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僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(10)


「(うわぁ、すっごく大きなヒト!)」


 身体だけではない。何もかもが巨大な ヒトの形をした暴威。


 武人、ゾガルディアを見上げながら思わず息を呑む。

 其の圧倒的な存在感に。同じ武芸者として感じる明確な力量差に。



「アルビトラだよ! よろしくねぃ。

 ……もしかして、さっきまで崖の上に居たのかな? かな?」



「然り」



「そっかー、それはちょっと気付けなかったなぁ」


 口調の軽さこそ普段通りだが、アルビトラは内心で大いに驚嘆していた。

 これ程の存在感を発する武人が控えていたというのに、今の今まで察知する事が出来なかった。故に、このゾガルディアという男は途轍もなく恐ろしい。



 互いに名乗りを済ませたところで、武人は背後のギラに視線を傾けた。




「……戯れが過ぎる。

 お前が"春風"と一対一で対話がしたいと言うから許諾したのだ」


 武人の口調は淡々としていたが、視線には叱責の色合いが滲み出ていた。



「それがどうだ? 挑発、交戦……挙句の窮地。もう二度と軽々しく首を晒すな。

 この様な事が続けば、幾ら我でもお前を護り抜く事は出来ぬ」



「うぅっ、ごめんよゾーガさん……ついつい興が乗っちゃった」


 先程までの奇天烈な態度とは打って変わって、しおらしさを見せるギラ。


 彼女の言う「ゾーガさん」というのはゾガルディアを(もと)にした愛称なのだろう。

 雇い主とその護衛役という間柄こそ似通っているが、ヴィルツとアルビトラとは付き合いの長さが段違いであるようだ。



「(この子とおじさんの間柄は何となく分かってきたけど)

 (二人相手に正面から打ち倒すのはかなり難しいねぃ……)」


 ギラだけならまだしも、この武人は明確に己よりも格上であると感じた。

 一対一で刃を交えたとしても勝機は薄いだろう。




「私、そこにある剣を持ち帰らないといけないの」



「それは我々とて同じ。故に、貴様の行く手を阻むより他に無し」



「じゃあ、このまま私が諦めて引き返すって言ったら?」



「"春風"のアルビトラは俊敏を極めし当世の英傑と伝え聞く。

 なれば我々の帰路で奇襲を仕掛け、簒奪(さんだつ)を図らんとも限るまい……それに」


 武人が悠然と斧を構えた。



我が主(ギラ)の首を斬ろうとした礼を、今 此処で果たさねばならない」


 水晶のような不可思議な刃と、ギラの眼帯に埋め込まれた宝玉を巨大化させたような真紅の球体を設えた特異な得物。その矛先をアルビトラの首筋へと定める。

 防人(さきもり)の矜持。或いは雇い主を大切に思う意気が、発する言葉の多さと共に伝わって来るようであった。




「はぁ~~、仕方ないね! やるしかないかー」


 大きく溜息を吐いてから、アルビトラは意を決した。


 元より大剣の回収は諦めたくないし、離れた場所では体調を崩したヴィルツが寝そべっている。このまま強引に退却しては彼を危険に晒してしまうだろう。



「(このおじさんの斧をやり過ごしながら、なんとか隙を突いていって)

