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僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(14)


「だ、誰だ……あの男は? レギ様達とは顔見知りのようだが……」


「それよりも、どうやってあの障壁の中に入ったんだ?!」


 模擬戦の様子を見守っていた王国兵達の間で動揺が走る。

 一度目はレギが一本取られた事に、二度目は謎の乱入者の存在に。


 しかし当事者であるレギが特に気にした様子を見せないので、彼等はそのまま演習場の外で事の成り行きを見届け続けた。






「谷底で出喰わした連中は二人組だった。

 だったら調子を取り戻すためにも、一対二で()り合うのが妥当だろ」



「確かに、ヴィルツの言うことは一理ある」


 演習場に現れた幼馴染の言動と立ち振る舞いを注意深く観察しつつ、レギは極めて冷静な態度で言葉を返した。或いは、内心で喜んでいるのかもしれない。



「でもお兄さんは私が依頼を続けることに反対してたよね?」



「ああ、俺様にアンタの歩みを停める権利なんてものはない。

 だから……せめて生存率が一厘でも上がるようにしたくなったのさ」


 脇に抱えていた長羽織(ロングコート)を無造作に放り、空いた右掌でベルトの後ろ側に隠している短剣を三本 取り出してみせた。




「ん……綺麗に元通りになったねぃ」


 受け取った長羽織(ロングコート)を両手で軽く広げて検めるアルビトラ。

 むしろ破損する前よりも遥かに立派な仕上がりで、大いに驚いていた。



「このまま何もせずにアンタに死なれたら、寝覚めが悪くなるんだよ」



「色々とありがとう、お兄さん!」


 手慣れた所作で早速、長羽織(ロングコート)に袖を通す。

 また一つ、アルビトラはいつもの姿を取り戻していった。






「僕だけでは、アルビトラさんにとって大した鍛錬にはならないだろう。

 ヴィルツが協力してくれるのなら心強いし、賛成だ」


「お前の邪魔にならない程度には動いてみせるぜ」


 全幅の信頼を込めた笑みを浮かべながら、レギは地面に落ちた特大剣を拾い上げてヴィルツの右隣に並び立つ。

 この場の責任者である彼が認めたのだから、今更 兵士達が反対する筈もない。


 一方のアルビトラは少しだけヴィルツと刃を交えることに戸惑いはしたものの、二人が戦う意思を固めているのだから素直に状況に乗っかることにしたようだ。




「じゃあ、始めるよ」



「おう」


「改めて、お手合わせ願います。アルビトラさん」


 陽光が水平線に隠れ始め、黄昏時ならではの影が延々と伸び渡る。

 三者それぞれの構えを静かに採り、僅かな調息の後に一斉に動き出した。






「…………」


「ふっ!」


 真っ先にレギが駆け出し、半瞬遅れてヴィルツが短剣を投擲した。

 先ずは二人の初動を見極めようとしたアルビトラは敢えて後手に回り、視界に映る情報と戦場の空気の流れを感じ取りながら的確に応じていく。



「(短剣を三本持っているのに、飛ばしたのは一本だけ?)」


 明確な死角である左目狙いの短剣を刀身で打ち弾き、そのまま大上段に構え直してレギを迎え撃つ。

 両者の得物の質量差から正面切っての剣戟は無謀なれど、一合だけなら何とかなるという見立てであった。



「(ここだ!)」


 袈裟懸けに振り降ろされた特大剣の刀身に、己の刀身を一瞬だけ重ねて即座に大外へと弾いた。

 そのまま摺り足でレギの右側面へと忍び込み、更に踏み込んで背後を取る。詠唱させる暇も、不意打ちのタックルを放つことも許さない。


 問答無用で斬り裂こうとした瞬間。ヒュ ヒュン……と鋭い風切り音を響かせながら二本の短剣がアルビトラに襲い掛かる。



「(そんな気は……してたかな!)」


 レギの背後に回り込んだことで、アルビトラを間に挟んだ八メッテほど先にヴィルツが居る形となっていた。

 故に、このタイミングで短剣が飛んでることは想定内である。


 一本は、またしてもアルビトラの左目に。もう一本は彼女が持つ粋然刀(カタナ)の鍔を正確無比に撃ち抜く弾道を見せている。

 レギへ放とうとしていた斬撃を途中で捻じ曲げ、迫り来る刃を迎え撃った。

 


