箏 ⑥
ああ、忌々しい校内放送は大音響でこう叫んでいたさ。
「3年ーーー組の、**箏さんが、大学は、地球ネオアメリカーーー
ニューヨーク州にある××××××音楽院ーーーー
この度〜名門音楽大学に入学が認められたと本日早朝、本学校に合格通知がありました。
向こうの学校の御都合で、残念ながら学校としての応援の壮行会は開くことが出来ず、本日付の出発となります。
宇宙港発スペースシャトル出航便、便名はーーー
出発時間はーーー……
生徒の皆様は時間になりましたら教室窓辺よりシャトルに向かい、どうか手を振り、是非晴れがましき栄華栄達〜言祝ぐ出航をお祝いしてあげます事を。
えーーーー今回特別に、学校長及び理事長様より許可が出ましたぁ〜
ご興味がございましたら、在校生一同、是非応援を〜〜♪」
憎々しい……!
個人情報ダダ漏れ過ぎの、見栄っ張りの理事長からの、全校一斉校内放送アナウンスで。
つまりはワザワザ晒し上げられて放送される程の、特別の学校創立以来、初めてのめざましい快挙って訳でさ。
周りの喧噪ーーーー
教室にノタノタ漸くやって来た教師や、周囲のクラスメイト達がガヤガヤ何いってるんだか、まるで現実感がなかった。
今までカラーで見ていたものが、100%全てモノクロになったといったら解るだろうか……?
これにて、俺と箏の別れは決定的ーーー何もかも全ては手遅れだった。
「なんだ?」
「嘘ゥ…?」
「え?……メチャラブで2人ともつき合ってたんじゃないの?」
「じゃ〜凪は?」
「ぇーーーっと……凪、お前なんでここに居るんだ?」
「やぁったぁ! 凪とうとう箏と別れたんだね?!」
「わー……ラッキー
私にも凪との恋のチャンス到来〜〜……!」
「〜そりゃあんな特上お姫様と、一般男子が上手く行く訳無いしなぁ」
「……」
『うるせぇッッ!!』
どいつもこいつも!
俺の周りで好き勝手な声がしたが全部無視して〜自分の机に突っ伏して寝たふりを決め込んでいた。
つまり大得意な ”狸寝入り” さ。
自分ににとって ”駆け落ち決行予定” の、卒業式のほんの少し前の出来事で。
俺の学生服のポケットの中には、店で昨日の夕方受け取ったばかりの出来たてホヤホヤ
大切な ”あるモノ” が未練がましく剥き出しで、いじましく奥底に入っていた
ソリャさぁ、フラれても自虐的に、愉しかった最高の思い出と共に、悲しく指で触るためさ?
ホント俺って、ロクデナシでどうしようもない、最悪に格好悪い、馬鹿で未練の塊さ
ーーーーその時だった
多分校内放送のせいで、シャトルを見ようと見晴らしよく窓が全開で開け放たれたから、どこかの教室とか?
音から言って多分アップライトのピアノで奏でているんだろうな演奏曲が偶然偶々、切れ切れに風に乗り聞こえて来たんだ。
〜備え付けの教室備品のピアノで弾く、僅かな朝の休み時間にホームルーム前に演奏しているらしき、つっかえつっかえでド下手くそなピアノ演奏
?!……
本当にもう、耳から出血しそうなほど、超弩級の凄い演奏だった。
だがその曲は紛れもなく、箏の十八番、あの「熱情」だった。
俺は椅子を蹴立てるようにドカッと立ち上がり先生達の
「おい!!! 凪!!お前どこに行くんだぁ~~」
間の抜けた制止をぶっ飛ばし、電子マネーの入った通信端末だけ持って、身軽に手ぶらで広々とした校庭を突っ切りーーーー…
グランドで準備運動中の下級生の群れをかいくぐり〜
学園を抜け出し、後も見ずにひたすら彼女の居住区に向かった。
走って走って走ってーーーー
どこにそんな力が潜んでいたのかと思えるぐらい、馬鹿みたいに走った。
コロニーの人工都市と言っても、一応の夏の気候設定で暑くて……
朝だってーのに、あほぃ気象用人工知能のせいでクッソ暑くってさ〜
だーーークッソーーーーー
何が「天然の再現」だよっ!!てふて腐れて思ったが、必死に全速力で走った俺は全身兎に角汗だくだった。
ゼイゼイそれでも夢中で走ってると、背後からパッパーっというやーらしいこれ見よがしなクラクションの音がしてさ……!