 (それで崖に刺さってる剣を抜いちゃおう!)」


 蟲人(グリルシアン)の代表者から聞かされた話を信じるのなら、この大剣は先住民である彼等に嘗て大いなる破壊を振り撒いたという。

 であれば、その力を借りてゾガルディアを退けることに活路を見出そうとした。




「……『風紡(キリム)』!」


 駆け出しながら右掌を柄に添え、左掌を突き出して風のロープを射出。

 ゾガルディアの背後に聳える真紅の断崖に先端部が突き刺さり、固着させた。



「先手必勝だよ」


「ほう」


 僅かな疾走で得た初速に、ロープを巻き取る要領で得られる推力が乗算されて、アルビトラの肉体は一挙に亜光速域で稼働する。

 常人であれば反応すら出来ない。視界にすら映らない、(はや)さの極地。




「面白い」


 ゾガルディアの右脇腹を擦過すると同時に閃く二重の太刀筋……即ち、居合貫きを二連続で繰り出すものの、巨大な斧の刀身にて容易く阻まれる。


 筋骨隆々な巨体なれど、無駄なく動かす四肢の柔軟さと動体視力、そして数多の戦場を経て研ぎ澄まされた戦闘技巧により一切の隙を見せない。



「(ダメかー……ちょっとやそっとじゃ崩せそうにないね)」


 斬撃を斧に弾かれて体勢を崩し掛けたものの風のロープを巻き取る勢いを強めることで、そのまま強引に断崖まで飛び移ってみせた。



「じゃあ、もう一回だー!」


 断崖に両脚を着けると同時、勢いよく蹴り付けて更なる推力を得る。

 反転し、今度はゾガルディアの背後から襲い掛かるために。


 尚、この時 断崖に突き刺さった大剣を取りに行かなかったのは直前まで狙いを悟らせぬための咄嗟の判断である。




「させぬ!」


「うわわ、これもダメなんだ!」


 瞬き一つも許さぬ間に通り過ぎ、断崖を蹴り、背後から再び迫る凶刃に対してゾガルディアはまるで動じなかった。

 完全に背後を振り返って斧で防ぐことは適わないと察するや否や、左腕のみを背に送り、腕甲(ガントレット)の装甲でアルビトラの斬撃を巧みに弾いてしまう。



 ギリリィィ……と金属同士が擦れる音を微かに響せながら粋然刀(カタナ)による太刀筋は明後日の方角へ。

 そのまま巨体が完全に背後を振り向き、流水の極意を以て右腕で握り締める斧を天高く掲げていた。




「ぬぅぅん!」


「(これ、当たったらお仕舞だよぅ)」


 垂直真一文字に、斧が落ちる。地面に叩き付けられ、盛大に爆ぜた。


 一方でアルビトラは背後からの斬撃が防がれた時点で、全ての行動を中断し全身全霊で背後へ跳躍していたために難を逃れていた……だが。




「あいたた……」


 爆ぜる地面より飛散した岩の塊が胴や脚に勢いよく突き刺さってしまった。

 急所や気道、四肢の腱を損傷しなかったのは僥倖だ。



「(大きくて力持ちで、しかも柔軟な身体だよ。困ったなぁ)」


 十メッテほど離れた位置に降り立ち、改めてゾガルディアという男を観察する。


 彼の井出立ちは、群青色を基調とした民族衣装の上に動物の毛皮を加工した腰巻や麻木色の長布を巻き付けている他、金属製の胸当て(ブレストプレート)腕甲(ガントレット)を纏っている。


 衣服や防具の質自体はかなり上等だが、戦士としては軽装の部類。

 刀身を肉体に当てさえすれば斬り裂ける筈だが、この武人を相手に真っ当な有効打を与えることは奇跡に等しい偉業であった。




「(グルダナ大草原で知り合った遊牧民の恰好にちょっと似てるけど)

 (身体の大きさや戦い方はまるで違う感じだねぃ)」


 再び居合貫きの構えを採り、旋回機動を採りながら相手の隙を伺っていると、僅かに離れた場所より幼い祈りの唄声が耳朶に響いて来る。





「成れ果ての影精サダラークに、この僕が(こいねが)う。

 月輝に優しき陰りを(こぼ)し。導きに厳しき昏闇(くらやみ)(こぼ)す」




魔法(スペリオル)!?」


 思わず、はっと目を見開いて唄声の主であるギラへと視線を誘導された。

 茨や砲撃による援護射撃こそ頭の片隅で警戒していたが、まさかここで詠唱句を口遊むとは思わなかったのだ。




「ふふん、ゾーガさんと一緒ならゆっくりと唄うことが出来るさ。

 さあ! たっぷりと味わってくれ給えよ、ケモミミくん」


 まるで舞台女優のように……とは流石に呼べないまでも、幼子なりに背伸びして朗々と歌い上げる独唱曲の如し。





「『宵病み小節(ダース・パッセージ)』!」


 遥か彼方の大陸に棲息する精霊との交信を経て、鍵語で締め括る。

 すると突如、アルビトラの周囲に暗黒の帳が発生し、彼女の頭部を中心に徐々に纏わり着き始めたのであった。





「ん、痛くはない……けど」


 視界に(もや)が掛かる、僅か一メッテ先すら視えなくなる。だが、それだけだ。

 ギラ達にとって、それで充分なのだ。




「(ちょっと、拙いかも)」


 何処(いずこ)かより押し寄せる風圧、何者かが地面を踏み締める轟音。

 言うまでもない、考えるまでもない、ゾガルディアが斧を振り上げて接近し始めたのだ。


 咄嗟に左掌を振り上げて出鱈目に『風紡(キリム)』を打ち込み、強引に肉体を上方向へと射出する。次の瞬間には、それまでアルビトラが立っていた位置に斧が降り降ろされて地面が大きく叩き割られていた。




