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番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (17)


信繁は柔らかい話を枕にし、いよいよ核心、本格的な具体的ルート説明に入る。



「さっき〜藤先輩が仰っていたいた村山古道は少し、発掘運動的に別のカテゴリーになりますが。

それでも研究者の方が、難しいルート取りをご苦労されて整備されているお陰、今でも我々登山者が楽しむ事が出来るんです。

 

元々平安の昔の修験者の辿った山岳ルートで、今回ショートカットで入ります。


ここから、車両が目一杯ブンブン飛ばすスカイライン道路に、横ばいで林道から出ると直ぐに富士宮5合目です


めでたくーーー待ち合わせ場所に到着です。


今夜は此処から1時間程登頂した6合目の山小屋、山室で宿泊しますが、日没まで時間があれば面白い場所にもご案内します」


信繁はニコッと微笑み、イオン水で喉を潤す。


「どうしてもっと上では無いの?」

 

「もっと上をどうして狙わないの?」


「体を慣らす意味もありますが……

6合目でしたらもしも”高山病”に罹患しても直ぐに麓に下山出来、病院に直で行く”命綱”の車両や何やらが規制で入れる5合目アクセス場所と、最短距離だからです。


いいですか?

高山病は時間差で体にジワジワ来ますからね……

体調が悪いのに無理は厳禁です、山は逃げたりしませんから。

ーーーこの先もね」


「でも」

 

「大丈夫です登攀は次の機会が必ずありますから」

信繁は人懐っこい笑みで優しく言葉を繋ぐ。


「それとそこには、さっき言った、村山古道を復活させた偉大な研究者……

古代創始者が愛した定宿が此処なんです。

 

皆で泊まるのに感慨とロマンがあっていいかなぁと、俺なんかはそう思うんですよ」


信繁はニコッと悪戯っぽく微笑んだ。


「高山病って分かりますか?」

 

「はい、高所へ行くと気分が悪くなったり吐いたり、酷い場合は意識障害が出て動けなくなる〜って聞いてます」


信繁はウンウンと頷く。


「そうです、その通りですよ。

俺も、子どもの頃かかって死ぬかと思いましたよ!


親父は〜私の父は

『お前はてっぺんまであと少しなのにリタイヤするのか?』

なんてーーー無茶言いましたが、この時同行していた母が猛反対したんです。


『メンバーの体調の調整を、大人の我々が誤ったんだから即刻下山すべき』

……で渋々父は言い分を吞み、この時は下山しました」


「凄いですね……!」

 

「お母様の言葉をよくお父様は聞きましたねーー!」


信繁はイオン水を再びひとくち、クッと飲む。


「まぁ登山歴やキャリアも才能も、父より母の方が実際問題、実力も判断力も悠に上でしたからね……!

 

母と父は高校の同窓で、山岳部のキャプテンとして部を率いるあの人、母に惚れて父は入部したんですから」


「え?お母様年上だったの?」

 

「信繁様のお父様と、マスコミ発表で年齢が同じだから、てっきり同学年かと思ってました」


「いえ、母は3月生まれなのでキッカリ1学年先輩です、よく勘違いされてましたよ」

信繁は何気ない体で、更に驚愕の続きを話す。


「父も多少は、山岳について ”知ってるつもり”ーーー

でしたようですが、経験値的に当時足下にも及ばなかったみたいですね。

 

ですんで『山にかけては』

普段は口数が少ないし、アレコレ言ったりはしないんですが。

その分、イザ〜そんな母がビシッと指針を打ち出した時の言い分は絶対で。

 

様々な事を、イチから再度経験則に基づき、徹底的に親父に教え込んだのは母なので黙るしかなかったーーーて訳です。

 

ムッと不満そうな父に、母はこうはっきり宣言しました。


『山は逃げないから』って。


”引き返せる体力がある内に、恐れず撤退する勇気を持て!”

ーーーーそれが母の持論でした。


ベースキャンプのテントの中、辛くて孤独でただもう……ボーッと意識が朦朧とする中気持ちが悪くてーーー最悪でした。


『いい?信繁、本当の探検家は臆病であるべきなの』


意識が混濁する状態で寝袋(シェラフ)に長々横たわった子どもの自分の手を母はキュッと、しっかり握りながらこう言いました。


母親ーーーというよりもそこには1人の闘将、凄腕のリーダーが居ましたね。


眩しかったですよ?

