番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (18)
「それでーーー”この先”どうする?信繁君」
「そうですね……残暑厳しい街中をなるべく早く消化して、ポイント中継点でもある湯治場で汗を流し、で、ココで通気性のいい、山歩きに相応しい腕と足、双方丈の長い衣類に着替えて、長袖系の衣類で大淵街道に入ります。
虫の襲来があるでしょうし、笹や木の枝とかで思わぬ怪我をしてはいけませんからです。
まだシューズはラン用の物でいいでしょう……暫くは舗装路面が続きます。
ーーー大淵林道 『石油採掘跡地』の前はまだ大丈夫ですよ、楽な軽い足回りで構いません。
で、大淵南林道あたりで変えればいいかなぁーーーと。
でもまたこれを越えれば、再び舗装された道で、某宗教施設区域を越え、そこから細い登山道、土の踏み跡の村山古道に入ります。
厳かで静かで清々しいルートです。
で、湯治場の次の『中継点』、キャンプ場で再び電脳にアクセスします。
その後、危険な車両道路は外しまして、案内板の表示通りの富士山自然休養林歩道を利用、自然のマイナスイオンタップリの踏み跡を走破します。
マダマダ傾斜も緩やかで、きつくはありません。
でーーー富士山スカイライン『2合目』である ”高鉢駐車場” に出ます。
此処でトイレ休憩を挟みますので女性の方は絶対ここでキチンと休んで下さい。
そういうことでーーーーまぁ靴は個人の判断でどうでしょうか?」
「ラン用のシューズは高価だからねぇ、泥が付くと結構泣ける。
君が手配、用意してくれた登山靴に、そのあたりで履き替えればいいんだね?」
「ぇえ、何事も適した道具を有効に使うのが効率よく、かつ地面も無駄に痛めないと思います。
幾ら豊とは言え……コケ類は生育にとても時間がかかります。
ですから先陣が通った細いルートを、必ずなるべく外さないように歩くよう、父や山屋の先輩にしっかり言われて勉強しました。
俺が通った後を辿れば、まず道迷いにもならないと思います。
これは経験ですが、結構分岐が広場っぽい所はわかりにくくって『え??』って思わず戸惑うんです」
「君は大丈夫なのかい?」
「まぁ、衛星から端末へのルート取りで……
一応、自分の現在地が判るので、装置の座標の設定さえし、チャンとソレを使いこなせれば迷いません」
信繁の淡々と語る、そのアッサリした飾らない口調が逆に『大丈夫そうだな』、藤に安心感を与える。
彼とて富士宮口は初めてのコースだーーーー恐くないと言えば嘘になる。
だが今の自分には優秀なガイドがいる、きっと面白い冒険になるだろう、心がわくわくと弾むのだ。
藤は生涯1度くらいはーーーー
そこまでの自分の極限の限界にトライしてみたいと憧れていたのだ。
いつかこうしたした貴重な経験が、自身の尊い憧れであり夢でもある、富士山をぐるり1周する100マイルマラソンに役立つかも知れない。
「ところでーーーその石油掘削跡地ってなんだい?」
藤は疑問に思っていた事を直接信繁に問いただすと、同じく疑問に感じていたらしい彼の部下の目が信繁に集中する。
「ジャパンで大体石油が採れるんですか?」
「中東じゃないの?」
「……それは偏見だぜ」 口をヤレヤレと挟んだのは子龍である。
「ジャパンでも僅かだがーーー
新潟〜秋田〜北海道にいたる地域で採掘出来るぜ?」
「「「そうなの?!」」」
「ぁあ油業所、稼動してるし」
へぇ〜〜〜〜! 皆は目を剥いた
「ジャパンは地震が多いんで、ですから地層がズタズタに分断され内部で”貯まりにくい”んです。
ですがーーーー唯一太平洋側で採れた場所が有るんです。
それが、シズオカの牧之原、相良油田です。
確かに今は営業していませんが、キッチンペーパーで漉しただけで使用できるほど、本当に良質な油が出たそうです。
ーーー全く枯れた訳じゃないそうですが。
そのせいなのか……? ジャパンが最後に経験した世界大戦中に
〜富士の裾野で石油が採れる〜
神様からお告げがあったと言いました巫女さんが居まして、かなり本格的に国家事業として湧いた事が有りました。
その記憶の土地が、今でも残ってるって訳ですよ。
勿論、掘削の穴は埋め立てて、跡形も無いんですがね」
「!!」
そんな事があったの?! ウッソみたい
信繁は続けて言う
「高鉢駐車場はスカイラインを通行する飛行艇や車両関係の施設なんですが、当然登山客も利用出来ます。
ここで必ずトイレ休憩を取ります。
後は、新五合目までなんにもありませんからね?
休憩後は本格的な登山道に入りますので、まだな方はここでラン用シューズから登山靴に履き替えて下さい」
「ふぅん、因みにどんな登山道に入るんだい?」
「そうですねぇ、我々の間では”踏み跡”って言ういい方ですが、慣れない方がアレを見ると殆ど『けもの道』ーーーという感想かなぁ。
兎に角『細い』道幅で、『本当に此処でいいの?』多分不安になるかも知れないですね?
……これは余計な所をグチャグチャに歩いて、乱暴に地面を荒らさないためって事もあるせいなんですか……
でも大丈夫です、ガイド役の自分がいますから、取りあえず大丈夫です。
このルートは山に分け入り、暫く管理された遊歩道を通ってから ”高鉢〜御殿場庭行き” との双方向分岐通路の辺りから、村山古道の道が奥に延びています
此処から札や赤いリボンのしるし通りに入っていき、
標高1860mの笹垢離跡へ行きます。
ここは少し土地が平らですし、天候の状況によっては少々休憩してもいいかもしれないですね?
