番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (21)
「それにしても熱いなーーーー」
藤は溢れ出る汗をタオルでガシガシ拭う。
最初はポケットから一々小型のタオルハンカチを出しては拭っていたがとてもではないが追い付かない。
まるで熱せられたフライパンの上を、ジリジリ歩いているかのようだ。
いや……ヒートアイランド現象の照り返しの激しさでオーブンの中、楊炎が起きそうな空気の中藻掻いている気がする。
「……」
『全く〜〜〜!』
前方の信繁を見ると、暑さを見越してなのか、彼は頸に長いタオルを最初からグルッと巻きそこそこ快適な様子である。
自分はこんなにもしんどい思いをしているのに、熱射に強いのだろうか……?
何だか妙に腹立たしい。
ランに詳しい藤にはわかったが、彼の着用しているラグラン袖の、某スポーツ用品メーカーのテーマカラーと言えるブリリアントブルーのTシャツは発売されたばかりの新作だ。
前見頃だけが、こじゃれた模様でポイントをつけているからすぐに分かった。
ランニングパンツは少しヒラッとした、ドレスネイビーのカラーリングの同じく新作。
『今のスポーツ用Tシャツって皆ああなのかい?』
汗で濡れても高通気なドライ新素材を使用した、夏の汗のべたつきをシャットアウトーーー……というのがウリのスポーツウエア。
発売後すぐに完売、極めてお洒落な、特に信繁が着ているせいなのかとても景色に映えるのだ。
シューズも同メーカー製、如何にも軽そうな軽快に走りやすそうなブルーとブラックのグラディエーションの物。
安心してヒールストライクが出来、フルレングスの底が走行中の負荷を逆に走る喜びに変えてくれる優れ物。
コッチも発売後、秒で完売ーーーー垂涎の品だった。
『良く知ってるな流石に』
見事シューズを競り負け買い逃した藤は、実はかなり羨ましかった。
そんなこんなで、まるで、電脳ファッションモデルそこのけの様子である。
変な話、首タオルが変にハマっている。
なにせ殆ど2mに近いスラッと如何にもなスタイル、だから多少こうしたガテン系装備でも衣類が嫌みな程決まるのだ。
信繁は色味は実際は青が好きなのかも知れない。
真田幸村=世間的に”赤揃え”のイメージだが、信繁個人は特にそんな事は無いようである。
ーーーにしても 『〜〜〜〜なんだかな〜〜〜!』
自分はそれ程、ルッキズムの徒でもないし格好重視という訳でもないが、それでも隣に立たれると一寸どうなのか……と思わなくも無い。
脚の長さといい体つきといい……差がありすぎる!!
それはもぅーーー絶望的な程!!
しかし……”よく似た思い”は
「嫉妬ターゲットが服着て立っているようだ!」
彼方此方でブーブー聞かない話でも無かった。
特に彼の特殊部隊同僚達からで、案外、信繁班のユニークな精神構造の班員達は我関せず、というか平気の平左。
……全くなーーーんにも! コンプレックスはおろか……マイペース三昧。
「オレッチ関係ないもんねーーだってうちの班長変わりもんだしさーーー」
〜そんな様子を貫き通す辺りが、本音を言えば意外過ぎたのだが。
「少し休憩を取ります」
藤の嫉妬なんか何処吹く風、信繁は休憩ポイントの、24時間営業の小売りスポットで足を止める。
確かに良い、絶妙な立地だ。
「おいお前達、此処を過ぎたらイートインのある小売りは無いんだ、だから充分休んでおけ」
「「「ほーーーーーぃ」」」
「全くない訳?」
「後1軒有る。
……でもその店は大手だが、本当にラストのポイントだ。
以後は無いぞ子龍、後は林道手前の湯浴みの湯治場か、営業停止した元キャンプ場系ーーー
広場はそんな所だ、経営されている飲食店は新五合目まで覚悟しろよ?
高鉢駐車場では無料のトイレ休憩しか出来ないぞ?
飯屋も店屋も無い、自販機は1カ所無い訳じゃなかったと思うが当てにするな。
駐車場出たらいよいよ本格的な倒木帯に入るからな」
冷えたスポーツドリンクを飲み、信繁はキビキビ指示を出す。
「やったーーーーー……!」
「冷たい水〜〜〜〜…!」
「まってましたーーーーーーー…!」
彼率いる信繁班のメンツは、号令を聞くや否や、サッサとヒンヤリ冷やされた飲食物目がけてドドドドドッと店舗内部に走り込んで行く。
大柄の巨人集団である信繁班と、華奢でスレンダーな藤の部下とでそんなに広くない内部スペースはぎっしり。
『何事っ!』と……善良な店舗スタッフに強烈に驚かれてしまった程である。
「藤さん達も充分に休んで下さい、道中熱かったでしょう?
