番外編2 子龍の学生時代の思い出 ②
子龍はそれでも頑張り、その証拠に新たに若手書家の個人授業にもついたのである。
「坊ちゃま〜 言いたくは無いのですが本気なんですか?
改めて念押ししますが 仰りようは冗談では無いのですよね?
少しばかりーーーー荷が勝ちすぎだと思われますが?」
「そんな事は無い!」
口を引き結びキッと強い眼差しの怒れる子龍に、困り顔で眉を寄せる先生役の若手男性書家はフーッと深い諦めの溜息をつくのだ。
「まぁ〜…… ”でしたら”
取りあえずやれるところまで頑張ってみましょうか?
ーーーーでも私はいざとなればとても厳しいですよ?
デモンストレーションで箒の様な筆さえも時に自在に扱えねばならぬ重労働な書の世界を舐めないでくださいね?
ーーーー覚悟は、およろしいですね?」
「わかってるっっ!」
『そんな事!』ーーーーと子龍はムキになって言い返したのだが。
外見は穏やかに上品に見えた若手書道家は、実際は子龍が思っていた以上に強烈な体育会系ノリどころか、殆ど現役アスリートな男だった。
但し脳筋では無く、緻密な理詰めの頭脳の持ち主だったからサボろうと企むとすぐに見抜かれ叱られ、たっぷりお仕置きをされた。
それ以後、殆ど寝る時間が無くなった。
「いいですか?坊っちゃま。
良い字を書く為には体を整え、体幹を鍛えなくてはなりません、手先だけでは良い文字は生まれません」
「なんで?」
「体の流れは字の流れ。
それに私は最大の大きな筆に墨を含ませる場合、結構なリットル数の金属バケツを使いますからね?
あれは本体と水分で、とてつもなく重いですよ?
特注の紙は大きすぎるので、普通の部屋に入らない為、自分は専用倉庫を借りています。
これがどう言う意味か、今以上に上達したならば、いずれ坊ちゃまにも骨身に染みてわかりますよ」
「……」
嘘の様に本気を出した彼にビシバシしごきにしごかれ、子龍は猛特訓の努力の甲斐あって見違えるように上達。
とうとう師匠である若手書家も認める ”彼の1番弟子” 周囲に認知される迄に美しい文字が書けるように鍛え上げられた。
彼から、若き書家としての名前も貰う。
「わぁ〜〜〜〜子龍さん〜本当に上手になったわね!!」
「うんっ!」
「ではご褒美ね♡」
喜ばしい成果に子龍の愛しい想い人〜「先生」は背中に腕を回しとろける素晴らしいキスをくれた。
ちゅ……♡
甘く柔らかく薔薇の花の香りの吐息……
しなやかな体を優しく預けられ、子龍は恍惚となり脳の奥の芯がトロッとジンジン痺れるように感じ、思わず……たまらずその先に進もうとしたが、いつもやんわりと拒まれた。
「約束でしょ?」
「でも……ッッ……」
「だったら……?」
……チュ
「ぅんとおまけしてあげるわね?」
甘い笑顔と、柔らかく繰り返される口づけ
今まで想像すら出来なかったーーー大人のキス……
子龍は、身も心も人生すらも彼女に捧げる事を嬉しげに打ち明けるのだが。
ーーーけれど何故か「先生」はいつも、少し寂しげな笑みを頬に浮かべたのが気になっていた。
「本当は〜心の中で好きな人がいるのかな?
でもいいんだ……
大好きな先生の側に居られるんだったら、僕は〜なんにも要らないっっ!!』
その後も、ひたすらながんばりと、不断の努力は続いてゆく。
毎日練習する用紙ーーー使用半紙の枚数もハンパではなく3桁を越えてゆく。
とーーー不思議なことが起きたのである。
次第に「書」の奥深い世界に夢中になってきたのだ。
それは技能に開眼したと言っても良く
子龍は「こんな魅惑的な世界があったのか〜!」と真剣に、のめり込むこととなってゆく。
ーーーしかし不屈の意に反して、そこまでしても。
……どうしてもナンバーワンにはなれなかったのだ
”それは何故か??”
