19 判明
セドリックがゆっくりと立ち上がった。
椅子が、小さく軋む。
「その仮定で考えれば全て説明がつく」
彼は答えを見つけたらしい。
「魚の異変から人の発症までに時間があった理由。発症から死亡まで時間がある理由。地域差。症状の共通性」
机に手をつく。
「すべて、“蓄積”で説明できる」
その言葉が、重く落ちる。
蓄積。
溜まる。
抜けない。
気づかないまま、増え続ける。
紗奈が低く呟いた。
『食物連鎖型の公害か……』
「食物連鎖型の公害……?」
私は気づかず声に出してしまっていた。
「そうだ! それだ!!」
ヴァルターさんが叫ぶ。
どうやら私だけが置いてけぼりだ。
『簡単に言うとな』
紗奈が説明してくれる。
『土に溜まったものが作物に移り、それを人が食べる』
『分かるわ』
『川なら、水に溶けたものを魚が取り込んで、それをまた別の魚が食べる。最後には人も食べるやろう』
言葉が、はっきりと形になる。
『そうやって、“濃くなる”んや』
「濃縮がダメなの?」
「いや、多分そうではない。人体から排出しきれず溜まっていくのが問題なのだ。それが様々な症状を引き起こす……!」
食べ物から、空気から、生活の至る所で魔力残滓に晒され、体内に入る。
それが、毒になる。
ゾワリと総毛立った。
理解した。
『日本では魔力残滓じゃなくて別の物質やってんけど、多分原理は同じちゃうかな……?』
紗奈が付け足し、それから少しだけ苦く笑う気配がした。
『これが“食物連鎖型の公害”ってやつや。昔、日本でも似たようなんあってん』
私は息をのむ。
『見えへんから、誰もすぐには気づかへん。でも確実に、身体を壊す』
言葉が、静かに落ちる。
『せやから大変なんや』
視線が、カバンから覗く資料に落ちる。
そこに記された、患者たちの名前。
数秒の沈黙。
やがて、セドリックがゆっくりと息を吐いた。
「……そういうことだったのか」
その一言で、空気が変わる。
ただ理解した、という声音ではない。
──すべてを“繋げた”者の声だった。
彼は机の上に手帳を開き、これまでの記録を一気にめくる。
「魚の大量死は7年前。川底への沈殿と濃縮」
さらに手帳を捲る。
「発症例は5年前から散発的に増加」
ページを止める。
「そして現在、農地面積が一番広く、従業員も多い南部長期居住者に集中して発症」
顔を上げた。
その目は、もう迷っていない。
「完全に一致するな」
私は息を呑む。
「……何が、ですか?」
分かっている。けれど聞かずにはいられない。
セドリックは淡々と言う。
「“濃縮”と“蓄積”の曲線だ」
聞き慣れない言葉。
だが彼は止まらない。
「食物連鎖の上位に行くほど濃度が上がる。つまり──」
一瞬だけ間を置く。
「最も濃縮されたものを摂取しているのは、人間だ」
あまりの現実に嫌な汗が止まらない。
呼吸が荒くなるのを止められない。
「だから魚が先に異常を示し、人間は遅れて発症した」
全てが、一本の線になる。
「さらに言えば」
彼は静かに続けた。
「聖女の魔法で“進行が止まる”のも説明がつく」
私ははっとする。
「症状自体には効き目がある。だが──」
言葉が落ちる。
「すでに蓄積されたものは消えない」
部屋が、静まり返る。
逃げ場のない理屈だった。
セドリックは手帳を閉じた。
「仮説としては十分すぎる」
そして、迷いなく頷く。
「原因は、環境中の魔力残滓」
断定。
「そして経路は、食物を中心とした長期的な摂取。……だがどうやら幸いなことに治療法がある。空気中に魔力残滓の少ない場所へ行くこと。魔力残を含む食べ物を摂取しないこと。……セレナ嬢のように」
彼は手帳を懐にしまう。
「王都に戻り測定機器を作る」
迷いのない声。
もう、この仮説は“仮”ではない。
証明に移る段階だ。
私はその横顔を見つめ確信した。
──ただ調べるだけじゃない。
これは。
止めなければならないものだ。
──証明。
その言葉が、胸の奥で重く沈む。
私は、ゆっくりと息を吐いた。
「……もし、それが本当なら」
自分の声が、少しだけ震えているのが分かる。
「この領地の人たちは……」
毎日、自分たちが作り食べているもので──
壊れていく。
その現実が、じわじと形を持ち始める。
『つらいな……』
紗奈の声が、静かに落ちる。
『これ、止めへんかったらどうなると思う?』
私は、答えを聞くのが怖かった。
それでも、耳を塞げない。
『被害、広がるで』
心臓が、大きく脈打つ。
『エルンシュタインだけやない。作物は王都にも流れてるんやろ?』
──王都。
その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
人混み。
押し合う群衆。
怒号。
誰かが叫んでいる。
「返せ」
「元凶のエルンシュタインに報いを!!」
聞き覚えのないはずの声が、なぜかはっきりと分かる。
怒れる群衆の中で誰かが倒れる。
痙攣。
力の入らない手。
あの症状と、同じ。
違うのは、規模。
「……っ」
息が詰まる。
倒れるのは1人じゃない。
何人も。
何十人も。
倒れている。
人を火葬する煙の絶えない王都──
「急げ。ここを発つぞ」
ヴァルターさんの声で現実に引き戻される。
心臓が、激しく脈打つ。
『これ、もう始まってるで』
紗奈の声が低く響く。
『止めへんかったら、ああなる』
私は拳を握る。
震えはなかった。
予知夢の光景が、鮮明によみがえる。
私にも罪があると言いながら刃が振り下ろされる。
「……っ」
息が詰まる。
『なるほどな』
紗奈の声が、低くなる。
『これが殺される理由か』
私は、ゆっくりと顔を上げた。
「……ヴァルターさん」
声が、思ったよりも冷静に出た。
「このまま放置したら、この病気は領地の外にも広がります」
セドリックは何も言わない。
ただ、私を見ている。
「王都にも、必ず」
言い切る。
「そうなったら……」
言葉が、一瞬詰まる。
それでも、逃げない。
「誰かが責任を取らされる」
空気が張り詰める。
「領主であるお父様かもしれない。農業社かもしれない。あるいは──」
喉が、焼けるように熱い。
「被害を受けた人が、怒りで誰かを刺すかもしれない」
もう止まらない。
「……それが、私かもしれない」
すべてが、一本に繋がった。
夢。
病気。
この土地。
全部。
私は拳を握る。
震えは、もうなかった。
「だから」
はっきりと、言う。
「止めないといけない」
まっすぐヴァルターさんを見据えた。
「未来を変えるために」
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