後でミストをかけますからーーーー
あ、中の支払いは俺が全て持ちますから」
「?」
「瑠架に急遽作って貰いました。
簡易式持ち運び用のミスト小型噴射装置です」
「持ってきたのか?!」
「ぇえ。 俺1人でしたらボトルの水を頭からザブッと被って良し〜!
〜そんな感じで終了ですが今回は女性もいますし……
だから彼女に作って貰ったんです。
今日は何だか妙に残暑が厳しいので、体調にお気を付けて下さい」
「……」
信繁の発言に側で聞いていた藤の部下の女性は、一斉にキャ〜〜ッと嬉しい悲鳴を上げる。
〜日焼け止めや化粧、そういう物に配慮されて自分は尊重されている〜
そのちょっとした心配りが何より嬉しかったのだろう。
『……ヤなヤツ』 チクッとやっぱり藤は面白くない。
「ねー班長〜、その次のポイントまで後どんくらい?」
「そうだなーー15分そこそこかな」
「ッ結構あるじゃーーーん!!」
「ウッソだろ? このクソ熱い中〜〜〜!」
「じゃさーーーー……何か食っていい?」
「……」
「プリン食いたい」
「じゃ俺もカルビ弁当♪」
「腹減った、行動食全部食っちまったしーーー」
「俺っち、シャリ欠で動けません!」
「〜〜〜〜〜〜!!」
信繁はハーーーーー…っと大きく溜息をつく
因みに、行動食とは歩きながら1口で食せるカロリー食の事。
シャリ欠とは ”体内に炭水化物がないからエネルギー不足で動けません”
独特の言い回し……信繁班のスラングである。
シャリ=白飯
欠=欠乏症ーーーの意味を極端に縮めた言葉となる。
「さっき漁港で散々お前ら食い散らかしたろ?」
「え〜〜〜……そんな大昔の事なんか忘れたし?」
「自分、腹の虫に忠実なだけでっす」
「しょっぱいもん食ったから、後は甘いデザートってのはお約束でしょ?」
「?ーーー俺ら今日酒飲まねーから、甘い物でブドウ糖補給して取らないと低血糖になりまぁすよぉーー?」
「……炭水化物が分解されると糖になるだろ?」
「待てません!!」
「……じゃ3分だけだーーー」
大きく溜息を再び零す信繁が、まだ話し終わらないうちに。
ズザーーーーっと背の高い男達は再び販売スペースに舞い戻りあっという間に両手一杯何だかんだと買い込んで戻って来る。
「ォイ信繁、お前も食え」
「……」
誰よりも早く店内に再突入した子龍が手に、レジ袋から切り口のイエローも鮮やかなタマゴサンドと、甘いフルーツサンド、後は冷たいミルクティーを取り出し、グイッと信繁の目の前に突きつけた。
「俺らはお前が頼りだ、食える時に出来るだけ高カロリー食を沢山食っておくのも仕事の内だろ?」
子龍はそう言うと、自分はモシャモシャ、店内で作ったという見るからに美味しそうなカツサンドをほおばり食べはじめる。
豪快に……あっという間に大振りの一切れが、口内に綺麗に消え失せる。
「有り難う、幾らだ?」
「んなの、今度奢ってくれりゃいーわ」
ぺろっと食べきった子龍は満足そうに手を合わせた
「ご馳走様〜」
彼なりの食後の挨拶らしい、天衣無縫に見える子龍も、案外礼儀正しいのだ。
信繁もパリパリとセロファンを剥がし、好物達を完食、冷えたミルクティーは甘くてのどごしが良く、残暑で蒸し暑い中、生き返る気が確かにした。
キッチリ約束の3分後、一応の次の店舗の場所に向かうべく、自分達のゴミを綺麗に片付け手洗いを済ませ駐車場に集合する。
「瑠架さんサイコー〜〜〜〜〜!」
信繁が用意した小型ミスト製造機で、皆ご機嫌に気分良くリフレーーッシュ!!
