番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (15)
田子の浦の通りがかりの港を離れる時
「魚食いてー〜〜〜〜〜!」
「しらす丼!!〜〜〜名物食べましょうよぅ〜〜〜!班長〜」
「腹一杯食ったら今後走れんだろ」
「そんなぁ……!」
「お腹と背中がくっついて死にそうですっっ」
「鬼ぃ〜」
「名物ぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
「……食い過ぎるなよ」
ワーワーキャーキャー大騒ぎするヒグマの胃袋を持つ班員の為に……
信繁はやむなく、漁協が経営する港内の新鮮な魚介類が食せる食堂で短時間予定外の時間を使うことにする。
仕方が無いーーーーこういう事もあるさ。
信繁は頭の中で、今後のルート上のショートカット出来そうな道を素早く模索し始める。
登山道で無くても構わないか
さぁどうする……
『ぉし、何とかなる』 頭の中でピカッとルートが閃いた。
信繁の悩みを余所に…… ”信繁班が行くなら”と
「どうしよう」という思案顔、藤の細やかな感性の部下達も引っ張られるような形で漁港内の食堂にゾロゾロついて行く。
運良くまだランチタイムには時間が早いらしく、人はガラガラだ。
”これは好都合”だ〜と誰かがヒョゥ〜ッと口笛を吹く。
「済みません先輩」
「まぁ食欲があるのは元気な証拠だよ
ーーーこの先 ”大変”なんだろ?」
「えぇまぁ」
まずいなぁ〜と済まなさそうな顔をする信繁に、藤はイイヨイイヨという穏やかな笑みを浮かべ、自分も後から広々とした空間に入っていく。
『〜はぁ』
信繁は深い溜息をつく。
漁協が経営する食堂の中はイイ感じに薄暗く、遮光され風通しもよい。
流石、普段真っ暗な日の出前の早朝から営業活動をし、腕のいい漁師によって捕れたばかりの魚がぴっちぴち手早く捌かれ競りが行われているとおぼしき大空間である。
食品衛生の観点から掃除もバッチリ行き届いている。
ズラリと並べられた、白い天板の折りたたみテーブルが薄暗がりに光り、丸い座面の簡易式スタッキング出来る椅子がまるでオイデオイデ〜
座ってくれるのを待っているようだ。
装置で食券を買い、各自好みのメニューボタンを押し窓口に注文をするシンプルなシステムなのだが、こういう所は概ね「ごはんの量」が自分で選べるのだ。
だからこそ、信繁は注意事項を予め先に言う。
「食い過ぎるなよ」ーーーと。
花より団子、色気より食い気 食欲>睡眠。
そんな健康的胃袋を持つ長身体育会系男性が ”普通並盛り” ”ご飯少なめ” の中に、”ご飯大盛り” の文字を発見したらどうなるか?
キラーン…!
全員の眼が獲物を見つけた猫の目のように光る。
「あのさ〜ちょっと相談いいか、1個で足りるか?」
「大盛り1つと並盛りでいいんじゃね?」
「大盛り+大盛りだよな普通!」
「でもさ〜班長怒るっしょ?」
「しょーがない、『大盛り』にすんベ」
「んだな、しゃーない我慢しようぜ」
「はぁ……ダイエットだぜ」
「ジャさ、後から焼き蛤食おうぜ!」
「さーんせい ”浜焼き”はお約束だ、焼きサザエも焼きホタテも食っちまお〜」
「オ〜『しらすコロッケ』も忘れるなよ!」
「何個だ?」
「5コかな?? でーーーー『本命』はどうする?」
「そんなの……!!
名物生しらすと釜揚げしらすとマスの卵と沖漬けと卵黄の乗った丼〜に決まってるだろ?」
「賛成!」
「ソイツに決まりだな」
「班長にウダウダ文句言われる前に食券買っちまおうぜ? イェイ♪」
「だなーーーーーーッッッッ♪」
一糸乱れずあっという間に購入と注文完了、こういう事は更に素早い。
セルフの飲み物……
”お茶” ”イオン水” も人数分自分達で全部設定、確保する。
「班長〜ここですよぅ!」
素晴らしいチームワークの発露、あっという間に座は用意完成。
「僕達ご一緒させていただいていいですか?」
「私も!」
「是非お食事ご一緒させてください!」
「そんなの合同作戦なんだから当然でしょ?」
信繁班の即答にワッと明るい笑い声が沸き起こる。
後は何やら難しい顔をしてヒソヒソ相談中の信繁と藤が、自分のモノを購入し着席すれば全て完了だ。
それとーーー ”あの2人”! ヨンとアナスタシアだ。
ヨンは先程から腕組みして、食券機の前に佇んでいる。
教師役のアナスタシアが丁寧に説明中。
メニューの
新鮮な見本のホログラム映像が有るから、ほぉっておいても大丈夫だろう。
「ヨンにはハードルが高かったかな?」
「かも知れないですね…」
「外国人で、コロニー出身ですからね、箸を使うだけで無くて
ーーー”頭の付いた生魚”無理なのかも。
『睨んでる』って」
皆ウ〜ンと宙に目を彷徨わせる。
「それにしても素敵なロケーションですねぇ!」
「そうだな」
「綺麗だよなぁ!」
ウットリと語るメンバーの視線の先にはズラリと、今ーー漁を終えた漁船群が浜に係留されている。
輝く外光に照らされて白く輝く様は何とも言えない絵になる様で、自分達がいる仄暗い食堂の内部がフレーム代わりになり額絵〜
どんな美術館の名画も、今目にしている景色には勝てない気がした。
そんな嬉しい ”目のご馳走” と” 舌のご馳走” ーーー
ぁあもぅ〜……!
