番外編2 子龍の学生時代の思い出 ⓾
あまりに自然な口振りに、子龍はブーーーーーーッと吹いた。
「……なななっっなっっ何いってんだよお前!!」
休日ーーーーーー
いつもの『狩り』の終わった後の川岸の土手で、温かな水筒の飲み物を子龍と並んで座って飲んでいる最中に玉蘭が言ったのだ
子龍はてっきり冗談かと〜〜!
唇に笑いを貼り付けようとしたのだが、玉蘭の瞳は真っ直ぐで。
ひどく澄んだ クリアな眼差しーーー
ちゃかしも おふざけも入り込む余地はない、それは子龍の初めて体感した〜
「自らの死を覚悟した者」だけが見せる表情で。
「冗談〜!!
……この医療が万全に発達した時代に、人が病気で死ぬわけないだろうっ!!」
すると玉蘭はゆっくりと静かに首を振るのだ。
だがしかし、子龍が望む「縦」では無くーーーー「横」に……である。
小さくフゥッと息を零し、淡々と彼女は告げる。
「私のはここなの」
右手の人差し指でトントンと軽く頭をつつく。
「!!」
子龍の切れ長の目が大きく見開かれ、力を失った右手から水筒のコップがスルリと滑り落ちて、冬枯れのわびしい草の上にコロコロと転がる。
「あちっっっ!!」
「何やってんのよ もう!!」
クスクス笑うそんな玉蘭の表情を……
「ーーーーー」
移動式小型金属製特製止まり木に、足をふんわり温かな羽毛に納めて佇む桜香が不安そうに、傍らで主を覗き込んでいるのが切なかった。
『ホントかよ……!』
子龍は前髪をガシガシ掻く
彼女の言う事は全て事実だとーーー嫌でも悟らざるを得ない。
「……どうなんの??」
ワザとつとめて冷静な声で聞く。
強がりまくる声がーーー微かに細かく震える。
「うん……明日から入院、”後3ヶ月”〜ってはっきり告知された。
でも〜ーー若くて進行が早いらしいから、さぁ……そこまで持つか……どうか?
ーーーなんだってさーーー
実は、今も痛みをモルヒネで散らしてる
場所が悪いから開けても無理ってサジ投げられた」
「……」
「……ーーー」
サヤサヤと水辺の枯れ草を鳴らす風の音。
しばらくそのままでお互い言葉を交わさなかった。
ヒュッツッ……!
子龍は拾ったコップの下に転がっていた小石をひっ掴み、思いっきり鋭く強く川に投げこむ。
ーーーーぽちゃんーーーー
……石の沈む 間の抜けた音。
そうしながら……も、子龍は淡々と話す玉蘭の方に顔が向けられなかった
どんな顔をしていいのかーーー……わからなかったのだ。
「何でだよ〜〜〜〜〜〜〜〜!」
頭を〜前髪をぐしゃぐしゃ掻きむしる。
「……」
玉蘭はふいっと空を見た。
そこには、いつもと変わらない水色の、たそがれた冬の寒空が広がっていた
子龍の目には憎たらしい程平凡で 穏やかでーーー
馬鹿みたいに平和過ぎに見えた。
「この世界は美しいわね。
今まで沢山の森羅万象ーーーー素晴らしい綺麗な景色を目に焼き付けてきたけど
今日ほどーーー
清々しい景色は見たことが無い気がするわ?
自分達の周りには数え切れない虫や鳥や、動物がちゃんと当たり前みたいに普通に存在していて。
普段はそんなこと意識なんかしないけれどーーー
全然ちっとも目に入ってはいないんだけど。
人は〜ぃいえ人も……その中のいち構成員で
自然の中の一部分で
私ね? 子龍と桜香とのふれあいでーーーしみじみそれを感じるんだ」
子龍は急にカッッ〜とする
理由なんかわからない
でも〜
ーーーそんなのは関係ないっ!
脳が沸騰しそうにいきなり激情が走る
どうしてーーーーーーどうして!
〜〜〜〜どうしてっ!!
こんなーーーーー
モノのわかったイイ奴が死ななきゃならないんだっ!
いつかぶっ殺す予定の俺のクソオヤジはヘラヘラチャラチャラ美味いもん喰って
強欲に女侍らせて、極楽で生きてんのにーーーっっ
ーーー世の中ぜってー間違ってんだろっ 畜生っ!!
「〜〜〜ッッまだ俺達 足ったの13歳だろ!!
俺は誕生日が4月だから じきに14歳っ……ッッ
あとちょっとで〜〜もう後 数年で!
!
そうだ……例えばさ?ーーー『大人だけの権利』
結婚だって法的にチャンと認められるんだぜ!
何だって出来るんだぜ!
望めばどんなことも出来る様になるんだぜ?!
どうして……〜どうして今なんだよ!
