番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (23)
「おーい信繁、今年はセミの当たり年?」
「みたいだな」
「スッゲー鳴いてるし?」
「五月蠅いぜ」
「だけどアブラゼミばっかじゃん」
信繁達は人家が未だ多い複雑なルートをその後、そろそろ目印の石碑がちらほら登場しつつある中、一切の無駄もなくスイスイ間違いもなく歩いて行く。
民家の庭を爽やかに彩る庭木以外からも〜そこここにある豊かな山林の樹木からも耳をつんざく割れんばかりに今だセミの鳴き声がかしましかった
「ふーん ”ツクツクボウシ” まだ居ないようだなーーー」
ネイチャー物に異様に詳しい〜れっきとした現役鷹匠でもある子龍が班員の指摘にノンビリと口を挟む。
「確かにーーー……!
これだけ鳴いていると、お目当ての野鳥の囀りが聞こえるかどうかだな」
信繁は少しだけ不安になる。
セミにはハッキリ「当たり年」ーーーー
〜例えば「今年はクマゼミ大量発生」 「本年度はアブラゼミ」……
妙によく個別の鳴き声を聞く年や〜 逆に全然な ”そうでもない年”が、クルクル順繰りに巡ってくるものなのだ。
子龍の言うツクツクボウシは、メジャーなセミの中では若干小さめ〜
クマゼミやアブラゼミ、夏の山間部を象徴するヒグラシと比べれば圧倒的に小柄で華奢な体つきの、晩秋にしっとり鳴くセミだ。
彼等の中のセミ界の自然界における激烈な生存競争にいつの間にか? 人知れず破れたのかも知れない。
「木が鳴いている」
「? どうしたヨン?」
信繁はボソッと言ったつもりらしきヨンの言葉を拾い上げる。
「コロニーのD-01には居ないのか?、セミとか…」
「はい」
「全く?」
「はい」
背の高いヨンは、不思議そうな表情を浮かべ首を伸ばしキョロキョロ周囲を見渡していた。
「ちょっと待ってろ」
信繁はササッと近くの街路樹に近づくと、行き成り斜め後方からパッと手を目線より高い場所に伸ばす。
「コイツだよ、そこいら中で鳴いてるのは」
「うわ班長、手品ですか!」
「マジかよーーー!」
「スッゲ〜〜〜〜〜」
信繁は恐慌状態で、ジージー泣き叫んで暴れるアブラゼミを摘むような指先でヨンに先ず見せる。
「ガタイが厳つく真っ黒でーーー翅が透き通るクマゼミは木の高所にいる場合が多いし発見しにくいし、オマケに敏感ですばしっこいからこんな風に素手では先ず捕まえられないが。
何故かアブラゼミは、彼等の眼の死角、主に真下より上手に狙い澄ませれば捕まえられないことも無い。
ーーーこのアブラゼミの胴は黒っぽくなく赤っぽい。
気温が高いと黒は熱を吸収しやすいからな、蝉はどの種も生存のために黒を無くして茶系、それすらスッ飛ばして赤っぽくなるんだよ。
緑を含むミンミンゼミは青っぽく、より緑になるからな、ミカドミンミンという呼び名を冠する事もある。
ーーーという事は、今年は気温が高く、暑いって事なんだろうな」
「……」
「セミはこうやって持つと彼等に負担が少ないのさ」
ヨンは物珍しげに丁重に、信繁の言った通りに おそるおそる受け取る。
「この胴の裏の〜
ほらチョイ〜腰のハート型っぽく見える出っ張りの此処を、ドラムみたく振るわせて大きく彼等は鳴くんだよ。
”情熱の恋歌”は、雄のセミしか唄わない」
信繁は指でヨンにその部分を指し示す。
「ちなみに青木ヶ原樹海はフジの歴史上の比較的新しい時期に噴火溶岩流が流れたせいで、場所にもよるがまだまだ地表として土が浅く蝉の幼虫が冬季越冬不可なんだよ。
休養林とかの広葉樹林のブナの林や、車両基地の駐車場とかの赤松林は、まぁなんとかエゾゼミ、コエゾゼミ、エゾハルゼミの分布が確認されてる。
だからそこからか、或いは周囲山脈から飛んで来てるんだろうな、上で今後、聞こえて来るやつはさ……」
「信繁班長は何だって知ってんですねーーー」
「ものは言いようだな。
どうせ『変なことばっかり』って、オマエラホントは俺に言いたいんだろ?」
信繁のニヤッと〜少年みたくおかしげに笑いながら自らした突っ込みにワッと座が明るく華やかに盛り上がるのだ。
夏の終わりの生命力の塊ーーーー!