途轍もない上級者が1名ーーーー
憎々しいことに、子龍の「よこしまな行く手」を英国の白亜の絶望的断崖絶壁〜
セブンシスターズのように、ヒュウヒュウ無情に阻んでいたからである。
しかも男性ではなくーーー憎たらしき敵は女性
「まぁ〜あそこのお嬢様ならば、仕方が無いかも知れませんねぇ?」
若手書家ですら肩をすくめ ”そう言う程” の、強烈な猛者!!
「坊っちゃま、これはちょっとーーー相手が悪いですねぇ、どう考えても?」
「!……っ……!」
その同級生は名前を玉蘭と言う。
マスコミでも有名な、代々続く傍流派宗家の一粒種。
”歩くよりも早くに筆を持っていた” と囁かれる、幼児の頃から賞という賞を総ナメにしてきた経歴の持ち主である。
技術を積み上げた年月と、それに裏打ちされた実力差が段違いだった。
「くっそ〜また次席かよっつ!!」
『また負けた……ッッ』
メチャクチャ腹立たしいがーーー圧倒的なーーー誰が見たって本物の芸術作品がそこにあった。
強烈な才能の前に撃沈する苦い日々……!
芸術家肌の玉蘭は、普段はもっさりとした、制服の真面目極まる正統派着こなしで、髪もコスメも何故か一切関心がない様子だった。
「いくらなんでも あれはないだろう〜!?」
クラスメイトの女の子達がきゃっきゃウフフで〜〜新商品の香りやパウダーの話で目をウルウルさせて盛り上がっていても
全くのーーーーー無視。
いつも化粧気のない素朴な姿、
ただし1度、偶然学校外で出会い〜私服姿を見た事があったが、これまた有り得ない事に作業衣ーーー
それもビルメンテナンススタッフのような本格的作業着「つなぎ」姿だった。
「なんなんだ あれは!!」
いつも身綺麗に〜
それなりにお金をかけて、洋服だけで無く身に付ける小物を自ら吟味し選んできた最新流行好きな彼にとって、存在自体が信じられない「宇宙人」としか思えない奇妙すぎる女の子だったのだ。
ーーー少なくとも憧れの美しい艶やかな「先生」とは真逆な、理解不能の存在だった。
子龍は様々な展覧会出品の機会を狙い、その後も密かに勝負を挑んだが〜
連戦連敗だった。
悔しくて悔しくてーーーーギリギリ歯がみをしたが結果は結果、事実は事実。
どう頑張っても、彼女の白の世界に書き出す墨色の、伸びやかな自由な線を〜
瑞々しい、見る者の心をハッとさせる、絵の様な鮮烈な美しさをーーーー!
ーーー子龍はどうしても超えることが出来ないのだ。
世の中には努力では超えられない、とてつもない才能ーーー
神から愛された、天性のモノがあることを子龍はつくづく思い知らされる。
ーーーそんなある日
電脳配信発表の、たいして期待していなかった公募応募作品の受賞作席次を見て息をのんだ。
実は子龍は今回の展覧会に、玉蘭も出品していることを知っていた。
『ーーーーーえっっ??』
「うそだろ??」思わず声が出た
何かの間違いかーー?とーーー何度も……何度も〜何度も、結果を映し出すモニターを瞬きせず見つめる。
しかし幾度確認しても結果は同じ
あの絶対王者の玉蘭が、子龍の次席だった。
全国展覧会「特等」の栄冠は、子龍の上に輝いたのだ。
体中がブルブル震え、指先が〜見た目でも小刻みに震えているのがわかる。
とうとうやった!! 玉蘭にーーーーアイツに……勝った!!
ブルブルと全身が震え、喉がカラカラに干上がる。
教室で思わず立ち上がった子龍は、椅子の上に、ドスンと腰が抜け座り込んでしまう。
ーーーその時だった
「?!」
背後からぽんっと肩が叩かれた。
ーーーーーーー ニコニコの玉蘭だった。
「受賞おめでとう 子龍くん♪」
どうしてなのか……?不思議な事に、彼女はとても嬉しそうに爽やかに微笑んでいるばかりで。
「……??」
『ーーーーー意味がわからない!
自分が同年代の誰かの下位になるだなんて生まれてこの方、初めてだろ?
……悔しくないのか??』
「んーーーそんな顔をしないでよね?」
玉蘭は疑問に答えること無く面白そうに〜気持ちよさげに、益々クスクス笑うばかりで。