思わず凄い目でギロッと振り返ったよ
そしたらーー……!
超ど派手な真っ赤っかな、一体何処のマフィアだよっつークソヤンキーな外装の ”2人乗り”
スポーツタイプのコンパーチブルで幌無し飛行艇が、ブーンってゆっくり中空に浮かんでたんだ。
運転席コックピットにはーーー嫌と言う程見覚えのある貌がニヤニヤ笑ってた。
あのクソデカ高級音楽室ピアノを管理している音楽教師のやつだった。
チャラくて憎たらしい言い草の奴は、真面目な箏に散々伴奏の仕事を調子よく押し付け、そいつの口利きで、あの日を含む利用が許可されたって俺は知っていた。
苦虫を噛みつぶした俺の隣に、ソイツはヒュッと幅寄せするとウッキウキの表情で話しかけて来やがった。
「まぁそんな貌をせずに乗りなさいな〜〜〜」
「……先生授業は?サボり?」
「あらイヤだ〜!なによ人聞きの悪い子ねっ!!
生憎今日は2コマ目からだものねーーーっ♪
寝坊しちゃって朝礼には遅れるけど、受け持つ授業にはちゃんと間に合うって連絡すればどぉって事無いわよ〜
だからまだちょっと時間があってよ?
凪くんこそ、ソッチ勝手に学校早退してドコ行くのよーーー
ぁあサボりでしょ?!
ーーーー大方行き先『あの子』、箏ちゃんの所でしょ?」
「チクショーーー悪いかよ?」
「あのね、そんなドロッドロのみっともない汗だくの格好で格好悪く行ったって
いいとこ玄関をガードする守衛に追い返されて、門前払いよ?
もっと身繕いチャンとしなきゃーーー♪
ちゃんとした大人である先生が送ってってあげるから」
どこが?!ちゃんとした大人だよっっ!!
向こうはそんな……
強かな性格だから、ガキの俺の睨みつける視線なんか屁でもなかった。
ますますホンット更にムッとしたけれど、心臓ばくばくで情けなく息絶え絶え、もう自力で走れる限界値を超えていた。
超ムカツクが足もガクガクで、情けないが誰かの助けが必要なのは明らかで、やむなく悔しいが頭を下げて頼る事にした。
箏に逢う為には、これくらいの恥なんか、恥の内に入らねーと思ったしな。
「……お願いします音楽センス最高の天才的素晴らしい先生、どうか俺を乗せていって下さい」
「おーっほっほ〜ー♪ わかれば宜しい♡」
マジむっかつくわーーーーー!!
オウオウぜってー 今後しっかり体を鍛え絶対走れる体を作ると誓ったさ!
「よろしい、”良く出来ました” 」
俺がその気障ったらしい音楽教師の隣の座席に乗り込むと、シュンと滑らかに本来車両通行の路面を夏風のように離れ始めた。
「専用航路に上がるから、ガードカバーを被せるわね?」
フンフン鼻歌交じりの言葉と共に、真っ赤っかな流線型スポーツタイプの機体座席部分を、シュルッと透明なUVカット特殊ガラスが瞬時に覆った。
その上でソイツは、機内の空調をあっという間に爽やかに涼しく整えた。
『最高ーーーー……〜〜!』
エアコンと空気清浄機の、目眩く心地よいリフレッシュする空気感、本気で生き返る思いがしたよ
「随分派手なのに乗ってるんですね?先生」
「そう?」
面の皮がアツい、気障すぎる音楽教師のソイツは面白そうに俺に返事をした。
「ふーん、その様子じゃぁ全然箏ちゃんから聞いてなかったの?
ネオアメリカの留学話ーーー……
学校でも ”受験” で滅茶苦茶頑張ってたのに、相談されなかった?」
「……」
「ふぅんそう……?」
「……」
「あっはーそりゃ言えないか、箏ちゃんずっと迷ってどうしようって悩んでた。
君のこと本気で好きだったもん♡
理事長や、頭の固いクラス担任のバカはアンタのこと嫌ってたけど〜自分は案外悪くないって思ってたの。
だって無茶な大胆な所がお似合いじゃない?アンタ達。
意地っ張りでーーー……変なところが真面目でさ?
