僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(13)
「わー! 橋の下側って、こんな感じになってたんだ!」
「一般の方々が足を踏み入れる機会は滅多にありませんからな」
「ええ、我々に商品を卸している業者くらいなもんだよ」
二人の王国兵に案内されたアルビトラは、軍用の昇降台に同伴して垂直に聳える崖をゆっくりと降下していった。
滑車と錘、そして動力源となる魔具を使って四角形の大きな鋼鉄版を上下移動させるシンプルな構造ながら、一度に兵士三十人ほど運搬可能とのこと。
「この下、全部が王国軍の設備なんだねぃ」
海風に煽られて、足場となる鋼鉄版が少しだけガタガタと揺れ動いているが特に不安は感じるほどではない。
アルビトラの嗅覚が正常であったのなら、きっと潮の香に混ざって鉄が錆びた臭いを感じている頃合いだろう。
数分間が経過した後に崖下の陸地に降り立つと、満面の笑顔で周囲を見渡した。
[ 王都アンバーハイヴ ~ 軍用区画 ]
王都の南東端から王城を要する孤島までの間には『百花橋』と呼ばれる壮大な橋が架かっている。
『百花橋』の両端はそれぞれが同じ高さの断崖となっているが王都側の崖下には幾らかの陸地が広がっており、ここに軍事施設や軍港が密集していた。
「橋を渡る度にいつも気になっていたけど
崖にぽっかりと開いた、あの大きな穴……天然の洞窟?」
「その通りですな」
「かなりの広さなので内部に造船場や工廠がすっぽりと収まっているんですよ」
「本当だ! ここから見える範囲だけでも、いっぱいヒトが出入りしてる。
奥の方にあるのは王国海軍の護衛船かなぁ」
他国の間者達の目を欺きながら軍事力を保有するには誂え向きというわけだ。
そうしてアルビトラが案内されたのは、そんな軍事施設の中の一区画。
最も海面に面した箇所に築かれた、兵士達が日々鍛錬を行う場所。
「申し訳ないが、白線で区切られた区画には立ち入らないで下さい」
「何か違いがあるの?」
「ええ、この演習場を含めた末端区画は王国軍御用達の業者や、
外来の演習相手……つまり部外者の方々に滞在していただく場所です」
「それより内側は機密ってやつでね。足を踏み入れた瞬間に撃たれちまうよ」
「そっかー、兵士さん達も大変だね。もちろん、わかったよ!」
丁寧な説明を受けながら目的地となる演習場まで辿り着くと、二人の兵士達はアルビトラに一礼してから本来の持ち場へと戻って行った。
「ようこそ、アルビトラさん。怪我の調子はどうかな?」
「うん、まだちょっと違和感はあるけど……たぶん大丈夫!」
鉄錆混じりの花崗岩が敷き詰められた床材を踏み締めながら進むと、演習場の中央にて程好く汗をかいたレギが迎え入れてくれた。
休暇中にも関わらず、昼頃より基礎鍛錬を行っていたようだ。
一方のアルビトラの方は相変わらず顔の左半分が包帯で覆われており、左腕と右脚にも同質の包帯が巻かれている。
いつもの青い長羽織は身に着けておらず、白い上着と黒い短穿袴、そして使い古した革靴のみを身に着けていた。
「片目で戦ったことは何度もあるし、遠慮はいらないよ! よ!」
「ははっ、僕とアルビトラさんだったら丁度いいハンデかもしれないな」
予め用意してくれていた木製の訓練用武器が納められた箱を指差し、レギは身の丈ほどもある巨大な剣を手に取った。
「私は……これにしよっかなぁ」
彼に倣って箱の中を物色し、曲刀型の木剣を掴み取る。
その場で遠慮なくぶんぶんと無造作に振るいながら、得物の性質を検めた。
「うんうん、ちょっと軽いけど……準備運動にはいい感じ!」
「それは良かった。じゃあ、始めよう」
「はーい!」
巨大な剣を諸手で握り締め、正眼に構えるレギと対峙する。
鞘が無いので木剣の刀身を直接 左掌で掴み、右掌は柄に。
普段通りの居合貫きの構えを採ったところで、二人の間に漂う空気が変質した。
「…………」
二人が剣戟を演じ始めた頃、演習場の外にて一人の青年が佇む。
