番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (24)
まず最初に藤が受け取ったのだが見たところ、サイズはぴらぴらの一般的オリガミ位の大きさで厚さは多分1㎝も無いだろう……
密閉式ビニールパックに入っていて見るからに軽そうな何やらキラキラした金属加工?な素材だ。
「お前らはもぅ『持ってる』から要らないな?」
「へ〜〜〜ぃ!」
「もっちろんです! 本日も持ってまーす、はんちょ〜〜〜!」
信繁の質問に元気よく返答が即座に賑やかに返る。
「……と言う事で、”これ”は藤先輩のグループの方達用に自分が組み、人数分用意して来ました。
研究開発は不夜城の、天才瑠架様ですから安心ですよ?」
「……?…これは?」
信繁はニコニコとこう返す。
「いわゆる”サバイバルキット”
……体に巻き付ければ体温を絶対に逃がさない特殊軽量シートと携帯高カロリー行動食2食分ーーー後!
様々に便利に使えるテーピングが少々、骨折その他の接着系にも大変有用です。
当然、衛星測位システムも、そのまま使い捨て超激薄カードタイプが中に納めてあります、万が一の滑落とかなんかあった際の命綱です。
袋の内容については、今回の行程も考え俺が選びました。
これだけ”取りあえず”あれば、何かあっても救助迄、生き残る事が出来るでしょう」
「……は?」
「ええ……山の事故はキャンパーよりも寧ろ、1日”日帰り”の旅行行程のハイカー(ハイキングを楽しむ人の総称)に圧倒的に多いんです」
「?……どうしてだい? 〜楽しいハイキングが何で危険なんだい?」
「ええ……そうなんですがーーーどんな低地でも自然相手ですからね……?
幾ら注意していても慣れないし? 或いは慢心とかで思わぬ道迷いや滑落〜……
そんな予想外の事が、行きよりも寧ろ『下山』に非常に多いんです。
なのに装備は圧倒的に ”足りない”ーーー
肉体的にも疲労度マックスだし、日は暮れてくるから気持ちも焦りますし……
で、つい『近道をしようか?』〜なんて誘惑に負けて登山道を1歩外れると〜って事で。
これで結構な大ベテランの山屋も、あっけなく命を落とす事なんか珍しくないんです。
えーーっと、それに例えば……
林道だからって行き止まりはそこら中にあるんです。
舗装路を何とか進んだのに実際は ”行き止まりでした”〜
で気力も体力も双方萎えてーーーと!
慣れていて土地勘も万全な筈の、地元の山菜採りの御高齢の方なんかの遭難パターンも、冬期に起きた倒木や、生い茂る草のブッシュを避けたりとかそういうパターンで春先とか珍しくないんです。
で……暗い状態で雨に濡れるともうこれが最悪、確実に低体温症になり、保温可能な簡単な装備ですら何も無いと、もぅどうしようもありません。
山の気候は想像以上に変わり易く、暮れるのが早く、夜間は急激に冷えます。
……で、最低限の物を詰めて来ました。
甘い羊羹タイプの行動食で、荒れた気分がホッと明るくなりエネルギーも満たされますからイイですよ?
ご存知かと思いますが、某和菓子メーカーが自社の製品をフルマラソンの選手の為にワザワザ改良した素晴らしい高機能食です。
そうですね、フルマラソンの途中でこれ1本あれば、決してバテず、シャリ欠にならずに充分走り抜けられる代物で、ですから2本あれば充分かと?
まぁ……備えあれば憂い無し!です、水分はもぅ既にありますし?」
「……」
信繁は説明後次々に、藤の部下に簡易式サバイバルキットを渡していくのだ。
「ぁぁぁぁ有難うございますッッッ〜〜〜!!」
「見た目薄くても頑丈で破れず丈夫だから安心して下さい」
信繁セレクトのサバイバルキットは藤の部下に大好評で、彼はここでも全くそつが無かった。
「でもーーー……どうしてワザワザ此処で手渡しなんだい?」
そうだ、漁港とか小売りの店のイートインでとか……? 全くの謎。
「ぁあそれは少しでも、荷物が皆さんが軽い方が歩き易い〜 暑いですからね。
だから肉体労働の得意な俺が運びました」
きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!
藤班の誰かがそれを聞いて悲鳴を上げ、当然喜びの悲鳴。
「自分達は職場の大スターに大いに気遣われている」
……こんな嬉しい事は無いっっっっ!!絶対無いっっ!!
『〜〜〜〜……』
藤はわーわーきゃきゃー大はしゃぎの部下を見て、矢っ張り何だか胸の中がモヤモヤする。
「遭難した場合、沢とかにつたって下山すれば、下に向かってゆっくり降りてゆけば何とかなるんじゃ無いのか?
飲料水も確保出来るし?
ああそれと、冬の富士は行った事あるのかい?
遭難とか偶にニュースでも聞くけど、あんな見晴らしのいい山肌丸見えのコースであり得るのかい?」
藤は伝え聞くサバイバル術と疑問を詳しそうな信繁に聞いてみる事にする。
ーーー合ってる様な、そうでないような?