なんでガキの壁を越えられないんだよ!!」
子龍は以前〜憎たらしい父親に反発し「大人なんかになりたくない!」と心の底から念じた事を思い出す。
確かにあの気持ちに現在でも嘘は無い……がーーー……
だが今は、自分がリスペクトする玉蘭の「将来」〜生き死にに関わる緊急非常事態だ。
だから親愛なる大切な彼女の為〜
そんなちっぽけに思える親子喧嘩から派生する感情の拘りにグズグズいつまでも執着したり女々しく構ってられなかった。
子龍の吠えるような激しい、まるで喉から血が滴るに似た迸る絶叫に彼女はすっと笑みをこぼす。
冬の澄んだ空気に透き通るような清らかに達観した微笑みと眼差しで瞬きせず、子龍の貌を愛おしそうに眺める。
「〜私は早生まれだから 実はまだ12歳なの。
誕生日は明日だから……〜〜
本当の『年』ーーー
大人っぽい子龍君に馬鹿にされたくなくて変なプライドで言うつもり無かったけど……
そっかぁ……
私 子どものまま一生を終わるんだねーー……
大人にはなれないんだね。
あぁ〜あー〜……!
やんなっちゃうな〜〜〜〜〜〜ーーーっ!
大人になっても
ずっとずっと ずぅううっ〜〜〜とーーー……
子龍君の傍にいたかったなぁ〜〜っー……
『先生』がーーー心の中に永遠にいても
”友達”〜
『終生のライバル』ー〜って……
親友だもんねっーーーーーーって格好良く。
それが〜……夢だったのに……!
子龍君の結婚式で『友人代表』って スピーチして。
晴れがましく ”おめでとー” ……っ……て言ってさ?
誰よりも1番に、パチパチ手を叩いて祝福しようと願ってたのに……
幸せそうな……〜
ううん?幸せに決まってる純白のウェディングドレスの、とってもきれいな素敵な花嫁さんに
堂々と……
『私の1番の世界いちの親友をどうぞよろしく!』って……
『子龍をよろしく!』……ーーって
ニコニコ言うはずだったのに……
夢って案外叶わないものなんだね……」
玉蘭の声は終盤 涙でくぐもって掠れて……
最後はーーーよく聞こえなかった。
子龍はザッといきなり……!感情のまま蹴りたてる様に斜面から立ち上がると。
玉蘭の背後に回るやいなや背中から……ギュッと思いきり強く。
ーーー強く抱き締める。
強くーーー腕を回し……
小柄な玉蘭の体を全身で、すっかり包み込む様に抱き締める。
「ホントに馬鹿だよ、お前……」
「……〜……〜……〜……!」
ーーーーー気がつかなかったよーーー……
お前の本当の気持ち。
それって……
おまえが
夢見ていたことだろ?
素敵な君に憧れていたのは俺だけだと思っていたよ。
玉蘭……お前みたいな イイオンナが。
世界中で1番格好いい 何処にもいない、いい子がーーー……さ?
情けない……いつまでも未練たっぷりの俺なんかでいいのかよ?
子龍の腕に……全身に。
唇をギュッと嚙み締め 必死で泣くのを堪えた、愛おしいひとの細かな震えが直に伝わる。
ーーー子龍は堪らなかった。
”〜兄さんはさ……言葉で無くって。
どんな風に動いたか、何したかって言う 行動の方を信じてるからね?
男は本音を中々言わないからさ、口先では何とでも言えるし?〜
子龍の信頼する心正しい兄の 甘やかな優しげな言葉が、常にどんな時も、弟の全面的味方の哲の声が、突如耳元に甦る。
『そうだよね……?
全くその通りだよ……ーーー哲兄……』
グッと胸が詰まる。
そっと顔をーーー頬を 彼女の首筋に埋める
「俺の家来ない??
誕生日 今夜一緒に 一晩中祝おう……」
冷え切った耳元で 掠れた声で囁く。
抱き締める腕の中で、一瞬びくりと彼女の体が震える。
「……」
「いい?」
小さな頭が前にーーー……下がり
玉蘭はコクンと頷いた。
子龍は腕をゆっくり上げ〜……顎に掌を添えると、後ろから唇を そぉっと被せる。
微かに震える大切な人を怯えさせないように……
静かに、優しく、愛しさを込めて。
ただ皮膚を擦り合わせるようなーーー触れるだけの、清らかな口づけ。
2人にとって初めての ぎこちないキスだった。
子龍は腕に捕らえた体の向きをゆっくり、華奢な体を自分の正面に変えさせる。
カサカサと厚ぼったい、お互いの防寒服の擦れる音……
玉蘭は拒まなかった。
「お前に本気だから」
「……」
彼女からの返事は無い。
子龍は前髪がーーー
吐息が混じり合い触れ合いそうな位置で、澄んだ瞳の奥を深々覗き込む。
額をコンとつける。
「……嘘じゃ無いぞ?」
細かく震える、華奢な背中に長い腕をギュッと巻き直す。
ーーー唇を寄せる。
「愛してる」
玉蘭は目を閉じた。
子龍は想いを込めて、気持ち全てを伝える長く深い口づけをする。
子龍は通りがかりの、瀟洒な可愛らしい写真店で沢山の映像を撮った。
これは全て子龍の発案でーーー
「料金は全部俺が持つよ」
「でもー……」
「ふっっ……誕生日は目一杯祝わなきゃだろ?違うの?」
「〜〜〜〜〜」
「だから泣くなよ、な?」