「甘いぜぇ」


「……えッ!」


 二本の短剣への対処を終えたと思った矢先、右脚に痛みが走る。

 それはヴィルツが放った四本目の短剣であり、なんとアルビトラが粋然刀(カタナ)を振り抜いた直後の死角を狙って投擲していたのだ。

 突き刺さりこそしなかったが、右太腿の外側を浅く切り裂かれてしまった。




「あ、え……えぇ?!」


 急激に右脚が痙攣し、力が入らなくなってしまう。

 程なくして真っ当に立っていられなくなったアルビトラは迷わず右斜め前方に倒れ込みながら前転し、レギが放った水平薙ぎを辛うじて躱すしかなかった。




「うぅ、これもしかして毒? お兄さんって、そういうこともするんだー」



「俺様はレギと違って能無しなんでな。使えるもんは何でも使うんだよ」


 苦笑しながら更に二本の短剣を取り出して両掌で構えるヴィルツ。



「……しかしスコルパライソの毒液を塗布してあったのに

 片足しか麻痺しないなんて、やっぱりアンタ とんでもねぇよ」


 スコルパライソとは南方の大砂漠地帯に棲息する蠍型の魔獣。致死性は無いものの非常に強力な麻痺毒を体内で精製し、麻酔薬の原材料として有名である。



「レギ! 決めるなら今だろう」


「……ああ! アルビトラさん、終わりにさせてもらうよ」


 立ち上がれないアルビトラへの追撃は行わず、意を決したレギは後方へ跳び退いた後に特大剣を地面に突き刺し、代わりに両掌を天高く掲げてみせた。

 一方のヴィルツもまた少しだけ後退り、距離を取り始める。



「雷精ハルネジアに(こいねが)う。我が()が掴む九十九(つくも)の絶望、(はじめ)の希望。

 相容れぬ諸掌を此処に重ね、百罪降ろしの橋を架ける……」




「ものすごい魔力! 副団長さん お得意の大魔法(スペリオルエピック)だ!」


 レギの体内を巡る途方も無い魔力と詠唱句の質から、それが只ならぬ術式であることを瞬時に察し、鞘を杖代わりにして無理やり身を起こす。

 直撃どころか掠っただけでも即座に戦闘不能は免れないからである。




「……転界せよ(モデュラツィオン)! 氷精キーリアに重ねて(こいねが)う。

 百罪を(くだ)る我が(あし)で、千獄の氷層を踏み締める業を(なじ)り給え」



 二種の精霊に祈りを捧げる高等唱法を完遂すると、レギの両腕が黄金の光に包まれ、両脚からは青白い銀光が放たれる。

 黄金と銀青色が混ざり合い、遥か天空へと極光の橋を架けた後に巨大な雷雲を産み出した。





「『青褪めた(イースガルド)雷架の軛災(・ラグナシオン)』!」




 雷雲が青白い稲光を発すると同時、轟音と共に銀青色の雷鎚が降り始める。


 ()れは本来、万を超える魔物の大群を屠るための戦略級の大魔法(スペリオルエピック)

 然れど、レギは効果範囲を極限まで絞り、アルビトラとその周囲十メッテ前後……レギとヴィルツには当たらないよう収束して撃ち出したのである。



「(これ、あの おじさんの斧と同じくらいの威力になってるかも!)」


 谷底で交戦し、敗北を喫したゾガルディアの脅威がアルビトラの脳裏に浮かぶ。

 あの斧撃の破壊力は彼女の人生に於いて最大規模の恐怖を与えていた。


 頭上より降り注ぐ収束された雷鎚は、瞬間的にそれに匹敵し得ると理解した。




「とにかく避けないと! 『風紡(キリム)』!!」


祖湖(キリュート)の水面の導きよ、象るは破邪の輪光、仮初の義刃……」


 片足での跳躍では避けられないと察するや否や、いつもの独自魔術(オリジンスペル)を駆使して切り抜けようとしたアルビトラに合わせてヴィルツが魔術(スペルアーツ)の詠唱句を口遊む。



