兄弟 ②
海里はゆっくりと滑らかな声で話し始める。
聞き取りやすい、詩の朗読のような告白。
「どうして……警察で絶対に自供しなかったか?」
全てがそこにあり、城主には理解納得出来た。
ーーー彼等がそうせざるを得なかったことも。
音楽家、素晴らしいアーチスト〜
誰もが三オクターブのハイトーン音域を褒め称える海里の声は極めて美しく、それだけに運命の残酷さが際立つ。
「僕にとってのあの ”運命の日” は 〜いいえ夜ですね?
グループ『デビュー』以来の念願。
いいえ、1つの『悲願』だった、私達に対する電脳ジャーナル記者による直接インタビューの同日の事でした。
”前夜” というか ”当日” というか……
2つの日を跨ぐ闇の、何物でもない朧気な時の事でした。
電脳ジャーナル、このメディアにたとえ悪口でも掲載されると言う事は既に有名になった証で、アーチストにとっては、形のない勲章……
本当に此処だけを見据えて、私はプランを立て、綿密にボイストレーニングその他、様々な勉強をしやってきました。
〜ですからね、本当ならもっと高揚した気分になる筈でした。
がーーー目的を果たしたのに、僕はとてもではありませんがそんな気分にはなれませんでした」
**************
「お兄??
何だか今日ヘン〜みたいだったけど何か変わったことがあった???」
長いーーーロングインタビュー終了後。
自宅防音の音楽スタジオで末の弟、五男の渚が、長男である僕に不安そうに聞きに来ました。
インタビュー後に行われた、内輪だけのホームパーティーでの興奮。
ほんのり頬を紅色に染めつつ、ユラユラしなやかな体幹を起こし、チャームポイントのバンビのような美しい大きな瞳で、じっと僕の目の奥をのぞき込んできたので困りました。
『やっぱり鋭いなあ……』と、彼は昔からそうでした。
僕の心の不安や戸惑いや悩みを、すぐにピタリと察してしまうのです
何時も彼だけは、兄たちのどんな些細な気持ちの変化や秘密も、その優しい心で敏感に察してしまうので。
咄嗟に、兄だから、メンツもあり、年下の弟に気取られまいと煙に巻こうとしました。
〜隠し事が有るんでしょ?〜 すると先手を取られたんです。
ぷんと頬を膨らませられました。
あまりのかわいさに……
有名ヘアスタイリストにセットされた、猫っ毛で柔らかい大好きな髪を悲鳴にもかかわらず思わずぐしゃぐしゃにしてしまいました。
「〜〜〜〜…!」
「えー〜〜やだってば~海里お兄……!」
「いい匂いがする」
「お兄だって!」
渚の滑らかな散々髪を悪戯すると、ぷーっと可愛く頬を膨らませていました。
大概の男は嘘や隠し事が殆ど出来ません。
末っ子の渚から見たら自分達『上の4人の兄たち』は我が儘でだだっ子
ひたすら……何時までも手のかかる、自己中極まりない ”タチの悪い子ども”
ーーーみたいな?
どうしようもない生き物かもしれないと思いました。
頭からゆっくり手をどかすと、渚の目が静かに
”そんな事で僕を誤魔化さないでよ”
無言で訴えかけてきましたから覚悟を決めます。
『ほんとかなわないよ、おまえには』
ーーーと感じました
もしも今後も引き続き隠し事をしてたとしても、これは遠からず、多分直ぐに丸々ばれていたと思ったので本格的に腹をくくりーーーー弟、渚に、状況を
「逆に彼だったらどうするか?」
僕は最初から最後まで全部、弟に相談する事にしました。
アーチストリーダーとしての立場ではなく長男として、兄として、仲のいい兄弟として。
「わかったよ」
「話してくれるの?」
ぱぁぁぁぁ…と、何も知らず明るく輝いた表情にチクッと胸を痛めながらも、大きく息を吸い込み、罪悪感にまみれて口を開こうとしたーーーその時です。
急に背後から大きな影が差しました。
振り向くと僕の2番目の弟である3男の『凪』
社交的で兄弟中、最も容姿が整った、僕達をずっと支えてここまで押し上げてきた敏腕マネージャーである凪が無表情……
冷たい能面のような顔でヌッと幽鬼の如くに立っていたのです。
「……」
「ーーーー」
「どうしたの?凪兄?」
キョトンと意味がわからない渚が首を傾げていたそこへ、更に僕にとって1番目と3番目の弟〜
次男碧と、4男・海音が、ドヤドヤ明るく足音高くやって来ました。
グループ名「瑠璃」はコロニーRURIーAからだけでなく、自分達のこの名前からわかります様に、海洋の深い美しい色合いからイメージし、強き結束を示すために名づけたものです。
「ん?どしたの一体?」
「あ〜〜〜夕べ凪兄がどっかに消えた事で、今になって海里兄〜凪に謝らせてんの?
