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番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (25)


「元々ーーー……冬期の山岳は北海道大雪山系で、物心つく頃からたっぷり練習を積んできています、ちょっと頭がアレな父親のせいで。


だから大丈夫とふんだんでしょう。

夏山ですが、自分は一応ヴィンソン・マシフにもその父と行って、登頂成功しています。


冬期の富士ーーー

ワザワザ厳冬期って言うシーズンを狙って、俺を父は連れてったんでまぁ、仰られる ”行った事” になるかなぁ〜っと。

 

とは言えーーーー

指導で大人に言われた通りの『付いて参れ』状態の、俺は金魚のフン状態で。


山狂いの父の他も、ジャパンでもその名を轟かす有名な大ベテランの方達が殆どのパーティでしたので、こうして生きて下山出来、何とかなりました。

 

厳冬期の標高の高い雪山での栄養の取り方とか、アイスバーンでーーー

アイゼンやピッケル、アイススクリューを使用しての支点確保やロープワークの仕方とか……!


ーーー滅多に出来ない贅沢で貴重な体験です。

自分にとってもあれは、思い出深い登頂の記憶です」


「あのーーー?」

 

「気楽に何でもどうぞ」


何所までも紳士、優しく親切でジェントルマンの信繁におそるおそる小さく投げかけられる声……

 

「?……ぇと、ヴィンソンマシフっーーーてーーー何ですか?」


日常では聞き慣れないワードに、自然に質問が出たのだ。



「南極大陸 最高峰の山の名前です」


「!!!」

ナニソレナニソレナニソレナニソレ〜〜〜〜!!

 

信繁は余りに想像とかけ離れた答えに呆然とする、質問者に優しく微笑み返す。



「でもーーえっとですね、アッチはもう結構に登山客の観光地化してて、少し想像と違いました。

 

亡くなった母も大学時代に制覇してますし、俺は父と親子で行きました。


ベースキャンプは美味しい料理が出ましたし、世界各国の人達と交流が出来て本当に楽しかったです。


でーー……その父が、自分を寄りにもよって初めての俺を富士厳冬期に連れて行ったその本当の理由は、俺が大学に行く様になったらエヴェレストに登攀させる為〜つまり”訓練”目的だったんです


ですからーーー『メンバー』も敢えてそういったメンツでガッチリ脇を固めて揃えて、どっち向いてもパーティメンバーはそうそうたる顔ぶれでした。


ルートは、御殿場口 ルートの……とんでもなく長い稜線の標高のコースを選びました」



御殿場口!!


皆再びポカンと口が開く

 

夏山でもなーーーんにも無い唯々だだっ広い空間、体育会系男子が肉体訓練に使うという恐怖の『あそこ』である。


ジャパンで”宇宙っぽい場所” ”異次元空間” の映像撮影はここしか無いという別世界だ。



「それって、何でです?」


皆ーーーー同じ様な不思議そうな貌をする。

そんなの不自然では無いか?


ってか?……酷すぎだ。

 

高校生…?な、若い未熟な年齢でそんな過酷な純白の雪にスッポリ覆われた長い距離を登らせたのか?


遙か彼方のーーーー遠き下界から富士の山を見上げても信じられない話だ。


「どうしてそんな長いルートを選択したんですか?

御殿場ルートだなんて、そのぅ

”信繁さん” 達はーーー?」


ドキドキドキドキ〜〜〜〜〜!!


藤班の女性職員は、おそるおそる初めて「様」付け無しの状態で話したのだ。


彼を信奉する、怖〜いこわーいファンクラブ陣が聞いたら、きぃぃぃぃっと即座に怒り狂い、速攻つるし上げしそうな事を自ら「言った」ーーー事。


内心アワアワしながら、続けて質問をしてみる。


堂々と皆の前での憧れの男性の、「さん」ーーー呼びッッ!!


ぁ…… あーーーー あ〜〜〜〜 ぅぅー もぅ口から心臓が飛び出しそうっ!


我ながら、度胸があるなーっと自分を褒めたい気分だ。

此処での事、絶対他言無用と皆で口裏を合わせよう〜〜〜〜〜っっ!


すると信繁は相変わらずの、ふわーっと甘く優しく健康的な悩殺スマイルで、キチンと質問者の目を見てこう言うのだ。

 

ナニソレ私にどうしろとッッ!


「ぁあーーーそれは矢張り、未成年の子どもの俺が居たせいでしょうね?