発振(ゲフィーア)! ……『静湖の裂刃(リガルセヴァ)』」


 

 粋然刀(カタナ)を握るアルビトラの右掌より放たれた不可視の風のロープが右方向、二十メッテ先に打ち込まれて張力(テンション)が掛かった瞬間、ヴィルツもまた魔術(スペルアーツ)の鍵語を宣言しながら五本目の短剣を投じていた。




「えっ、あれれ!? ……ぅわぷ!」


 ヒュン……スパン。翡翠色の光を纏った刃が風のロープに触れ、互いの魔術効果を断ち切って対消滅。

 今、正に跳び発とうとしていたアルビトラは急激に推力を奪われた上に、脚で踏ん張れないため無様に頭から地面に転倒する羽目となる。



「アンタの独自魔術(オリジンスペル)は、ここ数日の間にたっぷりと見せてもらったからな。

 種が割れていれば、俺様でも対処する手段は……ある」


 言うのは容易いが『風紡(キリム)』は常軌を逸した展開速度を誇る上に不可視の術式。他者が術式解除(スペルブレイク)するには極めて困難である。

 ヴィルツとしては十回に一回、成功すれば御の字といったところで、それをたまたま最初の一回で引き当てたに過ぎない。つまりはハッタリなのだ。


 しかし術式解除(スペルブレイク)を実現したという事実は、この後のアルビトラの行動を大いに縛ることだろう。




「はぁ、これはちょっと……拙いねぃ」


 跳べない脚、迂闊に打ち込めなくなった風のロープ、迫り来る銀青色の雷鎚。

 着実に積み上げられる絶望を前にして、アルビトラは溜息を吐きながらも笑みを浮かべていた。


 そうだ。あのゾガルディアという男に打ち勝つ気なら、これしきの難所くらい突破しなくてはならない。

 既に模擬戦の領域を遥かに超過しているが、だからこそ……越える価値がある!




 カ ッ !  ド ド ……ォォン !!


 宵闇に染まり始めた空を切り裂きながら、容赦のない雷鎚が叩き付けられた。

 万象を()き尽くす青褪めた光が演習場を蹂躙した直後、光は急速に熱を喪い氷獄の如き様相を呈し始める。


 例えるならば落雷の形を成した樹氷の顕現。


 圧倒的な破壊に耐え抜いた者を久遠の檻に閉じ込める事こそが、この大魔法(スペリオルエピック)の真髄なのであった。




「やったか……何て言わねぇよな、レギ?」


「当然だ、あのアルビトラさんがこのくらいで倒れるわけがない」


 地面に突き刺した特大剣を諸手で引き抜き、天高く掲げる。

 そうしてレギは再び複数の精霊達に祈りを捧げ始めた。


 彼一人では常理の埒外の化け物(アルビトラ)相手にこの規模の詠唱を行う余裕などは無い。

 ヴィルツという、巧みに妨害に徹する仲間が居てこそ初めて成立するのだ。




 雷鎚が変質した氷樹より冷気の渦が巻き起こり、一時的に全員の視界を閉ざす。


 僅かな後に渦が晴れると、其処に在ったのは――



「いいね、いいね! 今のは、かなりヒヤッとしたよぅ」


 粋然刀(カタナ)を諸手で握り締め、片足で防御姿勢を採るアルビトラの姿。

 彼女の周囲には真紅の光粒が滞留しており、頭上には同じく真紅の光粒を収斂させたのであろう三枚の浮遊盾が堅陣を敷いている。


 彼女の持つ粋然刀(カタナ)……『アガネソーラ』の奥の手だ。




「お兄さん達となら、もっともっと研ぎ澄ませられそうだねぃ!」


「ははっ、そりゃあ何よりだぜ……」


 身体のあちこちを凍結させながらも一段と圧力を増したアルビトラの姿を目にしてヴィルツはやや気圧されてしまったが、それでも駆け出していた。

 

