〜王太子クリストファー編〜 第1章 宇宙巡洋艦襲撃
「メーデーメーデー、緊急着陸を試みます!!」
激しい警報音ーーーーー……
クリストファー王太子は、狂ったように暴走するディスプレイを見つめる自分をボンヤリ遠くに感じていた。
宇宙巡洋艦のコックピット内部は騒然とした状況に沸騰し誰しもが声限りに大声で叫んでいたのだ。
「侵入者に踏み込まれました!!
もうこの艦は持ちこたえられません!!」
「最新ドロイド達〜防衛ラインも全滅です艦長!」
決死の表情で何とか艦を支えようと、ありとあらゆる手段で奮闘する全クルーと
故郷コロニー……
D−01が誇る優秀なスラリとした体躯の艦長の機敏な指令。
阿鼻叫喚の怒号と繰り出される的確な命令と瞬く警告ランプの洪水だった。
「せめて王太子様のお命だけでも!」
「キャサリン様、後はお任せを!!
クリストファー王太子様だけでもお逃がし下さい。
我々が囮にーーー盾となりましょう!
キャサリン王太子妃様と、尊き王太子様の為にでしたならば皆この命、決して惜しくはございません、全クルーの総意です」
「わかりました。
必ずや王太子様を私はお助けして、お救いしにお連れ致します」
「お前達はーーーー”役割”は解ってるな?」
「はいっ!!」
「〜では行けッッーーー頼んだぞ?
皆……クリストファー王太子殿下とキャサリン王太子妃殿下に敬礼!!」
「ハーーーッ!」
ビシッと艦長以下クルー全員に見送られた。
騒然とするコックピット。
王太子は新妻の白い腕で抱きかかえられ引き摺られて出、一瞬、空白に訪れた静かな時間だったが彼にとっては永遠にも似た「時」だった。
王太子の最愛の幼馴染み〜
子どもの頃よりお互い見知っていたキャサリン王太子妃、愛称 ”キャシー”
彼女は先日結婚したばかりである自らの夫を有無を言わせずにズリズリと引き摺ってそのまま奥へ奥へと進んだ
「こっちです、お妃様……!
……!ここはまだ安全な『隠し通路』
敢えて設計図に書き込まれていない極秘特殊経路です。
ごく限られた選抜メンバー……”我々しか”知りません。
〜皆アース、我らの母なる惑星、美しき地球まで貴方方と共に過ごせて幸福でした。
必ず御国へ、ええ、クリストファー王太子様を御父上と御母上の元に」
「ここまで案内 誠に有り難うございました。
わたくしも貴方がたの、ほんの直ぐ後からそちらに参ります
”しばしのお別れ”ーーーですね」
「!滅相も無いーーー勿体なき有り難きお言葉です」
「?……」
ヒソヒソと彼の妻と ごく若いクルー達が謎めく密やかな言葉を交わし、彼等夫妻に付き添う1人1人が胸にピタリ手を置き深々とお辞儀を行った。
秘密通路区画を仕切る〜ぶ厚い隔壁扉を通り過ぎる度に、特殊超合金〜
超金属製、頑丈な扉の内側に武器、最新式銃を片手に必ず残留する。
その度に逐一、手動にて機械操作を行い通路はリセットされ、新たなロックナンバーを入力してはメンバーを一人ずつ残しては駆け抜けるのだ。
「居たぞ!! こっちだ!!」
遠くで叫ぶ 微かな人の声
ーーーー禍々しい銃声の音が続く。
荒い乱れる吐息…
……最後は彼等夫婦二人だけになってしまう
クルーはもう誰も側に居ない。
ハァハァ互いの激しい息の音だけが耳元で海鳴りのように聞こえた
「ここです」
痴呆同然に最後まで呆然とする彼を、キャサリンは目指す区画に夫の腕を取り引っ張り込む。
当然の如くで躊躇いは欠片も無い
「王太子様〜わたくしの命の御方
此方の緊急避難用カプセルに早くお乗り下さいませ」
「……」
クリストファーは激しく息が上がるばかりで意味がわからなかった
頬が薔薇色に上気する目の前の美しい貌
我が愛しき人…!
漸くプロポーズを承諾してくれた幼なじみ、最愛の女性をボンヤリと見つめるしかなかった
というのもキャサリンは彼にとって本物の看護の守護聖人だったから
年中病気がちの自分にとってその翼で守ってくれる聖なる女性そのもの
常日頃〜静かで落ち着き気品ある愛する「キャシー」
このように引きつった顔を成人した大人になって今初めて見た気がした
聡明でいつも清楚に微笑み記憶に無い幼い子どもの頃から共に暮らし、家族も同然、寂しい時、悲しい時、嬉しい時、いつだって側にいてくれた大切な人。
体の弱いひ弱なくせに悪戯ばかりする彼を、困り顔で溜息をつきながらも愛してくれ
……1度もーーーー!