「わぷっ!」


 無我夢中で跳んで難を避けた代償というべきか、断崖に激しくぶつかり悶絶しながら落下してしまう。頭部に張り付く暗闇による視界封鎖も相変わらずだ。



魔法(スペリオル)の解除方法は魔術(スペルアーツ)とは全然違うから苦手なんだよぅ」


 落下しながら左掌に魔力を滾らせ、ぱたぱたと目元を払う。

 己の魔力とギラの魔法(スペリオル)を干渉させて効力を弱める狙いだが所詮は応急処置の域を出ない。一度、発動した他者の魔法(スペリオル)を打ち破るには相応の素養が必要なのだ。


 とはいえ抵抗の甲斐あってか僅かながら暗闇が薄れ、ぼんやりと眼下の光景を把握することが適った。地面までは残り十五メッテまで迫っている。




「くふふ、今度こそ縛ってあげるとも!」


 覚束ない視界の先にて、何かがアルビトラの身体を目掛けて伸びて来る。

 これはギラお得意の黄金色(こがねいろ)の茨だ……とアルビトラは瞬時に悟った。




「視えなくなっても、だいたい分かるもん!」


 谷底に充満する光粒の渦中を突き進む茨の気配を頼りに空中で粋然刀(カタナ)を振るう。

 全身を錐揉み状に回転させながら、全周囲に対応できる太刀筋にて斬り巡らせてみせた。



「右下……と左に二本! あと後ろからもだね!」


 伸びてきた茨は合計四本。多少の空振りを前提とした斬撃の数と速度にものを言わせて、その全てを強引に斬って、斬って、斬り捨てた。




「粘ってくれるね~、いい加減に諦めたらどうなんだい!」



「お断りだよぅ!」


 地面まで残り五メッテ。茨を処理した勢いのまま空中で前転宙返りを繰り返し、落着に備えての姿勢制御を試みようとした……が、その時だった。




「…………」


 アルビトラの左側面より巨大な質量が迫って来る圧力を感じた。

 着地際を狙うゾガルディアの斧である。




「(今からじゃあ避けられない!)」


 刹那に悟った。この位置では幾らアルビトラといえど再び独自魔術(オリジンスペル)を構築する暇は無い。それを踏まえてのゾガルディアの巧みな追撃なのだ。




「お願い、アガネソーラ!」


 祈るように相棒の()を叫ぶ。彼女の握る粋然刀(カタナ)は既にその力を解放しており、先刻の戦いで浮遊盾を消耗している。

 それでも、だ。それでも数百年もの時を共に戦い抜いて来た己の半身に頼る他に死を免れる手立てが無かった。



 斯くして土壇場での祈りの叫びは聞き遂げられる。

 ギラの放った光線により霧散した浮遊盾の残滓が、アルビトラの身体を覆い尽くすようにして瞬時に集ったのである。




「……『霊滓』による防護膜か」


 斧を振り降ろしながらゾガルディアが静かに呟く。

 その声色には感嘆の響きが滲み出ていた。



「(お願い、耐えてー!)」


 全身に真紅の光粒を纏いながら、アルビトラは右掌でより強く柄を握り締め、左掌を刀身に添えて斧撃に備えた。



 ガッ! ギィィン……。木霊す鈍い金属音。と同時にアルビトラの両脚が地面に降立ち、ミシミシと骨が軋む嫌な音を鳴り響かせた。



「あぁっ! くぅぅぅ……」


 刀身を盾代わりにして斧を受け停めたものの、その途方も無い衝撃によって足元の地面が大きく陥没。またアルビトラの両脚の骨や腱にも深刻な損傷が生じる。

 もし咄嗟に真紅の光粒を纏っていなければ、問答無用で即死であった。




「ふふん、ゾーガさんの一撃を受けても折れないなんてね。

 その粋然刀(カタナ)、耐久性だけなら『霊滓綺装(カロトグラム)』の中でも群を抜いてるよ」


「正に、不撓(ふとう)