彼自身も「都市伝説?」っと何所がどうとも云えないが、どうにも、頭の中で嘘だ危険だゾッーーーシグナルが鳴る話を。
何かがどうも少し危なっかしくおかしい気がする、心の中で、しっくりこず、半ば疑っている??通説。
「ホントかよ?」……と、しかし昔からこうすればいいと言われている伝聞だ。
間違ってるのは自分の方かも知れないーーーし?、このモヤつく疑問を思い切って信繁に今回ぶつけてみたのだ。
すると信繁は切ない様な悲しい様な、ちょっと変な貌をする。
「それはーーー……俺も聞いた事ありますが。
”個人的意見”ーーーですが、絶対に止めて下さい、俺だったらしません。
……もっとも、本当にのっぺらぼうの段差が無い、平地の小川でしたら水道はある意味、地図上目印には成るでしょうーーー
ですが、高低差のある、特に深い流れの急流の谷川では、そのアイディアは自ら死にに行く様なものです。
絶対に避けて下さい、断固俺は反対します」
「〜へ〜 それは又どうして?ーーー?」
藤は「永年の疑問」がいよいよ解消される予感に、心が浮き立ちワクワクする。
目の前の背の高い後輩を、じーーーっと視線を動かさず期待して見つめる。
さて……?コイツーーーー信繁はどんな答えを用意するんだ?
すると信繁は拳を口にやり、コホンと小さく咳払いをした。
「沢に降りて下がった場合、いつかは確実に滝にぶち当たるんです。
現にそうした急流の場所を好んでアタックする、専門の得意とするクライマーもいますしね。
水濡れに対応の防水衣類も、ザイルもペグとかの金具も無い状態で、アッサリ行ける場所じゃ無いんですよ概ね。
で……手に負えず『上がろう』としても、両脇は切り立った崖でどうしようも無い状態で。
……かといって戻ろうとしても、最早、滑りやすい苔や、濡れている沢の大岩を自力でよじ登るガッツなんか無い筈です。
で……最悪、焦って動き回り、滑り易いグラッと不安定な状態の岩から滑落。
手足を骨折、本格的に身動きが取れなくなり……
落下時に弾き飛ばされた、自分の荷物にもギリギリで手が届かない。
しんしんと冷える山の気温に、急激に体温が奪われ、更に木々の梢が上空からの目隠しに。
ーーー自分からは多少空が見え音が聞こえたとしても、遙か彼方の上を飛ぶ山岳救助ヘリの先方には、生憎、遭難者は小さすぎて全然よくわからない。
自分の運の悪さと、人に見捨てられた事を恨めしく呪いながら幻覚幻聴、失意のどん底の中、孤独に塗れながら生命維持の限界値48時間が経過。
”手遅れ”となり
ーーーーー救助隊の発見が遅れて 「死亡」
最悪このパターンです。
まぁ子どもを面白がって脅かすのがメチャ大好きな俺の父が語ったホラー話なので、この話半分としても……
確かに如何にも ”ありそうな話” 〜ではあります」
「……」
「それに川の水は上流に有毒な鉱山や、或いは家畜を扱う施設があるやも知れません。
ぱっと見、見た目が綺麗だとしても、よくない有毒物質や糞尿由来の寄生虫の卵を含む場合がありますから、せめて煮沸をお勧めします」
〜〜〜〜何だよそれ!!
……想像以上に恐ろしい結末じゃないかっっ!!
「じゃぁーーーじゃぁ ……遭難したら助からないの?」
藤の部下の女性スタッフが恐ろしそうに信繁に声を震わせて尋ねる。
「……いえ? そんな事はありません 一旦『戻るんです』、来た道を」
「??どう言う事なんですか?」
「遭難は大抵が ”道迷い後” に ”滑落”〜 という流れで概ね起きるんです。
つまりーー……何らかの事情でのコースアウト、ですから自分がどうも ”迷ったらしい”〜
『コリャヤバイ』っと思ったら、焦らずクルッと回れ右し、確実に見覚えのある場所まで引き返し……
地図上の見晴らしの良い、大きく開けた場所で待機するんですよ?
無闇に動かず、自分は絶対に助かると信じ、救助隊の到着を落ちついてしっかり待つんです。
必ず助けは来ますから。
俺はどうにもならなければ下山するんで無く、逆に寧ろ『山頂を目指せ』と両親に言われています。
ーーーまぁ確かに、ヘリでも中々登ってこられないエベレストみたいな高度8,000級の山なんかジャパンには無いので、これが1番無難なサバイバル術ですね。
但しロッククライミングで中腹に宙づりーーーという場合は又別になりますが」
「へ〜〜〜〜〜っっっっっっっ!!……!」
信繁は藤がビックリしすぎて目を丸くする、驚きの行動学を淡々と話し終えた。
〜どうにもならなければ……
〜パニックになりかける行動心理の、全く逆を行く!!
はーーーーー……凄いわ。
世の中には信じられない、恐るべき事を平気で考えしかも当たり前に実行に移そうとする脅威の精神力の人間達も居るもんだと、しげしげと目の前の相手を見つめる。
「ーーーそんな幻の珍獣を見る目で俺を見ないでください、藤先輩。
”冬の富士”ーーはーーーぇえ、行った事ありますよ?」
信繁はなんとも言えない困った表情を作り、腕組みをする。