 ヴィルツから見て右手側、アルビトラからは十分に距離を取りつつ大きく回り込むようにしてレギとの合流を急ぐ。




「浮遊盾で大魔法(スペリオルエピック)を凌げたって、どうせ直ぐには動けねぇよな。

 ……こっちの心配は要らないぜ! やれよ、レギ!!」




「『青褪めた(イースガルド)雷架の軛災(・ラグナシオン)』!」



 その言葉に呼応するかのようにして、再びレギの大魔法(スペリオルエピック)が放たれる。

 然れど、此度の狙いはアルビトラに非ず――




 カ ッ !  …… ド ォォン !


 レギが掲げた特大剣の刀身に、銀青色の雷鎚を自ら落とす。

 雷光が変換されて樹氷と化す事で、悍ましき破壊の力を刀身へと固着させる。


 視界の端でヴィルツの位置を確認し、眩き光を纏った特大剣を担ぐように構えながら大きく一歩、踏み込んだ。



「嘗てヴィルツ達と一緒に築き上げたチカラです……覚悟は良いですね?」



「これ以上ない相手だよ!」


 近付くだけで雷光で()き祓い、樹氷で凍て付かせるレギを相手に獰猛な笑みを浮かべるアルビトラ。

 この位階の相手に半端な守りなど無意味。浮遊盾に費やしていた真紅の光粒を解除して、その全てを自身の元へと搔き集める。



「お兄さんの方も、まだ何か隠し球を持っていそうだし。楽しいねぃ」


 その場で軽く粋然刀(カタナ)を振るい、押し寄せる冷気を振り払う。

 搔き集めた光粒による影響か、刀身が通常時の約三倍にまで拡張されていた。


 


「さあ、越えていくよ……もう一回、あのおじさん達に挑むために」


 致命的な重体からの回復、その先へ進むための力を研ぎ澄ますために。

 ゾガルディアとの再戦に向けた、超越のための一歩を……踏み込んだ。






 [ 王都アンバーハイヴ ~ 西区 『ウテルの弦亭』 ]


 宵が更けて夜分に差し掛かり、西征の刻へと差し掛かる。

 模擬戦を終えたアルビトラは大衆浴場で身を清めてから、たっぷりと夕食を堪能して腹を満たした。


 後は明日に備えて眠るだけ……と宿屋の一室まで戻って来ると、部屋の扉の前には見慣れた青年の姿が在った。ヴィルツである。




「右脚、大丈夫か?」



「うん! 模擬戦が終わる頃には、すっかり麻痺は消えちゃってたよ」



「……そうかい、本当に出鱈目な身体してるよな」



「えへへー」


 一応のヴィルツから気遣いに対して照れ半分、誤魔化し半分といった曖昧な笑みを浮かべながら扉を開けて室内へと入る。

 わざわざ部屋の前で待っていたからには何か話があるのだろう、と察したアルビトラは特に気負った素振りを見せずに軽く手招きをした。




「さっきは惜しかったね。私もちょっと、敗けちゃうかと思ったよぅ」



「よく言うぜ、レギの魔力が底を着くのをきっちり計算してただろ?