 にたにたと嗤いながら冷静な分析を行うギラ。そんな彼女の盾の如く立ち塞がるゾガルディアは純粋な称賛の言葉を、脚が停まったアルビトラに投げ掛けた。




「おじさんって立派な武人だと思ってたけど、こういう戦い方もするんだねぃ」



「笑止!」


 痛痒に抗いながら立ち上がろうとするアルビトラに油断なく迫りながら、手にした斧を振り上げる。



「武人の誉とは、成すべき事を成し続けた果てに称される」



「ふーん、そういう感じのヒトなんだ」


 無勢に多勢で挑み、相手の視界を奪った上で容赦なく仕留めに掛かる。

 正々堂々を旨とする戦士や騎士辺りならば卑怯だの下法だのと訴えている頃合いだろう。しかし、ゾガルディアにとっては些末な要素であった。


 何故ならば、現在の彼の誉とはギラ・レスティートを護り通す事なのだから。




「そっちがそう言うのなら、私も生き延びるために何でもしちゃうもんね!」


 痛みを堪え、折れ掛けた脚で無理やり左斜め後方に跳ぶ。

 跳躍の気配を察したゾガルディアが斧の軌道を変えようとするよりも早く、アルビトラは次の手を打っていた。


 真紅の粒子を身に纏わせた現状ならば、そのまま放てる筈なのだ。

 鍛え上げた己の業。刻み込んだ足跡……即ち、傑戦奥義を!





