番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 (12)
「ちょっとヨン、こっちへ」
『?何だ?』
「少し話さないか?」
やはり美しい流暢な連邦英語
今回のこのプログラムは先のD-O1がジャパン国内で起こした犯罪行為、それに対しての矯正・更正の為の一環、自分達が襲撃した宇宙巡洋艦が墜ちたかも知れない市街地の様子を見る……
そういう重い『現実の確認』だ
正直ーーー辛かった
自分達がしでかしたかも知れない悲劇を思うと、とてもではないが内心動揺で平静では居られなかった
「・・・・・・」
「歩こう」
「信繁付いてかなくてい〜か?」
「ぁあ子龍済まん」
「ふん」
子龍のジィッと射るような厳しい視線を背中に感じたが、ヨンは何事も無いかの様なポーカーフェイスで砂浜を歩く。
「ーーー」
「……」
波打ち際に防波のテトラポットが幾重にも並んでいたが直ぐにそれの切れ間が現れた。
お互いに無言で歩く
『何がしたいんだこの人は?』
「……」
やっぱり全くわからない
ザンッーーー目の前には駿河の海ーーーー
洋々と美しい田子の浦の景色が広がっていた
潮の香り、肌を嬲る清々しいまでの海風……
コロニー育ちのヨンにとって、人工以外の、こうした本物の海を見たのは初めてで。
雇い主の若君、コロニー都市D-01宰相の嫡子”ウィンストン”について他惑星に護衛の業務で渡った事は無かった
「綺麗だなぁ」
ヨンの当惑を知ってか知らずか、信繁はウーンと伸びをして悠々と感想を述べる
小さな形のよい頭にはキャップ、おそらく最新流行のシャープなデザインのサングラスを襟元に無造作に挿している。
2m近い高身長に軽やかで爽やかなスポーツウエア〜
憎たらしい程ーーーどれも素晴らしく 姿勢のよい体に似合っており、その羨ましきスタイルで信繁はノンビリ歩を進める。
傍目にはノホホンとリラックスして見えるだろう、しかしヨンには見た目とは裏腹な、そうでない事がわかっていた。
自分をさり気なく、知らん振りしながら様子を観察しているのだ。
「ヨンは海を見たのは初めてか?」
「はい」
「ふぅん」
「対岸には何があるんですか?」
突然信繁が笑い出す
「?」
「悪い悪いーーー俺の死んだ母親もおんなじ事を言ってたのさ。
でもヨンって時々面白い事言うよなぁ、先入観に捕らわれない感性というか……
そう言うのってなんだか良いな」
信繁はスラリと長い左腕を伸ばし向かって左側の方面を指さす
「ヨンの言ってるのは多分アッチ、伊豆半島側じゃ無いよな……」
「ええ」
「だよな」
信繁はフッと笑う
「何にもないぞ、本当にこっちの真正面には、うんと向こうにはいきなり国だ。
まぁお前も『知りたい』という本能的な疑問でそう考えたんだろ?
そう言う本能的な感性は大切にした方が良いと思う
俺なんかそう思う余裕すら無い状態でここまでやらざるを得なかった」
「ーーー俺は生きていくだけでやっとでした、妹と一緒に」
「俺も同じだったよ、達成しても達成しても次々新たな課題が降りてくる。
ただただ益々ハードルが高くなる。
ったく〜ーー俺はいつ自由になるんだかな」
「みたいですね」
信繁とヨンは声を揃えて小さく笑う。
「お前の柔軟な思考は母親譲りなのか?」
「〜どうでしょうか」
「確か、履歴の記録では”画家”、D-01で活躍の新進気鋭のアーティストだったよな?
