僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(9)
「こいつはまた……とんでもない事になっているな」
渓谷の最奥部、谷底の終着点と思しき場所は意外なほど開けた空間であった。
険しい岩場が連なる事で出来上がった降り道こそ峻険なれど、谷底に限ってはまるで何者かに均されたかの如く平らな岩盤が延々と続いている。
その広さは、軽く見積もっても一千メッテ以上あるだろうか。
しかしヴィルツを驚嘆させたのは斯様な地勢だけではなかった。
「渓谷全域に充満していた水蒸気とは明らかにモノが違う……。
これ、まさか全部が真紅の光粒なのか?」
「そんな感じだねぃ。
この子が出してくれる光とは、ちょっと雰囲気が違うみたいだけど」
微かに声を震わせるヴィルツが言わんとしていることを察しつつ、アルビトラは平静のまま腰に帯びた愛用の粋然刀を軽く撫でてみせた。
谷底は真紅の光粒で埋め尽くされていた。然れど、それはアルビトラの得物が放つ同種の光よりも、より禍々しい輝きのように思えた。
「今更 怖気づいても仕方ない、さっさと件の大剣を回収して帰ろう。
兵士達の遺品も届けてやらないといけないしな」
「うんうん、蟲人さんとの約束もあるし!」
意を決し、口元を覆っている布状の魔具をより一層きつく結び直してからヴィルツが早歩きで進み出す。アルビトラの方は相変わらずのマイペースで彼の後に続いた。
護衛対象であるヴィルツを先行させているのは、先刻の蟲人達の気が変わって背後から奇襲を受ける可能性に備えているためである。
一歩進む度に、真紅の光粒が二人の衣服や皮膚に付着する。
一つ一つは微細な砂粒くらいの大きさで、密集すれば染みの如く滲んでいく。
其れは恰も、ヒトが生来持つ生命の色をも真紅で塗り潰していくかの如く――
谷底に降りて歩き続けること約三分。突如、ヴィルツの身体が異変を訴えた。
「うぐっ……がぁっ! はぁ……はぁ……!」
「お兄さん、大丈夫!?」
「ぐぅぅ、何だ 急に……こんな……」
凄まじい悪寒が全身を駆け巡り、次いで吐き気に襲われた。
冷たい汗が噴き出したかと思えば視界が暗転し、一挙に意識が遠退いていく。
とてもではないが立っていられなくなり、その場で膝を突いて前のめりに倒れ込んでしまう有様だ。
「ん……『風紡』!」
ヴィルツの症状が深刻なものであると判断したアルビトラは、瞬時に彼の傍に駆け寄って腕を掴み、反対の掌を背後へと突き出す。
そして魔術によって編まれた風のロープを真紅の光粒の領域外まで打ち出すと、それを巻き取るかのようにしてヴィルツの身体ごと凄まじい速度で離脱した。
「(状況から見て、お兄さんの異変は紅い光の中に入ってからだよねぃ)」
蟲人達は真紅の光粒に触れると肉体と魂を溶かすと表現していた。
どうやら彼等の言っていたことは誇張ではなかったらしい。
何せ、ヴィルツが纏っている魔具は非常に高度な防毒性能を備えた逸品であり、その効用すら貫いて肉体に異変が生じたのだから……。
「はぁ……ふぅ……ふぅ。わ、悪い……助かった」
「無理して喋っちゃダメだよ!」
「あ、ああ……」
ヴィルツの衣服や顔周りに付着した光粒を払いながら、手近な岩場に寝かせる。
体力活性剤や解毒薬、気付け薬などが封入された小瓶は幾つか持参していたが、症状が明らかではない状態で慌てて服用するのは更なる悪化を招く恐れがあった。
そのまま十分ほど待ち、呼吸が安定してきたところで再びヴィルツが口を開く。
「……アルビトラの方は平気なのか?」
「うん、特に息苦しさは感じなかったかなー。
呪いや毒を受けた時のようなヒリヒリするような感覚もなかったよ」
「ふむ、蟲人が言っていた"テキゴウシャ"だから影響を受けないのかも……な」
仰向けに寝そべったまま、少し苦しそうな声色で類推する。
この様子では再び立ち上がれるようになるまで、もう数十分は掛かりそうだ。
「よーし! じゃあ、ここからは私一人で行ってくるよ! よ!