「『風紡(キリム)』!」




「まーた同じ魔術(スペルアーツ)かい? 馬鹿の一つ覚えはつまらないよ」


「否、先程までとは明らかに違う」


 放たれた風のロープを見据えてゾガルディアが眉を(ひそ)める。今までは一本ずつ打ち込んでいたのに対し、今度は無数。軽く数百本は放っていたのである。



「おおっとぉ! 本当だ、こりゃ凄い! 一瞬で谷底中が風の束だらけだ!」


「用心せよ」





「往くよ……これが私の傷銘(きずな)の旅路」


 さあ、垣間見よ。此れより放つは"春風"のアルビトラが常世に記す傑戦奥義。

 限りなく光速に近しい、幻創を刻む斬軌の足跡。




「『亜光速(スプリング)抜刀舞踊・フィールド』!」


 周囲に張り巡らされた風のロープの総数は約三百本。消耗しているせいかカルシャナでの決戦時に比べれば六割前後にまで減少している。

 それでも一人の武人を滅多斬りにするには過剰とも呼べる斬撃領域だ。



「…………」


 縦横無尽の跳び回り、瞬にて百の剣閃が迸る。



「ぬおおぉぉ……!」


 ゾガルディアは動揺しなかった。只管に冷徹に、限りなく不屈に、眼前で吹き荒れる刃の嵐を圧し折るために斧を振るい続ける。

 其の重厚な刀身で打ち払い、時には防具を駆使して斬撃を受け留めて耐え凌ぐ。


 常軌を逸するアルビトラの速度に付いていけるわけではない、最小限の動きと読み勘、卓越した技巧と膂力を駆使して捌いているだけだ。




「(うぅ、全然当たってくれない……だけど!)」


 アルビトラもまた動じない。この武人が己より格上である事は承知している。

 故に、亜光速域で跳び回る最中に一手の策を講じていた。




「……貴様!」


 斬り込み続けること二百九十回。その(ことごと)くを凌がれたところでアルビトラの軌道に僅かな変化が訪れた。

 即ち、ゾガルディアの意識が受け太刀に固まり切った虚を突いて方向転換。背後に控えるギラを目掛けて飛び込んだのである。



「え、何? 急に僕の心臓(ハート)狙いなのかい!?」


「させぬわ!」


 凶刃そのものと化した狐人(フォクシアン)が幼い子供へと襲い掛かる。

 此処で初めてゾガルディアの面貌に焦燥が浮かび、全てを賭して雇い主へと駆け付ける……正に、狙い通りだった。




「ゾーガさん!?」


「ぬぐぅ……」


 凶刃が、ギラを庇おうとしたゾガルディアの右腕を深々と貫いた。

 斧を握る握力が、僅かに緩む。



「おじさんなら、そう動いてくれると思ったよ」


 残り僅かな風のロープを辿りながら、アルビトラは再びゾガルディアに斬撃を浴びせていく。

 鉄壁だった護りに僅かな綻びが生じており、三太刀ほど斬り込むことに成功。

 しかし武人の腕や脚は丸太の如く図太く、斬り断つまでには至らなかった。




「はぁ……はぁ……これだけやっても倒せないなんて……。

 それにおじさん、その身体……」


 傑戦奥義を披露し終えて両脚から地面に着地し、肩で息をするアルビトラ。

 奇策を講じても耐え抜いてみせたゾガルディアの堅牢さもさることながら、彼女を最も驚愕させたのは彼の特異な肉体であった。


 粋然刀(カタナ)で斬られた箇所からは一滴も鮮血が零れていない。

 代わりに真紅の光粒が煙の如く溢れ出している。恐らく、真っ当な生命体ではないのだろう。




「……言葉で語ることに、意味は無い」


 アルビトラの疑問には堪えず、武人は再び斧を構えた。

 傷を負って尚も、その威容は衰えず。むしろ威圧感を増している。




「認めよう、貴様は今生の我にとって最上の敵。

 故に、我が真髄を此処に顕現する……」


 斧を逆手で握り直し、刀身を真下に傾ける。そして一度振り上げた後に勢いよく足元に叩き付けた。




「開闢せよ、ガンデーヴァ……(コンクエスト)(・アンジール)



「やっぱり、おじさんも使うんだ!」


 斧の刀身に設えた大きな赫い宝玉が発光し、光粒が澎湃(ほうはい)と零れる。

 やがて光粒は螺旋を描いて武人の周囲に纏わり付くように渦を成した。同時に、アルビトラに斬られた傷が急速に塞がっていく……。




「離れていろ、ギラ」


「勿論だとも! ゾーガさんの超かっこいいところを間近で観れないのは

 いつもながら不満だけどね!」


 ギラに離脱を促す頃には、既に彼女は魔法(スペリオル)の詠唱を進めていた。




「『藍鍵(レプリカント)()創造(ウォーロック)』……ヒミツのポッケで隠しておくれ♪」


 ギラの周囲に空間の裂け目が生じ、躊躇なく跳び込むことで姿形どころか一切の気配が喪われる。



「(さようならケモミミくん、まあまあ楽しいイベントだったよ♡)」


 




「(一瞬で消えちゃった! そっか、おじさんが本気を出せるように……)」



「"春風"のアルビトラよ、いざ雌雄を決するべし」


 其処から先は攻防というよりも、ただただアルビトラが生き延びるためだけに足掻く無慈悲な処刑場と化した。

 暗闇の晴れぬ視界、残り少ない魔力、奥の手を講じて消耗した粋然刀(カタナ)……(ひび)の入った両脚に鞭打って逃げ回り、寸前のところで死を免れ続けるしかない。





「うきゅぅぅ……」


「我が一撃を五体満足で凌ぐか。見事 (なり)!」


 独特の悲鳴を挙げて吹き飛ぶアルビトラに称賛の言葉が贈られる。



 真紅の光粒を纏ったゾガルディアが振り降ろした斧の破砕力は正に常軌を逸しており、一打で谷底が丸ごと陥没していく。

 直径にして一千メッテは越えるであろうクレーターが出来上がる始末。


 先刻までの粋然刀(カタナ)と斧が鎬を削る戦いが飯事(ままごと)であるかのような破壊の規模。

 断崖に突き刺さっている大剣を引き抜いてゾガルディアを打破するという当初の目論見など、どう足掻いても不可能だ。




 それでもアルビトラは抗い続けた。


 独自魔術(オリジンスペル)による風のロープを駆使して懸命に動き回り、更には術式解除(スペルブレイク)による大爆風で逆転の一手を狙うも大した成果は得られず。


 ゾガルディアという余りにも巨大な山を踏破する事は適わない。





 ドッ ゴォォォン!!


