↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

176/335

番外編2 子龍の学生時代の思い出 (13)


子龍は〜出発前、大学病院入院中の玉蘭に最後の面会を行った


愛用の書道の道具ーーーーー!


しきり付きの文箱に収められた硯、お気に入りの金属製のウサギの水滴、女の子らしい造形の文鎮。


〜幾つかの固形の墨を渡された。

どれも使い込まれ大切に手入れをされた品々だ


固形の墨の中には、彼女が宝物にしていた非常に高価な松煙墨……


俗に言う 青墨《セイボク》もあって驚いたーーー……思わず息をのむ。


「オイこれーーーーー本当にいいのか?」


「うん……

こういうのは1個1個色が微妙に違うし滲みもね別物なんだよねーーー


この青墨……薄墨色が透明感があって凄く綺麗なの、こんなのって滅多にない。

表現にスッゴく奥行きが出る、まるで桜香の羽の色みたいなの。


特に繊細な仮名文字〜とか……だからね……是非、”この子” の奥ゆかしさと深みを引き出して欲しい。


子龍に絶対持っていて欲しいんだ。

多分『向こうで』…… 手に入らないからーーーー」


「そりゃそうだけどーーーー」


ジッと手の中の小さな木箱に入った薄い〜黒い塊を見る。

どんなに大切に繊細な色合いを慈しんだのか、それがわかる減り具合。


丁寧に丁寧に、愛しながら摺って使ってきたことが。


まるでーーー彼女の魂そのものだ。



「……大切に使うから」


「こういうのはね?…… ”使ってこそ” ……


実用品だから……その方がこの子も喜ぶの。


だから遠慮無く使って♪」



玉蘭は病を感じさせず楽しげにクスクス笑う。

本当は激痛で苦しんで、酷い頭痛で堪らず吐いている筈なのにーーー……

 

そんな子龍の前で、お気に入りのパジャマ姿の明るく振る舞う彼女の肩の上で柔らかな髪の先がサラサラ踊る。


手術はしない。


だからーーーーーーだからなのだけれど。


キラキラ輝く明るい光の中で、子龍は思わずぼぅーーーっと見とれてしまう。


今でも信じられない。


こんな元気な彼女が……死んでしまうだなんて。


この世から消えてしまうだなんて。



ホント…… カミサマなんてくたばっちまえ!




「俺……いつも思うけどサ 硯箱じゃないんだな?」


「うん、自分好みの手作りの仕切り付のこっちが好きなんだ……


でも〜この入れ物もう使えない。

墨をすったりは〜もう出来ないの。


筆だけは……

パパやママに残したいからゴメンね?」


「何ぁーーーに 馬鹿な事いってんだ、これやるから頑張れ!」

 

「ーーー何で?!どうしてこんな大切な物を!!

いいの?? 

本当にいいの??」


 

ガサガサと渡したのはーーー


初めて彼女より上席に輝いた、最優秀の栄冠を勝ち取った提出作品の「書」と殆ど同一の物だった。

 


「わーーーー! こっちの方が良くない??

なんで出さなかったの?」


「ああ、提出分より俺もこっちが気に入ってたんだ〜

でもほらここ!!  見て見ろよ」


「あぁ〜 残念〜〜〜〜〜でもなんか子龍っぽいねっっ」


隅に1点、ほんの僅かポツンと黒い墨が落ちていた

明るく声をそろえて笑った


最期は笑って笑ってーーー

好きな人の楽しげな笑顔だけを、幸福な記憶に留めたかったのだ。



「ぁのさ〜……青墨 今使ってもいいか?」


「?いいけど…… ここ紙も筆も無いよ?」


 

子龍はクスッと微笑むと、ポケットからハンカチを出す。


肌理の細かい〜純白の滑らかなシルク製。


玉蘭の目が丸くなる。



「まぁ見てなって!」


水滴にほんの少し〜洗面スペースで水をちょっぴり

 

「歯ブラシを1本拝借〜〜ーっと……!」


子龍は預かった硯で、しょろりしょろり……

ポケットより取り出した、道具として使い慣れた自分用の水滴で、僅か数適ずつ水をつぎ足し 心を込め慎重に摺るのだ。


途端に墨独特のよい香りが立ち上る。

 

ーーーやっぱり自分が密やかに持ってきた墨よりもこのほうがいい。


子龍は真白な釉薬を掛けられて焼かれた、ツヤツヤな日本画用の陶器の小皿と、あらかじめ、ゆるゆるに溶かした膠が正確な分量で水に混ぜられている小瓶を持ち物より取り出す。


擦った青墨を小皿に全量移し入れ、スポイトで適量の液体を入れる。




「わぁーー……!」




玉蘭ーーーその名前の花は ”オーキッド” の花ではない。


玉蘭は、白木蓮


白い木蓮《モクレン》……〜庭木の漢名だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。