ぱぱっと剣を拾って、ささっと戻って来れば良いんだよね」
「そうだな。もう直ぐ日も暮れるし僕に構わず先に進んでくれ。
……ったく、此処まで付いて来てなんてザマだよ」
己の不甲斐なさを悔やみつつ、アルビトラの気遣いと提案を素直に受け入れる。
件の大剣がどんな代物なのか一早く拝みたい、危地で活躍するアルビトラの振舞いを間近で観たいという欲求は、鋼の意志で断ち切った。
未練に縋って決断出来ず、更なる危険を招く事をヴィルツは理解しているのだ。
「はーい! お兄さんはそこで安静にしててねぃ」
「ああ、気を付けろよ……」
寝そべったまま力無く軽く手を振り、元気に駆け出すアルビトラを見送った。
[ バルクラント地方 ~ バルクム・イルド渓谷 深き地の底 ]
衣服に、髪に、皮膚に、徐々に付着箇所を広げる真紅の光粒を振り払いながら、アルビトラは一心不乱に駆け続けた。
狐人特有の脚力と持久力にものを言わせた疾走は、常人の速度を凌駕する。
一千メッテ以上の広大な面積の谷底とて数分と掛からないだろう。
「(紅い光が一層と濃くなってる!)」
徐々に視界に広がる……否、余りにも濃密過ぎて視界を塞ぐほどの真紅の塊。
其の渦中、或いは断崖にて一振りの大剣が突き刺さっていた。
「えっ……!?」
真紅の断崖の傍まで駆け抜けると、僅かな驚きを経て急停止を試みる。
大剣の傍には、場違いな恰好をした一人の少女が佇んでいたからである。
「おんや~、誰かが近付いて来ると思ったら、噂のケモミミくんだったとはね。
これは運命のイタズラかなぁ? くふふ、なーんてね!」
少女の容姿は十歳前後、種族は恐らく純人種だろう。
銀色の長髪の裏側はエメラルドのような鉱石の輝きを発している。
紫を基調とした帽子と短外套、上着やスカートの随所にはフリルがあしらわれており、華美になり過ぎない最小限の華やかさを醸し出していた。
「(こんな所にちっちゃな女の子? どう見ても冒険者って感じじゃないし!)」
何よりもアルビトラが注目をせざるを得なかったのは少女の顔面の右半分。
右目と、その周囲を丸ごと覆い隠すように装着された眼帯であった。
眼帯自体が暗い青色の金属のようであり、各所には黄金の装飾。そして中央には赫い宝玉のような物体が埋め込まれていた。
「まあ、霊滓が充満したこの谷底までやって来れるヒトなんて
僕達と同じ『霊滓綺装』の遣い手だけだから、君の到着は必然だ」
少女の顔立ちには可愛げが感じられたが衣装と眼帯、喋り口調を合わせた総合的な容姿は、まるで歌劇の壇上で物語を狂わせる奇術師の如し。
アルビトラは自身の狐尾の毛先が僅かに逆立ち始めていることを自覚した。
「貴方も、誰かから依頼を受けてその剣を取りに来たの?」
「あっはっは! それはそうだろうとも。
仕事でもなければ、こんな曰く付きの谷底まで来たいとは思えないよね~。
ゾーガさんとのデートスポットとして見ても、最悪のロケーションだよ」
危地の渦中でくつくつと嗤う少女に思わず薄ら寒いものを感じ、警戒を強めた。
どうやら両者の目的は同じ、しかし第三王女アンネルジュからは他の者にも依頼を出したとは聞かされていない。
であれば、此処から先は同じ回収物を取り合う敵同士となるのである。
アルビトラは右掌をそっと粋然刀の柄に添え、居合貫きの構えを採った。
「やる気かい? こんな幼気な少女を斬ろうとは容赦ないね~。
せめて自己紹介くらいはしようじゃないのさ!」
少女がその場でくるっと回ってみせると、漆黒色の短外套がふわりと舞った。
短外套の下には黄金色の薔薇飾りが施された鞄や望遠鏡、短剣、水晶のような物が見え隠れしている。
優雅で、それでいて茶目っ気を織り交ぜた自由奔放な振舞い。
「僕は、ギラ。ギラ・レスティートだ!
良ければ君の歩む足跡の一部に、この名を刻み込んでおいてくれ給えよ」
「ん、私は――」
「"春風"のアルビトラ、だろ? 知っているとも! 識っているともさ!
なんてったって君は超有名人だからね~~、あっはっは!!」
相手の名乗りを訳も無く遮って挙句に高笑いをする少女、ギラ。
その態度、胆力、口調のいずれも十歳前後の少女とは掛け離れていた。
そして一頻り嗤い終えた末に、短外套の下に帯びていた短剣を掴み取る。
「あれ? その武器って……」
「おや、ちゃんと覚えているみたいだね。感心感心!」
ギラが握り締めた短剣にアルビトラは見覚えがあった。
まだ、記憶に残っていた。
何故ならば、半月ほど前に城塞都市カルシャナで交戦した錬成像事件の主犯……デイル・グルヘイム・タルヴォアの得物だったのだから。
「なんで貴方が、それを持っているの??」
「そりゃ勿論、カルシャナまでわざわざ足を運んで拾って来たからさ~!
これは僕が設計した特別な武器、まあタルヴォア君には豚に真珠だったかな」
「設計? 貴方が??」
くつくつと嗤いながら、短剣を構えるギラ。
その振舞いは堂々としてこそいるが、武芸を嗜んだようには見えない。
歴戦の冒険者であるアルビトラからすれば隙だらけ、一瞬で首を撥ね飛ばせる。その程度の取るに足らない、貧弱で、矮小な敵対者としか思えなかった。
だというのに狐尾の毛先が粟立って仕方ない、危険だと訴え続けている!