漣の音と海風を一身に浴びて、結った髪束が控えめに靡いている。
その眼差しは明晰ではなく、まるで迷路の出口を探し求めるかの如く。
[ 王都アンバーハイヴ ~ 第一演習場 ]
カカァン! と硬い木材同士を打ち重ねる激突音が幾度となく鳴り響く。
俊敏に駆け回るアルビトラが四方八方より斬撃を繰り出し、その全てにレギは的確な受け太刀で応えていく。
少し離れた場所で型稽古をしていた他の兵士達からささやかな歓声が挙がった。
「あれが"春風"の二つ名を持つ冒険者か……全く目で追えないぞ」
「しかも闇雲に動き回っているわけじゃなさそうだ。
常にレギ様の死角を突こうとしているし、幾重にもフェイントを入れている」
「副団長殿も流石だな。あのサイズの木剣で見事に捌いておられる!」
彼等は王都を守護する常備兵や騎士達であり、一廉の武芸者であった。
そのような者達の目から見ても、二人の立ち回りは既に常軌を逸している。
然れど、当の本人達にとっては まだまだ準備運動に過ぎない。
「いいね。いいね! 相変わらず鉄壁って感じだよぅ」
「光栄です。アルビトラさんの方も、そろそろ調子が出てきたかな?」
「んー、まだまだ思うように手足が動いてくれないけど
お昼に街中を歩いていた時よりは慣れてきたかな!」
特に治ったばかりの左腕と右脚の接合部分からは時折 鈍い痛みを感じる。包帯で覆われた左目は視えないし、左の狐耳は音を拾えない。
隻眼と隻耳。ともすれば平衡感覚を失いそうなものだが、アルビトラは早くも現状の肉体を稼働させるコツを会得していた。
激しい打ち込みが、更に続いていく。
東角の刻に始まり、半刻ほどの時が経過した。
薄っすらとアルビトラの額に汗が滴り始めたところで、突如 レギが守勢から攻勢に転じて反撃を試み始めたのだ。
「そろそろ往きますよ」
「どうぞー」
レギの左脇腹を狙った居合貫きを最小限の動きで捌いてみせたところで、彼はその場で旋回しながら木剣を水平に薙ぎ払っていた。
受け太刀と反撃を一挙動で収めた、彼なりの交差法といったところか。
「ん、当たったら また腕が千切れちゃうかも!」
ブォォン! と凄まじい風切り音を響かせながら質量物が擦過した。
咄嗟に地を這うようにしゃがみ込むことで難を逃れたアルビトラは、そのまま右脚を蹴り出してレギの軸足に足払いを試みる。
「……油断のならないヒトだ」
即座に反対側の脚に重心を移し、軸足だった側を軽く上げて足払いを回避。
それと同時に空を切った木剣を大上段に掲げてみせた。
「せいっ!」
先刻、軽く上げた足を地面に叩き付けるようにして一歩踏み込み、大上段より袈裟懸けに木剣を振り降ろした。
ゴォォッ……! 漂う海風や潮の香ごと、ただの一振りで消し飛ばされる。
訓練用の木剣とはいえ、直撃すれば並の兵士や魔物であれば即死は免れない。
しかしアルビトラは摺り足で後方へ身を退がらせ、余裕を持って躱していた。
「はぁぁ!」
木剣を引き戻し、今度は刺突の構えを採るレギ。
右掌だけで柄を握り締め、左掌は刀身の半ば辺りに添えている。
「(闘気と魔力を練り上げながら、一気に全身に行き渡らせたね!)」
アルビトラ自身も魔術の心得があり、魔力を扱う事に長けているからこそレギの体内で起こった変化を逸早く察した。
彼もまた高位の武芸者でありながら潤沢な魔力量を誇る。
むしろ純粋な魔力量だけで云えば、アルビトラを凌駕しているのだ。
「……ん!」
「させないよ」
素早くレギの右斜め後方に回り込もうとするアルビトラ。
その動きを読んでいたのかレギは短く、軽く、素早い牽制突きを断続的に繰り出していく事で彼女を寄せ付けず、戦いの主導権を握り続けた。
「片手半剣みたいな技だ! 武器の大きさが全然違うのに、器用だねぃ」
上半身を左右に振って驟雨の如く繰り出される刺突を避け、或いは木剣で打ち払いながら捌いていく。
その間にも抜け目なく打ち込む隙を伺っていると、一瞬の機を見出したのかレギは更に一歩 大きく踏み込んで来た。
ダンッ! ……ズ ガガガガガ!!
