番外編2 子龍の学生時代の思い出 (14)
子龍は物知りの師匠〜青年書家に相談し
「墨で異素材に絵を描くことは可能ですか?」
ーーー自己流ではない正しい水墨画の描き方を改めていちから習い、膠の溶かし方、墨への混ぜ方、絹への描き方、基礎的正統派のあしらい方を新しく学んでいたのである。
「日本画ーーー
古代の巻物に描かれた表装の肖像画などは、大判の薄絹に薄い膠を溶かし込んだ墨で細いラインの下絵を描き、その上で着色したのですよ。
岩絵具は顔料のみで、粉は定着剤は含まれていないのが一般的ですから。
乳鉢で元々の塊をすり潰し、粉に加工し、あとは自分のセンスで加減するんです。
墨液は定着剤が入っている場合が多いですが、すったものには多少継ぎ足した方がもいいかもですね」
改めて自宅で密かに玉蘭を思い深夜涙を流し、幾度も試し書きで描いたイラストの……いよいよ実演。
面相筆に墨をひたしーーー……
サァーーーーッと掠れや滲みすら生かし……
伸びやかで流麗な線
ふっくら花弁の厚い満開の花々を、吸い取り紙の下敷きの上、布一杯に描いた。
布は本当は木枠に張るなどした方がいいらしいが、大小ビッシリ次々に埋め尽くす。
〜歯ブラシ・ブラシ部分で濃い墨色でフラッシュと集中線を入れる。
即席の水墨画は、途端ーーー
いきなりパァッと生命を得る。
仕上げ…… "玉蘭へ”
花押も 書家の名前と一緒に、流麗に生き生き、流れるように豪快に
「これまだ乾いてないから、少し置いといてくれな」
「本当にいいの? ーーーすごく素敵、大切にする」
幸せそうな玉蘭を宝物のように抱き締め 柔らかなキスを唇に落とす。
「じゃあな」
「ありがと
”瀬をはやみ”……だよ?」
「ぁ…… ”崇徳院”…… 再会を願う百人一首の和歌か……
”われてもすえに あわむとぞおもふ”〜 ……だよな?下の句は確か。
崇徳院77番、出典 ”詞花集” 」
「そうそう!
瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ……!」
玉蘭は子龍の腕の中、「じゃぁね♪」 ニコッと明るく振る舞った。
〜谷底の清らな小さな水の流れがいつしか岩を打つ滝の如しの激しい急流となり、幾筋の川、幾千幾万もに分割、遠く遥かに何処へか流れる様にーーー
〜けれど大河と化して再び混ざり合い、広大な久遠の大海に注ぎ混み、必ずや巡り辿り着く様にーーー
〜あなたといつか、どんなに時を経て別離の悲しき大いなる試練を経たとしても、必ずや巡り会う事を。
夢物語の様に、そんな風に祈り恋慕い、あなたとの再会を、私は熱く静かに願っているのですよ〜
子龍は笑って手を振ると2度と振り返らなかった。
前のめりで……肩のカバンがずり落ちそうになるほど〜
子龍はつんのめるようにズンズン、両腕を振って前だけを見て歩いた。
病室を出てもたとえ廊下でも玉蘭のーーー……ある筈がない視線を感じたから。
無論そんなのは気のせい〜と言いきってしまえばそうなるが、子龍は本気で玉蘭を愛し信頼し、リスペクトしていたから。
だからこそ、彼女に対して最後まで誠実でありたかった。
『あいつに悲しい顔を見せてしまう!!』
……その一念で
病院内を大股で悲しみを振り払うかに必死に早足で歩いた
そして子龍は今でも「先生」のーーーー!
生前最期の姿が今でも忘れられなかったのだ
衣服を乱した姿
縋り付く悲しげな目……
『何故もっと俺はあの時、恋した人に優しく出来なかったのか!!』
わかっている、「自分は最低だ」
好きだ愛してるって言いながら、先生を、気持ちを、思いやることが無かった。
言葉を聞かなかった、信じてあげなかった。
……自分の事、強欲な欲望だけしか、そこに存在しなかった。
最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ最低だ
アイツが言った通り「先生」は自分が喰い殺したんだ。
俺は ”命” ……肉体だけで無くて。
あの人の優しい心までも、無残に吹き消し殺してしまったんだ。
『哲兄が何度も教えてくれと、アイツに頼んだのに……!!
結局〜……埋葬地は教えて貰えなかった』
兄は「知っているけど教えられない」と言っていたが、本当はそうじゃない。
優しい兄は、あの ”くそったれ” を自分が防波堤になって、ワザワザ憎まれ役を買って出てまで、憎しみに燃えたぎる弟の怨念から庇ったのだ。
子龍はヒソヒソーーー自宅マンション内でかわされるスタッフの内緒話で
「旦那様も酷いよねぇ……」
「ホントよねぇ……なにもお気に入りの哲様まで、拒絶しなくても……!」
偶然、その真実を知ってしまったのだ。
爪が握りしめた拳に突き刺さる。