いいじゃん別に、今日はチャンとマネージャーの仕事完璧にしてくれたんだし?」
「……」
「じゃねーな……何かあったみたいだな、だろ」
**************
「ええ、元々僕が全て悪いのですーーーー
身の内に、たった1人で抱えていた深い苦しみを、いつも自分の事だけで精一杯の、自分勝手な愚かな兄の自分が〜
傷ついている兄弟の気持ちに一切気がつかないでいた事が、元々の原因です。
あの夜ーーー
僕は……
僕は
自分が許せなかった
怒ってばかりでーーーーーーー
最悪なことに、都合の悪いことは察したり見ようともしませんでした。
済まなかった〜とは私には2番目の弟〜……
3男の凪にとても言えません
許してくれなんて 都合のよいことなど今更とても無理です」
城主はハァ……と力なく溜息をついた
「察するに何かーーー長年、ご兄弟で『秘密』があったんですね?
どんな物かはわかりませんが。
”その罪悪感の埋め合わせに”
贖罪代わりに兄弟全員で暴走したのですか?」
問いかけに対しクスッと海里は笑みを浮かべる
諦観ーー……
諦め
透き通るがごとしの不思議な輝きが放射される
『?
これが本当に何人も、暗殺で人の命を手にかけてきた人間が浮かべる表情なの?』
城主ーーー本名”紫”には信じられなかった。
人は見かけによらないと言う事だろうか?
人生経験ある程度の免疫がなければ人間不信一直線だ
「今からの僕の告白を聞いてから、どのように思われるか……
僕らがどうすればよかったのかーーーー
どうか愚かな僕に教えて下さいませんか?
もう実行犯への敵討ちは済ませたので私達は満足しております
最終目標だったーーーー
最も罪深い目標を打ち損じたのは残念ですが……」
瞬きをしない澄んだ海里の視線が真っ直ぐに城主を貫いた瞬間、城主の目がギラリと鋭い凶暴なものに変わった。
「ああ、そういう事ですか。
黙秘は我々を、軍事力を利用しようとしたのですね?」
しかし顔色を変えずに海里は淡々と再び話し始め出した。
**************
「あの『運命』の日の深夜ーーー
僕はやっと新曲の作詞完成のめどが付き1人〜
広い〜スペースコロニーでの、豪華な仕様の新築高層マンション最上階リビングでぼんやりと過ごしていました。
『……』
静かだなぁと、何時もの部屋がやたら広く感じました
ただ暇つぶしに流しているだけの、ホログラム映像の無意味なネイチャー番組が僕の前で陽炎〜
まるで、ユラユラと力のない幽霊のように無意味に流れるばかりでした。
次男の収集物であるアンティークの貴重な壁掛け時計の音がカチカチ、奇妙な程うるさかったのを妙に今でも映像としてはっきりと覚えています。
他の兄弟皆はすでに力尽き〜
一階下の階に作られた、レコーディングスタジオで気力体力を使い果たしボロボロ。
自室に戻るなりグッタリ、シャワーも浴びず泥のように眠っていました。
つまりこの時間にフロアで今現在起きているのは、完全に自分だけだと思いこんでいたんです。
世間で考えられている程、楽曲を書くという事は容易い作業ではないので。
何処か古いジャパンのおとぎ話〜
自らの羽を抜いてはセッセと美しい織物を造りあげる『鶴の機織り』に似ていると、よくそんな風に感じていました。
そんな時、玄関の扉がカチャッと開く、大きく乱暴な金属音がし、ふらり……
ひときわ背の高い、大きな身体を揺らす3男 凪が帰宅したのです。
『ウワァ〜ーーーー!!』
なんだこれは!!