母は高校時代、尻込みする山岳部男子学生を説き伏せ、学校の理事長と直接談判して高額の資金援助、支援を勝ち取りヒマラヤにアタックしました。


スポンサーを自力で同じく見つけてきて、学校と彼らを交え逐一報告をした事がリアルタイムで電脳メディアで公開公表され……!

随分学校の宣伝になったようです。

 

結果Win−Win

父はですから……母を深くリスペクトしてた訳なんですよ」


フッと、信繁は懐かしそうに頬を緩める。


「あの周囲に無茶苦茶を言う父が、唯一頭が上がらなかったのが母なんです。

彼女がOKを出した時は文字通りのGO!

 

後は振り返らず、行けるとこまでは行け!でした」


「ふぅん、所で君はどこでーーー高山病になったんだい?」


チラッと子龍の目が藤を見つめる。

なんとも言えない探るような瞳、子龍は信繁の直ぐ隣に着席している。


藤も並び的にテーブルの上座?、信繁の向かい合わせ正面の席である。


ーーーしかし藤は全く一顧だにしない。

おそらく視線に気がついているのだろうが、平然と信繁に「自分の答え」を要求する、心が強い男だ。


ぁあ、と信繁の顔が上がる。


「済みません、失礼いたしました先輩。

自分は肝心なことを飛ばしてお伝えしていませんでしたね、南米最高峰アコンカグア(6,962m)です。

場所をまず言うべきでした。


母は既に、登頂を大学生の頃果たしており、さまざまな地形環境を知っているからこそ、責任をより父よりも重大に感じたみたいでしたね。


『本当に済まなかったわ……!』

自分がチャンと付いていながらこんな事になって〜と、ですから自分は結局2度あの山に挑みました。

 

……もう少し大きくなって。

初登頂の時は本当に感激で胸がつまって、前回死ぬかと思った程苦しかったんで、登頂成功時は言葉に出来ない、本当に何とも言えない気分でしたよ?

 

記憶の上書き、嬉しいヤッターとか言う気持ちを遥かに越えてました」

 

信繁はゆったり穏やかな声で、攻め上げる藤の質問にそう返答する


「その時の経験からそうですねぇ、2,000m位を越えたら高山病は『ある』と考えた方が良いですね」


「……」


「人間って酸素を吸引する事により血中ヘモグロビン経由で、彼等が忙しく血管血液を移動〜身体中隅々まで酸素を運び、これで各器官のエネルギーとし、日々生命活動を円滑に維持しているんです。


ところが高山に行くと、標高が高くなれば成る程、ご存じの通り酸素が薄くなります。

 

当然ながら身体にも影響が出る訳で……息切れや頭痛が前段階、最も分かりやすく現れます。

 

後は”食べられなくなる”ーーー食欲不振です


でーーー……自分みたいに酷くなって全く動けなくなる状態もあり得ます」


「そんなに苦しいの?」


「ええ、ある程度武道の心得があり、具体的には……

〜そうですねぇ。

鳩尾とか膝蹴りやパンチを肉体的に日常的に師匠から食らったり、あるいは自分から仕掛けていた男の自分でも高山病は相当苦しかったですね、まず立てませんでした。


酸素の少なさに体が慣れてない事によって起きる、肉体の変調。


専門用語で急性高山病、高地脳浮腫、高地肺水腫〜とあって、症状を思い返すと急性高山病が悪化、高地脳浮腫に移行してたんだと思います。


高地脳浮腫も、高地肺水腫も、本当にあっという間に急激に悪化するんです。

 

ですから、母の判断は正しかったんです。

でなけりゃ南米のカラッカラの、乾燥したカピカピの山中で死んでましたよ。

ーーーただただ運が良かったんですよ?

 

”適切な処置も素晴らしく良かった”〜と、後でベースキャンプのドクターに母は褒められていました」


「乾燥してるんですか?!山って」


「高山帯はまぁ似ています、キリマンジャロ(アフリカ最高峰・標高5,895m)もそうでした。

まぁ……宇宙空間に限りなく近いからでしょうね。

 

アタックの成功の可否を握るのは天候、滑落や雪崩の事故の他は、この高山病をどう制するか?ーーーこの対策ですね、殆どは。


母は俺の2度目のアコンカグア挑戦の時、宿泊する場所に早めにつくようにして自分を少し標高の高い場所にーーー

次の日の目的地までは行きませんでしたが、一旦『上げて』。


母の指揮で、俺に水分だけ容器に入れて持たせて、大人と一緒に登らせ再び下山しました。

 

