箏 ⑤
ああ、こんなこともあった。
ーーーー夜中、身体中泥みたくヘトヘトの中、漸く忍んでいった時の熱情後、フッと意識が遠くなりつい微睡んでいたことがあった。
ハッと、気がつくと添い寝して腕の中にいた筈の箏が居ない!
どこだ
どこに行った?
するとその時……微かに、リビングからピアノの音がしたんだ。
大慌てて彼女の部屋からーーー着衣もそこそこに駆けつけると。
いつものピアノ用長椅子に座り、ポツンと灯りもつけず薄暗い部屋で鍵盤に向かう箏が居てさ、心の同志である楽器鍵盤が奇妙に白く見えた。
『良かった……』
俺はフワフワ−っと…ヘナヘナ〜全身力が抜ける程ホッとして
「箏?」
『どうしたんだ?』
脱力する安堵の余り彼女の背中からギュッと腕を回し、優しく肩を抱いてチュッと頬にキスをした。
てっきりーーー
「んもう」……て、くすぐったそうに甘やかに笑って俺の方に振り向いてくれると思っていた。
俺の大好きな飛びきりの輝く優しい笑顔で……!
ところがどうしてか『あれ?……』 反応がない。
返ってきたのは〜予想外の、フーーーッと悲しげな、それは切なげな長い溜息だった。
「どうしたんだ?」
「……別に……何でも無いの」
俺の腕の中で箏の声は途切れそうに悲しげだった。
そうだ、箏は孤独で心が病みそうな程、凄まじく寂しかったんだよ。
俺ばかりが一方的に気持ちを押し付けていた。
全然不安をわかってやれなかったんだ。
今ならわかるーーー
彼女は散々噂好きの教師や友人達から、物見高い下品なやっかみ混じりの酷すぎる噂のターゲットに日夜晒されていたろう。
それにずっと1人で、俺に何も言わず健気に孤独に耐えていた。
休み時間もそうそう会える訳じゃない。
早朝バイトのせいでーーー登校や、今思えば帰る時間すらこの頃はバラバラだった。
話なんて……もう真面に暫くかわしてなかった。
その事に全然気がつかない俺がいて、守るも何も放置そのものさ。
自分にとって「世界中で一番大切な人」の気持ちも考えずにっったく、ホ〜ント男の言葉なんかいい加減でさ
都合良く脇見だらけ、馬鹿みたくお気楽でいい気なモノさ、あーっはっはお笑い草だぜっっ!
俺達の住むスペースコロニーRURI-Aでは卒業式は「夏」
〜銀河のそこらじゅうの都合に合わせて、新学期は九月始まりだかんな?
ーーーいよいよ決行日が迫ってきた汗ばむある日
予想外の『その日』がやって来た。
「もう別れましょう」
白っぽい血の気の失せた疲れた表情、箏の方から静かに切り出された。
箏は俺に言った。
「凪君が、どんなに私が好きなのかは知っているの」
しかし発せられた、次の言葉に呆然とした。
「凪君が欲しいのは私の外側だけ 体だけ」
ーーー口の中はまるで舌が石になったみたいだった。
俺は返す言葉がなかったよ……
頭の中が真っ白な茫然自失の俺に、静かに続けて別れたい理由をこう告げた。
「凪君がどれだけ女の子に人気か知ってる。
友達の時は気にならなかったんだけど、むしろそれが誇らしくもあったんだけど
あぁもぅどうしちゃったんだろ、自分……
凪君にとっては単なる社交儀礼かもしれないけど、近寄って来る女の子達に私、嫉妬が止まらない
ーーーー止められないの。
でも友達になんてもぅ絶対に戻れない。
疲れてしまったの。
だからーーーもうやめましょう」
お兄サァ……
心臓が止まりそうって、文学的表現があるけどさ?
実際に本当に衝撃が走ると、それどころじゃない、感情が ”飛ぶ” んだぜ?
余りにもショックだと精神がクラッシュし体が凍ってしまう、機能停止って事、お兄知ってた??
俺は何も言い返すことが出来なかった。
頭の中は綺麗に飛んでてーーーー……目を見開き木偶の坊状態で固まっていた。
ンなの体なんかピクリとも動かねーぜ?
シネマのように「行かないでくれ」 夢中で縋り付いて〜……!
後をあんな風に走って追いかけるだなんて、ぜってームリさ。
頭がーーー体が……足が膝が硬直して、まるで言う事を一切聞かない。
ショックすぎて涙も出なかった。
箏にしてみたら、どうしようもないーーー……
それも含めて、さぞや心の冷たい狡猾で酷い屑男に見えただろうな。
「私の心を求めて欲しかった」
それが箏の別れの言葉だった。
ーーー……それから数日後、「俺達の破局」は超……予想外の意外な形をとり、全校生徒の前で発表されたよ。
朝イチの授業の始まる前の事さ、”ホームルーム直前”
つまり進学校にかよう生徒にとって数少ない ”自由になる時”
ーーーー頭と心の開放の、ごく短い時間さ。