踏み込むと同時に巨大な木剣による本命の刺突一閃。
右掌を仲介して体内の闘気と魔力を得物に乗せ、刀身より一挙に放出。
さすらば圧縮された超衝撃波となって、扇状に破壊の波濤が拡散していくのだ。
「ふわー! やっぱり本人の技は威力が段違いだー!」
大技の予兆を察していたアルビトラは、相手が踏み込むと同時に全ての行動を中断して全力を賭した跳躍を披露していた。
狐人の脚力にものを言わせて垂直に大きく跳び退き、難を逃れることに成功。
尚、演習場の床には高度な構造強化や衝撃軽減に類する魔法が施されているためか、超衝撃波に晒されても破損した様子は見受けられない。
「本人の……? 僕以外にこの技を放つ者が居たのかい?」
「ん、それは後で話すよ!」
訝しむレギへ返答しつつ、空中で身体を一回転させながら両脚で着地。
接合したばかりの箇所がズキッと痛み出したが、この戦いに影響は無いだろう。
「皆、隅の方に移れ! レギ様の邪魔になるぞ」
「珍しいな。副団長殿が警告を入れずにあの技を放つなど……」
周囲の兵士や騎士達の注目が集まるが一切気にする素振りは見せず。
魔力を放出した直後のレギに対し、今度は自分の番だとばかりにアルビトラは一挙に距離を詰めて居合貫きによる連続攻撃を繰り出した。
「(……本気で依頼を続ける気なんだな)」
一方、外から二人の様子を眺めていた青年は心の中で静かに呟いてから、いつの間にかその場より立ち去っていた。
時間の経過に伴って攻防は更に激しさを増していき、気付けば海面が茜色に染まり尽くす。この日、アルビトラは陽が沈むまで思う存分に身体を動かした。
[ 王都アンバーハイヴ ~ 西区 『ウテルの弦亭』 ]
一夜が明け、アルビトラの肉体はすっかり元通りに戻りつつあった。
「んー……うん! いい感じ!」
手足や胴からは完全に痛みが消えており、宿屋の部屋内で軽く屈伸をしてみても先日までの違和感は何処にも無い。
左目と左耳こそ未だに包帯が外れていないが、完治に至るまで時間の問題といったところか。
「順調、順調!」
提供された料理も問題なく食べることが出来た。
焼き立てのパンと地産の牛乳に乾酪。じっくり火を通した肉団子、船に乗って運ばれて来たのであろう他国の野菜を使ったスープ……温かな食事は芯から活力を与えてくれる。
昨日の模擬戦の疲れなど一切感じないほどに彼女の肉体は好調だ。
「(早く顔の包帯 取れないかなぁ……料理はおいしそうな匂いを感じてこそだよ)
(でもまあ、これなら明日には渓谷に迎えそうだね)」
もきゅもきゅと目一杯 頬張りながら窓の外を眺め、いつ動き出すべきかを静かに頭の中で考え続けていた。
[ 王都アンバーハイヴ ~ 第一演習場 ]
「副団長さん、お待たせー!」
「こんにちわ、アルビトラさん。昨日よりもずっと顔色がいいね」
「えへへー」
昼下がりに宿屋を出て中央通りを突き進み、崖下の区画へと足を運ぶ。
昨日と同じくレギは演習場で適度な汗を流しながら鍛錬に明け暮れていた。
唯一、異なる点を挙げるとすれば、レギとアルビトラがそれぞれ持参していた武器。この日は訓練用の木剣ではなく、それぞれの自前の得物を携えていた。
片や身の丈ほどもある漆黒の特大剣。
片や独特の形状の刀剣、知識人達が粋然刀と呼んでいる得物である。
