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静かな攻防戦

旧フレイ王家・元第5王女フレイヤは、新しく病室に入ってきた人物の気配を、シーツの中から音だけを頼りに眠ったふりをして先ずはじっと観察していた。


ーーー気が済んだ後、充分な頃合いを計り、ユルユル起き上がる。


目の前のチェアに座っている相手、次の暇つぶしの私の獲物。


”気配の主” と、目を合わせる。




 

音がしなかったからもっと華奢な人物かと考えたのだが。


〜思ったよりも随分と背の高い極めて姿勢の良い東洋人、目をそらさず新たに登場の男性をじぃっと眺めた。



彼は何故か最早、これはもぅ様式美と言っていい、完璧に近い礼儀正しい挨拶をする男だった。

 

病人状態といって良い体調の悪い自分に対し、ごく短い自己紹介の言葉。


想像以上に非の打ち所の無い、完璧な言葉を自分に表した。



これでは平凡すぎる上、しかも礼に叶っており、どこにも突っ込みようが無い。


言いがかりや声を荒げれば自分の方が 明らかに無礼になってしまう。


ーーーそれは避けたい。

 

相手よりも先に、私の方が失点を取られるのは絶対にイヤだ。




『”彼”ーーー……ね?』


ニコニコと人畜無害の柔やかな雰囲気を全身から醸し出しているが、これはフェイクだ。


 

フレイヤは、このノブシゲとか名乗ったふざけた男は、絶対に普通の「城」職員では無いと一瞬で感じ取った。


かつて王立宇宙軍空挺団所属〜

 

在籍するどんな場所でも如何なる時も優等生で過ごし、かつて学年主席、実力で幹部候補生となった自分。


最終的に晴れがましき艦長職をも勝ち取ったと自負するフレイヤ王女は、今、目の前で慇懃に丁寧に穏やかに名乗った男が「ただ者では無い」事も、備わる経験で一目でわかった。



そうだーーー多分彼は「あの男」。



〜自分が収監された際の事、立つのもやっとなふらつく身体が、トール軍部により引き渡しがあったマウントフジ・樹海。



城、最高責任者、特殊収容施設を総括する所長


便宜上、城主と名乗る不思議な美しい少女に、ピタリ付き従っていたあの男だ!


バトルスーツ装着、目を見張る極めて背の高い、全身全く隙の無い男。


しかし なのに、厳つい長身を感じさせない、流れるしなやかな体幹の動き、柔らかな優美さに、気分が悪いのを忘れ思わず目で追ってしまった人物だ。


ーーーー絶対そうだ


そうか〜

城主は、小生意気な思い通りにならない私の態度に業を煮やし、とうとう自身が最も信頼する側近中の側近を直接送り込んで来たのだろう。


〜お前の手で何とかしてみなさいと。


『どうせ調子よく、上への点数稼ぎで”お任せを!” とかなんとか。

傲慢不遜に言い切ったのに違いないわっ!』



フレイヤ王女は信繁の訪れをそう受け止めた。



『……さてと

 

今度の交渉人さんはどんな人物かしら?

うんと年下の女だからって、馬鹿にしないでよね?!


けど、ふ〜〜ん……

今までと違ってホネがあって、少しは遊び甲斐があるといいけれど?


じゃないと、ただでさえ気分悪いし、退屈で退屈で堪らないわ!』


フレイヤは心の中でニヤニヤ昏く嗤った。




「貴方が新しい説得役ですか?」


フレイヤは丁寧だが、宣戦布告のつもりでチクリ毒のある言い方で返す。

 

ところが優雅に柔らかく微笑み、返ってきた言葉に思わず耳を疑った。


「いいえ?」

 

信繁はニッコリ平然と、否定するではないか!!



『どういうこと?』…… 「じゃ何しに来たの?」


「私はフレイヤ王女様の御様子を見に、今日、ここへお伺いしただけです。


 貴女はそう言いましたが、プロの交渉役ですら説得できなかった姫君を、この素人の口べたな私が、調子良く言葉巧みにどうこうできるとは思いません」


「?!」


 

信繁は引き続き、惑星フレイの公用語の一つである連邦英語を用い、正確で流ちょうな発声でそつなく淀みなく滑らかに返答をする。


茶色の瞳に優しい微笑みを浮かべる信繁。


 

『じゃぁどうして来たって言うの?』


すーーっと引き込まれそうな笑みを見つめ、彼女も又大きく目を見開いた。



「ではどうしてここへ?」


「サァどうしてでしょう。

言ったとおりお見舞いの面会だけです。


会話が交わせるご様子に、安心致しました。

どんなだろうと心痛め心配していましたので」


 

「ーーーー」


「では私はこれで、以後お見知りおきを。


明日以降〜そうですね、貴女が体調の良き時に又是非お伺い致します。

 

お会い出来て心より嬉しいです」



信繁は再び柔らかく微笑み「これにて面会終了」とばかりに、紹介の挨拶が済むとサッサと立ち上がる。


まるで〜そう、例えて言うならばオイルのような滑らかな動き?



信繁は自分が着席していた簡易型チェアを易々と畳み、入ってきた時と同じ様に 音を立てず、実にそつのない、流れる優雅すぎる仕草で病室を退出。



『嘘でしょ?!』


ーーーー後には呆然とするフレイヤが残された。





『今回はこれでいいだろう』信繁は心の中で呟く。


ーーー怒れる姫君には、自分の強烈な印象を残した筈だ。




「交渉役ーーーか」


信繁は静まり返る、誰もいない廊下でクスリと笑う。


もしもそれをするというならば、最終目標は彼女を、自ら惑星トールに渡航する気にさせる事だろう。


『見るからに我が強そうな、あの王女様をどうすれば そんな気持ちにさせられるんだか?』


 

亡国の姫君を、実家フレイ王家を滅亡させた戦勝国へ。


 

幾ら身ごもった彼女を、姫を心から愛する男性の元へといっても、そんなに簡単に割り切れるはずも無い。


「彼女は王立宇宙軍・空挺の軍人で実際闘っているしなぁ〜」


 

本当にこれでいいのか?


