面会二日目 ③
装置が起動し……スゥーーーーッと
柔らかな光源が フレイヤ王女を優しく包む。
光の強さがゆっくり、ゆっくり、徐々に変化する。
ボゥッと、黄昏時の様に物の輪郭が柔らかに霞む。
病室の真っ白いーーー今まで何も無かった壁面が
ーーーーどういう仕組みなのか?
天井部まで、スルスルスルッと音も無く黒色に変化する。
「えっ??」
その上 急に〜……!、漆黒の壁真ん中に
天井と平行に、一条の白いラインがピカッと浮かび上がる
更に徐々に、白い部分が拡大し、チロチロ炎が物体を舐める様に、急激に凄いスピードで面積を広げて行く。
「!」
……何?!
今や、壁中央部だけ、スパッと刃物で切り取られたかの如く、ぐるり帯状に真っ白い。
信繁は黒と白の壁を背景にした床中央部に、先ほど自身が病室に持ち込んだ掌大の、携帯型ホログラム再生機をカタッと置く。
難しい顔をしながら顎に手をやり ”ああでもないこうでもない”、角度的によさげな場所を探している。
フレイは固唾を吞んでその様子をじぃっと見続ける。
作業中の信繁から全然目が離せなかった。
”何かが始まるーーー!”
期待で胸がパンパンで頭がはち切れそう!
知らず知らず、握りしめた手の甲がジットリ汗ばむ。
「ーーーーこの辺かな?」
信繁は、そう小さく独り言を言うと装置のホルダーに、胸ポケットから取り出したキラッキラのカードをシュッとセットし、読み取らせる。
「では行きます……!」
1声かけると……再生機を起動させる。
信繁の持ってきた記録カードには、全く予想外の映像が記録されていたのだ
それは地球の、某〜ヨーロッパ超大国 空軍の、歴史的にも伝統ある大陸最高峰アクロバットチーム御三家の1つ。
世界的超人気有名チームの目にも鮮やかな色彩の航空機による、国際航空ショーの模様だった
……大勢の観客の姿が映る事から、どうやら皆楽しみに集まっていて、期待と興奮の中での定期的開催だと直ぐに解った。
……フレイヤは呆然と固まり息を吞んだ
ーーーーーキィィーーーーーーンンーーーー!
まるで黒い縁取りの壁面の向こうに、新たな世界が広がった様に見える。
まるで魔法!ッッ
壁本来の ”元白色”の部分を覆い尽くす黒い存在
黒色に急激に広がった帯状部分に浮かぶーーーーー紅い機影
立体的に高速で、目の前の壁を編隊を組んで轟音と共に飛来する、立体映像のアクロバット飛行の航空機達。
全機9機ーーーーー!!
ピタリと、ダイヤモンド型フォーメーションを組む紅い薔薇色の輝く機体。
見事で、鮮やかなデモンストレーション
或いは5機で行う、空中演技披露。
アクロバティック中のスモークが息をのむ程、たとえ様も無く美しい。
ーーー編成
航空機編隊は刻々と変化してゆく。
『沢山の、長時間模範演技を巧みに編集したーーーせい?』
フレイヤはボンヤリ、場違いなことを思った。
シュゥン…
ゴゥッ!…!!
次は5機の並列飛行、鮮やかなスモークの共演だ。
端に……赤を2機、中央を白が1機。
その隣に、目の覚める鮮やかな青担当が2機ーーーー!
空中を彩る美しきスモークは、おそらく”何かの象徴”の色彩
矜持ーーーー高き誇りの色。
〜〜うわぁッッ!!〜〜
その途端、画面に映らない観客からも、割れんばかりの拍手!!
喝采
口笛
端で聞いていても心が熱くなる様な、大きな感激の響めきが聞こえたのだから!
大空を彩る美しきライン。
まるで貴婦人のドレスを飾る、色鮮やかで艶やかなシルクのリボンのようだ。
ゥオウーーーーーッッッッッーーー!!!〜
主翼の角度を揃え、V字編隊に9機が一糸乱れず。
蒼く、何処までも蒼く輝く素晴らしい天球を、グォーーーッ、耳をつんざく轟音を上げ滑空する飛行演技。
ーーーー何もかも、見事だった。
フレイヤは、目を見開きぽかんと口を開け、見続けるしか無かった。
『ーーーー凄いわっっ!!』
「いかがですか?」
「…え?」
信繁はスッと…真っ直ぐ立ち上がり、長い腕を絡み合わせ
ーーーー綺麗に腕組みをした
もう彼女を一切見ずに
ーーーー映像では無い、何処か遠くを見つめて、訥々と話し続ける。
しかし甘い爽やかな先程とはうって変わった、厳しい張り詰めた表情。
別の顔
人なつっこい顔とは違う表情
『信繁ーーーー様??』
その研ぎ澄まされた ノーブルな横顔に 何故かフレイヤはゾクリとする。
信繁は尚もゆっくり…… 〜静かな声、彼女を見ずにゆったりと話し続けた。
「フレイヤ王女様は母国でーーー……
キャリアは、王立宇宙軍『空挺団所属』でしたね?