藤班の上品なメンバーも大喜びで細やかな霧を受ける。
「では行こう」
時間は今のところ、殆ど突然の休憩以外、遅延なく進んでいる。
漁港のロスタイムは、既に城主や特殊部隊隊長に話してあり連絡済みだから問題は無い。
がーー……残念ながらこの先はわからない。
結構な厳しい登攀の道行きが待っている。
「いよ〜待ってました!」
「愛しのアイスちゃーーーん!」
「アイスコーヒー〜〜〜!」
最後の小売店にたどり着くとドドドドド〜……っっ…
正に巨象の徒競走の如く、厳つく背の高い信繁班の男達は店舗内に消えてゆく。
「ーーごめんないね〜ウチのアホ達が!」
後に呆然と残されたお行儀の良い、藤の部下達にアナスタシアは謝罪、バツが悪そうだ。
「〜〜〜〜〜!」
「……っったくアイツらぁ〜〜〜!」
ヨンは怒れる信繁に同調する事も、さりとて班員の男達に巻き込まれる事も無くアナスタシアの側にポツネンと立ち……
相変わらず抜群の涼やかな姿、恐い貌はそのままだが
「暑くないのか?ヨン」
「……少し」
キャップの下の短いプラチナブロンドがキツイ日光の日差しを受けキラッと光り真っ白の肌が既に日焼けで気の毒ぐらい赤い。
顔には既に、先程眩しい海辺で信繁が渡した元々は彼の自分用のサングラスを着用しており、サイズは丁度良いらしい。
結構よく似合っている。
そう……意外や意外ーーーー……
子龍と大差ない身長180台の大柄な彼も小顔と言う事になる。
「ヨン何だが今日電脳サイトのトップモデルさんみたいだね〜〜!
だけど瞳が薄水色だから眩しいでしょ?
完全天候管理されたコロニーじゃこんな無茶苦茶な自然環境状態は無いだろうし…」
「もうすぐ林道に入るから少しは状態は良くなるが、高山の直射日光は此処よりもキツいぞ?
痛いって言うかーーー暴力的なそんなレベル、乾燥度合いも結構だしな。
その様子じゃもっとしっかり日焼け止めを塗っといた方が良いな」
「じゃヨンに私の不夜城謹製の特製日焼け止め貸してあげる!
ところで〜藤班の女の子達もどう?
汗に強いコレ塗っておけば100パー今日中は紫外線カットも保湿も完璧よ?!
長持ちするよう調整されてるし薄付きで、しかもお化粧の上からでも崩れないんだ〜♡
スプレー式でシュワッと一瞬で便利で優れものよ!」
途端にキャーーーーーーーっという歓声が起きる。
何てったってお肌の日焼けは女性陣にとって大きな難問、そんな便利な物だったら是非とも試したい!!
それにあの「憧れのーーーー……”男装の麗人”と噂に名高いアナスタシアからの直々の提案。
ーーー嬉しくない筈なんて無い。
彼女の私物を直々に手ずから使わせて貰えるだなんて……全く夢みたいな展開である。
「良いんですか?!」
「うん、どっちにせよ高いところに気圧の加減でこう言うスプレー缶は止めておきたいからいっそのこと使い切りたいし……
タイプ別ハイスペック日焼け止め他にあるからいいよ!
どーぞどーぞ〜〜!ガッツリ使っちゃって!!
ところで班長は?」
「俺は俺で強烈なの持ってるから、この子達とヨンに回して使わせてやれ。
だが優しい気持ちだけ有り難く貰っとくよ。
ありがとな、ナスチャ」
「〜〜〜〜」
信繁にニコッと無邪気に微笑まれ、ズッキューーーンーーーー……
アナスタシアはバババーーーーー……っと赤くなってしまう。
全く〜不意打ち!! なんて人だ!酷すぎる、心のガードする準備が出来ないでしょ!
『何だってこの人は不意打ちで、アッサリこう言うハートに突き刺さる事言ったりしたりするのかなぁ〜』
ほんと……育ちが良いのにも程があるでしょ!
『私が本気で、貴方を好きになっちゃったらどうすんの!』
「?」
アナスタシアの密やかなグルグルする葛藤を余所に、店内からゾロゾロ大柄な男達が出て来たのをチラッと観察した信繁は、藤班やアナスタシア……そしてヨンを
「じゃソロソロ入ろう、もう店の人に迷惑じゃ無いだろ?
過密度も下がった事だろうしーーーーー」
店舗内部に入る事をニコニコする笑顔で誘いかける。
「ぉう〜……待たせたな相棒」
その時ザクザクと彼の側に当然の如く近寄って来た男がいた
「結構速かったな子龍」
「チョコレートケーキアイスバー、新製品出てたぞ?
信繁チョコ系〜お前好きだろ?」
「まだ残ってるか?」
「全然? 実はコレが ラス1
アイツらが買い占めたから、もう無いしー〜〜〜?」
「……」
子龍はニシャーーーッッと笑うと、白と茶とコバルトブルーの薄い樹脂製パッケージをぱりぱり破く。
そしてそのままパクッと目の前で実に美味そうに食べるのだった。
「クルミうま〜〜〜!」
まるで好物のフライドチキンを食す、黒龍みたいである。
「…」 ビシッと怒りの膝蹴りで信繁は子龍のヒップを打つ。
ーーー流石武道師範。
組手お手本の如く、美しく綺麗に決まった。




