12 差別と横槍
村の道は、静かだった。
遠くで、子どもの笑い声が一瞬だけ聞こえて、すぐに途切れた。
私は思わずそちらを見る。
道の先で、子どもたちが遊んでいた。
5、6人。年齢もばらばらだ。
その中に、一人だけ少し離れて立っている子がいる。
10歳くらいの男の子だった。
何かを言おうとして、言葉を飲み込んだように口を閉じている。
遊んでいた子の一人が、ちらりとその子を見る。
そして、すっと距離を取った。
もう一人も。
また一人も。
気づけば、円の中にいる子と、外にいる子の間に、目に見えない線ができていた。
誰も何も言わない。
ただ、少しずつ離れる。
外に立っていた男の子は、しばらくそこにいたが、やがて踵を返した。
こちらに向かって歩いてくる。
その背中を見送る子どもたちは、誰も呼び止めなかった。
私は思わず足を止める。
「……あの子」
小さく呟くと、ヴァルターさんは視線だけを向けた。
「感染者のいる家の子だろう」
淡々とした声だった。
胸の奥がざわつく。
「でも……」
言葉が続かない。
ヴァルターさんは少しだけ歩みを緩めた。
「恐怖は、人を視野を狭くさせ、攻撃的にさせ、排他的にさせる」
視線はもう子どもたちに向いていない。
「感染するかもしれない。原因がわからない。なら距離を取る」
なおも表情は変わらない。
「理屈としては、間違っていない」
私は何も言えなかった。
子供たちの行動は感染を恐れてお茶を飲まなかった私となんら変わらない。
子供たちはまた遊び始めていた。
ただ、人数は1人少ない。
さっき聞き取りをした家ほどではないにしても、村の空気はやはりどこか重かった。
死の匂いが漂っているのだ。
ヴァルターさんが言う。
「行こう。次の家だ」
私はうなずき、後を追った。
2軒目の家を出て、次の聞き取りに向かおうとした、その時だった。
「おっと、そこまでだ」
行く手を塞ぐように、数人の男たちが立ちはだかる。
中央にいるのは、肥えた体を上等な絹で包んだ男。
顔には脂ぎった笑みが貼りついている。
「王都の調査官殿に……それと、どこのご令嬢かは知らんが」
『エルンシュタイン公爵令嬢の顔も知らんなんて小物やな』
すかさず紗奈が突っ込んだが、今はそれに応答している場合ではなさそうだ。
ゆっくりと、値踏みするような視線がこちらを舐める。
「ここは我がエルンシュタイン農業社の管理地だ。勝手な聞き取りで妙な噂を流されちゃ困るんだよ」
農業社の上層部なら私の顔は知っているだろう。ならばこの男はこのエリアを統括している者か。
ヴァルターさんが一歩前に出る。
「公的な調査だ。妨害は控えていただきたい」
だが男は肩をすくめた。
「妨害? 冗談じゃない。守ってるだけだよ、我が社の“信用”をな」
ニヤリと笑う。
「証拠もねぇのに病気だなんだと騒ぎやがって。おかげで取引に影響が出始めている。損失はどうするつもりだ?」
その言葉に、胸の奥がざらりとした。
けれどそれ以上に──
『……ハァ?』
紗奈の声が、低く落ちる。
『何言うてんねんこいつ』
静かに、何かが切り替わる。
私は一歩、前に出た。
「……バートン様、でしたか」
男の眉がわずかに動く。
「1つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?」
「この農地で収穫された作物は、安全であると断言されるのですね」
声音は穏やかに。
だが、一切の揺らぎなく。
「当たり前だろうが。どこに異常がある? 綺麗なもんだろうが」
バートンは畑の方を指差した。
「では」
視線を横へ向ける。
畑の端に積まれた木箱。
中には、色艶の良いトマトが山のように積まれている。
私はそれを一つ、手に取った。
「失礼します」
そのまま、バートンの前に差し出す。
「……何の真似だ?」
「安全性の確認です」
にこりと微笑む。
「どうぞ、お召し上がりください」
空気が、止まった。
「……は?」
「御社の作物は安全なのですよね。であれば、責任ある立場の方がまず口にされるのが道理かと。そうすれば私たちも村人も納得できますわ」
一歩、踏み込む。
「それとも」
声を、わずかに落とす。
「ご自身では口にできない理由が、何か?」
バートンの顔が、引き攣る。
「ば、馬鹿なことを……!」
「おや?」
私は首を傾げた。
「食べられないのですか?」
トマトを、ほんの少しだけ持ち上げる。
「これほど美味しそうに育った作物を」
言葉を区切る。
「御社が誇る、“安全な”農地で」
沈黙。
周囲で、ざわめきが広がる。
「……あいつ、食べねぇのか?」
「なんで食べねんだよ。……それじゃあ畑のもんは危険ってことだべ……?」
「そりゃ俺たちだって薄々気づいてたさ。けどな、偉い人が食べないってのは違うじゃねぇか。……こっちはそれを食べるしかねぇのによ」
小さな声が、じわじわと空気を変えていく。
バートンの額に、汗が浮かぶ。
『ええぞ、そのまま詰めたれ』
紗奈が笑う。
私は、静かに言葉を重ねた。
「売り物としては流通させるが、自分では口にしない」
目を逸らさない。
「実は知っていらっしゃるのかしら? ここの作物が危険だということを」
バートンの顔が、真っ赤になる。
「貴様……!」
腕が振り上げられた、その瞬間。
ガシッ、と。
ヴァルターさんの手が、それを掴んだ。
微動だにしない。
「暴力はやめていただきたい」
冷え切った声。
「調査妨害に加え、傷害未遂。正式に報告することになりますが」
空気が、一変する。
バートンの呼吸が荒くなる。
視線が揺れ、周囲を見回し──
やがて。
「……覚えていろよ!」
吐き捨てるように言い、男は背を向けた。
私兵たちも慌ててそれに続く。
足音が遠ざかる。
残されたのは、ざわめきと、妙な静けさだった。
「あの男、ここの作物を食べられないなんて……。奇病の原因が作物だとどこからか情報を得ていたのでしょうか?」
「さぁな。我々は我々の仕事をするだけだ」
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