描いた作品が”美術館お買い上げ” 〜だなんて相当凄い事だぞ?」
「ーーーはい。
漸く名前が世に知られ始めたーーー頃だったんです。
”美人画家”と〜電脳マスメディアでもてはやされた母が亡くなったのは
ーーー運がありませんでした母は。
父も他界していたので妹と2人で養護施設で大きくなりました。
手に手を取り、父も母も実家の大反対を押し切り家を捨てて駆け落ちし2人だけで結婚した為、頼るべき双方の親戚も全く居なかったので」
「随分お前ーーー頑張ったんだな……凄いなぁ尊敬するよ。
生まれてくる子どもに罪なんて無いだろ、随分狭量な大人達だな。
城主は知ってるのか?」
「いいえ」
「そうか……わかった俺から伝えとく、あの人には何か考えがあるようだ。
雅と共に作品を検索してみてーーー驚いたよ。
現存する沢山の作品の『モデル』ーーー殆どお前だろ?
描かれたベビーは、妹さんか?
愛されいてた事がよくわかる素敵な絵だな」
「はい。
母はよく自分を絵に描きました。
ジッとしているのは大変でした。
ーーー班長のお母様はどんな方だったんですか」
「俺の母は鉄の女だよ
俺の変態親父とドッコイドッコイの人だ。
母ーーーーが、俺を身籠もった事を事実としてわかったのは、新婚旅行で北極点に砕氷船でバキバキに氷カチ行ってジャパンに帰って来てからだ。
体調に異常が無いか、医師から定期的な健康診断を受けた時さ……
で……逆算するとそうなるらしい。
だから彼らの理屈では最年少で北極点に行ったことになるらしい。
”そんな事知るか!”〜”恥じらいが無いのか?”と、いつも身内のぶっちゃけ話で聞かされる度思ったが」
信繁の言いたいことは朧気に理解出来たのだが、それにしても最年少とはどう言う事だ?
『まさか!』
たった1つ可能性は無い訳では無いがーーーー
信繁は眉をしかめるヨンの顔を見ると、ニッと笑い面白そう笑う。
どうもこれは定番化したジョークを交えた逸話らしく、別段彼に迷いも戸惑いも感じられなかった。
「両親がいなくなって本当の1人ぼっちになった時、俺も1人であちこち行って、北極点にも自暴自棄なその過程で行って来たんだ
自分の本当の意味での、ルーツ、見て見たかったしな。
少しーー……
どうしても 吐き出したい強い感情があった。
ぁあーーー ”俺の両親と家の事情事”は知ってるな?」
「はい」
ヨンは小さくそれだけ呟やく。
”何があったのか”はーーーヨンは口に出して言いたくなかった。
クスッと信繁の口元が動く。
「お前は優しいよな」
「いえ」
「優しいよ」
「……」
ヨンは独居房に収監中余りにも退屈……
何もすることが無い為、地球の地面中心の世界地図、それから海図ーーー……
特別許可申請し、歴史書の分厚い資料を細かく読むことに精を出していた。
元々、幼い頃の生育環境のせいで、美しいこうした図表や写真を見ることは嫌いでは無いのである。
貪るように読みふけり頭の中で立体的に空想し楽しかった。
心が躍る、見果てぬ世界ーー……
コロニー都市とは真逆の信じられない未知なる環境
収監者は(一応)電脳空間に入ることは出来ない為、外部に繋がってない独立した記録媒体を与えられている。
当然全てチェック後、与えられていたから、余計に空想の翼は自由にパタパタと自由闊達に羽ばたくのだ。
〜これは少し古い記録なのでは無いか?
〜今は一体どうなんだろうか?
