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18 体の異変

 目が覚めた瞬間、私は違和感に気づいた。


 「……あれ」


 天井を見上げたまま、しばらく動けない。


 身体が、軽い。

 多分、今まで生きてきた中で、一番。


 昨日まで確かにあったはずの倦怠感もない。

 四肢に絡みついていた重さが、まるで最初から存在しなかったかのように消えている。


 ゆっくりと身を起こす。

 視界は安定している。頭痛もない。吐き気も、眩暈も。


 指を握る。開く。

 力は、きちんと入る。


 「……軽すぎる」


 指先に、違和感がある。

 力は入る。

 けれど、まるで“抵抗がない”。

 空気が薄くなったみたいに。


 立ち上がってクルリと回る。

 羽が生えたように軽い。

 軽くダンスのステップを踏む。

 これなら何時間でも踊れそうだ。


 止まって息を吸う。

 深く、深く──どこまでも入る。


 (……こんなに吸えたっけ)


 耳を澄ますと、外の鳥の羽音まで、妙にはっきり聞こえた。


 世界が、やけに“くっきり”している。


 まるで──


 今まで、何かに覆われていたものが、急に剥がれ落ちたみたいに。


 『……これ、逆に気持ち悪いな』


 紗奈がぽつりと言う。


 『普通に戻った……? いや“異常が消えた”感じや』


 私は無言で頷いた。

 それが、どういう意味なのか。

 まだ、言葉にはできない。


 昨日までこびりつくように身体を苛んでいたものが、一晩でここまで綺麗に消えるだろうか。


 『そもそも魔力暴走の後遺症がずっと残ってたのがおかしかったんよな? それがなんにもなしに急に治るか?』


 私も同じことを考えていた。


 普通の魔力暴走では説明できない数日も引きずっていた症状。

 それが今、それが唐突に消えた。


 今までと何が違う?


 平地の屋敷と山の中の家。

 空気。

 食べ物。


 「……環境」


 小さく呟く。

 考えるより先に、答えに近づいている感覚があった。


 「ヴァルターさんにも相談してみましょう」


 私はものすごく軽い足取りで部屋を出た。



 朝の空気は冷たく、澄んでいた。

 昨日と同じはずの景色なのに、妙に輪郭がはっきりして見える。

 それだけ、自分の身体が正常になっているということではないだろうか。


 部屋を出て右、彼の部屋のドアを軽くノックした。


 「はい」


 短い声。

 入っても問題ないと判断し扉を開けると、ヴァルターさんは机の上の書類を鞄にしまっているところだった。


 「今度はどうした? 朝食はもう食べたのか?」

 「いえ、そうではなくて。……あの、身体が軽いんです」


 動きがぴたりと止まった。


 「どういう意味だ?」


 私は魔力暴走を起こしてからずっと身体に不調を抱えていたこと、そしてそれが今朝起きた瞬間綺麗さっぱり消えていたことを白状した。


 「なぜもっと早く言わない……! いや、今更それを言っても詮無いことだ。それで、身体が軽すぎる、とは?」


 私は部屋の中でクルリと回ってみせた。


 「そのままです。寝て起きたら体重が10キロくらい減ったんじゃないかって思うほど身体が軽いんです。これまで生きてきて、こんな背中に羽が生えたようになったのは初めてです。私、昨日と何か違いますか?」

 「見た目は変わらないな。しかしどういうことだ……?」


 彼は椅子を反転させて腰掛け、足を組んだ。


 「きっと環境の変化が原因ですよね?」

 「その可能性が高いな」

 「平地の村とここ。色々違いはあるけど……」


 自分の中で、まずは順番に整理する。

 焦らず、確かめるように。


 「倒れたのは、南部の畑で肥料を調べた直後です」

 「そうだな」

 「そして回復したのは、ここ、山間の村に1晩滞在したあと」


 ヴァルターさんは考える時の癖だろうか、左のこめかみを人差し指でトントンしている。


 「2つの場所の違いは……?」


 促される。

 私はクリアになった頭でじっくり考える。


 「環境が違います」

 「具体的には」

 「飲み水、食べ物、それから魔法の使い方……」


 言葉にした瞬間、胸の奥で何かがかちりと噛み合った感覚がした。


 「山の村では、魔法を使ったあと、必ず魔法石で残滓を回収していました」


 あの光景が脳裏に浮かぶ。

 火を起こしたあと、静かに石をかざす老人の手。


 「一方で、南部の農地では──」

 「使いっぱなしだな」


 セドリックが引き取る。


 「魔法肥料も含め、残滓は環境中に放出され続けている」


 私はうなずく。


 「つまり」


 ゴクリと唾を飲んだ。


 「環境中の“魔力残滓の量”が違う」


 言葉にしたあと、すぐに違和感が浮かぶ。


 「……でも、それだけで?」


 セドリックも同じことを考えたらしい。


 「魔法をかける土が直接口に入っていたとしても病気になるとは考えづらい。魔法の安全性は国も認めたものだ。だが空気中にある魔力残滓で奇病は発症するものか……?」


 沈黙。

 何かが足りない。

 決定的な“経路”。

 私は視線を落とす。


 空気。

 水。

 畑。

 作物。

 食卓。


 ──口に入るもの。


 「……全部?」


 ぽつりと呟く。

 頭の中で、線が伸びる。


 「土からも空気からも影響されてる……?」

 「いや、それだけでも発症はしないだろう。……土から作物に魔力残滓がうつる……?」


  ヴァルターさんが引き継ぎ、繋がる。


 『食物連鎖や……!! 水から土へ、土から作物に!!』


 「……そして濃くなる」


 ハッとセドリックの目が見開かれた。

 言葉はない。

 だが、その視線は明らかに思考を加速させている。


 私は続けた。


 「私の体調が回復したのは、残滓の少ない環境に移動したからではないでしょうか」


 言い切る。

 証拠はない。勘に近い。

 それでも恐れず思考を前に進める。


 「逆に言えば、南部では常にそれに晒されている」


 『せやな』


 紗奈の声が重なる。


 『逃げ場ないやつや』


 ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。


 毎日。

 少しずつ。

 気づかないうちに。


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