皆初めてでしょうし……?」
「どうして?」
「ええ、この場所は結構歴史的な場所で、袈裟切りで打ち壊された不動明王像やお地蔵様が数基あるんです。
……興味が無いかもですが、武士の時代から新しい時代の転換期で大きな宗教的大事件があったんです、この国に。
まぁ〜革命があったくらいですから、様々な転換点だった訳です」
「どんな?……なんでお地蔵様が壊されてるの?」
「いわゆる神仏分離です。
明治初年の廃仏毀釈で神道の関係者により神道国教化政策が行われたんですよ。
元々、神仏習合の風習があって、ごちゃ混ぜだったんです。
それが徹底的に分離政策が取られて……で、その後約2年〜が最も大きなうねりで、政府による廃仏令こそ出されなかったものの、狂乱ともいう大規模な破壊やその他が行われました。
ジャパンの貴重な数多くの仏像や仏具、素晴らしい経典の多くが海を渡り海外に流出したのもこの頃だと父が。
まぁ〜どこの国でもこうした事は絶対にあるので、残念な出来事ですがソレもこのジャパンの国の辿った、過去の忘れてはいけない歴史です。
富士の山中の仏像関係すら全て破壊されて、運良く発見された石像や笹垢離の為の像が1カ所に集められて、今にその歴史を伝えてるって訳ですよ」
「ふぅん、悲しい歴史だねぇ、でも集めて守り切った人もいるんだねぇ」
藤はフゥッと大きく息をつく
「ええ、心の中の大切なものまでは破壊出来ません。
笹垢離の場所ーーーー……
本当は不動明王像はもっと違う、険しい神秘的な場所に安置されてたって言う説もありますが、今現在はああして明るい場所に安置してあります。
笹や竹は ”神聖な植物” と、修験道では考えられていましてーーー
神様への穢れを取る禊ぎを滝行で象徴される水では無く”笹で行った”
つまりその場所というか〜いわば聖域ですね、今の時期 綺麗だと思いますよ?
ですからちょっと休憩もいいかなぁと」
「綺麗? 何か理由があるのかい?」
藤は信繁に不審げな表情をする。
「この時期、まだ植物が美しく咲き誇る時期で……
笹垢離に至るあの辺りはヒヨドリ花、確か高地を好む山草〜山ヒヨドリ花の群生地なんです。
同じ系統の植物、形状はフジバカマにソックリなんですが、フジバカマは河原じゃなかったかな?生育するのが。
で……花期は夏から秋、野鳥のヒヨドリがヒーヨヒーヨと鳴く頃に咲く花です。
ふわんふわんなソープの泡みたいで、清潔でナチュラルなイメージの花弁はいいですよ?
特定の蝶達が、ある理由があってとても好む花なんです。
今時なんか特に〜 ”アサギマダラ”が沢山来てるかも?」
「アサギマダラーーー?なんだいそれは?」
「あさぎ? 『あさぎ』ってもしかして色の事?」
皆はザワッと……???と言う顔をする。
先程からわくわくする知的好奇心をくすぐる話のオンパレード、皆信繁に目が釘付けなのである。
彼の紡ぎ出す”物語”は、どれもとてもロマンティック、想像しただけで美しいのだ。
特に女性陣はうっとりと目で先をせがむ。
信繁は1度イオン水で喉を潤し質問に簡潔に答える。
「ええそうです、あさぎ色ーーーとは、そうですねぇ、新撰組隊士の羽織の色
そう考えたら判りやすいかなぁ?
羽根を閉じた時は、茶がメインのフレームに、まるでステンドグラスみたいな青っぽい水色〜あさぎ色です。
羽根ーーー蝶は ”支えるに羽” の翅の方の文字を本来使いますが、フーーーッと閉じた翅を全開に開くと、大きさは10センチ位、黒と茶の縁取りにパッと目を引く同色です。
逆光だと更に透けて下翅の茶が赤みたく燃えるように輝いて、その美しさに息をのむ程感動しますよ?
アゲハ蝶とかは、キュッキュと高速で、例えると鮮やかでシャープな蜻蛉みたいな飛び方ですが、アサギマダラは違います。
フワフワフワフワ……これぞ蝶!っていうかなんというか、ふわりふわり大型で優しげに、大変優雅に飛翔するのが、見ていて心が大変に癒やされます。
今の時期〜ソロソロ北上から戻って来た頃かな?
行った先はヤマガタの蔵王や……ホッカイドウ、いいえサハリンとかかも知れません」
「……え?」
「どう言う事なんですか?信繁さん」
「ぇえーーーアサギマダラは ”かの蝶”はーーーー旅する蝶なんですよ。
ジャパンから〜……遠く台湾まで、凄いでしょう?
この国で産まれ育ち、冬になれば海を遙々越えて温かな国で越冬、そして再び海を越えて子孫を残しーーーー
果てしないサイクルです。
〜小さな蝶が大移動するんです 1,000〜2,000㎞もーーー」
「!!」
「今現在活発に移動している最中でしょうね。
でーーーその彼等がヒヨドリ花が大好きでーーー
ぁあ、これには理由があります」
信繁はふんわり楽しそうに微笑む。
「植物の風雅さに隠れる驚くべき ”生き残りの戦術”
花と 蝶ーーー
どっちが欠けても不具合が生じるーーー訳、理由は聞きたいですか?」
信繁は悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「「「「「「聞きたい!」」」」」
皆一斉に返事をし、新撰組の隊士の羽織と同じ色を纏う美しい蝶が、この世にいるだなんて大概ロマンチック過ぎでしょ!
しかもしかもしかも……”旅をする”ってぇーーーー……?!
ここまで話して聴衆の置き去り、放置はよくない!!
結末、先を教えてくれないだなんてーーー酷すぎっっ!