両方同時に堪能出来るだなんて何て幸せなんだろう。
「班長〜も藤さんも早く来て下さいよぅ〜〜〜」
「おーぃヨンもナスチャもっっ」
『何事も経験さ!』
”お口の天国”ーーーー美味しいもの達が、今なお清貧を心がける真面目なヨンの口に合いますように!!
『ナンダコリーーーーーーーーーーャッッ!』
藤と一緒に信繁が自班の仲間の所に漸く注文品を受け取り盆を持ってたどり着くとーーー……!
そこには驚愕の風景が広がっていた。
驚き過ぎて開いた口が塞がらない。
一体全体何処の歓迎会なんだよっ!
絶句する信繁の前には一応 ”悪っそーな顔” を浮かべる班員メンバーの面構え
テーブルに最早乗り切らない程の、ほっかほかの海鮮の、大層なご馳走がズラリと所狭しと並べられているのだ。
『確信犯に決まってるゾ〜コイツら〜〜〜〜!!』
あれ程 ”食い過ぎるな”ーーーと俺は言ったのにッ!
そんな信繁の怒れる爆発噴火寸前……大激怒を素早くかぎ取ったのか更に上目使いで、まるでシッポたれたワンコ目線でじとぉ〜っとウエットに見上げる姿は信繁に更に既視感を彷彿とさせるのだ。
そうーーー……!
信繁が自分を置いて出掛けないように、ツーンと靴を片方隠した今は亡き愛犬・北斗星ソックリの眼差しである。
巨大な〜……特別でかいジャーマンシェパードの癖にやたらめったら自分に甘えたがり、超が付くストーカー気質&しょぼぼぼぼーーんんっと、シュンとしょぼくれた北斗星が
ーーーーまるで何匹も何匹も……
ずらっと雁首揃えて
「ご主人様ぁそんなに怒らないで下さいよぅ……!」
ウルウルきゅんきゅん自分を見つめる姿(脳内イメージ)最早溜息しか出ない。
はぁ……
困ったなぁ、どうすればいいんだか。
信繁がそんなふうにシンミリ、昔を懐かしみ思い出し〜溜息をついていると
油断大敵
ドッカンーーー!!
ノー天気なあっかるい声で、信繁の背後から最後の強烈爆弾が炸裂する。
「おーーーーお前ら ”俺の奢り”だーーーーー!
前祝い、ジャンジャン食ってくれーーー」
げげげっっ!
「うわぁ〜〜〜〜子龍さんいいんですか?!」
「美味そうっ!」
「マグロ、サクぶつ切りじゃないっっすかッッッ〜〜!」
「ありがとうございますーーーーー…!」
「いーって!」
子龍がゴロゴロ押しながら、テーブル付近に持ち込んだカートの網内部には、ずらっっとーーー
1人用のスチロール製深皿がギッシリ並べられている。
新鮮そのもののツヤピカの蕩けそうに美しい、うっすら透き通る新鮮切り立て刺身がマグロと鯛、赤白彩りよく盛りつけられているのが見えた。
ポカンと…あっけにとられる信繁に、子龍は満足げにニタァッと微笑むと急にクルッ〜
何故か大げさにゆったりと体を反転し振り返り、食堂調理場の方角にボディをキチンと正面に向ける
軽く揃えた両掌を怪しく蠱惑的な笑みを浮かべる唇につけ投げキッス。
彼の大きな手の、手入れが行き届く美しい指先が優雅の極みだ
「チュッッ!」
彼しか出来ない華麗なる投げキッス、当然、堂に入ったリップ音の後に、フッとひと息。
甘くーーー”仕上げの吐息” を飛ばすのを忘れない。
バリバリ恋愛大国 ”フランス式”……キスの甘く優雅なお作法である。
「細工は流流仕上げを御覧じろ」どんな事も 出来上がりキメがとても大切
子龍はそういう肝を決して如何なる時も外さない
更に最後に悠然と、右手掌を左腕肩口に添えるようなポーズで大きく。
ゆーーーったりゆーーーっくり、丁寧な大きなお辞儀をする。
子龍はふぅっと体をもどすと両腕を大きく上げヒラヒラヒラヒラ〜
花畑をフンワリ舞う大きな蝶の様にひらめかす。
『この馬鹿ッッッ!』ーーーープルプル青ざめる信繁を余所に悲鳴が炸裂する。
途端「キャーーーーーーーーッーーー!」
爆発するかの猛烈なウッキウキの反応が聞こえてくる
賑やかで幸せでキラキラの、明るい歓声
『コイツ〜〜〜ッッ! くっそこの調子で絶対オマケして貰ったなぁッッ?』
ジロッとーーー剣呑な表情で自分を見つめる恐い顔の信繁に、子龍は何食わぬ顔で ぱちぃん♡
フフンと逆に、瞬きの音がしそうな綺麗で完璧なウィンクを返すのだ。
「〜〜〜〜……!!」
ーーーーー全く全然ちっとも懲りてはいない
「信繁君」
「…!」
その時ポンッと〜信繁の肩を優しく叩く人物が居た
当然ーーー藤だ。
「まぁぃいじゃないか」
「しかしっ!」
「我々もお相伴に付こう…まー何とかなるさ!」
「〜〜〜〜〜!」
なるかよ!
