番外編3 フレイヤ姫に捧げる富士登攀計画 ⑥
現在 ”アルパイン” というワードは意味自体形骸化してしまっているが。
〜本来コレは古代の某アニメ、スイス山岳地帯に住む少女が、都市在住の車椅子の金髪碧眼の少女との交流とに出てくる、マジか〜なあのとんでもないレベルの山々の事だよなぁと信繁は思い起こすのだ。
ヨーロッパ最大級、陸地中央を背骨の如く東西に横切る巨大アルプス山脈を言っている登山用語で、途轍もなく険しい断崖絶壁を制覇する為の独特の体を張ったクライミングを指すのが本来の意味合いだ。
そんな山々の麓で当然の如くに日常暮らしている少女ならば、確かに友人というよりも娘を守る護衛にぴったりだろうと大人が考えるだなんて、自分にはごく自然に思える。
父の友人らは岩を読み、過不足無く身にまとった道具を様々に駆使する特別な超高難度の登山技術は勿論、ロープその他の特殊装備にも馴れていた。
縄はドイツ語で ”ザイル”
文字通り命綱を駆使、冬期の富士登頂当時ーーー反抗期で生意気盛りの未成年者だった信繁を経験値で圧倒したのである。
因みに信繁の藤と交わした ”アイスクライミング”
冬、冬期限定の登山(?)〜クライミングの事で、厳寒期の氷瀑や凍てついた沢を全部専用の道具を用意してグイグイ登ってゆくーーー
あるいは「下る」、強烈にクレイジー……マニアックすぎる行為の事を言う。
当たり前だが、バリエーションルート登山者の必須の持ち物、ザイル、登山用ロープを固定するのに普通の道具は全然歯が立たずに役に立たない。
「では〜!」と、そこで考案された道具こそが ”アイススクリュー”
ガッチガチの氷にグルグル〜
まるでスクリューの如く埋め込めるのが、今までより格段に楽という、長さ様々なネジ式の杭の事である。
〜まぁ5合目くらいでゆっくり小一時間休憩を取り、体を慣らしユルユル行けば何とかなるか?〜
……とはいっても日暮れまでに ”山小屋” 予約の山室まで何が何でも全メンバー全てで遅延なく行かなくてはならない。
ーーー実際、そこが問題だ。
信繁は『こんな筈では無かったんだが……』とも思ったが、1人で行くと事故に遭った時最悪なのも思い出す。
「馴れ」から来る不慮の山の事故は案外多いのである。
例えばマスコミが素晴らしいとあおり立てる、百名山の一般登山道でも無雪期
ーーーあれらは要するに「夏山」だ。
しかし積雪期(雪山)、更に残雪期は一気に山の表情が変わる。
場所にも寄るが夏と冬は全く別の物と考えた方が良い。
どれ位難易度が変わるかというと、訓練を積み登山熟練者のテクニカルルート・バリエーションルートをモノにする側から見てもギュッと顔をしかめる……
「こりゃあかんわ」
「ロープがいるぜ」
「装備が無きゃ引き返すしか無いぜよ」
ーーーそんな確実な悪所となって牙を剥く。
それに山は普通急斜面、足下の足をかけた地面が ”いきなり無くなる”
グラグラの浮き石だったり、風化が進み脆く崩れやすい岩かもしれない。
不意の段差、崩れて落下するという危険を常に意識しないと滑落に巻き込まれたりする。
笹の葉の生い茂る登山道は滑りやすい場所で、落ち葉ーーー
信繁自身も小学生時代、掃除当番で学校の敷地内の樹木が植わった陰でサボり遊んだ経験があるから判るのだが
雨水でしけった ”ああ言ったもの”
〜特に杉や松、そういったブツの、ツルッと足下から1度に行ってしまい尻餅をつく驚きは経験が無ければ絶対に信じられないだろう。
ジャパン義務教育中の児童が、在学中1度は学校指導で行うキャンプ、自然教室の楽しいイベント「落ち葉スキー」。
この特性の応用で、裏山の結構な傾斜に深い溝を予め重機で掘り、施設職員が時間をかけ落ち葉をフンワリ上から下までため込み、児童に大人気の企画をする位なのだから……
アイスバーン化した山道に積もる残雪や、こうした枯れ葉枯れ草類に足を取られ滑ったら最後、あっという間に山腹を岩や障害物に激突するまで凄まじいスピードで落ちる。
ーーーひたすら落下し続ける。
100〜200mの距離などあっという間、瞬き数回 ほんの一瞬、長くて10数秒の出来事。