 おかげでこっちはジリ貧、最後の方はアンタの思うツボだった」


 あの後、アルビトラは只管にレギの奥義を捌くことに専念していった。

 銀青色の雷鎚を纏っての大技は強力無比なれど、それを維持するだけでも相当に消耗する。一秒経過するごとに湯水の如く魔力が垂れ流されるのだ。


 とはいえ掠っただけで即座に戦闘不能に陥る暴威に対して、幾度も打ち合うのは並大抵の胆力では務まらない。ヴィルツからの横槍も加わるのだから、尚更に。




「……まあ、それは良いか。レギにとっても良い刺激になっただろうしな。

 敗けはしたがアンタと正面から戦うことが出来て随分と喜んでいた」



「ん、今度 なにかお礼の贈り物をしたいね!」


 休暇中に二日に渡って時間を作り、協力してくれたのだ。

 依頼の達成とは別に、純粋な感謝の気持ちとして何かを返したいと願った。




「それで結局、アンタにとっては意義のある準備運動だったのか?」



「もちろんだよ! 同じ一対二の戦いだったけど、お兄さん達と比べると

 谷底の二人には、かなり付け入る隙があるなーって気付いたもん!」


 個々の力ではアルビトラも含めてゾガルディアには誰一人として及ばない。

 またギラとの連携も、お互いに信頼し合っている関係性が伺えた。

 しかしながらギラの身体能力は年相応、武芸の心得も見受けられなかった。


 味方の援護を行う頭脳と武器こそ持ち合わせていたが、アルビトラから見ればゾガルディアの武力とはまるで釣り合っていないように映る。

 云うならば狙い易い(まと)。足手まといのお荷物だとすら思えた。



「お兄さんと副団長さんの息の合った動きを見た後なら

 ギラって子を上手く突っついて、おじさんの隙を釣り出せそうな気がするよ」


 ギラが魔法(スペリオル)を行使して彼女だけ戦場から離脱されると厄介だが、そういう手段を持っていると判っていれば幾らでも対処のしようはある。



「それも結構な綱渡りになると思うけどな。

 だが役に立てたのなら、恥を承知で戻って来た甲斐があったぜ」



「改めて、ありがとね! この服も新品みたいに直してもらったし!」


 その場でくるっと一回転してみせると青い長羽織(ロングコート)の裾がふわりと舞った。


 やはり長年使い続けてきた衣装だけに、愛着はかなりのものであったらしい。

 思わず満面の笑顔で、心の底から感謝の気持ちを伝えていた。




「…………」



「お兄さん?」


 アルビトラとは対象的に、急に押し黙って険しい顔をするヴィルツを見上げる。




「……この前は、もう付き合いきれないと言ってしまったが」



「言ってたねぃ」



「それも気が変わった。

 少しでも あの二人に勝つ可能性を高めたいのなら……僕の力を使え」



「ええっ!」



「アンタや、あの大男の戦いに付いて行くことは出来ないが

 全力を尽くせば最低限の支援くらいは可能だ。その事は演習場で証明したよな」



「でも、お兄さんには帰りを待ってくれる奥さんが居るんでしょ?

