表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/19

9 奇病の原因は

 『ちょっと、掴めた、かも……。それってさ、感染症ちゃうんやろ?』


 紗奈の声が、頭の奥で小さく響く。


 『というのがヴァルターさんの推測ね』

 『感染症にしては“広がり方”がおかしいって言うてたな』


 広がり方。


 私は無意識に机の木目をなぞる。


 南部に偏在。

 長期居住者のみ発症。

 時間をかけて悪化。


 『急に広がるんやなくて、じわじわやろ?』

 『……ええ』

 『それって、“溜まってる”系ちゃう?』


 溜まる……?


 魚の大量死。

 農夫。

 子供と老人。

 そして成人。


 順番に崩れていっている。


 『水かもしれんし、土かもしれん。他の何かかもしれん』

 『でも全部調べたって』

 『“見つかるもんしか見てへん”可能性は?』


 その一言で、思考が止まる。


 見つかるものしか、見ていない。

 胸の奥がザワリとする。


 「……一つ、いいですか」


 私はゆっくり口を開いた。

 ヴァルターさんの視線が向く。


 「まだ原因が特定できていないなら」


 一度、言葉を選ぶ。


 「“検出できていない何か”がある可能性は?」


 ほんの一瞬。

 彼の目が鋭くなる。


 「例えば」


 自分でも手探りだと分かる。


 「ごく微量で、すぐには影響が出ないもの」


 空気が、わずかに張る。


 「でも長期間摂取し続けることで、蓄積していくような──」


 そこまで言って、初めて自分の中で形になる。


 “蓄積”。


 「……長期曝露、か」


 ヴァルターさんは小さく繰り返した。

 そのまま数秒、思考するように沈黙する。

 だが次の瞬間、首を横に振った。


 「その線はすでに当たっている」


 ぴたり、と空気が止まる。


 「水質、土壌、大気。長期的に摂取・接触するあらゆる要素について調査済みだ」


 淡々とした声。


 「重金属、毒性鉱物、有機毒素。人外に入ることで慢性中毒を引き起こす既知の物質は一通り検査している」


 逃げ道を、一つずつ塞いでいく。


 「結果はすべて“検出されず”だ」


 静かに、断じる。


 「少なくとも、“長期的に取り込めば危険とされている物質”は、この領地からは確認されていない」


 完全否定。


 用意された答え。

 積み上げられた調査。

 その上での結論。


 ──甘くない。


 胸の奥が、ひやりと冷える。


 (……でも)


 それでも、何かが引っかかる。


 「……なら」


 気づけば、口が動いていた。


 セドリックの視線が、すっとこちらに向く。


 「これまで“毒だと認識されていなかったもの”か」


 一歩、踏み込む。


 「あるいは」


 喉がわずかに乾く。


 「今の技術では検出できないもの……?」


 言葉が落ちた瞬間。

 空気が、変わる。

 彼のの目が、わずかに細まる。

 否定が来る、と思った。

 だが。


 「……」


 沈黙。

 今度は、さっきとは違う沈黙だった。


 切り捨てるためではない。

 思考するための、間。


 「……未知の因子、か」


 低く、呟く。

 その声音には、ほんのわずかに熱が混じっていた。


 「あるいは“検出限界以下の蓄積”」


 思考が、動き出す。

 机上の資料に視線を落としながら、指先で軽く叩く。


 「単発では反応しない。だが蓄積すれば閾値を超える……」


 ゆっくりと、顔を上げる。

 今度の視線は、明確に違った。


 「……仮説としては、成立する」


 はっきりと、言った。

 胸の奥が、強く打つ。

 否定されなかった。

 それどころか──拾われた。


 「ただし」


 すぐに現実が重なる。


 「既存の設備で検出できないものならば証明が困難だ」


 それでも。


 「だが、手がかりはある」


 言葉が、こちらへ差し出される。


 「長期居住者と未発症者の比較。生活圏、摂取物、曝露環境の差分抽出。人手が足りずほとんど手をつけられていなかったが──」


 彼の目が、まっすぐにこちらを射抜く。


 「患者に聞き取り調査をする。何か見えてくるかもしれない」


 ほんのわずかに口角が上げて、


 「……思ったより、面白いことを言うな」


 ニヤリと笑った。


 「……手伝っていただけますか? セレナ嬢」


 口調も丁寧だが、どこか挑発的な響き。

 兄が小さく息を吐く。


 「ヴァルターさん」

 「戦力は多い方がいい。それに彼女は思ったより使えそうだ」


 視線は逸らさない。

 私は一瞬だけ紗奈の気配を感じる。


 『やったろうやないか! あたしらで原因まで突き止めたる!』


 胸の奥が、静かに熱を帯びる。


 「ええ。やるわ」


 答えた瞬間、何かが少し変わった気がした。

 机の上の資料が、ただの紙束ではなくなる。

 それは、掘れば何かが出る地層だ。

 セドリックがわずかに口角を上げる。


 「では、明日。南部の聞き取りに同行してもらおう」


 その声音は、もう拒まない。

 同じ方向を向いている。


ぜひ評価の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎&ブクマよろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