かなり……いや強烈に酒臭い姿。
その日、散々連絡を取ろうと、優しい渚が頑張ったのに、腹が立つことにツールは何もかもがブチッと電源接続が切られ、天に昇ったのか地に潜ったのか?
ーーー本当に行き先不明でした。
そんなこんなを色々と次々に思いだして、流石にカッッとなりました。
どういう事なんだ一体ーーーっっ?
『どうせまたどこぞの女と居たのだろう』と奇妙な確信がありました。
「どこに行ってたんだよ」
「ーーーー」
ハッキリ無視されました。
僕にとって凪は、異常とも言える『情事依存症』
女性に対して常にだらしがなく〜
スタジオに怒鳴り込まれた事もしょっちゅうなのです。
本当にいつも頭痛の種で、実務能力こそ高いですが頭がおかしい迷惑者でした。
凪はその後も、僕の詰問にも一切答えません。
「無視するなよっっ!」
「……」
正直、喧嘩にもならない悲惨な状態でした。
兎に角、僕の言うことなど何所吹く風で、完全に無言〜悪い態度で、よく冷えた冷却装置内のペットボトルの水をゴトッと取り出すと、そのまま乱暴にラッパ飲みするばかりで。
しかもそれが気が済むと、見るからに高そうなジャケットとネクタイを、ポイポイポイポイ、みるみる内に、あちこちに引き千切るかの如く、乱暴に投げ散らかしました。
「……皺になるぞ」
「ーーーどうでもいい」
「……?」
これについては明らかに変でした。
彼は着る物に五月蠅い男でしたので、経験上こんな言い草は〜
今まで例えめちゃくちゃ酔っ払ったとしても、性格的にあり得ませんでした
「おぃどうしたんだ?」
「……」
ドカッとソファー中心に熊みたく足を拡げ座り込み
暫くーーー顔を無言でごしごし両掌でこすっていると、またふいっと行き成り立ち上がり……
地球在住の腕利きの職人に特注して設置した、素晴らしい貴重なマホガニーキャビネット内部に収めていた高級ウイスキーを2本
どうしてなのか?
ーーー両手で掴みだしゴトリとテーブルに据えました。
こいつ〜まだ飲むつもりか 『何考えてるんだ?』
体質的に殆ど吞まない僕にはもう、ここまで来ると全く理解不能で。
ーーーしかしあまりに行動と様子がおかしいとも感じとりました。
刺す様な冷ややかな僕の視線を、リーダーでもある兄の視線をこれほど徹底的に無視する事は、彼といえども今だかつて無かったので特にです。
再度、弟が再び歩いて行った先には、巨大な別の家具の場所で。
未使用の、ピカピカに磨き上げた兄弟誰も使用することが無い、重々しいグラス類置き場〜
ハッキリ言って飾り、インテリアとしてだけで並べた、成功の証である高価な食器ばかりズラッと置いた、背面に鏡を使った飾り戸棚がありました。
そこから地球製〜
凪は、洒落て美しいが重くて実に使いにくい、高級クリスタル製のグラスを2個持ち出し、私だって実際に使用するのは、実に生まれて初めての経験でした。
鷲づかみに無造作に持ってくると、ローテーブルの自分の所と僕の前に置き
「お兄、飲む??」
鬼気迫る、有無を言わさない低い口調
周囲に鬼火がメラメラ漂いそうな恐い妖気タップリの目で詰め寄られ、つい思わず、気に飲まれーー
怒りの対象だった弟に、僕は不覚にも完全に押されてしまいました。
「ーーーちょっとだけだからな?」
「くくくっっ……はははダヨなぁ〜
今夜はそーぉ〜こなくっちゃだな〜〜」
凪はそのままストレートで、地球ジャパン産
”賞という賞を総なめにした酒”
限定で、当然とんでもない高級プレミアムウイスキーを、勿体ないことに一気に豪快にだぼだぼ、まるで瓶をひっくり返すようにして無造作に注ぎました。
うわぁあ〜〜〜〜!