情熱的で愛情深く……全然融通が利かないもの。
コソッと観察してて そりゃーーー面白かったわ……!
ぁあそこのグローブボックスに、ウエットティッシュと制汗剤を含ませた不織布入りのパックと、未使用の使い捨てブラシとコームのパッキングが入ってる。
表面の汗が引いたらソレ使って格好を直しなさい。
それとこれ飲みなさい、熱中症になるわよ?」
安全な自動運転に切り替え後〜脇のボトルホルダーに刺さっていたまだ未開封のスポーツドリンクのボトルを片手で押し付けられた。
「……戴きます」
俺はガッツリ遠慮無くグビグビお相伴に与った。
喉の中を伝うよく冷えた水分ーーー
通り過ぎた途端うめぇ〜〜〜!!
俺が無心にゴクゴク飲んでいると……心の痛い所をギュッとぶすり突かれ、思わずブブッと、むせそうになる。
チャラい風変わりな音楽教師は心の内を見透かしこうも言ったのだ。
「ーーー好きな子に会うんでしょ?
今から、今ならまだ ”やり直せる” わ?!」
「〜知ってんの?先生」
「あのねぇ……いいこと? クソ生意気なボクちゃん、強かな大人を舐めんじゃないのよ」
俺は箏の家がある居住区へーーー……
特別区にある空域航路にあっという間に入った
目の前にーーーー……馴染みのある立派な建物がグングン接近して来ていた。
「本気で凪くんも箏ちゃんが大切で大好きだったんでしょ?
ーーー全然余裕がなくなるくらい。
皆、タラシの凪くんが真面目な箏ちゃんを弄んでる……
お嬢様育ちの美少女の箏ちゃんのことをコマして騙してるって、けしからんって職員室中の先生達、悪し様に言ってたけど?
ーーーそんなこと無いわよねぇ?
だって箏ちゃんのあの感じでは、まだアンタ達キス止まりでしょ?」
「ーーーなんでわかんの?」
「〜〜〜そりゃまぁ、オーっほっほ、先生も色々と♪ んまぁ大人だし?
アンタが寸暇を惜しんで、お姫様とも全然会わずバイト三昧って噂で聞いて
先生はーーー ”ははぁ…?”……って思ったんだけどね?
気がついたけど、私が一番大切にしていたあの子には事情を全く言ってないわ?
だから全く気がついてない。
バレバレなのに案外鈍いわね? 成績優秀なくせに箏ちゃんも。
余計なことは、お口チャッーーーク♡
いい??
人生本当に大切な事は、なんでも直接キチンと自分で言う癖つけなさいな」
「……っるせぃ」
俺がムッとしてーーー首をそらして、ボックスから遠慮無く引っ張り出したミントの香りの不織布で、ドロッドロな汗まみれの貌と首、腕をゴシゴシ擦ってると面白そうにケタケタ笑われた
「じゃっ先生、乗ったまま適当な玄関近くで待ってるからね?
ウン、この艇は色が目立つからすぐ判るでしょ?
空港までは遠いから、受け持ちの授業開始のせいで時間的にムリだけど〜…
でも凪くんがアシが拾えるところまでは先生も行き掛かり上、責任持つわ?」
「?」
「後はーーーーー自分で何とかしなさい
だってアンタ『男』でしょ?」
所々猛烈にムカついたがさ、俺は黙って聞いていた。
「やっぱ図星ーーーー……ってやつ?
プロポーズして駆け落ちするつもりだったんでしょ?」
〜って、得意満面な顔をしてペラペラ随分からかわれた。
思いっきり馬鹿にされた気がしたが、適度に放置してくれるところはちょっとばかりジーーンとし、胸が熱くなった。
大人は誰も俺達を判ってくれない!ーーーずっと学校の教師を恨んできた。
だからこそーーーーええっとビックリした。
よもや俺達の恋に手助けしてくれる人間が存在するだなんて、欠片も想像すらしてこなかったからね。