誰かを悪く批難する場面を見た事が無かったのだが、今初めて新婚の夫を叱り倒したのだ
「しっかりして下さい!!」
しかも…ぼんやりする彼の左頬を、思いっきり平手打ちで叩いた
「しゃんとして!」
〜呆然とする間もなく、続いてガクガクと首が抜けそうなほど揺すぶられた
この細い腕の何処にこれほどの力が潜んでいたのだろう?……という物凄い力
更にズルズルと体ごと引きずられているのが信じられなかった
「ーーー我は来たくは無かった
皆と共に戦うのだ!
こう見えても護身術……!
厳しい銃火器の軍事訓練を受けていたのだから!」
無意識の僅かな掠れた独り言、そんな一瞬の抵抗で夫の胸の内全ての心象風景を察したのだろう
「何を馬鹿な事を!!」
物凄い勢いでピシャリと怖い顔で否定された
ドンッ!!
どこかの何かのーーーー細長い機械の内部、そのままゴソリと強く突き飛ばす様に押し込まれた
「早くお乗り下さい!」
凄い力で押し込まれるように強引に入れられる
シューッと音を立て”1人分”
彼の肉体を内包したしたカプセルが「チューブ」にそのまま、緊急脱出用の飛行シャトルに接続される
全て手際よい行動、あれよあれよと言う間に呆然と戸惑う目の前でキャサリンは緊急時の装置の操作を開始する
『何故……?どうしてなの?』
自分と同じく「同時に」
艦長から丁寧だったとは言え、一度レクチャーされただけだった筈。
『操作方法をその時初めて見聞きしただけなのに、それなのにキャシーはどうして……?』
何故スラスラ滑らかに、現役巡洋艦クルーそこのけに完璧に機械操作ができるのか全く訳がわからなかった。
だが現実は現実だ
それ程手つきに全く迷いが無くすべて手際よく熟知し暗記
しかもーーーどうやら何度も、不思議な事に実地訓練も数々積んでいる様に見受けられた。
ただーーー
それでも理解出来ないのは「どうして1人用の方のチューブに入れたの?」
「大切な愛する君は夫の自分と一緒じゃ無いの?」と言うことだった
記憶に間違いが無ければ、カプセルは「2人用」が確実にあった筈なのである。
どうして彼女自身は乗らないのか?……
チューブは、世界最高峰の機密性断熱効果とダイヤモンド以上の硬度がある為、この中に入れば何人とも破壊が出来ない。
内側からパスワード入力をしないと解錠も出来ない。
つまり、いわばシェルターに似た特殊機能構造を備えているのである。
ゼウス星域ーーーー
惑星デメテル周回軌道にある故郷コロニーD-01(ディー・ゼロワン)から地球へのハネムーン出発直前
飛行安全上の規則という事で「設備案内」
「このようになっております」
そう 宇宙巡洋艦艦長が目を輝かせ、誇らしげに安全装備について熱く語っていたのを今になって思い出す。
「キャシー!!
お願いだから君もカプセルに入ってチューブに乗るんだ!!」
彼は必死で叫びながらドンドン前面ガラスを拳で叩く。
飛行シャトルに頑丈に接続された以上……
危険防止上〜「完全に外界に放出される」まで、チューブ内側からも一切開けることは出来ない。
もうチャンスも時間も無かった。
彼の勇ましい新妻は、宇宙巡洋艦の大きくグラグラ揺れる船体の中、力任せにガラガラと頑丈な防御扉を細い腕で開けた。
その途端ヒュウヒュウと、細身でしなやかな肢体が激しく強風にて押される。
今直ぐ転びそうに煽られながらも、それでも壁に設置された非常用コントロールパネルガラスカバー
〜コレは万が一の時のためにの設置。
彼女は最後の命綱である装置の強化ガラスカバーを、直ぐ近くの壁面に頑丈に括り付けられた斧で力一杯割った。
その時、立てた筈の大きな音は、クリストファーには全く聞こえなかった
脇ケース内の斧で叩き割り、迷い無い素早いタッチ操作で放出モード〜
彼がこの先、確実に生き延びる事の出来る手段全てを入力し続けるのが見える。
と、作業を漸く終えたらしきキャシーがクルッと振り返りその弾みで優雅な扇のように。
ーーー誰もがうっとりと褒め称える素晴らしいロングヘアが、ビシビシと強く吹き込む風で大きく揺れた
過去の懐かしき記憶ーーーー
シルクのように美しく長い、幼き頃よりボー……と
うっとり憧れ続けて心より褒め称えて来た、愛する人の艶やかな燦めく髪
こんな火急の時ですら夢の如くに美しい大切な君ーーー!
