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番外編2 子龍の学生時代の思い出 ④


何時もと違う余所行きの貌を見せる無人のガランとした居間


ただーーー洒落た繊細な客用コーヒーカップが「2つ」


主を失い、ポツンと残されているばかり


子龍はテーブルのそれをおそるおそる〜繊細なカップの細い持ち手を取り 匂いを嗅いだ。


馥郁たる香り……ドリップコーヒーの中身はタップリ半分ほど残っていた。


『??』

上品な色と香りで直ぐに判った。


彼の父が好む特徴的な高級豆の銘柄だ



「!……なんで知ってるんだ??先生が自ら煎れたのかな?」


この家の生活を管理する、手助けの人々は今の時間来ないのだ。


「父が自ら煎れたのか??」

まさか、あの人が ”するわけが無い”


「……だったらやっぱり先生??」


まだ豆の種類は戸棚に他に幾らでもあったはず! 頭がグルグル混乱して来た。


『可能性として、父が銘柄を指定して煎れさせたのかなぁ……』


わからないーーー……


子龍はそぉっと改めてカップ地肌に触れてみる。


「! 冷たいな……」

透き通りそうな、薄い磁器の肌は疑惑で震える指先にピンと冷たい。


ーーーということは……?


「これ」が用意されて、随分時間が経過していたことになる。


その時ふと……?

遠くから謎めく木霊の様な小さな囁き声が聞こえた気がした。


『多分父様の部屋だーー……寝室??』


恐ろしい不気味な不安で、ギリッと胃が捻れ思わずゲェッと吐きそうになる。


ひっそり静まり返る自宅が、魑魅魍魎渦巻く魔界の化け物屋敷のように思えた。


子龍は大股で、足音を忍ばせ そっとーーー父の私室の外に近寄る。


『……』息を整え猫の如く仕事部屋に忍び込む。


「・・・・・・」


目を瞑り……最後に1度スゥッと大きくゆっくり息を吸いーーー


素早く


仕事部屋の隣ーーーー

続きの間である、父親の寝室のドアを一気に開け放った。




床には散乱した女性物の衣類……


父の仕立ての良いジャケットと艶やかなネクタイーーーは無造作に


父気に入り、1人掛け革張りソファー肘掛けと座面にベタリと投げ出されていた



「なんだ遅かったな」


ベッドで父親が悠然とシガーを吸っていた

 

そしてその横にはーーーーーー



子龍はバタンと大きく音を立て扉を閉め、ズルズル〜背中で扉にもたれかかる。




「待って!! 待って!! 子龍さん! 違う、違うのよ!!」



『……何が違うというんだよ!!!』



子龍は靴を履くのもそこそこに、玄関から弾丸のように飛び出した。



こんな時に限ってエレベーターチューブが来るのが遅いから、非常階段を使い一気に下界まで駆け下りる。


”何処にそんな力が残っていたのか?!”

そう思う程のエネルギーだった事に子龍自身も驚く



建物を離れると同時に、地上エレベーターチューブの扉が開く。


「先生」が、まるで吐き出される様に飛び出してきたのがチラと横目に見える。


着衣は乱れに乱れていた。




「ーーー……」



子龍の両目から涙が弾ける。



『大人は汚い!!』



上空を飛ぶ飛行艇だけで無く、既に夕刻。

帰宅を急ぐ地上運航〜自動運転車両のラッシュ時間にも差し掛かっている。


振り返らず目の前の歩道から、一気に飛び出し強引に車両道を渡りきる。




その直後ーーーーーーーーーー


凄まじい炸裂音が彼の背後で響いた。



子龍にとって 


その後のことは殆ど記憶にない状態に近い。


ショックが大きすぎ、断片的にしか覚えていないのだ。


大きくて立派な何処かの格式ある葬祭殿


広々と清潔でーーー夢のよう


どこもかしこも磨き込まれた立派な建材、「先生」の葬儀ーーー通夜はしめやかに執り行われている


「先生」の両親は来なかった。



『どうして?……』

 

「遠い所をわざわざ……」

「この度はご愁傷様でした」


ボンヤリ走馬燈のようにくるくる、同じ様な対応が流れる、景色の中ーーー


葬儀会場には喪主として某ーーー施設長の


養護施設所長の肩書きを持つ大人が、通夜に訪れる弔問客に丁寧に応対している。

 


子龍はその時になって初めて、愛する「先生」、彼女が天涯孤独の身の上だったことを知る。


私生活を何も聞かされていなかったのだ。


通夜の会場には多くのーーー沢山の、それは沢山の……!


