信繁から見たフレイヤ王女
医療棟にある彼女専用の病室に入ると、24時間体勢で厳重な警戒態勢で警護している顔見知りの特殊部隊隊員が信繁に会釈をする。
信繁は「そのままで……」
目線だけの軽いアイコンタクトを取り、体勢をゆらっと浮かしかけた隊員に対し、チラッと眼差しのみで行動を制する。
2名の医療スタッフは……とっくにーーー
彼に気を利かす様、スルリと揃って部屋の外に出ていた。
『さて……』
恐らく今日は……
この王女様との会見は、顔合わせのみになるだろう。
”挨拶しただけでサッサと帰るべし”
それこそが最適解と、信繁に予感があったからだ。
医療棟の特別室は清潔すぎる程の真っ白な部屋。
部屋中央にフワフワ床から浮かぶ、雲のような無重力ベットが設置されている。
これは病人の激しい寝返りにも優しく対応する機能と
”もしもの時”ーーー
自死の事を考え、一切の死角……
例えば首をつる、布帛がかかる出っ張りが無いよう工夫、設計がなされている。
低い中空に頼りなげに浮かぶベッドーーーー
白い清潔なリネンと寝具に包まれ、滅亡した惑星フレイ元第5王女 フレイヤ姫は子猫のように丸くなっていた。
そうーーー今も相当に、気分が悪い事は明白。
信繁は王女の顔の正面に来る位置に、病室備品の簡易型チェアを自分でパタンと設置し、そのまま足音ーーーも消し。
ガサガサ衣類の音すらたてず、無言で着席する。
シンーーーー……
微かな……
空気清浄機の震える音と医療機器の機械音以外、全くの無音状態が広がる。
しかし信繁は焦らなかった。
『大丈夫ーーー……彼女は全てをわかってる。
わかっててーーーーー……
その上で、態度として、ああしているのだろう」
じぃっと待った。
こうなれば持久戦だ。
さてどれ位経っただろうかーーー
急に王女の頭部がもぞりとシーツの海から現れる。
信繁は不意打ちの痛ましさに、キュッと一瞬思わず眉をしかめたが、以後はなるべく平静を装う。
用意された資料ホログラムでは、姫は長い明るい色の髪の持ち主とあるのだが。
だがしかしーーー今は見る影もない姿。
ふっつりと耳の後ろでシャープに切り落とされ、まるで少年の様な髪型だった。
しかも非常に毛足が乱雑で、切れ味のあえて悪い刃物で乱暴に横ではなく縦方向に手を入れたような嫌な悪意の印象すら受けた。
『反逆者に美しさなど無用ーーーか……』
城ーーーーー
ジャパンに送致されるまでの彼女の扱いが、一体全体どんなものだったか?
「屈辱」がハッキリ第三者にも、一目瞭然でわかる無残な姿だった。
信繁はフレイヤ姫を”護送中”ーーー!
高貴な貴人である彼女は、体全身を覆うフード付きローブをまとっていた為、王女の今のこうした真実の姿を知らなかったのである。
彼は今は亡き幼い妹に頼まれ〜びぃびぃ ねだられて
「おにぃちゃんじゃ無きゃ イヤ!」
毎日可愛らしい我が儘を言い、そのくせジタバタ地団駄踏み、ふりたくる暴れん坊の小さな頭の柔らかな髪を、いなしつつなんとか櫛で丁寧にとかしては整えていた記憶を何故か突然思い出す。
「お兄ちゃんヘタ〜〜〜!」
「そんなんじゃお外に行けないっーーー!」
ーーーブーブー文句を言われつつ、”三つ編み”は勿論、そのお洒落進化形変形バージョンゆるふわ編み〜
果ては高度な編み込みテクニックが必要な ”ヘリンボーン”
気まぐれな自由自在、兄を気ままに振り回す妹の好みで恐るべき事に習得していた。
ヘアピンや黒ゴムを多用、命じられるまま見事に細々とアレコレ大きな手で器用に結わされていた。
だからーーー
女性にとってどれ程、髪の長さ・髪型がお気に入りかそうじゃないか?
内面の心象風景、精神に及ぼす影響力の凄まじい大きさを経験則でよく知っていた。
『ご本人は、気にしていらっしゃるんだろうか?