紙よりも薄い 精巧なブラウン、ステンドグラスに似た透き通る4枚の翅。
ガラスのようにツヤツヤ光る一対の丸い眼。
最近勉強中のジャパンの演劇芸術〜 歌舞伎役者の隈取りに似た表の胴模様……
何もかも〜
今ここで初めて見たヨンにとっては、知識を伴う物珍しさを通り越し鮮やかに途轍もなく眩く光り輝きーーー
現実として魅惑的に……心に感覚に堂々迫って来る。
あぁなんと美しいとヨンは思った。
信繁率いる2グループはその後も迷い道も時間的ロスも無く衛星のチェックポイントである湯治場にたどり着く。
藤にはそれがどんなに凄い事なのか良〜くわかっていた。
〜というのも、自らが参加する大会の予め事前レクチャーのあった、決まり切ったマラソンルートでも結構な確率、普通に ”道迷い” が発生するからである。
信繁は衛星を使った手元の端末で、つぶさに今回のルートを確認している筈だとは言え、その手際の良さ、鮮やかさ。
〜そして慣れているルートと自分で言いつつも、ちゃんと確認作業を徹底、都度都度分岐で決して手を抜かないという神経の細やかさには舌を巻いた。
しかもーーーー相棒子龍との連携も凄い。
この時代〜……
富士裾野では豊かな自然環境保全に配慮、市街中はともかく空気を汚すとされている飛行艇の使用がかなりの部分、広範囲で入場制限されている。
だからどうしても今時、地上での車両の活用が多くなるのだが。
しかしそれですらも〜 とある一定の区域から「禁止」、富士裾野より山間部深くに入る車両に対しては厳しい入山規制が掛けられている。
信繁と子龍は圧巻だった。
大勢の人員が、幹線道路を早足で横断、結果車両通行をさえぎり遮断する際、決まってホイッスルと手旗信号で交通整理、速やかに短時間での歩行者の移動を可能にした。
確かに彼らは表向き警察の肩書きではあるがーーーこれにはビックリ。
山間部に近い長閑な区域故、信号機の無い交差点や横断路も多い。
で通過後ーーーも、2人共決まって深く頭を下げ、腰を折り。
自分達に”待ち”をしてくれた相手側車両に対し、キャップを脱いだお礼の姿、キチッと謝意を表し、筋を通したのである。
ただでさえ長身で顔立ちが整い爽やかな印象の2人、端で見ても清涼感溢れる心が洗われる光景である。
「ねぇねぇ素敵よねぇ〜……!」
「ええ、あれは男が見てもかっこいいですねぇ」
「”撮影するのが当然”……とッッ!」
「〜ホント他の娘に羨ましがられるよね〜〜〜!!」
「……」
キャッキャ自分の部下達が男女問わず喜々と頬を染め〜まるで思春期の学生の様にはしゃぐ気持ちはまぁ良くわかる。
彼等はやることなす事、一切が何をやっても完璧に決まっている。
「いらっしゃいませお客様〜……」
「こんにちはお久しぶりです、 今回もまたお世話になります」
信繁はキャップを丁寧に取り、にこやかに微笑みかけると当たり前のように湯治場の主に挨拶。
前もって大人数の到来を運営施設に連絡してあり、ここでも何のトラブルも無く寧ろスムーズ過ぎる程に入浴及び着替えを完了。
しかもである、信繁班全員が入浴の動きに無駄がなく、手際がいいのである。
「……君達は身繕い滅茶苦茶速いんだねぇ?」
「?……そうですか? 極々普通ですよ?」
「!……〜だよなぁ?」
「……」
しれ〜〜〜っ……と何事も無く発言した信繁と子龍に、藤は憮然とした表情を浮かべるのだ。
あくまでも常識的な一般人である藤は 『コイツらホントに体を洗ったのか?』
……としか思えない信繁班メンバー達の異常な程超短時間での入浴に半ば呆れ果てる。
だって世の中タップリ1時間は風呂場で寛ぐ人間も居るでは無いか…?
