白だと言ったら白くなる。白いものも黒だと言ったら黒になる。
信繁は自然な滑らかな口調で信頼する理由を問うた。
「彼は貴方にとって向こうでどんな友人でしたか?」
「はい、ウィンストンは自分の知る限り、かつて……学内で神童と言われた程の1番優秀な同級生です
彼のことを、そこまで僕が信じているのには理由があります
自分がどんなに傷つけられても暴力の矛先を、自分を傷つけた側に向けなかった事を知っているからです。
意気地無く、別に反撃をしないという意味ではありません、彼はそんな弱い人格では無いからです」
「例えば?ーーーどう言った理由で?」
「彼が誇り高く気持ちも熱く、多分ですが
『暴力は主義に反する』、という律儀で平和主義の真っ当な理由からです。
子どもの頃から絶対に、他人に、自分の八つ当たりで手を出さなかった事を、彼の身辺の直ぐ近くで、僕がずっと見てきたからです」
「ふぅんーーーなる程ね」
信繁はスラリと腕組みをしてそう返した
「あれは確かーーー15歳頃の話です。
ウィンストンは、父親から常習的に激しい虐待を受けていました。
”とある日”から、あまりにも彼の様子が著しく変だったので、王宮の僕の部屋に泊めました。
その時、初めてわかりました。
友達といいながら、身体の変調に、僕はまるで気がつけなかった自分が本当に情けなかったです」
ブルブル震え、唇を悔しそうに咬み恥ずかしそうに俯き言葉を切った。
「ーーーー何があった?
その様子では多分、酷い『痣』があったんだな?
もっと残忍な、回復に時間がかかる、シガレットの火傷で無いといいがな?
俺も痕を直接見たことあるが、700度の高温で、表皮奥深くまで焼かれて圧迫され、押し付けられてつけられる熱傷は本当に始末が悪い。
あんなの”火傷”なんてレベルじゃ無い、れっきとした傷害だ」
「ーーーっそれはありませんでした。
鞭痕です、おそらく本格的な乗馬用の。
まだーーーこう言っては何ですが、”そう言った”、性的に淫靡なプレイ用のものの方が、音や、一瞬の刺激が大きな割に、ワザと〜
意図的に体験者のダメージが少ない様に作った構造だと聞いています。
普通、恋人を死に到りそうなほど壊すのが目的では無いでしょうから。
もちろんどんな世界でも段階、レベルがあるから一概に言えませんが…」
「そうだな」信繁も頷く。
「自分にそういう趣味は無いが、君の言う世界の『縛り』も元は江戸の岡っ引きとかの犯人捕縛術が元だ。
当時誤認逮捕が多く ギチギチに縛り上げて、万が一 体内に出来た血栓で。
……今で言う”エコノミー症候群”で、被疑者が無実な上に、よもや死にでもしたら大変だからな?
彼らだって、あくまでも”仕事”
だからーーー『くるしゅうない』
可能な限り”痛くない様”にしてあるんだ。
逆上したヤクザ者から『御礼参り』、後から自分や家族が憎しみの恨みを買わぬよう、緩くて身動きの自由度が高い割に。
〜それでいて絶対逃げられないコツが、ビッシリ盛られてる
プロだなんて、結局どの時代も『仕事』となればそう言うもんサ。
下手くそに、相手を悪戯に苦しくするのは素人芸なのさ」
「はいーーー誓って言えます。
アレは本当に……ーーーー生易しい傷ではなかったです。
感情のままにおこなった傷害、拷問同然の扱いだったと思いました」
「警察は動かなかったのか?」
悲しげにクリストファーは首を横に振った
「『動けない』ーーーといったほうがこの場合正しいです。
……何度聞いても。
誰がやったなんてウィンストンは言いませんでした。
でも彼の体は、もうこれ以上暴行が出来る場所がないほど、全身酷い内出血の痣だらけでした。
いずれもギリギリ服で隠れる場所ばかりで、狡猾に発覚しない場所ばかり選んで
鞭で〜…したたかに狙ったんでしょう、体の表面だけなら骨には重篤な異常が現れません。
四肢や体幹への後遺症もどうかな?って感じです。
でも最も辛い、長引く表皮的な痛みを!
肉体と心に決して忘れられない……”恐怖だけトラウマ的に植え付ける”
悪魔の様な手法です!」
クリストファーはフゥと溜息と共に俯いた。
「そいつって本当父親がやった?……他の人間の可能性はないのか?」
「証拠はありませんが、自分はそう確信しています。
……複雑な経緯で、理由を詳しくはいえませんが
彼の父が痣をこしらえたり、怪我をした姿は見たことはありません。
幾ら子どもでも、本気で大人に抵抗したら相手も多少は傷つくものです。
でもーーーーー!!
彼が議会の<ライブ中継>でご機嫌な日は、きまって息子であるウィンストンは
朝から学校の授業中ぼおっと気持ちがどこか上の空で、目が虚ろでした」
「ーーーーそういう事か」
「えぇ。
動作が〜かなり痛そうで辛そうだったので、すっごく心配して
医務室に連れて行こうとしたのですが、毎回、断固として拒否されました。
自分よりも彼の方が頭1つ分は背も高いし、無理矢理とは出来ません。
ーーー僕が何度聞いても『何でも無い』、ひっそり小声で繰り返すばかりでした
今から思えばですが、前夜ひどく殴られていたのだと思います。
きっと一方的に暴行され……
一切反撃しなかったんでしょう、優しい彼の事ですので」
「外ではいい人ぶって 家では暴君って事か〜
はあ~〜〜世も末だよなあ~」
再び信繁の座る椅子がギシーーッと鳴る。
「なんでそんな事するんだよなぁーー……!