宇宙戦艦だけで無く航空機……固定翼機の経験が豊富だと、私の持つ資料には記載されていました。
きっと ”こうした映像”は、ことにお好きだと感じまして、今回用意致しました」
「・・・・・・・・・・・」
フレイヤは何だかムッとする。
『そりゃ……彼がタダの派遣スタッフじゃ無いのはわかってるしッ
ーーーー私の経歴ぐらい、何もかも知ってるでしょうけどねッッ!!』
そうだ、自分だって、彼の…!全てを?!
信繁の経歴を調べまくったし?!
聞きまくったし?!
……”同じ”なんだけれどーーーー…!
……だけど、だからって!
頭の中を覗かれてーーー感情、これの”先取り”をされるのは……!
”〜でしょ?”と……訳知り顔で勝手に断定されるのはムカツク
ーーー腹が立つ
非常に不快だ
ーーーだから思わずカッとなってしまった。
『余計なお世話よっっ!!』
ーーーーが、私は痩せても枯れても
「たった1人でも」……
銀河でも有数、高貴と言われた素晴らしき権勢を誇った王家の姫だ!
下々に乱れた下劣な姿は見せられない。
戦に敗れ、国を護れず、民人を救えず
情けなくあの時王都を守護する王族貴族は全滅ーーー
国王……父様も、戦死。
その結果、生まれた生家の永きに渡る、連綿と続いた”王家の存在理由” 名誉を根こそぎ失い
今ーーーーたった1人の生き残りの自分にとって、身を律する
たったーーー『それだけ』が!!
「見苦しき部分を見せない」
本当に、これだけが、フレイヤの精神を支える唯一の誇りだった。
よって見苦しき物の最たる負の感情の最たる現れ
「怒り」ーーーーは、辛うじて暴言は飲み込んだ。
「美しいでしょう」
信繁は知ってか知らずか、イイヤーーー 更にーーー……!
フレイヤのデリケートな気持ちを逆なでするかの様に、再生された映像を 腕組みを解かず見上げて、訥々と言葉を繋げる。
確かに美しかった
彼が言うとおりに、それは美しかった
ーーーー荒々しくも凄まじく洗練された美
怒りを目に浮かべるフレイヤの瞳にも魅惑的に映った。
……魅惑的すぎた
全く目の毒だった
「ーーー」
「…」
どうしてか信繁は何も言わなくなる。
言葉は全くの邪魔ーーーそんな態度にフレイヤも為す術が無い。
『何か次に、すぐに言ってくれたら噛みつけるのに!』
思惑を……知ってか知らずか、飄々とした小面憎い長身のーーー”この男”
ーーーー憎たらしく腹立たしいったら無かった。
『これが終わったら絶対文句を言ってやるッ!』
そうだーーーーーそれがいい!
この美しきホログラムの映像集が終わったらーーー!
キチンと本人に”酷い”と…抗議を入れよう
彼が”済みません”ってーーー泣いて謝るまで!
私、舌戦、論戦を手加減無しで展開するから!!
絶対アナタを許さないんだから!
華々しい航空ショーの様子がーーー更に、元・”白い病室”の部屋一杯に煌びやかに色鮮やかに、鮮明に浮き上がり続ける。
機体が吐き出す ピンク色をしたスモークが、天空に巨大な優しいロマンティックな「ハート」を作る。
それは思わず、プリプリと怒れるフレイヤですらウットリする甘い表現ーーー
美しさに、大きく目を見張るフレイヤ王女の目前で、縦横無尽に、奇跡の如く隊列と編成を変え飛行するのだ。
グォウーーーーー……ッッッッーーーー…
全く驚くべき飛行テクニック……!!
これでもか!ーーーと
美々しく、様々な空中のディスプレイが機体数を変え次々に続々と披露された。
王女は無言で見続ける。
「……ーーー」
信繁は時折静かにしゃがみ込み、彼もまた黙々と『記録カードデータ』を取り替えるのみ。
やっぱり無言、何も言わない、とりつくしまも無い。
とーーーー観客達最大級クラスの!ヤンヤヤンヤの大歓声!!ーーーー……!
口笛を吹き手を叩き、愛情と、誇りと共に見守る観客達の音声の中、ホログラム映像は 突如ふっと終了。
それについての前もっての信繁のアナウンス。
例えば「これが最後ですからね」
或いは「これで終わりです」……等々は一切無くて。
”部屋一杯”に広がり展開された…!迫力ある空中の「ドラマ」は終了する。
「私に…!!どうしてこんなーーーーーー!
現役の、輝いている人達の映像を見せるの?!」
イザとなると、思惑に反し声が上ずり震える。
息が上がる、頭に血がのぼる。
信繁が相変わらず〜顔色を変えずに自分を見返したのが益々ーーー 苛つく。
沸騰する怒りに火を付ける
一旦炸裂、噴出し始めた感情は止められない。
正直、自分でも驚く程の荒ぶる心の奔流だった。
『酷い!! 酷すぎる!!あんまりにも無神経すぎるわ!!』
こんな物をーーー見せつけられても
〜もう私は……!