だから空想力はより一層のモチベーションの虹色の羽根を得、ヨンの果てしない夢想は飛び立った。
ヨンの透き通りそうな青い瞳の目の前には何もない雄大な光輝く海原が広がる。
ザーーー……と寄せては引くーーーー……波
心地よい音と共にうち寄せる波しぶき。
靴先の直ぐ側までスルスルと静かに波頭は接近する。
2人は暫く言葉を発しなかった
「信繁班長はーーーそんな所まで行ったんですか?」
「まぁな」
「で、どうだったんです?」
ヨンは思わず声が上ずってしまう
自分にとって目にしたことがない、目の前一面の流氷と、どこもかしこも見渡す限り平らで、氷しか無い白い世界。
自分には……ーーーー想像もつかない極限の世界
信繁は綺麗な連邦英語で短くアッサリ答える。
「何にも無かった」
「何にも?」
「ぁあ」
「…」
「ソリャそうだよ、綺麗さっぱり氷しか無い。
凶悪ウィルスだって休眠状態で多くは活動を止めるカチコチの氷に閉ざされた世界だ。
だがーーーかえって良かった。
無から生まれて無に返る、圧倒的な壮大なサイクルがそこにあった、
何故かーーー……迷いが消えた。
そりゃあんな風景を見たら人間なんか所詮ちっぽけな存在だってな。
だったらーーー ”生きてみよう”と
”生き直してみよう”とーーーー出来る限りな。
俺は、見渡す限り、果てしなく続く凍った平原を見てそう思ったよ」
「凄かったですか?」
「ぁあ〜だけどさ、約2mの氷の真下は今日登頂の富士位の水深だ。
陸地の上に北緯90度は無いんだよ。
何処までも続く氷の下に何があるかは誰も知らない、太古の未知の世界が埋まってる。
今俺達の目の前に広がる青い海の底は……実はジャパンでも屈指の深い、あと少しで『海の溝』
ーーー海溝と呼ばれた筈の ”舟状海盆”……
滅茶苦茶ディープな、トラフと名付けられた深海が広がってる。
誰も殆ど日常で気に留めないがな。
ーーーー同じさ。
それの震える怖さも人生と同じ、自分の中に眠る潜在的狂気って奴さ。
そう言うのって面白いと思わないか?」
ヨンは想像を巡らす。
自分の中にーーーーあるのだろうか?
そこまでの自分で読みきれないほどの深い闇、深海が。
確かに強烈な半生で、現在も城収監は人によっては途轍もない生き地獄だろう。
ーーーだが 『彼程じゃなし?』
苦労そのものが信繁程では無い気もしたから首を傾げた
クスッと信繁は微かに笑う。
言葉に表しきれないデリケートな気持ちを察したらしい彼は、しいて深追いはしないからつい救われてしまう。
口下手な自覚があるヨンは、何だかホッとした
この人はやはり頭が良くて優しい。
「ヨンはご両親ーーー好きだったか?」
「ーーー父の事は記憶にありません。
母の話では、仕事の画業のスケッチ旅行に出かけた際に飛行艇の墜落で死にました。
無茶なーーー注文主からのどんな過酷なオーダーでも受けてしまい過労で、俺達を養う為、働き過ぎ体を壊し亡くなった……母も。
生前〜相当心に堪えたのか 父の事は日常の話題に上らせませんでしたから、父が果たしてどんな絵を描いていたのか自分は詳しく知りません」
「そうか」
「ただ〜俺の名前は、嬉しそうに母が言うのには、父が名付けたと言う事です。
2人が自分達の祖先の地 ルーツだと憧れていた地球北欧、スウェーデンという国のある画家から命名したそうです。
俺も妹も、ヨンと言う名を持つ彼の、短い生涯で子どもの為に描いた幻想的な美しい絵本が大好きでした」
「ーーーぁあやっぱり」
「?」
信繁の答えに、ヨンは思わずマジマジと顔を上げて見つめてしまう。
何で知ってるんだ??
「ーーーその画家なら知ってるよ?ヨン・○ウエルだろ?
今様々にムービーに登場するトロルや、妖精のそういった原型のような姿形を魅力的で幻想的に描き出し、正に創造主の如く、昏く優美に生み出した作家。
それはそれは美しく命を吹き込んだ画家だ。
一見異形で恐いんだけれども、彼が描く世界観は皆気品があって繊細で。
子どもだったら誰でも恐い物見たさで、知れば知る程、コッソリその魅惑的な魔法の扉を開けてもっと見たくなって好きになる」
「!?」
信繁が余りにも画風を正確に読み解き、深く知っていた事にヨンは仰天した。
「ーー偶々さ
妹は彼と同時代に活躍したアーサー・○ッカムとか後○ュラックとかの絵が何でか特に好きでさ……!
だって大人が見ると、ええっと思うだろ?
