箏 ⑧
ゆっくり振り向くとーー瞬間、ソファーから立ち上がっていた箏と目があい
ーーーーもう自分に嘘がつけなかった。
そこから……先は、まるでスローモーションのホログラム映像の様だった。
俺は転げる様に走り、あらん限りの力で、自分の前に駆け寄ってきた細い体をガッシリ抱きしめる。
俺も人前で、しかもこんなに大勢の前で、熱い抱擁とキスをするのは初めての経験だったが全く全然、恥ずかしくはなかった。
気の遠くなるほど長い口づけの後、目を赤く潤ませ、泣き笑いの箏の耳元でキッパリと誓った。
「結婚しようーーー俺……
いつまでも待つから、君のーーー箏の事。
箏を 何日でも 何ヶ月でも 何年でも一生待つから。
だから一緒に夢を叶えようーーー」
震える指で、ポケットから死にもの狂いでバイトして購入した、輝くソレをつまみ出す。
細くチカリと輝くプラチナの、小さな 小さな メレのダイヤモンドがグルッとちりばめられた細いリング。
リングのアーム裏面には彼女の名前と俺の名前、誕生日年度月日、愛の言葉がレーザーで購入店舗中で加工可能な最も極小印字で想いを込めて刻印されている。
「受け取ってくれる……かな???」
「!!!」
目を見開き、俺の今までの事情全てを一気に飲み込んだ箏の目から大粒の、清らかで真珠のような涙が ぽろぽろぽろぽろと後から後から零れ落ちる。
返事の代わりに 唇にちゅ、優しく柔らかにキスをされた。
ーーーと、その時、一斉に自分の回りを 歓声と拍手の波が取り囲んだ。
『なんだなんだなんだ?!』
ーーーいつの間にかぎっしりの十重二十重の人垣が出来ていたらしい。
自分達のことで全然気が付いてはいなかったのだが、周囲の人達は皆眩しそうに俺と箏に温かな目を向けて、大きな心よりの拍手をしてくれていたのだ。
しかもどこかで隠れて、これらの全部様子を見ていたらしい〜
意地悪で人の悪い顔馴染みの箏の父親の秘書の方が、ニヤニヤで端末機器で全て抜け目なく撮影までしていたからホント超ハズかったよ!
……たくらみがわかった途端、顔からばばーーーっと火が出そうだった。
「いっその事、あなた達ここで結婚式しちゃいなさいよ♪」
「うふふふふっっ」〜見るからに上の立場、富豪的階層にいるっぽい人物〜
上流階級然のーーー
如何にも有能そうな執事を伴った上品なマダムがスッと前に突如現れた。
自身のたおやかな、細い両肩に掛けていた上等なショールを自らフワリと広げ、聖母の微笑みで箏の髪に乗せたんだ。
純白のーーー目を見張る素材ーーー
銀色の蜘蛛の糸で織り上げたにしか見えない、透き通った天女の羽衣のようなドレープが素晴らしかったよ。
聞けばマダムはコロニーRURI-A在住の古い友人の元へ、現在秘書役として教育する大学生のお孫さんと、自身の執事と来訪したのけれど……!
急遽、ネオアメリカの大学のラボに戻る必要が出た為、こうして遙々執事と共に「元気でね」
優しく見送りに来たのだという。
「シャトルの便は一緒だから、じゃぁ地球までご一緒だね!
騎士役は私に任せて」
マダムの側に居た貴公子は愉しげに、ソックリな優しい目元を綻ばせていた。
どこからかブーケ代わりの、タップリ豪華なリボンを結んだ白薔薇の花束もやって来た。
男性用のプラチナの指輪まで貸してくれる、奇特で親切な人まで現れた。
もっと凄いのは聖職者の人物まで登場し「人前式」という方法で本物の教会と同じ様に聖書を読み、有り難い聖なる言葉を贈ってくれ本格的に若い僕たちを誘導してくれた。
俺の手でドキドキしながら嵌めた、すんなりした薬指にキラキラ清楚に輝く、プラチナとダイヤモンドのリング。
彼女から嵌めて貰った、貸してもらった男性用の太いアームのリング。
嵐のような拍手と歓声に包まれ、ベールのような純白のシルクのショールを上げ
ーーーーゆっくりと箏の唇に誓いのキスをした。
式が終わり、スペースシャトル搭乗口に入る寸前、箏は俺にこういったんだ。
「凪君は以前〜楽曲作りの才能も、歌詞を考える才能も全~~然 自分には無いって言ってたけどーーー
ーーーその代わりにね?」
にっこり輝くように大きく微笑んだ。
「誰かを勇気づけたり、背中を押して励ましたり出来る才能があるの。
ネオアメリカの音楽院の試験、会場でみんなピリピリしてプレッシャーが凄かったわ?
チラッと顔ぶれを見れば、既に電脳世界でも有名な同年代の人達が一杯……
コドモの頃から音楽賞を幾つも受賞している〜名前は私でも知ってる、とにかく凄い人ばかりだった。
今までの私だったら、それだけで気圧され負けていた。
でもーーーー
凪君の事を思い出したら、なぜだか勇気が出て来て。
どんな凄いライバルや、意地悪な質問をぶつけてくる教授陣にも私絶対に負ける気がしなかったの」
「〜……〜……〜……〜……」
「ほら~泣かないの……!」
きっちりと箏の手で几帳面にアイロンがけをしたハンカチで、しどど落ちる涙を拭かれた。
俺はみっともなくぐずぐずと鼻をすするばかりでさ。
今までーーーどんなに喧嘩で激しく痛めつけられボロカスに乱闘した時も、一度だって泣いたことは無かった。
あんなにボロッボロに、ジャージャー水道の蛇口が壊れたみたく泣いたのはあの日が初めてだったんだよ。
「だからーーーもう私は大丈夫。
お兄さん達を、凪君の才能で、銀河1番の音楽アーティストにして上げてね!
約束よ!
向こうから帰ってきたらーーー……」
俺はまっすぐに見上げる澄んだ瞳を馬鹿見たく見つめるばかりで、言葉なんか出なかった。
こんなに美しい箏の貌を、今まで見た事はなかった
「コロニーNO.1の奥様にして ! 」
俺はちょっと笑ってキスをする。
「それは無理~!! 」 微笑みながら、流石に唇の上で突っ込んだ。
「だって俺が 箏を 銀河連邦NO.1 !!
〜最高の妻にしてやるからな。
俺は今後一切、お前以外の女を、絶対に恋したり愛したりしないから!」
もう一度、思いを込めて強くギューーッと抱きしめた。
箏のしなやかな両腕も俺の背中にしっかりと回された。
俺は箏の搭乗したスペースシャトルの機影が……
コロニーゲートから地球に向けて無事飛び立ち、視界から完全に消え去るまでずっと見守っていた。
箏の親父さんの秘書が深々と丁寧にお辞儀をし、宇宙空港を去ったその後も……
周りの見送り客の誰もいなくなってもーー……
想いを込めてじっと見送っていた。