小さな子ども達が泣きながら、引率役の保育士らしき気配がする大人達に連れられて、お別れに来たのを見た。


どの子もどの子も、シクシク小さな身体を震わせて、目を真っ赤にして泣きじゃくっていた。


知らせを聞いて慌てて駆けつけた長兄、哲が葬祭場でポツポツと、力なく語る。


背もたれの無いベンチにひっそり腰掛け、静かに言葉を選び選び、茫然自失の項垂れる弟に「事実」を教える。



「ーーーねぇ哲兄? あの子達ーーー……?……は?」



「子龍ーーーあのね?

この子達は全員児童養護施設の子ども達なんだ」


「……!」

 

「『あの人』は……最初、乳児院で育てられた後、児童養護施設で成長された方なんだよ。

つまり……赤ちゃんの頃、偶々巡り合わせが上手く行かず養子縁組のチャンスに恵まれなかったんだ。


実は父さんはーーー某養護施設に長年援助していてね?

勿論〜公的な人だからね…


ーーー立場的にあんまり公に出来ない、『わかる』だろ?


で……子龍の大好きな先生はそこにいたんだ。


物凄く勉強が好きでーーー好奇心が強くて努力家で、明るい少女で……


父さんは〜生き生きした彼女の情熱に強い感銘を受けた。


養護学校を出た後、安全に住む場所〜は勿論、学費と生活費を義務教育中から、ずっと……ね?

 

頑張り屋の彼女に援助し続けたんだ


ね?子龍……


『もしも』だよーー……子龍?


もしもーーー……だよ?


誰も助けてくれないと思っていた絶望の真っ暗闇の状態にーーー


そこまで『夢』にーーーーー

無償でなんでも手助けしてくれる異性が現れたらどうする?」


「・・・・・・・・・」


「その人を〜 ……『本気』で


”好きにならない自信”はお前はあるかい??


母さんには申し訳ないことだけど……」


「・・・・・・」


子龍のガチガチに、固く血が出そうな程強く握りしめられた掌に優しく、柔らかに繊細な女性の様な、白い哲の手が重ねられる。


子龍は頸を折りガックリ項垂れた。


尚も哲は切々と続ける。


「先生はーーーそれでもね?


うん……真剣な初恋で〜

大切な憧れの……恩人の人でもある父さんと、別れようとしたんだ。


正直、聞いて本気で驚いた。


彼女は……さ、今までかかった学費や生活費ーーーーは全て……


”例え一生かかっても全部必ず返納するから”


子龍のーーーお前からの ”真剣な気持ち”


『願いを叶えたい』と、あの日はその『重要な話し合い』で、遙々父さんはジャパンに来たんだよ?


で、父さんはーーー仕方が無いな 私の負けだ!〜


真剣に訴える彼女の言い分をのんだんだ。

 

どうしてーーーーー ”あんな風に”

お前とかち合ったのかは 兄さんにもわからない。


優秀な父さんが、そんなヘマをするはず無いからね?


”見せつける”ようにーーーお前にワザとするとも思えない。


それだけは兄さんにも解らないんだ、ホントにね……?」



「ーーーーーーーそう」


「彼女が、孤独なお前が初めて造った居場所だと、父さんだってチャンと察していたんだ。


〜息子を宜しく〜と、あの時の逢瀬でーーー本当に最後の筈だったんだよ」


 

子龍は体を折って号泣し、震える弟の体をヨシヨシと哲は何度もさするのだ。


 

「哲《アキラ》…」


 

「!……父さんーーーー」



「ちょっと席を外してくれ」



「弟はまだ中学生です……お手柔らかにして下さい。


私の ”あの時” とはーーー子龍は違うんです」



「……」


兄の小さな 「フゥッ……」と言う、諦めを含む溜息、続いて上等な喪服のたてる、微かな衣擦れの音がする。


顔を伏せ項垂れ目をパンパンに腫らす、失意のどん底で悲嘆にくれる子龍の耳に、優しい思いやり深い 味方である大好きな長兄が立ち去る気配がした。



全てが終わってしまったむなしさと悔しさは、激しい哀しみは、言葉に出来なかった。


「先生」になのか? 父親にーーーなのか



バッドタイミングーーーーなのか


許さなかった〜不寛容な自分自身にーーーなのか?

 



誰に腹を立てているのか、今やグチャグチャ過ぎて、頭の中が直ぐにドクドク爆発しそうで、もう子龍には判らなかった。


ーーー……と



「……いい気なもんだな まったく……!」


突然ーーー強烈な怒気を静かに孕む声がした。



子龍が体の底からーーーー震えが来そうな低い叱責。


ハッと思わずガックリ項垂れた顔が上がると、目を冷たく光らせた顔。



ーーーー鬼の顔が彼を迎えた。



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