 何度目かの落雷のような一撃が、アルビトラの遥か頭上より降り注ぐ。



「うきゅぅぅ……」


 直撃でこそなかったが爆心地の傍で受けた影響は計り知れない。

 彼女が全身に纏っていた防護膜は完全に剝がされてしまい、更に途方も無い衝撃力が至近距離で襲い掛かる。


 両脚と左腕が動かない、耳も上手く聞こえない、或いは感覚が無くなっている。

 視界の左半分が完全に闇に閉ざされたのは、魔法(スペリオル)の効力だけではなさそうだ。




「……あぁ、ぅぁっ」


 喉を逆流した鮮血が泡となって口や鼻腔より噴き出る。まともに呼吸することすら出来なくなり、着実に死が近付いている確信がした。


 交戦前まで谷底に充満していた元々の光粒は一切合切が吹き飛ばされており、ただただ破砕された岩塊や土埃が舞い踊る。

 ボロボロになったアルビトラの肉体も、すっかりその一部と化していた。



 "春風"のアルビトラの歩みが停まる。



「類稀なる遣い手であった。貴殿の名と存在は、決して忘れぬと誓おう」


 ヒトの形をした暴威の化身が静かに近寄って来る。

 勝利の余韻も、油断も、慢心も、何一つとして見受けられない。


 武人が携えしは、一時でも己と渡り合った好敵手に対する無窮の称賛のみ。




 この日、"春風"のアルビトラは敗北を喫したのだ――






「ぷはぁ~。この魔法(スペリオル)、息苦しくて仕方ないや。有効時間も短いし。

 ……おっ! ちょうど決着の瞬間って感じだね」


 空間の裂け目が生じ、少しだけ顔色を悪くしたギラが再び姿を現した。

 眼前に映るゾガルディアと、無様な肉塊に成り果てた狐人(フォクシアン)を見比べてほくそ笑む。




「……」


「おっとっと、そう睨まないでおくれよゾーガさん。

 ちょっと息継ぎしたら また直ぐに隠れているからさ! あはは」


 少し気圧されながらもギラは大きく深呼吸を繰り返していく。

 するとその間に、遠方より土煙を上げて疾走する複数の気配が漂っていた。




「ぬぅ」


「おや、あれは……」




「アルビトラーー!!」


 ヴィルツの声が谷底に響き渡る。

 何か大きな生き物の背に乗って凄まじい速度で迫っていた。




蟲人(グリルシアン)の戦士達、か」


「ゾーガさんがやっつけた連中のお仲間って感じかな。

 一人だけ純人種が混ざっているけど……あれは誰なんだい?」


 徒党を組んで押し寄せる百足型の蟲人(グリルシアン)の総数は五十人ほど。

 ゾガルディアが(もたら)した破砕により谷底に充満していた光粒が霧散したがために、総出で押し寄せて来たのだろう。




「イシュ、ヤー!」

「ゴリル、ドゥー。イルイシュ」

「ニフ、ニス、イードゥル……ガリトリ、イシュ」




「あっはっは、谷底に入れるようになったから張り切ってるみたいだよ!」


「何と言っている?」


「仲間の仇討ちをするんだってさ。

 数を揃えればゾーガさんに勝てると思っているのかな? 愚かだね~~」


 突き刺すような殺意を一身に浴びて凡その状況を察しつつもゾガルディアはギラに確認を促し、彼女は嗤いながら蟲人(グリルシアン)達の意図を告げた。




「直ぐに処す」


「じゃあ僕は、もう一回 魔法(スペリオル)で隠れているとも!