 死んじゃったら、そのヒトが悲しむだけじゃ済まされないよ!」


 若くして伴侶を喪い、一家の柱が潰えることの絶望の深さ。

 アルビトラにとっては縁遠いことではあるが、それでも想像するのに難くない。



「ああ……けどな、このまま仲間を見捨てるような真似をしたら

 それこそ僕の嫁からは愛想を尽かされかねないんだ」


 更なる渋面を浮かべる様子から、慎重に言葉を選んでいることが伝わってきた。


 或いは、これこそがヴィルツ・ウォーラフという人間の本性であり、人柄。

 斜に構えて世を渡る現実主義者を気取ろうとしても、結局のところは他者を見捨てることが出来ない、どこまでも面倒見の良い田舎人なのだ。


 だからこそ彼の妻は、ヴィルツという男を受け容れたのだろう。




「アンタとは、興味本位で護衛の依頼を出した場末の関係に過ぎないが

 ここで自分の保身を優先して降りるのは、何か違うと感じたんだよ」


 根底に在るのは興味関心に違いはないが、さりとて商人が希少な武器や道具に寄せる感情や、ましてや異性に対する恋情等とは全くの別物だ。

 しかし、少なくとも彼女の生還を願う気持ちは本物だった。


 故に、ヴィルツはアルビトラのことを仲間と呼ぶことにした。

 たった数日の付き合いに過ぎないにも関わらず。




「一先ず、アンタが谷底の大剣を手に入れるところまでは協力したい」



「本当に、いいの?」



「ああ! 僕はそう簡単に死ぬ気はない、アンタを死なせたいとも思わない。

 一度 船から降りると言ったが……前言撤回させてくれ」



「んー……」


 その言葉を受けて、アルビトラは一度 右瞼を閉じて思案した。

 様々な考え、可能性、そして僅かに残る記憶の中から過去に旅した仲間達の最期の姿を思い返していく。


 直近ならサルロスの街で亡くなった あの女冒険者だろうか。


 既に彼女の面貌や、旅の中で得た感情などは記憶から抜け落ち始めている……。




「そうだねぃ。お兄さんが自分でそうしたいって強く決めたのなら」


 右の瞳をゆっくりと開き、定命の若者の意志と視線を正面から受け容れる。

 その表情は優し気なようでいて、節々に諦観のようなものが滲み出ていた。



「明日、夜明け前に一緒に出発しよっか! お兄さんの飼い竜(ブレイズ)でね」



「……ッ! ああ、勿論だ」


 こうして二人は、再び"絶望の谷"ことバルクム・イルド渓谷に挑む運びとなる。


・第2話の14節目をお読みくださり、ありがとうございました。

・レギ&ヴィルツとの模擬戦からのヴィルツの再加入、如何でしたでしょうか。

 次話からは第2話のクライマックスに向けて一気に突き進んでいきたいと思っておりますので、このままどうか最後までお付き合いください。





【おまけ】

・今回も、この場を借りて魔法(スペリオル)魔術(スペルアーツ)の補足などをしていきます。

 基本的に雰囲気で読んでいただいて大丈夫ですので

 設定を読むのがお好きな人 向けとなります。





・『青褪めた(イースガルド)雷架の軛災(・ラグナシオン)

・レギが習得している中でも最大規模となる大魔法(スペリオルエピック)

 雷精と氷精に同時に祈りを捧げ、術式同士を連結する転界式(モデュラツィオン)を用いて完成させる高等唱法が要求されます。

・雷鎚をそのまま凍結させて樹氷と化し、その周囲を一時的に極寒の大地へと変質させていきます。


・有効距離は半径5000m前後、拡散させた際の最大対象数は魔物12000体。

 拡散時でも大抵の魔物ならば一射で消滅し、収束すればその分だけ威力が向上。

・今回の摸擬戦では、それなりに威力を絞ってはいますが、それでも冒険者1人を相手に撃つのは過剰ですね。

・更にレギは、この雷鎚+樹氷を自分の武器に纏わせて攻撃する事が可能。

・ただし詠唱の隙が大き過ぎるのでレギVSアルビトラの一騎打ち時は

 とてもではないですが行使する余裕はありません。




・『静湖の還刃(リガルハスタ)

・ヴィルツがよく使う汎用的な魔術(スペルアーツ)です。

 付与術式(エンチャント)の一種で、自分の武器に魔力による構造強化と貫通力強化、そして投擲後に自動で手元に戻って来る効果を付与します。

・効果発動中は淡い水色の光を纏います。

・有効範囲はヴィルツの場合なら約100m。最大対象数は、短剣なら6本まで。




・『静湖の裂刃(リガルセヴァ)

・ヴィルツが稀に使う事があるマイナーな魔術(スペルアーツ)です。

解呪式(ディスペル)であり付与術式(エンチャント)

 有効範囲は50m。最大対象数は武器1本。


・上記の『静湖の還刃(リガルハスタ)』と同じ様式、同じ学派ですが効果が限定的過ぎて使い物にならないので不人気とのこと。

・発動中の魔術(スペルアーツ)に触れると対消滅を促す効果を武器に付与しますが

 その武器を当てなければ無意味。一般的な魔術師(ウィザード)にとって非効率極まりない。


・こんな珍妙で器用貧乏丸出しの術式を使うくらいなら

 遠距離から安全に狙える、普通の解呪式(ディスペル)を使えば良い。

・数少ない長所としては消費魔力量、習得難易度が比較的低い点。

・ヴィルツは本職の魔術師(ウィザード)ではなく、また魔力量も並以下なので

 どうにか工夫して、この魔術(スペルアーツ)を実戦レベルで活用しています。

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