表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/20

19 判明

 セドリックがゆっくりと立ち上がった。

 椅子が、小さく軋む。


 「その仮定で考えれば全て説明がつく」


 彼は答えを見つけたらしい。


 「魚の異変から人の発症までに時間があった理由。発症から死亡まで時間がある理由。地域差。症状の共通性」


 机に手をつく。


 「すべて、“蓄積”で説明できる」


 その言葉が、重く落ちる。


 蓄積。


 溜まる。

 抜けない。

 気づかないまま、増え続ける。


 紗奈が低く呟いた。


 『食物連鎖型の公害か……』

 「食物連鎖型の公害……?」


 私は気づかず声に出してしまっていた。


 「そうだ! それだ!!」


 ヴァルターさんが叫ぶ。

 どうやら私だけが置いてけぼりだ。


 『簡単に言うとな』


 紗奈が説明してくれる。


 『土に溜まったものが作物に移り、それを人が食べる』

 『分かるわ』

 『川なら、水に溶けたものを魚が取り込んで、それをまた別の魚が食べる。最後には人も食べるやろう』


 言葉が、はっきりと形になる。


 『そうやって、“濃くなる”んや』


 「濃縮がダメなの?」

 「いや、多分そうではない。人体から排出しきれず溜まっていくのが問題なのだ。それが様々な症状を引き起こす……!」


 食べ物から、空気から、生活の至る所で魔力残滓に晒され、体内に入る。

 それが、毒になる。


 ゾワリと総毛立った。

 理解した。


 『日本では魔力残滓じゃなくて別の物質やってんけど、多分原理は同じちゃうかな……?』


 紗奈が付け足し、それから少しだけ苦く笑う気配がした。


 『これが“食物連鎖型の公害”ってやつや。昔、日本でも似たようなんあってん』


 私は息をのむ。


 『見えへんから、誰もすぐには気づかへん。でも確実に、身体を壊す』


 言葉が、静かに落ちる。


 『せやから大変なんや』


 視線が、カバンから覗く資料に落ちる。

 そこに記された、患者たちの名前。


 数秒の沈黙。


 やがて、セドリックがゆっくりと息を吐いた。


 「……そういうことだったのか」


 その一言で、空気が変わる。

 ただ理解した、という声音ではない。

 ──すべてを“繋げた”者の声だった。


 彼は机の上に手帳を開き、これまでの記録を一気にめくる。


 「魚の大量死は7年前。川底への沈殿と濃縮」


 さらに手帳を捲る。


 「発症例は5年前から散発的に増加」


 ページを止める。


 「そして現在、農地面積が一番広く、従業員も多い南部長期居住者に集中して発症」


 顔を上げた。

 その目は、もう迷っていない。


 「完全に一致するな」


 私は息を呑む。


 「……何が、ですか?」


 分かっている。けれど聞かずにはいられない。

 セドリックは淡々と言う。


 「“濃縮”と“蓄積”の曲線だ」


 聞き慣れない言葉。

 だが彼は止まらない。


 「食物連鎖の上位に行くほど濃度が上がる。つまり──」


 一瞬だけ間を置く。


 「最も濃縮されたものを摂取しているのは、人間だ」


 あまりの現実に嫌な汗が止まらない。

 呼吸が荒くなるのを止められない。


 「だから魚が先に異常を示し、人間は遅れて発症した」


 全てが、一本の線になる。


 「さらに言えば」


 彼は静かに続けた。


 「聖女の魔法で“進行が止まる”のも説明がつく」


 私ははっとする。


 「症状自体には効き目がある。だが──」


 言葉が落ちる。


 「すでに蓄積されたものは消えない」


 部屋が、静まり返る。

 逃げ場のない理屈だった。


 セドリックは手帳を閉じた。


 「仮説としては十分すぎる」


 そして、迷いなく頷く。


 「原因は、環境中の魔力残滓」


 断定。


 「そして経路は、食物を中心とした長期的な摂取。……だがどうやら幸いなことに治療法がある。空気中に魔力残滓の少ない場所へ行くこと。魔力残を含む食べ物を摂取しないこと。……セレナ嬢のように」


 彼は手帳を懐にしまう。


 「王都に戻り測定機器を作る」


 迷いのない声。


 もう、この仮説は“仮”ではない。

 証明に移る段階だ。


 私はその横顔を見つめ確信した。


 ──ただ調べるだけじゃない。


 これは。

 止めなければならないものだ。


 ──証明。


 その言葉が、胸の奥で重く沈む。

 私は、ゆっくりと息を吐いた。


 「……もし、それが本当なら」


 自分の声が、少しだけ震えているのが分かる。


 「この領地の人たちは……」


 毎日、自分たちが作り食べているもので──


 壊れていく。


 その現実が、じわじと形を持ち始める。


 『つらいな……』


 紗奈の声が、静かに落ちる。


 『これ、止めへんかったらどうなると思う?』


 私は、答えを聞くのが怖かった。

 それでも、耳を塞げない。


 『被害、広がるで』


 心臓が、大きく脈打つ。


 『エルンシュタインだけやない。作物は王都にも流れてるんやろ?』


 ──王都。


 その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。


 人混み。

 押し合う群衆。

 怒号。

 誰かが叫んでいる。


 「返せ」

 「元凶のエルンシュタインに報いを!!」


 聞き覚えのないはずの声が、なぜかはっきりと分かる。


 怒れる群衆の中で誰かが倒れる。

 痙攣。

 力の入らない手。

 あの症状と、同じ。


 違うのは、規模。


 「……っ」


 息が詰まる。

 倒れるのは1人じゃない。

 何人も。

 何十人も。

 倒れている。

 人を火葬する煙の絶えない王都──



 「急げ。ここを発つぞ」


 ヴァルターさんの声で現実に引き戻される。

 心臓が、激しく脈打つ。


 『これ、もう始まってるで』


 紗奈の声が低く響く。


 『止めへんかったら、ああなる』


 私は拳を握る。

 震えはなかった。


 予知夢の光景が、鮮明によみがえる。

 私にも罪があると言いながら刃が振り下ろされる。


 「……っ」


 息が詰まる。


 『なるほどな』


 紗奈の声が、低くなる。


 『これが殺される理由か』


 私は、ゆっくりと顔を上げた。


 「……ヴァルターさん」


 声が、思ったよりも冷静に出た。


 「このまま放置したら、この病気は領地の外にも広がります」


 セドリックは何も言わない。

 ただ、私を見ている。


 「王都にも、必ず」


 言い切る。


 「そうなったら……」


 言葉が、一瞬詰まる。

 それでも、逃げない。


 「誰かが責任を取らされる」


 空気が張り詰める。


 「領主であるお父様かもしれない。農業社かもしれない。あるいは──」


 喉が、焼けるように熱い。


 「被害を受けた人が、怒りで誰かを刺すかもしれない」


 もう止まらない。


 「……それが、私かもしれない」


 すべてが、一本に繋がった。


 夢。

 病気。

 この土地。


 全部。


 私は拳を握る。

 震えは、もうなかった。


 「だから」


 はっきりと、言う。


 「止めないといけない」


 まっすぐヴァルターさんを見据えた。


 「未来を変えるために」


ぜひ評価の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎&ブクマよろしくお願いします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