父は自分に付き添う母と別れて、そのまま”荷揚げに直行”ーーーでしたが。

 

”兎に角、水分を飲め”〜と、道中、コンコンと繰り返し言われましたよ。

 

行って返って所要時間は『ザックリ1時間』で、確か1Lは飲みましたね。

テクテク口を利くのも辛い状態で登りながら、何とか必死でゴクゴク飲みましたよ。

でその日は『降りた場所』

ーーー降るように星の綺麗な夜、宿泊場所に張ったテントで皆でそろって休みました」


「!そんなに?!」

 

「1時間で1リットルも飲めるもんなんですか〜?」


「そりゃ必死ですよ、俺も、子どもながら頑張りましたよーーー?」


信繁はニコニコ、堪らない優しい茶目っ気タップリの微笑みでキラッキラだ。

 

「!〜〜〜……!!」 質問者側の女性職員が思わずパッと目を伏せる程。


「そ……そそそそうだったんですね!」

 

「ええ、高山病と熱中症〜脱水症状の構造はちょっと似てますからね。

高山病にかからないためには、まず呼吸 ”深呼吸”を。


よく言われるのは、30㎝先の蝋燭の火を、約3秒で吹き消すイメージで、ゆっくり、ゆっくりーーー 

深い呼吸を、何度も何度も繰り返し行うといいと言われます。

 

俺は『やってみなさい』と言われ、サポートする母と一緒に、何度も現地で繰り返し練習しました」

 

「?……なんでそんな事をしたの?」

 

「この呼吸法で、酸素の取り込みが格段にアップするんですね。

そうすると、先に話したヘモグロビンが多少酸素供給が良くなるんです」


「へ〜〜〜〜〜……!!」


「じゃぁ水分を取るのは?!」


「呼吸をすると、深くしっかりした呼吸をすると、息と一緒に水分も同時に体外に出るんです。

特に極めて乾燥した場所故に、どうしても発汗以外にも体からも水気が蒸発して失われやすいですし。


受け売りとなりますがーーーー

『寝ていると無意識に呼吸が浅く、回数もガクンと少なくなるからね?

気分が少し良くなったら、起きて水を飲み歩きなさい。

ゆっくりで良いから……体を積極的に動かし、出来るだけ多くの水分を頑張って取りなさい』


え?……と思いましたが、言ったとおりでした。


〜理屈で言うと、僅かでも歩く事でボサっとサボっていた心臓が慌てて、ポンプの役割を活発にし出します。

 

で……!、ドロッドロの血液が、外部から水分を得る事で滑らかにスムーズに循環し出して、更に深い呼吸で酸素量が増え始めます。

 

ドミノ倒し現象でなんとか急場をしのぐ事が達成され、ああっヤバいと思っても少々ならこのやり方で回復する事が出来るんですよ。


しかし1度高山病になると経験則で再び罹患しやすい、なりやすいと言います。

 

ですから、少しでも早く ”なれるように” と。

俺の2度目の登攀は、逆にゆっくり目の行程でしたね……


その上で、更に『上げて』ーーー『下って』

〜ワザワザ体への負荷が薄い所で『寝る』。

 

つまり自動的に”数時間” タップリ時間を稼ぎました。

睡眠は一種の慣らし行為ですね〜あれは。

合理的で、なかなかよく考えられた良策、良い手だと感じました。


ーーーですので、今回同じ様な事をしようかな?と考えているんです」


「ふぅん、それってどんな?」


「勿論 これら全て ”時間があれば” です。

ーーー登山は日没までにした方が良いです、なるべくね、熊が出ますよ?」


「!」


「「!!」」


……ぇ

ーーーーーーー クマぁッッッッ!?


「熊は結構、すごい体臭の匂いを放ちますので『ぁあ居るな』とはわかります。


それから山の中で、『おーいおーい』みたいな奇妙な声を聞く時がありますけど好奇心で探したら絶対にダメです。


山独特の反響で、高所の木々の梢から降りられなくなった子熊が、母熊を呼ぶ声が人間の声に変換されて届く場合があるからなんです。


この異変の側には必ず子どもを守ろうとする半狂乱の母熊がいるので、不用意に近づくと全速力で襲ってきますからヤバいです。


同じく単独で草むらに子熊がいる場合も、可愛いからと近寄ってはなりません。

必ず親熊がじっと人間を見張っていますからね」


藤の質問に信繁は穏やかにゆるゆると返した。



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