「今日は実戦形式で本当に良いんだね?」
「もちろん! 明日には出発したいから今のうちに勘を取り戻したいんだー」
「分かったよ。じゃあ僕も全力を出させてもらう」
頷きながら、レギは半透明状の不思議な兜を頭部に装着した。
どうやら様々な防護魔法や加護が施されているようで、見た目に反して類稀なる防御力を有しているらしい。
「おお、レギ様が『琥珀姫の寵愛』を身に着けておられる!」
「それに漆黒の誓剣まで持ち込むとは……」
「本気だ、本気であの冒険者とここで戦うのか?!」
居合わせた兵士達に動揺が広がる。それもその筈、今日のレギの井出立ちは王都防衛のために魔物の大群に立ち向かう時とほぼ同じなのだから。
「すみません、僕とアルビトラさん以外の方々は演習場より退避して下さい。
それから魔法使いを二名ここに呼び、防護結界をお願いします」
よく徹る大きな声を張り上げ、周囲の者達に指示を出す。
彼を慕う兵士達が異を唱える筈は無く、全て滞りなく場が整えられていく。
「念入りだねぃ」
「真剣で貴方の相手をするのなら、熱が乗り過ぎてしまうだろうからね」
「ふふっ、私もそれくらいの方が有難いかも!」
レギに言われた通りに兵士達が一斉に立ち去った後に、演習場の四方を囲むようにして魔力で編まれた障壁が張り巡らされた。
「出来れば貴方から一本 取ってみたい!」
「そう簡単にはあげないよ」
両者の距離は約十メッテ。
特大剣を正眼に構えるレギに対してアルビトラは左掌で鞘を掴み、右掌を柄へと添えて居合貫きの構えを採っている。
この場面だけを切り抜けば、まるで昨日の焼き直し。然れど、両者の間で迸る緊迫感は桁違いの重さを秘めており実戦と何ら遜色は無かった。
「おいおい、これは模擬戦じゃなかったのかよ」
障壁の外で見守る兵士達から少し離れた場所にて、昨日と同じ青年が一人で佇みながら呆れ混じりの溜息を吐く。
「(このまま本当に、何もせずに離れることが正解なのか……?)」
戦いの舞台に戻るために彼女なりに足掻くアルビトラと、その意気を汲み取って過剰とも呼べる装備を持ち出して応じるレギの姿は青年を大いに惑わせていた。
「ん!」
演習場の中央、先に動いたのはアルビトラ。
一挙に踏み込み、瞬き一つもしない間に十メッテの距離を詰めていく。
そのまま柄に添えていた右掌をぱっと離し、左腕を水平に振るうことで鞘による打突を放った。居合貫きの構えは囮である。
「……」
「まだまだ!」
最小限の足捌きで打突を避け、そのまま右斜め前方に移動しようとするレギに向けてアルビトラは追撃の手を緩めない。
鞘を持つ左腕を垂直に振り上げてから即座に降ろし、レギの側頭部を目掛けて鐺による痛烈な殴打を繰り出した。
「……くっ」
咄嗟に首を捻って避けるレギ。アルビトラの変則的な連続攻撃に晒されても全く体勢を崩さないのは、持前の生真面目さと鍛錬で培われた体幹の賜物か。
鐺が空を切り、アルビトラの腰の位置まで鞘を降ろしたところで再び右掌で柄を握り締める。そして抜刀……一閃。
「それは、分かっていた!」
右脇腹から左肩に掛けて対角線上に迸る太刀筋に対して、レギは特大剣の刀身を差し挟むことで直撃を免れる。刹那の判断で読み切ったのだ。
