月光 ④
「月が綺麗ですね。
私の護衛官として・・・・・・
トールに・・・・・・
私ーーーーと。
一緒に来ていただけないでしょうか?」
「フレイヤ王女様は、あの清らかな月のようですね。
今夜はとても素晴らしく、月が綺麗ですね。
ーーー私もそう思います」
信繁は安心させるように、優しく微笑みながら言った。
だが彼はそっとこんな事を心の中だけで呟くのだ。
『フレイヤ王女様は、『月が綺麗ですね』という美しい言葉が〜
文学的表現で答えた場合。
何をジャパンで意味するか、ご存じなのだろうか?』
信繁の頭をそれがよぎる。
『いいや・・・・・・おそらく知るまい。
ーーーーそれでいい』
「月が綺麗ですね」
それは連邦英語で「I love you.」ーーー
「ねぇ信繁、ジャパンがまだ『日本』と呼ばれていた時にね、留学経験のある古代の文豪が若い英語教師時代に 生徒にそう詩的に訳したのよ。
どう訳せばいいかーーー僕にはとても恥ずかしいと〜
よりにもよって、どう考えたって見た目厳しそうな、眉間に皺寄せた感じの強面の先生に、大真面目に尋ねた生徒も微笑ましくって可愛いけどね?
まぁ、生徒側がこんな軟派な質問に答えられないだろうと高括って、先生を嵌めてからかったのかも?〜とは、大人になって思うのだけど。
で、予想外の誰も思わぬ洒落た言い回しで、純情生徒に返した先生も小粋でユーモアがあって素敵じゃない?
信繁も好きな人が出来たらーーーお月見をしながらーーーそう言って。
ロマンティックに月光で照らされながら逢瀬、デートをするのかしらねっ?」
信繁達兄妹に以前、「きらきら星のメロディーの替え歌」を制作提出させた国語の家庭教師が、彼に教えてくれたのだった。
自分だけはーーーーそれを知った上で。
相手が知らない事を前提で「I love you.」ーーー
正直に心の内を伝えたのだ。
「ですがーーー」信繁はキッパリと首を横に振った。
フレイヤ王女の表情は曇り、心の中でこんな事を呟く。
「月が綺麗ですね」は信繁様は男性だから、多分この言葉の持つ深い意味をご存じない事でしょう。
それでもーーーーー
「今夜はとても素晴らしく、月が綺麗ですね
私もそう思います」
ーーーーーその様に仰って下さった。
しかもそればかりで無くーーーー
「フレイヤ王女様は、あの清らかな月のようですね」
そう言ってさえくれたのだ。
もう充分だと自分は満足せねばならないのだ。
『でもーーー自分には信繁様は付き添ってくれない」
心臓がキリキリと痛い。
『これで本当にこの方とは、生涯のお別れなんだわ。
もう2度とーーーお会いすることはないのですねーーーー』
欲張ってはいけないと自分に幾ら言い聞かせても。
悲しくて切なくて。
堪らなく辛くて。
みるみるーーー信繁を見つめるフレイヤの輝く双眸は、いっぱいに浮かぶ涙で溢れんばかりに潤んでしまう。
どうしようもなくユラユラ視界が歪む。
とうとう、スッとーーー頬に一筋の光が煌めいた。
愛しい人の姿が視界から霞み、涙でにじむ。
その時だった。
優しい彼の口元が、静かに語り出したのがかろうじて見える。
「フレイヤ王女殿下様、私からの・・・・・・
一つだけ最後のお願いを聞いていただけますか?」
同時に柔らかな透き通りそうな甘い微笑みがフレイヤを包み込む。
優しいーーーー優しい声色だった。
「・・・・・・何なりと」
信繁はゆっくり長身をかがめてゆく
ストレッチャーに横たわる、フレイヤの目線をフワリ茶色がかった瞳が捕捉する。
『ーーーーーーーーーーー?』
信繁の唇がほんの少し躊躇いを見せて、薄茶の瞳が仄かに光る。
「フレイヤ様」
再びーーーなぜなのか今度はキッパリとした声で語り出す。
涙で霞むフレイヤの眼差しを、彼女が特に大好きな優しい輝く人懐っこい茶色の瞳で覗き込んだ。
「この先もしも
この世で本当に貴女が一人ぼっち・・・・・・
自ら命を絶ちたくなる程に辛く悲しいーーーーー
耐えられないと感じることがございましたら・・・・・・」
そこで信繁はスゥと息を小さく吸った。
「私の為に 生きて下さい」
微かに唇を落とした。
「誓います」
フレイヤは 頬をつたう溢れる終わらない涙と共に答えた。