 その間に此処の『霊滓綺装(カロトグラム)』を持ち帰る手立てを練っておくとしよう」


 素早く詠唱句を唄い上げて空間の裂け目を産み出し、ぴょいんっと可愛らしく跳び跳ねながら姿を隠す。

 ギラの隠遁を見届けた後に、ゾガルディアは瀕死のアルビトラ目掛けて斧を振り降ろそうとした。




「くそっ……『静湖の還刃(リガルハスタ)』!!」


 蟲人(グリルシアン)の背に跨るヴィルツが叫び声を張り上げながら魔術(スペルアーツ)の鍵語を宣言し、淡い水色の光を纏った六本の短剣を一斉に投擲した。



「曲がれ」


 精度よりも速射を優先したためか出鱈目な照準であったが、術式効果により途中で弾道が矯正されてゾガルディアの斧へと殺到し始める。




「凡庸だが、卓越した(わざ)だ」


 横槍を入れた術者(ヴィルツ)を横目で睨み据えながら、迫る短剣群を確実に薙ぎ払う。

 小雨だと油断すれば痛い目を見る、そう判断したからだ。




「(たった一薙ぎで全部打ち落とすなんて! あの大男、半端じゃないぜ)」


 不調の身体を推して駆け付けたがために、相変わらずヴィルツの顔色は悪い。

 しかし泣き言など言っていられる状況ではない。




「有難う、僕は此処まででいい」


「ワレラ トノ、チカイ。ワスレルナ」


「勿論だ。商人ってのは信頼あってのものだからな。

 どうか貴方達も、簡単に生命を投げ捨てるような真似だけはしないでほしい」


「……ソノツモリ ダ」


 ヴィルツを背に乗せていたのは、彼と取引をした蟲人(グリルシアン)の代表者。

 僅かな言葉を交わした後に百足の下半身を鞭の如く捻り、そのまま勢いを付けてヴィルツを放り投げた。




「ギーイル、グルギエラ」


「イィルイーラ、イシュ!!」



「同胞の仇討ちを志す意思と矜持、我が武芸と誉で受けて立とう」


 言葉は通じずとも、戦いを(ひさ)ぐ者ならではの意思が交差する。


 アルビトラを仕留め損なった直後に四方八方より高速で駆け寄る蟲人(グリルシアン)達に囲まれたゾガルディアは、一介の武人としての応戦を優先した。

 その騒乱の影に乗じて、宙空を渡るヴィルツが密かに忍び寄る。




「(アルビ……っ!? なんて有様だ……コイツが……いや考えるのは後回しだ)」


 蟲人(グリルシアン)達の巨体に隠れながら瀕死の肉塊(アルビトラ)の傍まで駆け寄り、思わず驚愕した。

 同時に、呆けている暇はないと己を叱咤しながら身に纏っていた外套を外し、肉塊(アルビトラ)を包み込む。近くに転がっていた右脚と左腕も確りと拾い上げた。




「……もう降下の危険性がどうたらと言っていられないよな。

 ブレイズ、頼む! 今直ぐに此処まで来てくれ!!」


 丸みを帯びた外套を担いで戦場から離れつつ、懐より取り出した竜笛を思い切り吹き鳴らした。

 其の音色は迫真に満ち溢れ、耳を(つんざ)く甲高い音階が谷底より噴き出るかの如く響き渡ったという。



 そんな彼の背後では、常軌を逸する武人と五十の蟲人(グリルシアン)達による盛大なる戦いが繰り広げられ始めていた。


・第2話の10節目をお読みくださり、ありがとうございました。

 1節目冒頭のゾガルディアとの対決シーンに繋がる回、如何だったでしょうか。

 もし良ければ、改めて1節目の方もご覧いただければ幸いです。


・依頼失敗からの命辛々の帰還。

 アルビトラがここまで深刻な状態に陥るのは本文中では初めての事であり、ここからどう立ち上がっていくのか、どうかご期待くださいませ。





【おまけ】

・最後の方で立て続けにギラが魔法(スペリオル)を使っていたので、この場で簡単に効果の説明を添えておきます。

 本文中の魔法(スペリオル)の描写は雰囲気だけで読んでいただいて大丈夫なので、こういう設定を読むのが好きな人向けとなります。



夜と欺殷の詩徒(レイヤーフォール)

・自分と数人の仲間が対象。気配遮断、姿隠し(タルンカッペ)、遮音、探知妨害、精神干渉軽減などの複合効果。ただし一つ一つの効果はそれ専門の魔術(スペルアーツ)魔法(スペリオル)より劣る。

 有効範囲は術者を中心に半径2m程度。



宵病み小節(ダース・パッセージ)

・対象の視界を奪うシンプルな目潰し。対象は1名、有効射程は300m前後。

 効果時間が非常に長く、意図的に解除しない限り戦闘中はほぼ永続。



藍鍵(レプリカント)()創造(ウォーロック)

・限定的な位相空間を産み出し、術者の身を物理的に隠す。緊急避難用。

・限りなく大魔法(スペリオルエピック)に近い魔法(スペリオル)

 有効時間は短く、内部は快適とは呼べない、そして消費魔力が莫大なので2回も行使すればギラの魔力は完全に枯渇します。



・ギラは別の大陸の出身で、その大陸に棲息している精霊と交信しているため

 ラナリキリュート大陸の他の魔法使い(ドルイド)達と比べて魔法(スペリオル)を発動するまでのレスポンスが遅かったりします。

 そして消費する魔力量は出身大陸に居る頃よりも増大し、魔法効果自体も弱体化しています。

 例えるなら、海外旅行中にwifiルーターを使わずに通信しているために通信費が嵩んでいる状態ですね……通信できているだけでも大したものです。


・その反面、ラナリキリュート大陸で生まれ育った者達にとってギラの扱う魔法(スペリオル)は未知との遭遇。初見ならほぼ確実に威力を発揮するというメリットがあります。

・非効率であることを承知で出身大陸の精霊由来の魔法(スペリオル)を使い続けているのも、この辺が理由となります。彼女は劇場型の愉快犯であり、トリックスターであろうとしているみたいですね。

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