安全第一 傾斜角40度から50度はある巨大な氷の塊です。


自分が居ず〜そうでなく登攀がベテラン勢だけでしたら、もっと難ルートを確実に選んだ筈です」

 

「……? ……意味がわかりませんーーーが?」



すると更に信繁は、クシャッと大きく破顔一笑、少年みたく悪戯っぽく明るく笑い、お茶目にこう理由を話すのだ。


「富士山は ”独立峰”ーーー

何所にも属さない、単独峰って造りの事は、皆さんも知ってますよね?」

 

「はい」


「夏山と冬山の時と大気の流れが、気流の流れが全然違うんです。

冬場は日本海側から、直で吹き付ける季節風で、北側の斜面は風が叩き付けられる状態に成るんですよ。

所謂”北壁”ですね、スイスアルプスの『アイガーの北壁』ではありませんが似た様な感じでしょうか。


加えて溶けないガチガチの完全なるアイスバーンもありますし、本当に大変に危険な状態です。

 

そっち側は登山道も全く無いし、あぁ修験道の盛んだった頃は中腹をグルリと1周する失われたルートがあったそうですが、現在は夏も冬も全面禁止です。


でーー……自分が登頂した御殿場〜

例えて言うと直射日光の光の射す ”南壁” ですね?

 こっちはコッチで、北から越えて来た、山肌を駆け上がってやって来た恐るべき風が ”お鉢”ーーー

〜山頂を抜けて、一気に吹き下ろし、それが地表に到達するとーーー今度は跳ね返って来るんですよ。

 

ドンッと反射で逆向きに、下から内側に向かってまるでカールする様に凄い勢いで、風というよりももぅ莫大なエネルギー


”力” と化し、無理矢理に吹き抜けようと空気の塊が猛威を振るうって訳です。

 

ですからーーー上からの強烈な吹き下ろしの圧と、下から足下をさらい、すくう強烈な気流の、猛攻の流れが同時に存在……


でもまぁ、山の東側方面に位置する、”吉田口”の方と比べれば若干マシですね。


”前触れの音”で、ある程度は前もって『来るぞ!』と予測が立つからです。


彼方はもっと壮絶ーーーー

北壁からぐるっと廻って来たぶち当たる風〜

南壁ではみ出し押し出された、しかも太陽の光で温められ幾分温度差のある風〜


この双方が拮抗し捻れ、猛烈な風力が混ざりまくって更にグッチャグチャーーー


つむじ風というよりイメージ的に竜巻みたく、それはもぅ超デタラメなんです。

 

囂々と軽々火山岩すら吹き飛ばす風が唸りを上げたかと思うと、急にピタリと止まったり……

もぅ予測不可で気紛れすぎ、どうにもなりません。

 

彼方は特に『撤退』を常に予測し考えながら、今後の状態を冷静に見極めながら登らないと ”降りられなくなる” 〜先輩方は言ってましたね?


まぁ、それは何所も厳冬期富士はそうなんですが、自分は運良く天候とチャンスに恵まれました。


7合目で1度テント設営で宿泊しーーー

……これはヴィンソンマシフの場でも行った定番方式なんですが。


山肌側に冬期は完全閉鎖の山小屋の建物を防御壁にし、雪って言うのか氷って言うのかーーー?の混合物、小さな手荷物大ブロックを、ピッケルとかで切り出して積み上げるんです。


それを屋根の無いカマクラみたいにグルグル〜ーーーっと半円状に。

 

未だ周囲が明るい内に ”備え” としてーーーー

どの方角方向からバンバン強風が吹いても差し支えない状態に、陣地みたく積んで、その中にテントを張るんです。


深夜寝静まる頃、どうにもならない恐るべき強風が吹いたとしても、かなりの防御が効きます。

 

先輩方の中には、ここまで頑丈にガードしても、テントが吹っ飛ばされそうで死ぬ思いがしたって方がおられました。


『テントが山裾まで、自分ごと軽々吹っ飛ばされたらどうしよう〜と、全く生きたここちがしなかった!』


外の雪を溶かして作ったお湯で、ホカホカの美味しいフリーズドライのコーンスープをいれて貰いながら俺は聞きました。

 

未だ山頂と比べれば低い場所なので湯が沸きました。

あれは本当に、人生最高のスープでしたね、堪らなく美味しかったですよ!」


ウワァ〜……! 思わず皆の喉が鳴る。


「でも雪山の中で1泊するんですね……!意外でした!!」


「それはまぁ高山なので、無理は禁物です。

高山病が考えられますし、気持ちが悪くなったり怠くなったりが初期症状です。

 

皆さんももしそうなったら、直ぐに仰って下さい、直ぐに手を打ちますから」


「済みません……」

「いえ? こっちこそ付き合わせてるので申し訳ないですから」


信繁はニコニコと、相変わらずの邪気のなさで微笑む。

勝手に参加したいと言いだしたのは寧ろ自分達の方ーーーーなので非常に申し訳ない気分になる。


「……アイスバーンって、どんななんですか?」


新しい質問者の声に信繁は面白そうな貌をする。


!……そういえば!! せいぜい道路が氷に凍結したくらいしか想像がつかない

言われてみれば……ナニソレ!!……である!


