箏 ⑦
音楽教師の操縦する飛行艇は、緩やかに決められたコースに沿って下降し、お屋敷への住居侵入コースを選択した。
「****の学園教師です、登録の『マイナンバー』はーーー」
「ーーーお伺いしております、ようこそお越し下さいました。
ではどうぞお入り下さい」
さーーーっと巨大な、いつ見ても立派だと思っていた重厚な鉄扉が、真横にスライドし解錠した。
こうした場所は「もし許可無しで」
〜上空から不法侵入しようものなら即、隠された場所に設置の牽引ビームで拘束されるんだーーーと、バイト先の物知りの大人達から何度も聞かされていた。
俺は箏が居たから自由に出入り出来たのだ
「あーーーもう ”ガード” は要らないわね?
ぁ〜〜〜ぃやん日に焼けちゃうかも〜〜…」
クスクス笑いつつ、軟派な音楽教師は指先で端末の飛行艇搭載機能を解除する。
ホントあっという間に、すーーっと……
俺を乗せた時の洒落たコンパーチブル仕様に外装が早変わりした。
「じゃ行くわよ」
「……」
スルーーっと動き出すと途端に……入口そこら中に植えられた花々の甘い香りが心地よく鼻腔をくすぐり、フワッと肌を優しく撫でる小さな風が心地よかった。
どっ派手ーーーーな真っ赤な飛行艇に乗船したまま思い出に浸りきる。
俺はいつも”ココの住人” お嬢様である箏とギュッと手を繋ぎ、イチャイチャで目を見つめ合ってくぐっていた懐かしい〜門構え。
セキュリティ対策万全盤石の広々した守衛門を通過〜
スルスルスルスル〜……
地球の暑い南国だけに住むという大型の、美しい赤い鳥の様に滑らかに奥に進んでいった。
特権階級ーーー富裕層だけが住居を構えることが許された安全で特別で平和な区画……
どこからか生の鳥の声すらした。
放し飼いの『本物』だろうか……?
あり得る話だ。
全くもって信じられない、コロニー育ちにとっては贅を尽くした奇跡のような素晴らしい空間だ。
心を乱す荒れたモノが何もない、初めて訪れた時はこの世の天国だと思った、ゴミ1つ無い恵まれた高級住宅居留地。
ただでさえーーー美しい場所がキラキラ夏設定の、朝の光に輝いて眩しい程だった。
自分達の住んでいる薄汚れたコロニーの区画とは大違いだった。
そうだーーー俺は「男だ」
大きく息を吸い込む、覚悟を決めろ、ポケットの底に沈んでいる”物”をギュッと掌に握り混むと少し指先が震え手が汗ばんでいた。
ピタリと赤い飛行艇が、良く見知る箏の家の前の、美麗に手入れされた広い前庭にフワフワ横付けされた。
「行ってらっしゃい……♪ ぁッ チョイ〜…! コーム貸して!
ほらぁいい男になったから〜!」
ヒュンと飛行艇の扉が自動で開く
俺はぺこっと! 後ろの髪を気を利かして手際よくスマートに直してくれたソイツに頭を下げた。
「じゃ先生ここで待ってるーーー頑張って。
私の大切な秘蔵っ子、箏ちゃんを貴方の手で幸せにしてね♡」
学校制服をシュッとキチンと正しく着なおして、飛行艇内部から信じられないくらい美しく、優秀な職人の手ずから模様が組まれた総赤煉瓦張りの歩道に出た。
そのまま振り返らず門扉にある家のインターホンを鳴らす。
「どうぞ」
聞き慣れない声で一言短く応答があった。
カチッとーーー遠隔操作で門の鍵が外れる音が耳に響く。
いよいよーーー……愛する箏と会える。
もうバックバクで心臓が胸から飛び出し、バァンと破裂しそうに緊張した。
ところがーーーー
通されたお屋敷のどこにも箏はいなかった、がーーー
あの思い出のリビングに
コロニー上位企業のオーナーであるオヤジさんが、何と待ち構えていたのさ。
なぜ壮絶に忙しい雲の上の人物〜が、一人でここにいるんだ??ってさぁ
その時はどうしてなのか、全然不思議に思わなかったよ。
あの時、多分俺をーーー俺に会う為に。