これが「滑落」、ロッククライマーが落ちることを指すだけでは無い。
一般道でメンバーが滑落し、同行者は何とか自力で、落下時の衝撃による骨折怪我で悶え苦しむ相手を助けようとするのだが、残念ながら多くは標識付「安全な登山道」だという安心感から普通ザイルなど持ってはいない。
その状態で必死に何とか助けようとするが、足下は厳つい本格仕様の登山靴ではなく、良くてトレッキング用のシューズだろう。
山岳の二重事故の酷く悲しい出来事は、強い責任感と目の前で苦しむ相手への深い慈しみ愛情から発生する。
信繁が使用している地図は某機関が発行している25000分の1地形図で、これに様々な人工知能の機能を付加し、自分専用のものと言っていいカスタムしたマップ
……「特別製」、みっちり信繁はこれを使いこなしていた。
初めて見た雅は「何これ…!」
「僕訳わかりません!」
詳細すぎて難易度が高すぎて意味がわからず、本来複雑怪奇な資料の読み取りが超得意な彼ですら半泣きだったのを信繁は思い出す。
「まぁ……アレだ 慣れだよ」
落ちこむ雅を優しくフォローすると子龍にベシッとどつかれた。
「んなの、お前以外にわかるかよ〜〜〜〜!」
フンッ! 鼻をならす子龍は信繁に、ブツブツ盛大に文句を言うのだ。
信繁は端末の地形図機能は毎年細かく更新、常にどんな時も新しく最新の情報を手に入れ、出来うる限りのマメなリニューアルは欠かさない。
が、それだけで無く平行し、同時にエネルギーを食わない、印刷した地形図も常に携帯している。
高山などの深夜帯や冬期の厳寒地、そうした凍える冷えた場所では機器本体の90%残量、例えバッテリーが充分温存されていたとしても使えなくなる場合が想定される。
殆ど何もせずとも「え?アレしただけなのに?」
驚く程些細な程度でもあっという間にみるみる内、30%程度に機器内蔵エネルギーがガクンと消耗するのは普通の事。
信じられない勢いで極端にエネルギー残量が落ちこむのは珍しくない為、そんな物は恐くて使えない。
予備、スペアがチャンと用意してあることは常識としても、そのスペアもイザ使おうとした時、果たして望む分が中身残量としてあるとは限らない。
信繁はいざという時の保険という意味でも、生命線となる別媒体の地形図は個人的に用意している。
信繁は父親から徹底的に地図の読み方……詳細な地形を把握する技術を教え込まれた。
科学の進歩はめざましい。
しかし幾ら正確な”現在地”が、宇宙空間を高速で飛翔する衛星による探知機能でわかっても、自身に地形図の図表を読み解く力・理解・考察、推理する力が備わって無ければ意味が無い、折角のデータが使いこなせないのだ。
「結局は自分はどうしたいのか?」
「どこへ行きたい?」
「どうなりたいのか?」
その上で充分な準備と無理の無い行程、未来を予測する。
自然は人間の都合で存在してる訳ではなく森羅万象、ひとの目に見えない巨大な物理と化学の摂理でダイナミックに流動的に常に動き続ける。
変化ーーー予測出来ない事ばかりが連続だ。
そんなこんなで〜コンパスと地形図さえ有ればどこだって行ける〜
移動に必要な物、交通費及び自身を目的地に連れて行く車両か航空機、万遍無い丈夫な装備品、食料に水。
それだけ有れば 「イベント目標クリア!!」
ーーー全く不安が無い、恐いもの無しの男に信繁は成長した。
しかも信繁の優しい思いやりのある性格から来る細やかな目配り。
個々の力量を把握し危険や危機的状況を先んじて察知する能力。
班員の様々な事柄を掌握しつつ自ら先んじて前進出来るパワーと力量は信繁班の実力を高める潜在的な源である。
信繁は自分の役割をよくわかっていた。
安全管理、自分しか出来ない事
「言い出しっぺは自分だから」と言う事だけで無く、そしてまた自分も藤の言う通り ”皆に守られていく”……
そして望みが叶う、いいじゃないか? それで。
今回のルート制覇は、全くの自分の予想外の展開になったが
案外良い出来事ーーー瓢箪から駒なのかも知れないな
信繁はコッソリあれやこれやを連想する。