至近距離で放たれた斬撃を防いだレギは、そのまま腕力にものを言わせて強引に特大剣を打ち上げることでアルビトラの持つ粋然刀を大きく弾いた。
「せいっ!」
「わわっ、タックルかな!?」
特大剣を打ち上げた体勢のまま上体を僅かに左方向へと捻ったレギは、右肩口を傾けて全身をぶつけるようにして突進。
「わきゅっ」
「雷霊ハルネジアに希う。我が掌に、暗黒を祓う燈火を!」
突進を浴びて 二、三歩ほど蹌踉けながらも踏み留まったアルビトラに向けて、魔法の詠唱句を口遊みながら素早く距離を詰めていく。
特大剣の柄より右掌のみ放し、拳を握り締めて大きく振り被ると……。
「『雷叢砕破』!」
バリバリバリ……と激しい稲光がレギの右拳に収斂しながら纏わり付く。
最短詠唱に類する付与術式といったところか。
狙うは包帯が巻かれたアルビトラの左側頭部、完全な死角への必殺の拳打!
「(これ、当たったら顔が丸ごと吹き飛ぶやつだ!)」
全ての行動を中断し、抜身の刀身に左掌を添えて防御姿勢を採る。
例え死角から迫る一撃だとしても、相手の呼吸や筋肉の動きから凡その拳の位置を割り出せるのだ。
尤も、万全の状態のアルビトラであれば受けるという選択肢を採る前に避けられたのだが。
「……ここかな?」
斯くして超高電圧のエネルギー塊を纏ったレギの拳を受け留め、直後に斜め後方に弾くことで直撃を免れた。
しかし拳打の衝撃は逸らせても、粋然刀の金属部分を伝って来た雷気からは逃れられない。
「うぅ、ビリビリするよぅ」
「氷精キーリアに希う。銀の杯を我が血で満たし、白き波濤を我が地に招く」
腕を中心に肉体が感電した影響で、僅かに身体が硬直してしまった。
その隙を突いてレギは更なる詠唱句を発してから、アルビトラへ迫る。
「……『絶凍園』」
ダァンッ! と激しく足元を踏み付けた瞬間、レギの右脚を基点として凄まじい冷気が巻き起こり、扇状に拡散するかのように周囲の地面を凍て付かせた。
相手を感電させてからの凍結狙いの一手。それを自然な動きで取り入れている。
レギの戦い方には一貫して無駄が無く、分かり易い動きの癖も見当たらない。
「相変わらず、正確に一つ一つ詰めて来る動きだねぃ」
痺れる身体に鞭打って、その場で苦し紛れに跳躍して凍結を避けるアルビトラ。
当然ながら彼女の行動を読んでいたレギは、特大剣の柄を諸手で握り締めながら左肩で担ぐように構えて追い縋る。
「(魔法を放つためには、足を停めて精霊さんにお願いしないといけないのに)
(副団長さんは、私が攻撃を避けようとしてる時に詠唱するんだよね……!)」
魔法は魔術よりも高威力だが扱い辛く、また様々な制約が必要となる。
その欠点と、精霊との付き合いの困難さをレギなりに克服しているのだ。
「『絶凍園』!」
先刻と同じ魔法の鍵語を宣言しながら左脚を踏み締める。
更に凍結範囲を広げる地面は、勿論 アルビトラの着地点を計算してのことだ。
演習場を囲む高位の魔力障壁が無ければ、付近の海まで冷気が伸びて水面を凍て付かせていることだろう。
「せいっ!」
「……ん!」
担ぎ胴からの逆袈裟の太刀筋が放たれた。
凍て付く足場に両脚を降ろし、冷気によって全身の筋肉が上手く動かせないと察したアルビトラは中途半端な回避行動を捨てて刹那の斬り返しに全てを懸ける。