大切な娘の箏に付き添い自分も空港まで行くという選択をしていなかったんだ。
つまり寂しさを堪えてさ! ずぅっとわざわざ、会社に出勤することなく、別れた娘の彼氏が、家に来るのをジッと根気よく待ってくれていたんだよ。
会った瞬間、迷わずガバリと土下座した。
頭の中は真っ白だった。
「お嬢さんを僕に下さい!!」
ーーー格好悪いとは露程も思わなかった。
ドカッと蹴飛ばされてもかまわない、正々堂々と俺は箏と結婚したかった。
「ああーーーきみが娘のいってた凪君だね?」
頭上から降り注ぐ優しい声
「初めて君にあえて嬉しいよ」
聞き取りやすいソフトな声が聞こえてきた。
「あの実に頑固な家の娘に我慢し良く付き合ってくれて、本当に有難う」
思い出の古い黒いテーブルを愛おしげにさすりながら、悠然と彼はソファーに座った。
跪く俺に立つよう促すとこんな事を話し出した。
「思い出すなぁーーー遠い昔にね、私も君と同じだったんだよ。
〜あるのは学歴と頭脳だけ、貧乏で、何も持つ資産が無かった私とのつきあいを、妻は両親に大反対された。
でーーー駆け落ち同然状態に私と結婚してね?
今では皆が私をちやほやするが、当時の財産の全ては、妻と健康と、この古いテーブル1つだけだった」
座りながら、いとおしそうにテーブルに置かれた自動フォトスタンドの向きをなおした。
指し示す画像には、本当に箏と生き写しの、柔らかで優しい微笑みを浮かべた一人の女性が映されていた。
「亡くなった妻はね、これではあんまりだと、一番安い、特売の白いレースの大玉の糸を買ってきてね。
駆け落ち先でつとめ始めた職場の同僚から、手芸の本を借りてきて、このテーブルにピッタリ合うサイズのレーステーブルクロスを、自分で実に長い時間をかけて丁寧に編んだんだ」
俺はまじまじと驚愕の余りオヤジさんを眺めた。
「箏ーーー娘は亡くなった頑固で真面目な妻と瓜二つだ。
君も私と同じでーーーそこが好きだったんだろ??
行きなさい
まだ間に合うかもしれない。
娘を絶対に逃したらいけないよ?」
彼から、改めて箏の搭乗するスペースシャトルの便名と出発時間を教えてもらった。
音楽教師には兎に角、広い大通りまで送って貰ったよ。
これは途轍もなく有り難かった。
出発間近の「宇宙空港行き」の公共飛行艇を、俺は搭乗者の全員がビビったほどの超絶技術で体を張って止める。
ギョッと乗員皆が見つめるのに深々「済みません」入り口ドアで会釈をし、ドドドドドと靴音もけたたましく駆け込み乗り込んだ。
宇宙空港・ロータリー、ムービングブースを駆け上がるとーーー
そのうんと先の搭乗客用ソファーに、箏が居た。
なぜか〜声をかけるのをためらった。
箏が、たった一人だけだったからでは無い
理由はあのーーー自分が恋をした日。
その後の、俺とまだつき合う以前と同じ、凛とした瞳、一心不乱に無心に、座って楽譜を真剣に見ていたからだ。
ーーー声をかけてどうなる。
箏の本当の夢は「ピアニスト」になる事、「俺」との関係ではない。
留学先のネオアメリカにある某音楽院と言えば、クラシック音楽の素人の自分でも知ってる名門中の名門
つまりさ?超名門大学であるそこをコロニー人が卒業、研鑽を積み晴れて帰国すればコッチで最早、英雄と同じだ。
〜もはや箏は確実に夢を掴めるだろう。
俺はさんざんエゴで迷惑をかけてしまった事に、思いをはせた。
男の抱く劣情の下らない思い込みで、箏に巡ってきた人生最大のチャンス〜
ここで彼女の大切な夢をつぶしてしまっていいのだろうか?と、正気に戻った。
卒業式の日、サプライズで箏に渡すつもりで用意していた「ある物」が、無意識にいつの間にかポケットに入れていた指先に、カチリと当たった。
「帰ろう……」
クルリと踵を返した
その時 「凪」〜
誰かが遠く、微かに俺の名前を呼んだ声がした。




