15 昏倒した原因は?
意識が浮上したとき、最初に感じたのは、柔らかな沈み込みだった。
身体が、深く何かに支えられている。
重いまぶたを持ち上げると、どこか見覚えのある天井が視界に入った。
家に帰ってきたんだっけ……?
違う。
ここは……領地の屋敷だ。
「……セレナ?」
すぐそばで声がした。
顔を向けると、ベッドの脇に兄が座っていた。
いつもの整った姿ではなく、どこか気を張り詰めた表情をしている。
「……お兄様」
声を出すと、自分でも驚くほど掠れていた。
兄はほっとしたように息をつき、すぐに立ち上がる。
「すぐに医者を呼ぶ。無理に話すな」
扉の外に控えていた使用人に短く指示を飛ばすと、慌ただしい足音が遠ざかっていった。
私はぼんやりと天井を見つめる。
身体が重い。
空気が、肌にまとわりつくような不快感。
こめかみの奥に、鈍い痛みが残っている。
──魔力暴走。
予知夢を見たとき以来の感覚に、思わず苦笑が漏れた。
やがて医者が到着し、簡単な診察のあと、あっさりと言った。
「魔力暴走じゃな」
やっぱり。
「魔法を使いすぎたんじゃろう。しばらく安静にしておれば問題ない」
淡々とした診断に、お兄様が小さく頷く。
医者は薬をいくつか処方──魔力暴走に効く薬はないが、体力回復のためのもの──し、注意事項を告げて部屋を後にした。
入れ替わるように、扉が開く。
視線だけを向けると、そこにいたのはヴァルターさんだった。
相変わらずの無表情。
けれど、ほんのわずかに視線が厳しい。
「なぜ倒れた?」
「魔力暴走です」
「……そうか」
少し雰囲気が和らいだが、それでも視線はまだ鋭い。
「それでは、倒れるほど魔力を使って解析した結果は?」
次に聞くのはそれか。
私は一瞬、呆れてから、ため息をつく。
「お見舞いの言葉はないんですか?」
「必要か?」
真顔で返されて、言葉に詰まる。
……この人は本当に。
諦めて、私は視線を天井に戻したまま口を開く。
「土壌成分と、一般的な肥料の構成は確認できました。窒素、リン、カリウム、微量元素……そこまでは普通です」
ゆっくりと、思い出しながら言葉を紡ぐ。
「あとは保水材や結合剤。魔力残滓も検出されましたが、魔力残滓はどこにでもあるものですよね? どの成分も特別異常な量ではなかったかと……」
魔法を使えば魔力残滓、魔法の残り滓のようなものが残る。
私たちは日常的に魔法を使って生きているから魔力残滓はどこにでもある普通のものだ。
「ただ、深く解析しようとしたところで……限界が来ました」
頭の奥が、じくりと痛む。
ヴァルターさんは腕を組み、しばし沈黙した。
「……すごいな」
ぽつりと落ちる声。
思わず目を向ける。
「王都の精密機材を使った分析に近い精度だ」
倒れた甲斐はあったかな。
ちょっと自画自賛したくなった。
「まぁ、普通の魔法肥料らしいことしか分からなかったわけだが」
……。
前言撤回。
(もっと素直に褒められないの!?)
胸の中で小さく苛立つ。
それでも、言い返す元気は残っていない。
「これから、どうするんですか」
少しだけ語気が強くなる。
「王都での解析を待つしかないんですか?」
ヴァルターさんは首を振った。
「いや」
短く否定する。
「待つ間に発症例がない山間の村を重点的に調べる」
どうやら時間を無駄にするつもりはないらしい。
「比較対象、ということですか」
「そうだ。山間部だけ患者が出ていないのは土地の問題か、それともそこの住む者にだけ耐性があるのか。それを探す」
理にかなっている。
希望が見えた気がした。
「わ、私もついていきます!」
思わず身を起こしかけて、頭がくらりと揺れる。
「無理をするな」
低く制される。
「一人でも調査はできる」
淡々とした言葉。
それでも、私は食い下がる。
「途中で投げ出させないでください」
自分でも驚くくらい、強い声だった。
ヴァルターさんが、わずかに目を細める。
ほんの短い沈黙のあと。
「……分かった」
ため息まじりに言う。
「なら、早く回復してくれ」
その一言に、少しだけ力が抜けた。
「分かりました」
私は素直に頷く。
そして、布団に身を沈めた。
瞼を閉じると、疲労が一気に押し寄せてくる。
意識が、ゆっくりと沈んでいく。
その向こうで。
兄とヴァルターさんが、何かを話し、かすかに笑った気配がした。
それを、どこか遠くに聞きながら。
私は、そのまま眠りに落ちた。
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