ハッピー バースディ ②
泣いて泣いてーーーー!!泣き疲れて
とろとろと……カクンと眠りに落ちそうな頃のことである。
『??……空耳?』
カチャンーーーー
何処かで小さく、金属質の微かな音がした
「?」
うっすら、目を開くと、ベッドの側に、あれ程待ちわびた信繁が立っている。
しかも見たことが無いアウトドア系私服姿で、何故なのか、彼は今までの様な制服では無いのだ。
『これは夢かしら・・・・・・・』
「今晩は 王女様」
パチッと 優しく穏やかに微笑む目と目が合う。
信繁は防寒の必要な場所に行っていたらしい事が、病室入り口付近にコンモリまとめられた、ぶ厚いダウンジャケットやら、少し見ただけで本格的仕様の重厚頑丈なバッグなどの、結構な大仰な荷物から察せられる。
??……
『今は本来ーーー
ジャパンの外の世界は過ごしやすい気候の筈、信繁様は〜彼は一体何処へ?』
何らかの事情で国外に行っていたのだろうか? しかし例え聞いたとしても答えてはくれまい。
彼はこの特殊収容施設の職員……防衛する側の方で、自分はここの虜囚、収監者なのだから。
無理に聞けば彼を立場的に板挟みにさせ、困らせる事になる。
『そんなのは嫌!』
……
フレイヤの揺れる視線と、眉をギュッと…悲しげに寄せた顔を眺めて察しの良い信繁は彼女の想い〜考えを読み取ったのだろう、彼の茶色の目がまるで安心させるかに面白げに人なつっこく笑う。
「御免なさい、お休み中なのに起こしてしまいました。
自分はそぉ…っと出ていくつもりだったんですが、クリスマスのサンタクロースみたいに
ーーー上手く行かないもんですね」
「え……?」
「久々なことが多くて、色々細かな部分で 手間取って、随分 遅くなってしまいましたね。
”このような時間” に、レディのお部屋を訪問するのはいけませんですよね?
でもーーーそんなつもりでは無かったんですよ?」
そう言うと、信繁はいつもの定位置に、おなじみの簡易チェアを自身で出してきてやっぱり音も無く静かに座る。
「ーーーー……」
「着替える余裕が無くて済みません」 信繁はフッと照れた様に笑う。
というのも、今の彼の姿は彼女にとって初めて見る私服姿なのである。
信繁は着やせするタイプなのか、極上にエレガントに見えるのだ。
とても、皆が口々に褒めそやす優秀な武道家には見えず、どこぞのお洒落な高貴な若君だ。
噂の、大企業の、若き経営者と言っても全然違和感が無い姿である。
大勢が揃って言う通り〜彼の2人のおば達がこれは手放せるはずが無い。
「〜〜……」
そんなこんなの情報、先入観が頭をよぎり、珍しい物を見るような目で、ついジロジロ見つめてしまったフレイヤである。
『いつもよりも何だか格好いい!』
私服姿も素敵! ううん〜私服のこちらの方がもっと好き!
と、見つめ過ぎたのか、偶然まともに正面から見つめ合ってしまう。
ーーー慌てて、きゃっと下を向くと、その様子がひどく可笑しかったのか?明るいクスクス笑い声が耳に届き、益々顔が上げられない!!
「そんな顔をしないで下さい〜王女様」
『いきなり何よっっ!!』
ブスッとふくれっ面で怒りにまかせ、グイッと顔を上げた
ーーーーと!!
「フレイヤ王女様、21歳のお誕生日、誠におめでとうございます」
甘やかな優しい声 『え?…』
ベッドサイドのテーブル上に〜 ”お祝い” ーーーサプライズの生菓子
小さな丸い、真っ赤なツヤツヤ苺たっぷりのケーキ!