ーーーーもしくは、そんなことはどうでも良いと感じているのか?』
王女が 自分の妹程の文句タレなのかどうかはわからないが、目にするこんな姿が嬉しい筈がないと思う。
しかし信繁は全く意に介していない、悪戯っぽい表情をワザと作った。
他人の下手な同情は、”哀れみと捉えられ” プライドの高いに決まっている勇敢な姫君にはかえって不快、ムカつくだろう。
「こんにちは フレイヤ王女様。
私は信繁と申します、お加減は如何ですか?」
敢えて馬鹿丁重な語彙 定型文通り、銀河で誰にでもわかりやすい連邦英語で話しかける。
連邦英語は惑星フレイでも普通に活用されている、極々平々凡々な普遍的な言語である。
言語の個性として議論や交渉事に 特に向いていると言われている。
要するに相手にわかりやすく、無難なのだ。
反面、恋や哲学など、ロマンティックな感情を表現し情熱的に語るには、余りにこざっぱりとしており味が薄い。
平べったくコクが無く、薄っぺらく、甘い濃密な蜂蜜系、濃厚なロマンが欠けているとも示唆されている。
「……ノブシゲ?」
「そうです。それが私の名前です、王女フレイヤ様」
信繁はニコニコしながら、そんなの自己紹介とも言えない程の最低限の個人情報開示、本当に無機質で簡略化した挨拶を行った。
「ーーーーー」何も王女は答えなかった。
だが些細な目の動きから、彼女の抑えきれない好奇心が漂う事を見逃さない。
『全くーーーこの御方は俺の事を
〜次の獲物をロックオン〜ーーーって考えたのだろうな。
まぁこちらにとっては、それこそ願ったり叶ったりだけどな』
どんなことでも構わない。
とりあえずの関心を抱いてもらったのは良いことだ。
信繁はこの一連の流れを喜び、密かに心の中でガッツポーズをする。
「お加減は如何ですか?」
『そんなの、いいわけないだろ?……』
自分でたずねながら、姫は悪阻で気分は良い筈ない事を重々承知している。
けれども明るくワザと惚け、明快にたずねてみるのだ。
ーーー要するに様式美。
出会ったとき欠かせない、平凡な時候の挨拶に過ぎない。
『最初はやはり定型文でいいかーーー?』
一種の儀礼、儀式だ。
特に意味なんて無いが、これで自分を印象づけられる。
信繁は会社社長の父から厳しく様々な事を言われていた。
「挨拶」もその1つ。
「先ずは 玄関前で『こんにちは』
それから玄関の扉をガラガラ開けて、キチンと丁寧なお辞儀をする。
人と接する態度としては、そんな情景的気持ちからだな
いきなり何でもかんでもというのは、ある種の暴力。
ーーー不躾で不快感を招く行為だ。
欲張らずに、ならせ。
1枚1枚〜
出会った大切な相手を、丁寧に丁重に扉を開いて内に招き入れる様に。
もしくは、その逆のパターンで『お邪魔する』というのが一応の、人付き合いの無難なやり方だな」
信繁は焦らずに父の教えの、古くさい程 古典的手法でやってみる事にした。
『そういえばーーーー
父は よくこんな事を言っていたな』
頭の中で”有る言葉”を 懐かしく愛おしく回想した
既に信繁の父親は 鬼籍にいる
はちゃめちゃで破天荒。
仕事や趣味の鍛え方には厳しいが、誰よりも正義感が強く、色々と人間離れした規格外生物であっても強い憧れだった、心の熱い父の教えが甦る。
「いいか信繁、相手に対する自分の初めての印象は奇をてらわず、なるべく無難で普通のものにする事だ。
商売として1回こっきりのイチゲンさんで無く、目の前の相手と末永く誠実に永くつき合おうとするならばな。
真面目さは誠意の表れだ。
実力の無い弱い者程、根拠の無い幻をいたずらに相手に見せようとする。
お前はそういう男になるな』
なんだかんだで尊敬する社長であった父親が、生前折に触れて自分の後継、息子である信繁によく言って聞かせていた言葉だった。
信繁はグッと奥歯を嚙み締める。
”お前はそういう男になるな”
ーーーー今自分は一体 どんな男なんだろうか?
武道師範、極めて優秀な、無敗の武道家である信繁の目を誤魔化す事は出来なかった。
信繁には、寝具内でフレイヤ王女が自分をジィッと気配を殺し観察し、密やかに息を潜めている姿形が、まるで手に取る様にわかっていた。
『タヌキ寝入りだな、中々王女様 やるじゃないか?』
案外とユニークな方だーーー
思わずクスッと口元に笑みが浮かんでしまう。
『フレイヤ王女様は相当の曲者だ、間違いない。
まぁ今後とも、絶対に侮ったり出過ぎた無理はいけないな』
フレイヤ王女の、疑心暗鬼で激しく周囲を警戒する内面の動揺と思惑を、信繁は鋭く深く見抜いていた。
僅か20歳、人生で最も美しく活力に満ち明るい夢溢れる時期。
それをそこまで神経を荒れさせ、イガイガとささくれさせている王女の姿に思わず心の中で溜息をついてしまう。
『まるで喧嘩に明け暮れていた、昔の自分じゃないか!』
現在のフレイヤ王女の姿を通して、過去の自らを行いと囂々と荒んでいた姿を見る思いがした。