私は・・・・・・・・!!
私は
一生2度とーーーー外の世界へ
誰にも縛られず ”あの世界” へ…
自由になることは叶わないのだから!!
そうだ、今後私は監獄、城から出ることは無いのだ。
死ぬまで ”ここに居る” のだ。
だからーーーー!
あんなに愛した、コバルトブルーのーーーー
輝く天空の世界に戻ることは許されないのにッッ
なのに何故!!』
「酷いわ!!」
フレイヤはーーーー……
隣の背の高い姿勢の良い男にブルブル、声を震わせ激しくくってかかる。
激情の赴くままにーーーー……!
しかしーーーー何故か、彼の声は変わらなかった。
カチャカチャカチャ……
仄暗い光源の中で王女に一顧だにせず、振り返らず続行する撤収作業の侭、信繁は答えた。
ーーー顔を上げない。
「勿論このチームは現在も立派に存続しております。
しかしーーーこれは、今から遙か彼方の遠い〜〜
ざっと100年以上昔の映像です」
「…え?」
「時折映し出された人々の装束や、偶然映り込む器物のデザインから、フレイヤ王女様はお気がつかれませんでしたか?」
信繁は漸く彼女に ゆっくり立ち上がり振り向く。
彼を包み込む〜全身から立ち上る、よくわからないーーー”気”の塊……
思わず気持ちが怯む
今まで経験した事の無い、強烈な圧迫感、全く予想外の展開。
圧倒的な見えないパワー……
フレイヤが産まれて初めて経験する、異様な雰囲気。
『エッッッ??』
そして虚を突かれーーー思わず息を吞んだもう1つの理由。
怒りに震えていた彼女が思わず怯み、言葉を飲み込んだ程
信繁が……
表情を消し、”作業中”とも、更に〜 別人の様なーーーー!
思い詰めた、昏い悲しげな表情をしていたからだ。
信繁は続ける。
「まだ航空機を~……
多くが今のようなーーーー人工知能搭載の
一般的な……自動操縦式飛行方法では無く、1機1機、航空機に人間がーーー
パイロットが必ず搭乗し。
……大空で操縦桿を握り、人が己の経験と技術の限りを尽くして操縦していた、近世の頃の映像です」
「ーーーそうだったの?」
信繁はほんの少し唇の端を上げた。
自虐的に見える、それが尚の事、浮かべる切なげな表情に雰囲気を添える。
「……」
「人工知能の自動操縦プログラムが無くとも、ここまでの、素晴らしい完璧無比のコントロール技術を。
空軍所属の生身の彼らはーーー厳しい命懸けの訓練で勝ち得たのです。
ですので私は、王女様に是非見せたいと思いまして。
城ライブラリーの、アーカイブス映像から新たにホログラム映像に焼き直して参りました。
お陰で版が大きくなりました」
信繁は透き通るような、神秘的な表情を浮かべたから、フレイヤは思わず心臓がドキリと高鳴る。
『ーーーー……何この気持ち!』
自分が解らなくなりそうだ。
そしてーーーこうも思う
『この方、どこか この世の人で無いみたいだわーーーー!』
場違い?イイヤ違う
この特殊空間がそう思わせてるの?!
フレイヤはボンヤリとそんな事も思う。
「そうなーーーーーの?」
「ええ ですから……映像内の。
航空機を操縦している輝かしいパイロットの彼らはもう、とうに全員……
フレイヤ王女様の大切なご家族や、王立宇宙軍、空挺団の懐かしい方々と、今は同じ国にーーーー
穏やかに静かにお暮らしになっておられます」
「……そうかしら?」
「死すれば皆 ”仏” ーーー
そう言う概念と宗教観が、この国にはありますので。
私は骨の髄まで回転翼機……
自由度を好む『回転翼航空機』、つまりヘリコプター乗りですので、お姫様の得意とされる高速機、『固定翼機』〜
輸送機や戦闘機の事は感覚的に正直良くわかりません。
例え資格は所持していてもーーーーね、愛するかどうかは又別です。
それでもーーー愛機を操縦する彼らの、卓越した素晴らしい技術に深い感銘を覚えます。
何処までもーーー
技術を限界まで極めようとする、パイロット達の気高い『飛行機乗りの魂』に国・人種は違えど共感致します。
ーーーその志。
本当に美しく 素晴らしいと思いませんか?」
「……何が言いたいの???」
フレイヤは内心ゾッとしながらも、必死に言い返す。
「サッパリ解らないわっっっ!」
信繁に向かい、今にも〜ガタガタ震え出しそうな声を果敢に強気に張り上げる。
怒りに震えていた彼女が思わず怯みーーー言葉を飲み込んだ程。
信繁が明るい表情を消し、今までとはうって変わった別人の様な、冷え切り暗い悲しげな、思い詰めた表情をしていたからだ。
信繁は続けた。




