか静寂、岩も木々の根本もびっしりの苔でコーティングされた色濃い濃密な緑の森である。
ゲームのダンジョン風景にしか見えない物凄い苔むす緑の絨毯の景色の中、しっとりと高山に住む蝉の音と鳥の声のみを聞きながら亜高山帯と言える山中を黙々とゆく。
「こういうのもいいな」
そりゃぁ大変は大変なのだが、そんな事を藤は思うのだが、どうやら藤班の皆も同じらしくどことなく表情が透明感を増していると言うのか、健康的に明らかに輝きを増した気がした。
時折すいっとハンドサインを出し、その都度子龍が野鳥の声を採取するのだが、本当に素晴らしき美声が複数同時にほぼ湧き上がり、清涼感たっぷりでこんな世界もあったのかと心が潤い夢の世界であった。
「あれはなんだい?」
「ミソサザイですね、どうもルリビタキも鳴き合わせているみたいです。
いつ聞いても本当に素晴らしいいい声です」
珍しい野鳥の囀りが更に神秘的な輝きを添え、体験したことのない光景に息を呑むばかりで、それでいて優しい道の雰囲気がいい。
藤は初めて聞く事が出来たメボソムシクイという名前の野鳥の、ちゅいちゅいちゅい〜チリチリチリ〜という高い音の鈴を転がすような、澄んだ繊細で涼しやかな清涼分たっぷりの美声が特に気に入った。
「あの声を聞くと、ああ、今自分は高い山にいるんだなぁ〜と思うんですよ」
信繁が蕩けそうな晴れやかな笑みを浮かべ、続けて「自分も鈴虫の様な囀りが大好きなんですよ」〜
賛美眼(耳?)があり、先輩は良い耳とセンスを持っていると事実認められた気分、ちょっと嬉しく得意に誇らしく胸を踊らせる。
信繁の案内で進むスピードも速すぎず遅すぎず、絶妙の間合いの足捌き、ポールを使い登る藤班を気遣い、急かす事もなく、遅すぎる事もなく、心地よい疲労が逆に気持ちがいいとすら思えるのだ。
「岩屋不動は行者の方にとって本物の聖地ですし、面白半分に行くところではありません。
時間もかかり道形と斜面が渾然一体、結構急ですし踏み跡も微かで危険なので、今回はやめにしましょう」
予定通り笹垢離跡、広場で小休止、行動食を美味しくいただく。
僅かに残された小さな袈裟斬りの不動明王像に祈りを捧げ、首無しの地蔵にも旅の安全を祈り同じ様に行う。
不動明王には札が何枚も捧げられているからここは確かに神聖な祈りの場の一部で現在でも機能しているのだろう。
天候は綺麗に晴れ渡り、絶好の登山日和。
広場周辺のひらけた大空間には信繁の言った通りに背の高いヒヨドリ花の群生地があり、白い地肌を剥き出しにした異様な倒木の木々の間、白を基調とし軸にほんのり桃色を纏わせた細やかな花が咲き誇っている。
そんなふわふわに見える花を求めて、数多の蝶達が今は盛りにとーーー
午後の陽の光を艶やかな翅に溢れんばかりに浴び、鮮やかに浅葱色と茶の色を光り輝かせヒラヒラ信じられない数が乱舞をしているのだ。
ああ、なんと言うこの世の絶景ーーーー
藤にとって初めて見る景色、しかもここでしか見られないであろう二度とない希少な風物であった。
藤班の皆も、信繁班の皆も共に息を呑む、素晴らしい光景が目の前に広がっていた。