俺の父もヘンテコで変わり者で、とんでもない過激変態オッサンだったけどな」
心底呆れ果てた様子で、信繁は天井を仰いで呟いた。
「私は一刻も早く、父親からの暴力をやめさせたかったんですがーーー
でもーーーそんな力も無いし、まだ僕には政治的な影響力もありません。
それに……第一誰が信じるんですか??子どもの話なぞ」
「ーーーーーまぁな」
「誰かが話を聞いてくれて 万一 ……『暴行』が明るみに出ても
〜スケープゴードで、無実の人間が証拠をねつ造され、ありもしない罪を負わされるだけです。
当の犯人は巧妙に『罪』を押し付けるに決まってます。
もしくは多額の金品か弱み〜飴と鞭で『抱き込む』
その上で信頼する人物から愛息子を傷つけられていた、お人好しでお可哀想な
〜『悲劇の父親』を喜々と演じるだけでしょうね」
「ーーー何か聞いていてムカムカしてきたぜ、セレブリティーが聞いて呆れるぜ」
「〜ですから、文化の中心惑星『地球』ーーーアースに!
僕が忍者マニアだった事から、『ジャパンに行きたい!!』
留学したいと、箱入りの、王宮暮らしのお坊ちゃまが気まぐれで駄々をこね
”我が儘言いましたよ~”
”世間知らずにも程がありますね~?”
ーーーーーという、”お芝居”をしました」
「ーーーほぅ?」
「親友を
『自分の勉強をみてくれる家庭教師代わりに、ウィンストンを帯同させたい』
『許嫁キャサリンを、厳しいお目付役に連れて行くから許して』と
あえて、両親を安心させるーーー!
『条件をつけたふり』を画策しました。
本当は そちらの方がメインでした」
「ふっっーーーーなかなかやるな!!
大人を上手く手玉にとるだなんて凄いじゃないか、クリス様も!」
信繁はくすっと面白げなウキウキする明るい顔で、高く組んだ足をブラブラした
「彼が黒いものを白だと言ったら白になる、白いものも黒だと言ったら黒になる
国王の父もーーーー頭が上がりません。
彼の父親は、そういった強大な権力を持つ政治家です。
警察なんかがあの男を訴えられるはずなど、彼にたてつけるはずがありません。
本当の狙いはーーーウィンストンの父君が手の出せない所への避難……!
魔王のような、絶大な支配力が及ばない場所へ。
大切なーーー
暴力を嫌う心が優しい親友を安全で静かな場所へ物理的に隔離することでした。
僕らが十分な力を持つ大人になるまで。
何とかーーー……!それまで少しの時間を稼ぐ為にーーー……」
信繁はフウッと深く溜息をついた。
「でもそれってーーーー王子様、あまりにリスクが高すぎるだろ?
日々ーーー小さな妹の面倒を、自分は忙しい親にかわって見ていたからクリス様がどれ程困難な生活だったか解る。
そんなハイリスクな事をして……!
肝心な自分の健康のほうは大丈夫だったのか?」
「勿論です!!
もし自分に少しでもなにかあったらーーーー
肉体的にも危機的状況でも、即ーーー祖国に送還に決まってますし
『待ってました!!』と言わんばかりに、祖国に帰還した後、彼に対する暴力行為はますます陰湿にエスカレートするでしょう。
そうしたらもうどれ程泣いても、いくらカンカンに怒っても、僕には、彼を守ってあげられるチャンスは2度とありません。
ーーーー絶対にイヤでした。
『自分自身が健康体であることーーー……!』
それだけは肝に銘じていました。
ーーーー誰にも言ってませんが」
「自分の事とはいえ、本当にーーーー
あれだけの制約のある生活をするのは、慣れない土地で大変だったろ?
特にジャパンはーーーそれで無くとも。
……他国から見たら、奇妙なマジカルで不思議な因習の残る独特な国だ。
なんにもなくともーーー合わない人には合わない」
クリストファーは俯いていた顔をパッと上げた。
ーーーー澄んだ光、キラリ輝く眼差し。
武道家の信繁が思わずたじろぐ……程の、ハッとする真面目で真摯な瞳だった。
「いえーーー僕は大好きでしたよ!
風俗習慣は伯父が残した資料で知っていました。
ずっと、ずっと居たかったですっ……!
緑豊かな美しいエデンの園に見えました。
目に映る何気ない全てが美しいーーー事。
ジャパンの方にはそれが当然で、あって当たり前だと感じている、その事の方が僕にとって衝撃でした」
ーーースーーッと眼差しが悲しげに下がり、何度も何度もパチパチパチ瞬きを繰り返す。
『参ったなーー……』
信繁が思うようにーーー余りにも儚げで。
今にも空気中に消えて無くなりそうな、思わず胸が痛くなる、そんな存在。
明らかに、必死で吹き出す涙を堪える仕草だった。