粋然刀を頭の高さまで掲げて水平に寝かせ、刀身の半ば程に左掌を添えた。
言うなれば槍を投擲する要領で肉体を稼働させ、突き穿つ。
「流石です」
「副団長さんの方こそ、ね」
アルビトラは振り降ろされた特大剣を寸前のところで切り抜けており、一方のレギは繰り出された刺突を兜で防ぐと同時に首を左側に捻って受け流している。
両者の身体と得物が交差し合い、互いに短い称賛の言葉を交わし合った。
「じゃあ、そろそろリズムを変えちゃおうかな……『風紡』!」
独自魔術の宣言。魔力よって産み出した颶風を束ねて不可視の風のロープを形成すると、左掌を前方に突き出して即座に射出。
そして風のロープを巻き取る要領で、アルビトラは凍て付く地面の影響を物ともせずに二十メッテの距離を瞬時に渡った。
「ようやく見せてくれますか、貴方の本来の戦い方を!」
「くっ付いたばかりの手足で動き回れるかどうか、ちょっと心配だったんだよ」
移動先から再び風のロープを射出。レギが立つ位置から左に五メッテほど離れた箇所に固着させ、巻き取りながら高速移動を繰り返す。
「……もう一丁、『風紡』!」
今度はレギを挟んで十五メッテの距離に打ち込み、砲弾の如く肉体を発射する。
擦れ違い様に居合貫きを繰り出し、即座に距離を取る一撃離脱の独特の剣技。
「くっ、分かってはいたけど凄まじい疾さだ」
「まだまだ! もっともっと動いていくよ」
刀身を盾代わりにして巧みに居合貫きを防ぐものの、目にも止まらぬ速度で襲い掛かる相手に対応するために、迂闊に身動きを取るわけにはいかなくなった。
釘付けになったレギに対して、アルビトラは容赦のない連続攻撃を繰り返す。
演習場の敷地内は彼女が舞い踊る独壇場、一手でも読み違えれば即座に生命を絶たれる斬撃圏へと様変わりを果たした。
「(これが……アルビトラさんの亜光速抜刀術、か)」
むしろ当たり前のように防ぎ続けるレギを称えるべきだろう。
谷底でアルビトラを打ち負かしたゾガルディアに至っては、尚更に。
「どんどん往くよ!」
狐人の肉体が更に、更に、加速していく。
斬撃は防げたとしても、途方も無い速度で通り過ぎた際に発生する衝撃波による追従がレギの体力を着実に削っていくのであった。
「『雷叢砕破』!」
「おっと、危ない! ……移動先に雷を置いておく作戦かな」
レギもただ防ぎ続けているわけではない。打てる手を尽くして彼女の斬撃を阻害し、反撃に繋がる一手を辛抱強く待ち続けている。
しかし本領を取り戻しつつあるアルビトラは停まらない。捕らえられない。
雷を。冷気を。特大剣を用いた相打ち狙いの薙ぎ払いを。全て跳び越えながら縦横無尽に斬り込み続けたのである。
そうしてアルビトラが独自魔術を織り交ぜ始めてから実に四半刻が経った頃、遂に二人の攻防に決着の時が訪れる。
ズ……ガァン。と巨大な質量物が地面に落ちる轟音が鳴り響いた。
居合貫きをフェイントに使い、それを防ごうとしたレギの得物を目掛けてアルビトラは空中で豪快な後ろ回し蹴りを繰り出したのである。
そうして速度を乗せた踵部分が特大剣の刀身を穿ち、レギの掌から零れ落ちた。
「参りました。お見事です」
「……ふぅぅ、いい試合だったね」
「最初からこれを狙っていたのかい?」
「んー、途中からかな?