にもかかわらず、顔、体どころか髪までぬかりなく”烏の行水”ーーーもとい「数分」
〜いや4分以内、それも悠々無駄なくちゃんと済ませる事が出来る彼等の実力はどこかおかしいのでは?……と内心思うのだが。
ーーー世の入浴とはそういうものだろうか?
自分はどちらかと言えば「長風呂派」……
タップリぬるめの湯の中で防水仕様の電子書籍を読んだり〜
或いはウツラウツラしたり、兎に角ボーッ……とした時間を取るのは魂の救済〜
この世で最も幸福な至福の時間だと思っている。
ーーー出た後のスポーツドリンクか、ビールの旨さったら無いのである
今まで何の疑問も持たなかったし意識すらしなかったが、自分は「変!」、結構なマイノリティなのだろうか?
え?……と感じた信繁班側のスタイルが、本当は実は世間ではベーシックスタイルなのか?
それにしても〜余りにも違うーーーー!!
根本が違いすぎる!
”人それぞれ”
異差で片付けて良いものかどうかは藤には判断出来かねた。
『……ったくッ』
全く……!今ここで世間に問うーーーーー……っっっ!
ウォーッと叫びたい藤は職場に戻ったら、城勤め人全員にアンケートを採りたい位だとモヤモヤしてしまう。
〜〜とまぁ、何だか心の奥底が釈然っと晴れなかった。
入浴で汗を流し身体の方はスッキリしたのだが、なんというかちょっとばかり面白くない。
そうだーーー!
大きな理由としてもう1つーーー……
戦う彼等の全裸姿を今回初めて見た事にもよる。
「〜〜〜〜〜……」 目がパチパチ、ハレーションだ。
皆、コレで彼女の1人もいないだなんてホントか?
は?冗談だろ?……としか思えない、全員が全員、無駄を削り落とした非の打ち所の無い肉体の持ち主の男達だったのだ。
スレンダーで全身〜しなやかなバネのような肉体、そのまんま彫刻、彫像として立っていたって別段おかしくはない気がする。
特に信繁は、彼らを束ねるさっすがリーダーの男、美しさも纏う俊敏なオーラも突出していたのである。
「〜〜〜〜〜」ったく、生物、人間として羨ましすぎるだろ?!
『コイツらぁ〜〜〜〜!』
一方〜子龍は子龍で、彼は彼で日本人離れしたガッシリした骨骼の持ち主。
そりゃコレじゃぁ女が絶対ほっとかないだろうーーー!
〜別れようと言った途端、自分がもし女でも ”そんなの嫌だーーー”
絶対ーーー膝に縋って、捨てないで捨てないで、オイオイ泣き崩れるだろうな〜
そんなこんなを、タイプ的植物型の藤ですらウンウン納得、藤はチラッと見ただけで目をそらし、そんな事を思うのだ。
伝聞と外側の武道イメージ的に信繁の方が厳つく、子龍の方がスレンダーな体だと見た目から決めつけていたが、実際は真逆で……
信繁も子龍も共に ”脱いだら凄いんです” を地で行く清潔で整った無駄の無い、美しく極限まで鍛えられた鋼の肉体の持ち主である。
信繁は入浴後ーーー
参加者全員を”休憩所”に集合させ、全員に自分のバッグを開けて何かを差し出した。