再び藤班の視線が彼に集中する。


「富士はよく『氷の滑り台』って、山屋の間ではよく例え話的に言われますね。

 

登るのに数時間、降りるに10分〜ってね、藤さんが言う遭難ですが、冬山の場合は、それは具体的こう言う事です。


もしも一旦滑落したら……

ピッケルやアイゼンが効かず、更に勢いが付いたらもう誰にも止められず、落ちきるしか無いんですよ。


1,000〜2,000mは軽々行ってしまいます。

9合目から7〜6合目位まで、あっと言う間らしいです、怖いですよ?


だから滑落しない様に、何度も俺も模擬訓練を山裾で行いました。


夜間に登ると、氷と雪に覆われた山肌は氷結し固まってて気が付かないんですが


一旦太陽が昇ると、その瞬間から、氷表面が薄くトロトロ溶けて水になるんです

 

凄く滑りやすい、つるっつるの溶けたアイスリンク状態に変化ーーー


下山でーーー

ついウッカリ、この状態を読み切れないと、登山靴に装着したアイゼンがギュッとキチンと奥まで深く刺さりにくくなり、どうしてもサクッと表層的で甘く効きにくくなるんです。


……疲れてますし、空気は薄いし……意識がボーッとしていますしね?

 

ツルッと足場がいってしまい易いし? 加えて下からの意地悪い強風ーーー


滑ってーー……それは本当にあっと言う間だそうです」


「!!」

 

富士の標高は3,700強。

斜面だと考えてもこれはーーーー


滑り落ちて、一気に滑落して生きているとは到底思えない。


「だからーー……雪質でピッケルやアイゼンが刺さるかどうかの見極めで。

『今回これなら大丈夫だろう』と専門家の詳しい大人達が見極めて……そうして自分は山頂まで登ったので、安全に最後までいけたという訳です。


突然の強風に襲われたら、兎に角姿勢を低くしてーーー!

山側に全身の装備で、昼間のコウモリかヤモリみたく風にさらわれない様に。

『べったり全力でへばり付け!』 言われていたので、必死に粘りました。


でーーーヘロヘロの俺を待ち構えていた山頂での景色は、本当に素晴らしい風景でした。

 

何故大人達が、無謀とも云える強風とアイスバーンとの命懸けの闘いの中、非常に危険な雪山登山にああまでも固執〜執着するのか?ーーーあの瞬間。

俺にも理解出来ました」


「それってーーーどんな?」



「目の前に見渡す限り広大に拡がる、うんと下まで繋がる雪と氷の真っ白な山肌と〜…雲海の絨毯


スゥ……っと辺りが明るくなりゆっくりゆっくり顔を出すオレンジの太陽


ーーー本当にあっと言う間に登ってしまうのにビックリなんですが、アレに心打たれない人なんか居ないでしょう。


暗いアイスブルーの世界がグンとーーー透き通るライトグレーに染まり、世界がどんどん光が満ち。


見る見る内、感動的に彩度や明度が上がって行く様は心が震える程魅惑的です。


その中に、オレンジの帯がスィと突如現れ、中心に一際鮮やかな光の塊こそが太陽でーーーー……


何と言ったらいいかーーーー?!


自分はそれを上手に伝える表現力が乏しい、鈍い芸術的センスの無い無粋な男なんで、大変申し訳ないのですがーーー


氷点下を越える寒さに耐え、場合によっては秒速30~40mーーーー……


驚きの強風が吹きすさぶ中、見る価値のある壮大な天と地の狭間の奇跡です。


山頂の、氷の彫像作品にしか見えない人の建造物。

 

蒼空の群青と、白以外殆ど存在しない、シンと静まりかえる静謐な無人の世界。

 

雪にましろにコーティングされた鳥居ーーーー


風のせいで、水晶の結晶みたいに鋭く長く横に伸びた、朝日に輝く氷の結晶……


夏山の際はあれ程人でごった返しているのに……

だぁれも居ない、ただ静かな白に包まれる、自分達以外は凍りつく無人の世界。


何もかも、目に映る物全てが素晴らしかったです。


全部が想像を超えた、異次元の世界でした」



ほぅ・・・・・・



信繁の話は深くーーーーー……ただ心に染み、物凄い説得力を放つ。



「藤さん、実は俺らから頼みたい事があるーーー

相棒、信繁は迷惑がかかるんじゃ無いかって言うんだが、俺的には是非トライしたい事がサーーー?」


「?何だい?改まって子龍君、どうしたんだい?」


「……双方に”メリット”は確実にある、ーーー抜群の『土産』だ。

〜癒やし効果にもってこいだしなぁ。


神経使う仕事が多いだろ? 元々PCルームはサ?

ーーー荒れた気分を解きほぐす作用がある」


「?」


「信繁いいか?俺から」

「ぁあ」

 

それを聞き満足げに小さく頷く。


絶妙な間合いで緩やかに穏やかに流れる、つい聞き惚れる美声で確信を持って話し始めたのは子龍である。


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