副団長さんが元気いっぱいの時だと、そう簡単には崩せそうになかったし」
武器を失ったレギは爽やかな笑顔を浮かべて敗北を認め、彼女を称えた。
滴る汗を拭いながら粋然刀を鞘に納めつつ、アルビトラの方も釣られて笑顔を浮かべている。
包帯が巻かれた顔面のため、少しぎこちなさは残っているが。
「でも、もう少し研ぎ澄ましたいかなぁ。
あの おじさんに勝つなら、もっともっと鋭く動かないといけないし!」
「ははっ、こうなったら体力が続く限り協力するよ。
まあ……僕にこれ以上の戦いを演じられるかどうかは分からないけれど」
深呼吸をして息を整えてから特大剣を拾い上げ、開始位置まで戻る。
そろそろ陽が落ちかける時刻だが二人からはまだまだ疲労の色は感じられない。
……と、その時だった。
演習場の外周に構築された魔力障壁を潜り抜けて、何者かが二人の傍まで歩いて来る気配がした。昨日から模擬戦の様子を伺っていた、あの青年だ。
「よう」
「商人のお兄さん?」
「ヴィルツか! どうして此処に?」
「ちょっと、な。渡し忘れていた物を思い出して届けに来たんだよ」
バツが悪そうな表情で二人を見詰めるヴィルツ。右腕には丁寧に折り畳んだ青色の長羽織を抱えていた。
「あっ! そっか。千切れちゃった私の服 直してくれてたんだー」
「縫ってる最中に出て行っちまったからな。
これだけ返して、今度こそ立ち去る気だったんだが」
アルビトラとレギの顔を交互に一瞥した後に、左手で後頭部を掻いた。
「少しだけ気が変わったぜ。
あいつに挑むためにまだ訓練を続けるのなら……」
茜色に染まり始めた海面より海風が流れ込み、結った髪束がふわりと踊った。
そしてヴィルツは外套を翻しながら静かに歩を進め、レギの隣まで移動する。
「……俺様も、混ぜろ」
「ええっ!?」
驚く彼女の反応を余所に、ヴィルツはアルビトラと正面から向き合ったのだ――
・第2話の13節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・今回のレギの戦い方は地味で堅実な感じになっておりますが、
魔物相手に立ち回る際にはもう少し豪快に攻めていくと思います。
・アルビトラのような凄まじい速度で動き回りつつ、一撃必殺の斬撃を連続で叩き込んで来る格上相手への彼なりの対処法といった感じですね。
・ちなみに本文中に出てきた亜光速抜刀術という単語ですが
これはアルビトラが得意としている『風紡』からの居合貫きを行う一連の戦法のことで、その延長線上にあるのが亜光速抜刀舞踊という奥義になります。
・さて、次回は意外と早く合流したヴィルツとレギの共闘となります。
嘗て大陸北方のキーリメルベス連邦を救った幼馴染達の奮闘をご期待下さい。
【おまけ】
・レギの魔法が幾つか登場したので、今回もこの場で補足をさせていただきます。
・『雷叢砕破』
・最短詠唱に分類される付与術式で、武器や身体の一部に雷気を纏わせます。
低位の魔法ながら威力が非常に高く、代わりに有効時間が極めて短い。
というか1回攻撃したら効果が消滅します。
・『絶凍園』
・氷嵐を産み出す中位の魔法で、大陸北方では汎用的な術式です。
効果範囲がそれなりに広く、熟練の魔法使いなら対軍攻撃として起用可能。
・レギは足踏みや、武器を地面に突き刺して使用する事が多い。
・本文中にもありましたが、魔法は魔術と違って精霊と交信する都合上
他の行動を中断して詠唱に専念しなければならないという制約があります。
・レギの場合は攻撃の合間に瞬間的に動きを止めて少しずつ詠唱を挟んだり、
攻撃した際に相手が回避行動を行っている間に動きを止めて詠唱しています。
精霊からすればアウト寄りのグレーゾーンですが、レギの人徳で何とかなっています。
なお本編主人公のノイシュリーベは、普通に戦闘行動を行いながら
並行して精霊と交信をする……というか精霊の方から話し掛けて来る
人誑しならぬ精霊誑しな人物だったりします。




