番外編2 子龍の学生時代の思い出 ⑤
鬼気迫る子龍の父は「許さない」と呪いの言葉を浴びせる。
「ああーーー殺したいよーーーお前をな……!
今すぐこの手でーーー
ギュッと縊り殺したい気持ちがわかるか??」
初めて聞く父親の声だった
「彼女には ”必ず惚れさせる” 様、体の関係を結ぶ事〜を命じて近寄らせた。
但し……
”そう簡単に与えるな!”ーーーとな……?
『その通り』になりすぎたな……」
父はフーーーー…と薄く暗く、誰しも社会的信用が高いと感じる苦み走る整った顔をぐしゃっと歪めて嗤う。
「……ッ!」
子龍の真正面
見下ろす仁王立ちの体全身から立ちのぼる、圧倒的な威圧感に声も出なかった。
確かに実際ーーー滅多に面会しない父親だったが。
それでもこれ程恐ろしい、全身から妖気を発散する身内として全く知る由もなかった本当の男の姿は、未だかつて見たことが無かったのだ。
「最初は泣いていやがったよ、私が好きなのは生涯貴方だけですってな」
「ーーー??」
吐き捨てる父親の話に 子龍は愕然と見上げる
ーーーー何を言ってるか理解不能だったのだ。
「仕方がないから新たに何度かベッドで抱いて可愛がり、やっと私の言うことを聞かせた」
「どういうこと?」
哲から今さっき聞いたばかりの話とは……何かが違う、決定的に違う!
全身がゾッと、一気に凍るように冷え切る。
心の中へドッと、凍える冷えた氷水を流し込まれたかに震えが来る。
目を見開き瞬きも出来ず、ただ父親を見つめた。
世界がガラガラ音を立てて一瞬で崩壊する。
『先生が好きだったのは……僕より大切だったのは、純粋に優しい包容力溢れる素晴らしい男性では無いの?!
……相思相愛で、精神的にも尊敬し合う間柄じゃないの?!
ーーーそんなーーーそんな馬鹿なっ!!』
体を堅くし瞬きすらしない、顔面蒼白の強張る息子の顔を冷たく見つめ、父親は冷ややかに悪魔の様に微笑む。
だが目の奥だけが一切笑っていないのだ。
今までの生涯で子龍が一度も体験したことが無い、異様な雰囲気。
「よくもやってくれたな……」
ゆるゆるした口調で、父親は再び口火を切るのだが、穏やかすぎる声は、世界で最も恐ろしい罵声にしか聞こえない。
父は本心で怒っているのだと子龍に自覚させるに十分、彼とて流石にそれがわからぬ程、愚かで幼い子どもでは無かった。
冷たくーーー残酷で……残忍な世界の真実。
彼の口から、父と「先生」の紡いだ「物語」は尚も粛々と続いてゆく。
「彼女は、私のお墨付きだったんだ。
引きは幾らでもあったが、お前の専属にしたんだよ」
「……どうして?」
「わからないか?
そりゃぁ〜 大事な末っ子のお前を他の、訳のわからんーーー
何処の馬の骨ともしれん女にくれてやる事は出来ないからな。
あの子の体は、私がイチから全て仕込んだ芸術品だ。
勉強もマナーも、立ち振る舞いも気配りも
ーーーーテクニックも
……久しぶりだったよ、こんな事はな……
全くーー……
『愛あればこそ』ーーーだな。
あの子は隅から隅まで本当に得がたき、素晴らしい素材だったよ。
……それをお前はよくもまぁーーー」
「……」
「殺してやりたいよ……今この場でなぁー〜……お前を」
すぅっーーー……
一際大きく深呼吸し、息を整え、そして、一気に末息子に畳み掛ける。
「ーーーおい子龍?
私がどれ程お前を、心の底から憎らしいかわかるか?
『あの子の未来』は 元々全て私の物だったんだ。
誰も傷つけずに生きる事は、不可能なんだよ」
「何を勝手なことを!!」
子龍はブルブルと白くなる程、拳を握りしめ……!
キッ!!
全感情込めて下部から父親を睨み付ける。
「父様はーー……あの方〜『先生』を……
あの人の事を想いを込めて愛していましたか?」
口から例え1言でも
「好きだったよ」
「愛していたんだ」
子龍はそれだけは聞きたかった。
この世で最も大好きな、全身全霊で自分の全てで大切に愛した女性の名誉を賭けて、この父という名のバケモノに問いただしかった。
沸騰する怒りでカチカチと歯が鳴り、唇が自分でも震え、全身がおこりの様に激しく痙攣するのがわかる。
〜こんな男に、こんな最低男に!!
あの優しくて
綺麗で
自分の全てで想いを伝えた人が〜! 本気で夢中だったなんて
ーーー許せなかった、気の毒でたまらなかった
『優しい純情な心を弄ばれて、騙されていたも一緒じゃないかっつ!!』
だが「求めていた答え」は、子龍の期待や想像とまるで違った、というよりもそもそも根本すら擦りあってなかったのだ。
彼の父親はフッと、嫌味っぽく笑い飛ばすようこう答えたのだ。
「私の掌中の『宝物』〜
全力で磨き抜いた哲に教育されたのにも関わらず随分とまぁ、ロマンティストだな。
ーーー馬鹿げてる、話が感情論過ぎる。
何を言ってるか、サッパリ解らないなーーーー
ーーーこの世間知らずめ……!」
殺してやる
「私が憎たらしいか?」
「・・・・・・」
「そうか……」
父親はうっそりと嗤った。
どうにも嫌なーーーー穢れたゾクゾクする昏い笑い。
「だったら、少しでも早く大人になれ子龍。
私の所まで意地でもーーー血と汚泥にまみれながら這い上がってこい。
今のお前は何の力も持たない、ただのいきがったガキに過ぎない。
愚かで……馬鹿そのものだ。
お前の兄の賢い哲とは大違いだな。
我々は外交官の宿命の中に生きている。
外交とは『血を流さない戦争』
お前もーーーいつかわかる子龍、その地獄に私はいる。
首を長くして待っているぞ……」
最後はまるで小声で悪魔が囁く様だった。
毒を孕む、陰気で恐ろしい呪いを込めた声で息子を恫喝した父親は、急に、スッと体の向きを横向きに翻す。
自分に飛びかかり、今にも喰い殺しそうにギリギリ睨み付ける顔を、実に面白げに睥睨すると
最後に、決定的なーーーー”原罪”ーーー
まだ子どもである息子の、柔らかな心に将来取り返しがつかなくなるように、重い「猛毒」、心理的とどめを刺す事を躊躇しなかった。
有能な男の、嫌らしい目論見は見事に成就。
捨て台詞が如く、冷ややかに薄笑いを浮かべ言い放つ。
「ふ……全く……呪われた血は争えないものだよ……!
いいか?
ーーーゆめゆめ忘れるな、おまえもその宿命の中にいる。
彼女はお前が喰い殺したんだ。
自分達血族の、古代より営々と連綿と背負って来た、屍の上に立つ血塗られた役目を忘れるな」
子龍の体がぐらりと揺れる。
慌てふためく血相を変えた哲がバタバタと駆け寄って来る
「子龍!」「子龍くんっ!!」
声限りに呼ぶ声が聞こえたがよくわからない。
だが確かに……
何処かで聞き覚えのある、澄んだ女の子の声が混じっていた気がしたのだ。