「ハッピーバースデー フレイヤ」
甘い香りのクリームに添えられたハート型ビターチョコレート製プレートに、ホワイトチョコレートの細いラインで丁寧に繊細にメッセージが書かれている。
白いケーキ中央に2、1ーーーで、「21」という数字をかたどったキャンドルが、かわいらしく2本 プスッと取り付けられている。
「余計なお世話!!」
「〜やっぱり女性に年齢は失礼でしたね」
信繁はちょっと笑い、フレイヤもつられて笑ってしまう。
信繁は病室の給湯システムから、透き通り磨き込まれた清潔な耐熱性ガラスのポットにトクトクと、滑らかな仕草でゆっくり、手ずからお湯をフンワリ優雅に注ぐ。
茶器には前もって、既にハープティー ティーパックを入れている。
”用意周到”
彼の動き〜いや所作は、何をやっても 見ていて気持ちが良いのだ。
それが不思議で、益々気になって、だけど理由がわからず。
ただ言えるのは、無駄が無くスルスル流れる様だと言う事。
思わずボーッと見入ってしまう。
どうしてそうなのかは、わからないが、信繁の動作の全てが滑らかで、サラサラ流れる水の様で、美しい。
『そういえば!』 ーーー初対面の頃からそうっ!
綺麗な印象は全く変わらず、そんな彼を眺めているのが 堪らなく好きで……
大好きで、心臓がキュッと痺れる様にドキドキして、幸せなのだ。
あんなに怒って恨んでいた事すら、ついつい 忘れそうになってしまう程に…
ーーー心の隅々までとろり、満たされる幸福。
彼は優しい、今この時間 ”たった1人” 自分だけを気遣い、全身全霊で集中して見てくれている贅沢!
今だけは、この方は自分のもの、自分だけの大切な人
「……」
「このお茶の配合でしたら、お腹のベビーにも影響が無く大丈夫だそうです」
その声でハッと我に返った
『私ーーー 一体何を考えてるの!』
禍々しい欲望 独占欲 妄想
ーーー夢から覚めた気がした。
『ーーーーいけない いけない、丸1日 音信不通だったのを、今一瞬 ウッカリ許しそうになってしまったわ!!』
慌てて意識をスライドさせ、全く別な事に気持ちを切り替える。
論理に破綻がない、無理が無い「理由」に。
心を守る無意識の防衛本能。
『そうだ、彼は1日どこかへ消えていた、その事はどうなのよっっ?』
しかしそんな戸惑いを知ってか知らずか、信繁は優しくこう聞くのだ。
「先ずはお気に召すかどうか? いかがですか?」
1杯の薫り高く香しいハーブティーを丁寧に、予め別の白湯を注がれて既に温められていた白磁のカップに注ぎ入れる。
やっぱり綺麗な所作で ほんの3口分ほど チョッピリとついでくれた。
「こういうものは ”合う合わない” がハッキリありますからね。
是非〜味見して下さい」
「ーーーーありがとう」
『誤魔化されないわよ!!』
そう思ったが、眉間に皺を寄せながらも、少し啜ってみる。
口に含むーーーズバリ舌に優しいーーー…… 適温
『美味しい!! 何これ!!』
信じられない香り高いお茶、甘酸っぱい!!気分が上向きそう!
多分、味はまだ少し薄いのだろう。
『でも…これくらいが良い気がするわ?』
綺麗でかわいい、紅く、見た目すら美しい色合いのお茶なのである。
「〜〜〜〜〜何処へ行ってたのよ!」
両手の中のティーカップを、眼力で割れそうに睨みながら、思わず尖った声を荒げてしまう。
信繁は自分の彼氏でも無ければ〜また友人とも少々異なる存在だ。
でもだからこそーーー……! 彼が確約した ”最初の約束”
「来る」 ”ご機嫌伺いに来ます”ーーー言葉は守って欲しかった。
何故ならば、フレイヤにとって関わりは、それしか、縋れる心の命綱が無い。
拠り所、”絆”は存在しないから。
本物の知人では無い。
無私の、無欲の、ソモソモ対等の関係では無いのだ。
擬似的な友人関係
薄氷を踏む様な脆い時間、そんな危うい関係だとわかっていたから。
全て彼の胸先三寸、信繁が ”来なくなったら” この集いは終了だ。
「…」
フレイヤは無意識に、手の中のカップにギュッと力を込めていた。
彼女には 元々奇妙な癖がある。
空挺団の仲間に指摘されるまで、自分でも一切 気がつかなかったが〜
考え事をして固まると、ドリンクを飲み干したカップを、いつまでも”手の中”で
しかも両掌で 割れそうな程、ぎっちり ミッシリ抱えているのだ。
「お前 掌怪我するぞ?」
「ペーパーなら良いけどな、樹脂ーーー陶器やガラスは特にヤバいぞ?」
「あのなぁーーーそんな必死に闇雲に力を込めると、バン!と圧力で急にいきなり砕け割れてしまうぞ?」
幾らギュッと、器に、均等に、カップ全体的に力がかかっていたとしてもと、そう言って呆れられていた。
どうやらそんな癖が 今回も発動したらしかった。
『えっっつ?』
突然 すっと急に右手が軽くなる。
というか カップから「外された」
彼は器用に、今回も手には全然触れなかった
そしてーーーあっっ!と 気がつくと、いつの間にか彼女の掌には、リボンをかけた可愛らしい品が乗せられていたのだ。
まるで優雅でお洒落な魔法ーーー! でなければ素敵なイリュージョン!
