箏 ③
私は凪の大切に想う彼女、箏に深い興味を覚えました。
大体ベートーヴェンという大音楽家が現代に存在したら間違いなく、有名ロックアーティストとして大活躍していたでしょうね……!
大体がピアノという楽器は、古代は ”強い音”も”弱い音”も、その逆の、”小さな音”も”大きな音”も出せる楽器
『ピアノフォルテ」という、そのまんまの意味の名前で登場しました。
その前はチェンバロのように、単一の高さの音色しか装置的に機能の限界として出せませんでした。
それが今のようになったのは、”ベートーヴェン”が登場。
芸術家として素晴らしいが、当気むずかしい彼の要求を達成するには、どうしても強弱を付けられる、しかも極めて頑丈、長時間の演奏に堪えきれるだけの、強靱な楽器が絶対的に必要でした。
彼の音楽性の進化と平行して、かの楽器も、まるで呼応するかに短期間であれよあれよと劇的に変化していったという事情を、僕は音楽史として知っています。
「熱情」は……
ベートーヴェンらしい、ストレートな判りやすさやサビもありますが
兎に角傾向として曲のヤマ場はほぼ重音……!!
和音を両手で、それぞれ白鍵も黒鍵も、つまり右手左手4つのパーツにある鍵盤をしっかり鳴らすのです。
鳴らす……いいえ違いますね、音を掴み取る、楽器そのものを響かせるっと言った方が、わかりやすいでしょうか?
「派生音」〜
白い鍵盤の鳴らす音を別に「幹音」と、区別の為に昔のジャパンで言いますが
殆ど派生音の強烈な演奏ーーーー
ぁあ〜これは黒鍵で半音上げたり下げたりする事なんですが……!
熱情は ♯、♭ の内、難易度の高い「♭」で統一されているんです。
アレンジされた今時の譜面ではわかりませんが、正統のものはそうです。
おまけに五線上に、基準となる音の高さを示す音部記号〜
高音部記号〜ト音記号〜 低音部記号〜ヘ音記号〜
ーーーー両手とも乱打です。
これが言うのは簡単ですが、べらぼうに複雑すぎ、奏者に上級の数学的センスが備わって無ければ頭がついていかず、指示が何言ってるかわからない筈です。
正直、譜面を目でさらう理解力〜譜読みすらおぼつかないでしょう。
話を聞いていて、私は凪の大切に想う彼女に更に尊敬の念を感じました。
決して音楽を専門に学んでいる音楽学科の生徒でも無く、その年齢でそこまで素人の聴衆の心を感動させるパワーのある弾き手
大体凪の言った楽器……
ピアノといってもかなり個性が違います。
○ーゼンドルファーは低音部と高音部のバランスが取りにくく、そういう意味では大型鍵盤楽器なのに、音楽理論的には木製アコースティック弦楽器に近いのです。
極めて良い耳を持ち、楽器本来の響きを自分のモノにしてこそやっとーーー!という独特の特殊さが備わった性質のピアノです。
ですからーーー
内部フレーム等に鉄を使用する半マシンでありながら他とは全然違うでしょう。
優秀な弾き手によって、響きを極限まで引き出され、かつ木製部分が弦楽器の古楽器ーーーー
例えばヴァイオリンのガルネリや、有名すぎる名器ストラヴィバリウスのように
ええ…あくまでも僕の勝手な妄想です。
かの楽器達の様に大切にーーー毎日毎日弾かれ、月イチでも適切な調律をされた上で、愛情をかけて手入れをされ、何代も次世代に引き継がれて「音が練られ」て
じっくりーーー
”開発” されて来たらーーー?
そんな奇跡的な伝説的楽器が、もしもこの世に存在したとしたら?
彼女が前代の持ち主に腕前から後継として「適切」と選定され、わかった上で「選ばれた」としたら……?
そこまで考えが及ぶと、思わず体がブルッと震えました
僕の打ち立てた推理考察がご理解できないかも知れませんが、楽曲が柔らかめといえど一応は僕も音楽のプロです。
ーーーその上で断言できます。
箏という少女は、既に潜在的未知数さ及び素質を、素晴らしい芸術家の目で見つけ出されて、精一杯の残りの人生をかけて、大切に育てられて。
音楽のミューズに愛された、すわおそろしい、大変な本物の才能を持つ人物だと言う事なのですよ。
箏は私の弟 凪に
ある時……
ピアノのイスに腰掛けながらーーーー
「私ね、本当はピアニストになりたかったの」
小さな声でコッソリ秘密を打ち明けるように、恥ずかしそうに言ったそうです
聞いた私は「それは当然の願いだ」至極納得し思いました。
しかし会社オーナーの長子として生を受けて薫陶と期待を背負って誕生していました。
そんな事は賢く優しい彼女には、重々理解出来ていた事でしょう。
現実的に叶わぬ勝手すぎる願いだったんでしょう。
凪は僕に言いました
「ぅん…ーーーそれもあっただろうけど?