止めろっッッ
『ちょっとだけ』どころかーーー
琥珀色の高価な液体は、あれよあれよという間に、本当にかなり大きめのグラスからドッとあふれ出しそうでした。
ローテーブル上の水気に弱いものをーーー…!
注ぐのに失敗ーーーー
少しでも零れたら最後、強烈なアルコールで駄目にしそうな勢い
そんなこんなで、全くのしらふの僕は気が気ではありませんでした。
「お兄」
凪の目は赤く充血していました。
「楽曲作りはぁーーー上手くいってるの?」
何で今ここで…… ”そいつが出る” んだ??
無責任にーーー! 散々1人で遊び惚けていたくせに!!
僕は相当モヤモヤしましたが
「いってるよ」
取りあえず怒りの矛先を大人として収めて短く返答を致しました
すると「ふーん」、如何にも気がなさそうに』
「それは良かった……」
「〜〜……!」
態度の悪さと言い方に、ついに爆発しました
いい加減〜僕も我慢の限界でムカついて!
「午後に!!
俺達念願の電脳ジャーナル記者との重要で大切なインタビューだからなっっ!」
〜〜と言い捨てて
一気にストレートで、ゴフリと呑めない金色の強い酒をあおりました。
途端にクラクラする濃厚な香りに襲われましたが、何とか堪えきりました。
「美味い?」
「まぁ」
「ウッソつけよ!」
軽口を叩くなりゲラゲラ凪は笑い出して……!
とうとう呆れるのを通り越して、不気味になってきました。
「マズイ」
「俺もマズイよ」
「! 〜じゃ何で飲むんだよ?」
「っったく真面目だなー〜海里兄はっ!」
「……」
「酒は大嫌いだね」
楽しげにケッと言い捨てると、今度は歌うように変なことを言い出しました。
「お兄~~さあ〜……
絶対にチャンス、手放しちゃ駄目だぞ~〜〜……!〜」
おいおい話が見えないぞ……?
「チャンスわぁ~~
掴もうとするとスルッと逃げるからなあ~~」
「この酔っ払いめ……!」
「ハハハハハ……」
「〜〜!……」
僕はやむなく最後まで仕方なく付き合うことに。
凪はなおも言葉を続けました。
「ちょっと……脇見するとさあぁぁぁぁ」
またドボドボ、全然懲りずにウイスキーをつぎ始め……
「俺みたくなっちまうぜ~~~……」
急にくつくつくつーーーと昏く喉の奥、くぐもった声で笑い出しました。
急にすっと上げた弟の面は、マネージャーだなんて絶対惜しい!!〜
世間の方々でいわれる程、異様に整っているだけに強烈でした。
~何というか、凄惨な手負いの虎でした。
「……俺の昔の気の毒過ぎる悲しい恋の話、ねぇ海里兄〜
”酒のつまみ” に、ひとつ聞いてくれるよな~~」
「……」
「聞かないと言っても話すだろう?きっとお前は……?」
「だねぇ」
絡んでくる酔っ払いに溜息をついた僕は「返事代わり」に
どばどばに再びつがれた〜
アルコールがクリスタルガラスの表面に滴り、どうしようもなく危険なツルツルする目の前の杯を両手で取りました。
中身が入り、更に重量を増して重すぎて、ウッカリすればバランスを崩し、そこら中に金色の液体、グラスの中身をぶちまけそうでした。
そんなオロッとする僕に向けて「にやり」と……まるで地獄からの使者みたいに凄絶に笑った凪の顔。
この先一生忘れることが出来ないだろうと、予兆の如く強く感じました。