フレイヤは呆然と、突如、手の中にカップと入れ替わり現れた品、小さな綺麗な小箱を見つめるばかりで、ビックリしすぎで声も出なかった。
「お茶も 冷めないうちにどうぞ」
驚きすぎて益々固まってーーー絶句するフレイヤに対し、全く何事も無かったかの様に信繁は柔らかな視線で微笑みかける。
と、スイッと立ち上がり、黙って滑らかな体の動きで、どうやら映像機器作動の為の作業を開始する。
〜あの面会2日目にして、大喧嘩した日に搬入し、そのままだった極小小型装置をいじり始める。
『何が始まるの!』
テキパキ、ホログラム映像の準備を始めた信繁を見て不安になる
そんな彼女をよそに、前回以上にサッサと無事セットし終わったらしき信繁が嬉しげに語りかけるのだ。
まるで少年の様なキラキラする笑み、その顔を見ると何も言えなくなる。
続くーーー信繁の優しい微笑みと、意外すぎる発言には驚きのあまりやっぱり言葉が出ないのである。
「貴女のーーー『お生まれになった日』の ”霊峰富士” のホロ映像です。
マウント・フジの本当の、剣ヶ峰の山頂でしか見られない『ゴライコウ』〜
あぁ御来光とは、その日1番最初のサンライト、いいえちょっと違うかなぁ?
サン・ライジングーーー
いいえやっぱり通常通り ”ライジングサン” と言った方が良いですかね?
事実あっという間に昇るので……!
本当ですよ?」
「そう?」
でも「サン」とは何のことなんだろう?
そんな他惑星出身のキョトンとする彼女の疑問をすぐさま理解した信繁は、解りやすい説明をする。
『Mt.Fujiは知ってるのに、Sunは知らない。
ヒトは案外そうしたものだ、誰だってある』 信繁はそんなことを思うのだ。
普段物凄く賢く優秀なのに「え!」〜という基礎的な事を、丸々理解出来ていなかったりする。
こうした知識のバラツキのギャップが、時に会話中面白い。
そう言う場合、「えっとねー」と笑いを交えた言葉の双方向のやり取りで、より親密度が増すモノだ。
『ダイイチ人間臭くてイイじゃ無いか!』
信繁は微笑ましいと感じる人間である。
「えぇ! 連邦英語で ”サン” この国の言葉では ”タイヨウ” ”ヒ”
この星〜ジャパンの地に登りつつある、恒星の光の事です、わかりますでしょうか?」
「〜〜〜ええ何となく?」
「昨日の昼過ぎから休みを貰って、ちょっと行って撮影してきました」
「!!」
「実は、休暇が、有給たまりまくっているので〜人事部に〜
『いい加減何とかしろ!!』
あなたはマイペースでいいかもだが、こちらの計算の整理がつかないと、出来る範囲でいいから片付けろ!
ーーーえぇ、私は業務妨害の厄介者だと目をつけられているんですよ。
でもそうは言ってもですね、留守に班員が怪我をしたら困るわけでーーー」
信繁はフレイヤを安心させる様に フワッと笑う。
楽しそうな蕩けそうな……笑顔
作り笑いでは無い。
彼もまた自分と同じく、本当に幸せそうに見えた。
胸がキュ…ンと震え、顔が熱く、ボッと赤くなってしまう。