突如、とある燦めく思い出を心に呼び覚ました。
ーーーー”初めての大切なプレゼント”
妻のこの髪を引き立てるようにわざわざ原石から輸入。
デザインから「彼女」をイメージして、とある理由で、とても思い出深い様々な虹色の幻想的光を放つ、繊細な柔らかな宝石を思う存分に使った美しい髪飾りだった。
王家お抱えの腕の良い宝飾職人に造らせた、小粒のオパールとダイヤモンドを品良く散りばめた品。
「一生大切にします……」
小さな髪飾りを両掌に捧げ持ち、ポロポロ涙ぐむ許婚を引き寄せ優しくキス。
いつもの頬にする〜友人、許嫁のものではない、ずっと憧れ続けた愛する女性と、生まれて初めて交わした「愛している」〜
正式な唇への口づけだった。
キャサリン王太子妃は夫に顔を向けて 穏やかに幸せそうに微笑みかける
急に手が動き首筋にかかる長い髪を掻き上げる。
胸元から小さな光る何かが取り出され、髪にパチンと素早くだが丁寧に飾った。
ーーーーこれで不意に現実認識が戻った。
「キャシー……!」
思わずギョッと息をのむ
「!」
あれは、あのー……
私が贈ったオパールとダイヤモンドの髪飾りじゃないか!
どうして?
こんな風雲急を告げる緊急時なのにーーー
君はどうして?……
しかし愛おしい人は嬉しげで、うっとりと心から幸せそうな笑みで見返すのみ
そして……
そして
「貴方は私の誇りです。
お心に忠実に、正しいと思われたことを」
確かに彼に向けてそう言った
キチンと正確に聞き取れたのだ。
だが既に音なんか聞こえるはずは絶対に無い。
何故ならばカプセル内は完全防音だからである。
ああーーーーーーそうだ、決して聞こえるわけは無い
でも何故か不思議な事に言葉がわかるのだ。
愛する人の声が、何故なのかハッキリと鮮明に聞こえた気がした。
そして愛しい大切な人の、心より信頼する妻の唇の形が
「さようなら」……
ゆっくりとそのままの形で動きを止めた
シャーーーッッッツ!!
ハッチから轟音と共に彼を内に納めた飛行シャトルが高速で射出
〜と同時に、特殊超合金製の扉が無残に真っ赤に丸く大きく焼け爛れ、ドロッと縦型の無残な穴を開けたのが見える。
バラバラッと一気に暴漢がなだれ込む、立ちすくむ王太子妃の姿をザッ!と、取り囲んだのが斜めに朧げに見えた。
巡洋艦を襲った、他を制圧し尽くした人工知能搭載の軽量化最新型武器装着のバトルスーツ着用ー暴漢達は、ぬかりなく追跡し終えたのだ。
完全なる重装備で全身覆った長身の男を先頭に、本当に最後の砦だった小部屋をとうとう制圧したのである。
「お願いだ逃げてくれっっ!」
強圧で射出された飛行シャトルのチューブの中で、必死に妻キャサリンに向かって叫んだ
ごうごうと鋭い凄まじい重力の威力にたまらず、蛙の様に無様に全身がクッションへ押し潰される。
思わず顔を歪め奥歯をギリギリと食いしばった。
あと少しーーーーー!!
あと少しで、ジャパン国際宇宙空港へ到着だったのに
懐かしい……少年少女時代を、輝く青春を共に過ごした土地にーーーー
君と2人そろって行けるはずだったのに
激しく独楽の如く回転しながらも目を一切閉じなかった。
最後に見た映像は 何年たっても決して忘れる事はないだろう。
抜けない棘のように生涯苦しませ、夜ごとの悪夢に必ず見るだろう。
ーーーこの世で彼の命が尽きるまで。
遠く去りゆく愛する人の後ろ姿が、フラリと大きく揺れた。
ガクリと 前のめりに膝をつく。
美しい長い髪を乱し床に崩れ落ち、みるみる着衣は赤く染まっていった。
「ーーーーー!!」
口を大きく開け、慌てる様に膝をつき、ぐらぐらする頭部を腕に抱え込み細い首筋に顔を埋める長身の男。
細いしなやかな体を全身でひし、とかき抱く暴漢リーダー。
見覚えのある体つき、決して見間違えるわけがなかった。
『そう、今回の襲撃リーダーの男。
あの男、彼〜ウィンストンを自分は知りすぎている
かつてーーーー
共にジャパン首都に留学を行い、国の未来を〜
D-01の行く末を大真面目に熱く語り合った大切な友人を!』
ーーーー自らの片翼、切り分けた半身とも言えた大親友の事を。
それが一体全体、何がどう間違ってこうなってしまったのか??
クリストファーは拳をそこら中にガンガン打ち付けて慟哭し、息が上がって疲れ力尽き動けなくなるほど暴れた。
ーーーー自分は呆れかえるほど本当に無力だ
惨めだった