でも好きなんだよな……
○ュラックの『眠れる森の美女』に、○ッカム版の『不思議の国のアリス』
本当に毎晩俺が読んであげたんだぜ?
妹が”かの画家” ヨンの大ファンで……!だって顔も姿も格好いいだろ?
若く天に召された悲劇的人生も泣かせる
どこもかしこも女の子好みだ」
「俺はーーー自分の名前が誇りです」
ヨンは思わず目頭が熱くなってしまう。
「でもお前はその年で死ぬなよ?」
信繁は人なつっこい笑みを浮かべ、茶色がかった瞳を輝かす。
「よー〜信繁、いつまでまで話し込んでるんだよ〜!」
信繁とヨンの背後から少しふて腐れた、馴染みのある罵声が聞こえてくる。
相変わらすの低音の憎らしい程の美声に続いて、ワラワラと複数の声が被さる。
「班長〜早く行きましょうよ〜〜〜……!」
「コッチは準備オッケー」
「ぅわまぶしッッ!」
信繁はチラッと背後を見るとこう言った
「ああそうだ、ヨン、サングラス貸せ」
「?」
ヨンが自分の今回支給されたモノを差し出すと、信繁は自分で少しかけてみる。
「んーーーちょっと遮光が弱いな、山稜の森林限界値を抜けたら俺のを使え。
山の直射日光の破壊的威力を、決して甘く見るな。
俺とお前 視力の度数も似たようなものだった筈だから、断然こっちがいい」
「!」
信繁は自身の襟元に挿したサングラスを、サッサとヨンに押し付ける。
『じゃぁこの人、自分はどうするんだろうか……?』
思わず固まるヨンの肩をぽんぽんと信繁はタップし、何事も無かったかにクルリときびすを返す。
彼の視線の先には、公園から砂浜へ続く階段を駆け下りて来る人影があった
1番に到着ーーー
砂に半ば埋もれたテトラポットを器用に長い脚で乗り越えた子龍は、ヨンの手の中にある見覚えのあるサングラスに一瞬、イヤァ〜な顔をあからさまにする。
「予備は?」
「コッチにある」
子龍の問いに信繁はゴソゴソと背負っていたバッグからケースを取り出すと、中身をパカンと出し、ヨンから受け取った品を代わりに収め予備品を襟元に挿す。
「〜!」
「何?」
追い付いて「事情」を素早く察した班員達は、視線を合わせコソコソッと言葉を交わす。
「あ〜」
「わかってないな班長〜〜〜〜」
「”女房役” 子龍さん結構嫉妬深いっしょーーー」
そんな微妙な空気を知ってか知らずか、信繁はそれ以降はサッサと指示を出すのだ。
「じゃ田子の浦の海水で神社で手水をとる感じで指先を清めろ、記念の石とか各自見つけ、海水はあくまでも気持ちだから極少量な?
わかったか?」
ーーーと信繁は足下の、形が手頃の丸い石をフイッと拾うと、試すがえすコロコロ手の中で調べた後。
ポケットから取り出した清潔なハンカチで綺麗にキュッキュと拭き、グイッと無言で目を怒らす仁王立ちの子龍に突き出すのだ。
「これなんかどうだ?」
「いいんじゃね?」
ブスッとしながらも、どこか嬉しげに子龍はフンと受け取る。
ブー〜ー……っと口に手をやり、大笑いを必死にこらえる班内の仲間に子龍はスパーンと長い脚で上段回し蹴りを喰らわす。
とたん海辺の砂がずざっと白い煙が如く盛大に舞い上がり、まるで煙幕だ。
「ざーんねん!」
「ひょひょひょ〜〜〜!」
首の皮1枚でヒョイッと軽々かわした ”的” 達は、後方宙返り、華麗なバク転、横っ飛びのとんぼ返りで難を逃れる。
トンッ……と安全な距離の砂地に憎ったらしく「ジャン!」とか何とか、綺麗な大見得まで切って両腕を伸ばす。
子龍は「チッッ!」と言って睨みつけるのだがそんな事は関係ない、全くお構いなしだ。