過去、交渉人として派遣された人員は、きっと心情的にその当たりで多分、ゲームオーバーになったのだろう。



ジャパン古代戦国時代ーーーー


血で血を洗う 壮絶な生存を賭けた武家の世界で、身の振り方が彼女とよく似たケースは実際ごまんとあった。


彼の今は亡き両親が無類の「地元大好き」と言うことで、そう言った諸行無常の生き残りを賭けての生存方法、悲惨で無情極まる歴史感を折に触れて聞かされていた。


つまりは、それ程までしても血を絶やさないという執念ーーー


是が非でも、家門を存続させるという事は、当時の社会の存在意義、最重要課題だったのだ。


しかし究極のサバイバル戦略といえば、イザとなれば綺麗事が根こそぎ吹っ飛ぶ、一皮むけば何処の国家も同じだろう。


それに第5王女フレイヤ王女にはかの国、フレイ国民にとっては”絶対に譲れない”聖王の証という、重大な肉体的特徴が備わっている。


ある意味確かに救世主、希有な役割を、生まれつき負っているのだ。


当初はだからこそ、トール軍部としても城への収監前、ここぞとばかり強気に出たのだろう。


ーーー見逃すことは出来ない。


「殺せる時に殺しておかねば災いの元ですよ?」


城主の話によれば、涙ながらのラファエル王子の必死の助命の懇願を、ウォルフという渾名の男は、けんもほろろに蹴ったのだ。


が〜!彼女は生き残る。


しかもお腹の中に、最大の切り札的に、新たなる奇跡の命までも宿したのだ。


七色の瞳のその真の特徴は、人智を越えた強運をも呼び込む、そういう事なのかも知れない。


 

正に『生かす事も殺す事も出来なかった』人材。


”ここ”ーーーに、追放刑にしたのも『むべなるかな』


信繁はフゥッと溜息をつく。


「価値観の軸足を、何処へ置くか〜ということだな」


 

彼女がこのまま、収監されたままだったら、銀河有数の古き国家が消え失せるということと同義だ。


他惑星に地球から大規模移民が開始、その中で最も初期に国家として絶対的法、銀河法により主権が認定された惑星。


銀河連邦加盟惑星間で、最も裕福で、永きにわたる栄光の歴史を誇ったあの華麗なる王家


ーーー文字通り跡形も無く消失し滅亡する。


”フレイという星”に住む、総ての人間のアイデンティティーをも同時に喪失するという事ではないのか?



『……それで良いのか?』



しかし現状の、最も有力なプラン


もしもフレイヤ姫が城から出て、半ば虜囚としてでも未来の国母としてトール王家で暮らす事になったらどうなるか?


逆に旧フレイ国内から掌返しで、救世主どころか「この裏切り者!!」という烙印を押されるかも知れない、可能性は棄てきれない。



彼女が授かった御子以外、本当に大王が他に孫を授からなかったら、いずれはフレイヤ王女の生んだ子どもが堂々押すも押されぬ支配者になるだろう。


 

つまり現在の彼女は、極めて不安定な分岐点〜


人生2度と無い程大きな、正にターニングポイント上に居るのだ



 

「どうすりゃいいんだ……?」



信繁は知らず知らず、いつの間にかとんでもない渦の中に自分もポイッと投げ込まれてしまっていたのを自覚する。



『ああ見えて、事実あの方も相当困ったんだろうな』


信繁は涼しい顔をして依頼した張本人、城主の事を今にして思い浮かべた。


 


以前信繁に城主はこの様に、交渉術についての独自の理論、方法論を説いていた。


「交渉は欲張ってはいけません、狙うは最小の単位を。


本当に手に入れたい事だけを、ピンポイントで集中し狙い撃ちする戦いです。


自分が優位に立っていると錯覚し、無用に相手のパーソナルスペース、守備範囲まで押しかけ、誇りも言い分も何もズタズタに破壊してはいけません。


窮鼠猫をかむが如く、思わぬ返り討ちに遭い、あれよあれよと盤上をひっくり返されるのがオチです。


あくまでも交渉ーーー取引です。


それ以上でもそれ以下でもありません。


相手を力ずくでねじ伏せるたぐいや、まして身の程知らず〜

 

善悪のジャッジを、する場ではありません。


それは他の優秀な法律家、法務部の役割、もしくは宗教家のお仕事、彼らが生涯誇りをかけてすべき仕事です。


城主〜所長である自分の役割ではありません」

 


まぁ簡単に言えば「私は知ったこっちゃない」、余計な事に首を突っ込むな、そういう事だろうと信繁も思うのだが。


ーーーそれとは別に、キッチリ厳格なまでに線引きした考え方に舌を巻いた。


ここまで来ると、殆どもう美学といっていい。


自分にとって「交渉」とは何だろうか?

 


『言われた事だけをするのを、あの人に本当に今回、求められているのか?』


直感的に『それは疑問だ』と感じた


 

〜依頼の達成はともかく、いち職員が未来を考え進めるべきなのだろうか?


本当に悩ましく答えなんかなく、難しい問題だ。


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