信繁の心の中の声(悲鳴)を余所に
「子龍様お手伝いします!」
「ぉうサンキュー! でも子龍でいいよ」
「そんなぁ〜〜〜」
「無理〜〜〜!」
ハラハラしながら様子を伺っていた藤の部下の男女メンバーが顔を赤らめ、我先にドンドンドンドン席を自主的に立ち上がる。
あっという間、新鮮お刺身皿は各各の前に並べられ、見るからに美味しそうっっっ!
アナスタシアとヨンが漸く着席すると、いよいよ信繁班〜
それから藤が率いるメンバー全員声を揃えて
「いただきます!」
その後はーーー見事な程に誰も彼も無言状態で。
カチカチカチカチャカチャ
ハグハグハグ
食器とカトラリーが触れ合う音
ーーーー誰も話さない
初めて発せられた言葉は「おいしぃいいいいい〜」
以後は堰を切ったように
「美味っッッ」
「魚臭くなくって美味っ!」
「つるんつるんの生しらす、微かにほろ苦いところがサイコー〜ッッ!」
「釜揚げしらすも美味いぞ!」
「んん〜〜〜〜口の中で蕩けるマグロと、シャキッシャキコリッコリのタイ!!
こんな美味い刺身食った事ね〜〜〜〜〜〜ッッ!」
「コロッケもっと無いか?」
「〜〜〜ちょ、俺のを狙うなよな!!」
「コラ取るなッッ!」
「あ〜スマンスマン、お前腹一杯でソレ残ってんだと思ったわー」
「ぁ…あ〜焼き牡蠣の季節早く来ないかなーーー
香ばしホクホクの焼きホタテちゃん〜 く〜〜〜〜生きてて良かった!!」
「……浜焼き、く〜ぅ…どいつも美味すぎて泣けるぜ!
くっそビールが飲みて〜〜〜」
「それだけは止めてくれ」 信繁はブスッと答える。
「「「はーい」」」 班員達は首を亀のようにすくめる。
ヨンは皆が心配したとは逆に美しい箸使いで、アナスタシアと同じメニューの丼を注文していたのだが。
特にーーー好き嫌い無く文句も言わず黙々と「釜揚げしらす丼」を食べていた。
真ん中に落とされた卵黄をクルクルクルッと箸先で混ぜる仕草は中々決まっていた。
白に近いプラチナブロンドで厳つい長身の体。
北国の空の如しの薄いブルーの瞳を持つ北欧系の男が、生粋のジャパニーズと同じ仕草で同じ物を頬張り食している姿は皆の心を和ませた。
「無理じゃない?」
「美味しいです、魚は大変に貴重で、コロニーでは缶詰のツナしか食べたことはありません」
「美味しい?」
「新しい味覚です、でも、とても気に入りました」
「良かった〜〜〜〜!」
「……」
アナスタシアは見るからにホッとしたように微笑む。
子龍は既に自分の分の……
「生しらすと釜揚げしらす+その他トッピング付」大盛り丼と、浜焼き、刺身を綺麗に平らげ、サクサクのしらすコロッケに取りかかっていた。
パクッと1口で”いってしまう”ーーーと
「ウマ!」
ジタバタク〜〜〜ッと、その場で悶えるのが何とも剽軽だ。
「信繁、ルートどうすんの?
ココで結構な時間使っちまったから当然ショートカットするんだろ?」
「まぁそうだな、腹ごなしに少々ハードなコース取りでもいいよな?」
「ふーん……別にいいけどな
藤さんはどうするんですか?ーーーいいんですか?
『コイツの作戦』……
一応”経験者”として言っときますが毎回メチャクレージーですよ?」
「そうだなぁ…『お手柔らかに!』
そんな所かな」
「私達は構いません」
「大丈夫です」
「ーーーいざとなれば俺達が手を貸します
〜いいよな?お前達ーーー少しは『協力』しろよな?」
低い、珍しく威圧感のある声で信繁が指示を出す
「いいっすよ!」
「オ〜〜〜〜」
「コッチこそ宜しくだし?」
「山小屋の富士宮焼きそば楽しみだしーーー」
「ーーーまだ食う気か?」
「あったりまえっすよー!! 富士といったら富士宮焼きそばっすよ?」
すぐに明るい屈託無いコールと笑い声
そんなこんなで楽しい時間の後、いよいよ本格的に出発するのだ。