多分ピアノの演奏者の分野は『競争率』が飛び抜けて高いから
〜…という事が言いたくて
『自分では無理』
完全な気後れだからだと思うんだ。
箏は結局優しいからな、優しいと言うのは場合によっては弱さに繋がる。
ーーーー弱いと言うのは負けると言う事。
ソイツがいいか?悪いか?という、偽善的見当違いのジャッジはココでは行わんけどな。
『プロになる』と言う事は、金が稼げるほどの実力とイコールだ。
どの世界でも絶対的なナンバーワンであり、オンリーワンでもある事だろ?
自分の奏でる世界に強引にでも全員を、根こそぎ聴衆を引き入れるという事だろ?
〜でもあの当時は、俺は、彼女がなりたい、世界で優れた者同士で更にトップを争う激烈で壮絶な競争社会が、一体全体〜
どんなに凄まじいか?ーーーって事をだーーー
クラシックにまるで無知故に、全く知らなかったんだよ?」
「……それはしょうが無いだろ?
アカデミックな世界線は、俺達ポップス組とは完全に畑違いだしなぁ」
「だからーーーー
『何でピアニストが恥ずかしいのか?』
無知な俺は全然理解出来ず、ちっとも解らなかったんで。
『なればいいだろ〜〜!!』 軽く簡単に言ったんだ。
『実は俺の兄達もデッカイ夢があって……!
今はプロって言ったってさ、タカが知れたインディーズバンド
名前や楽曲聞いたって、殆どだ〜〜〜ぁれも知らない無名の音楽家アーティスト集団だけどさぁ、見てろーーーーーぉ!
今に誰に聞いても直ぐにスラスラーって判る『銀河1の集団』になるんだ!!
ちょっと聞いただけで俺らの曲だってパッとわかる……!
曲タイトルがすぐ頭に浮かぶ位のビッグアーティストにさっ』
ーーーと、つい大見栄を切った、馬鹿げた自慢をしてしまった。
でーーー馬鹿馬鹿しく自分の野心〜個人的に抱いている夢〜!
『実は〜〜!
俺自身にも兄貴達に内緒の夢があってさァ。
自分は歌詞や楽曲構成を考えるのも、歌も最悪、実際に下手っぴだけど〜
でも自慢じゃあないが、交渉や社交テクニックは兄弟中で抜群さッ
生まれ持ったコミュニケーション能力を生かして、あの兄弟達を『敏腕マネージャー』として、自分がガッツリ支えるんだよ〜〜〜』
そんなつまんない、ガキ臭い夢物語を興奮して熱く語りきったんだ。
何だってかんだってそうさ……!
結局は口の上手い奴が、才能ある奴を押しのけてグイグイのし上がってく世の中だ、言ったもん勝ちなところがある。
『俺はそれを自分の為じゃなくって、神様から貰った大切なギフトとしてさ、兄弟全体の幸福と栄光のために使いたいんだ。
そんでそんでーーー……!
スペースコロニー1の、最高の眺望が拝める立派な新築マンションの最上階フロア全部を居住スペースにして。
下の階全部を贅沢に音楽スタジオ用に買い切って。
みんなでワチャワチャ使い倒すんだよ〜』
あーーっはっはーーーなぁ馬鹿丸出しだろ?!
相手は超有名企業のお嬢様だって言うのにさ?
アイツが本気で望めばその程度の住居などすぐにでもーーー
賭けても良い
日々頑張る娘のために、あっという間に親父さんは0.1秒で最高の場所の優良物件を用意するさ!
〜そう言う途轍もない、越えられない生活水準の格差があることなんか全然、ケロッと身の程知らずに忘れてたんだ。
ぁあ、そんな事なんか、からきし頭から吹っ飛んでいた
高校生男子が、精一杯の知識と経験で思い浮かべる、理想の限界値〜
自力で達成しようと思い描く、最大級の滅茶苦茶な荒唐無稽な夢に本当に真剣に本気だった」