「(この赤い光の中でも平然と立ってるし、只者じゃないのは確かだねぃ)
(……うん、考えるのは斬った後でやれば良いや)」
狐人の本能が、冒険者としての経験則が、油断ならざる相手と見定めた。
なれば少女の見た目に惑わされるべからず、斬って捨てるのが最適解。
冷徹な意志を以て地面を蹴り、瞬き一つの間にギラの眼前へと肉薄した。
「ふふん! 僕の首は、この惑星よりずっと重いんだぜ?」
アルビトラが己の肉体を発射すると同時に、ギラもまた短剣を振るっていた。
黄金色の刀身が真っ二つに割れて、同種の金属で再構成された茨が無制限に伸びていく。そこまではタルヴォア家の嫡子が垣間見せた手管の再演か。
「(あの短剣自体が小さな錬成像で、身体を増築して茨にしてるんだよねぃ)」
再構成して産み出す茨はヒトの腕ほどの太さの金属塊でもある。
斬撃を逸らす盾として振るわれると面倒だが、最初から茨ごと遣い手を斬り裂いてしまえば何も問題ない。それに一度に産み出せる本数は限られていた。
カルシャナの決戦で得た経験を踏まえたアルビトラの挙動は揺ぎ無かった。
「僕が設計した『バルティア・ローゼスの機装剣』を甘く見ない事だね!」
絶体絶命の状況下でも不敵な笑みを浮かべ続けるギラ。
彼女の自信は確かなものであった。彼女が産み出した機械仕掛けの短剣は奇怪なものであった。
黄金色の茨が生える。這え渡る。
真紅の光粒が充満する戦場にて、二人だけの戦いが映える。
「(えっ、二本が四本に……四本が八本……いや、もっとだ!)」
ギラの無垢な首筋にアルビトラが振るう粋然刀が到達する直前、分解と再構成を経て無制限度の増殖を繰り返した茨が防護圏を形成してみせたのである。
キィィン……と金属同士の僅かな激突音が鳴り響き、球形に編まれた茨が首筋狙いの居合貫きを防ぐと、即座に反撃のための茨が途轍もない速度で稼働する。
攻守逆転、今度は無数に伸びる黄金色の茨がアルビトラの四方八方から襲い掛かった。手足や首筋に巻き着くようにして、狐人の肉体に這い寄った。
「くふふっ! 君のような、すばしっこい奴には触手プレイが一番だよね~」
「しょ、しょくしゅ……ぷれい??」
この少女はいったい何を言っているのだろうか?
珍しくペースを搔き乱される感覚を味わいながらも、鍛え抜かれたアルビトラの身体は状況に応じた対処法を講じていた。
「ぱっと見は派手で、逃げ道がなさそうだけど……」
抜刀、一閃。迫り来る茨を一太刀で三本ほど斬り飛ばし、納刀しながら右斜め後方へと短く跳躍。先程まで立っていた位置に残りの茨が殺到していた。
茨の挙動は巧みだったが、其々が互いに干渉し合わないように蠢いている。
最初に斬り飛ばして無力化した三本の軌道を後追いする茨は見当たらなかった。
「(茨を伸ばす方向や軌道は途中で変えられないみたいだねぃ)」
遣い手が鍛錬を積んだ武芸者であるのなら、また違ったのかもしれないが眼前の少女にそこまでの戦闘経験は無いらしい。
「ふふん、やるじゃないか! なら、もっともっと茨を増やしてあげるよ」
その後も幾度となく茨が産み出され、四方八方から襲われ続けた。
だが、一手凌ぐ度にアルビトラの動きは洗練さを際立たせ、絡み付く筈だった黄金の茨は、今や彼女の残像を掠めることすら適わない。
無制限に放たれる茨への対処は、容易な作業の繰り返しへと成り下がる。
「……そろそろ飽きたよ」
再びギラが腕を振るい、短剣から茨を生やそうとした刹那。残像を残して一息に忍び寄ったアルビトラが粋然刀を閃かせた。
「やっぱり、つまらない手品だったねぃ」
抜刀、一閃。増殖しようとする茨の根本を断ち切った。
実のところ、二度目の茨による攻撃に晒された時点で出来た芸当ではあったのだが得体の知れないギラの手管をじっくりと観察するために、敢えて何度も同様の攻撃に晒されていたのである。
その結果、彼女が下した査定は"つまらない手品"……その程度だった。
「うわわ、もう見切ったって言うのかい?!」
「…………」
動揺を見せ始めたギラの首筋へ向けて穂先を傾ける、王手というやつだ。
「貴方が何者なのかは、あんまり気にしないけど。
でも、その武器はもう見たくなかったねぃ」
天真爛漫なアルビトラにしては低く、暗い声色で呟くように言葉を投げた。
脳裏に錬成像事件で犠牲になった、あの女冒険者の亡骸が想起される。
彼女に直接の死を与えた得物こそ、この黄金色の茨だったのだから……。
「ん……」
ギラの首筋に刀身を添えたまま、その場でぷるぷると頭を横に振った。
すると裡に積もる怒りの残滓に呑まれ掛けた思考が、白紙状態へと戻っていく。
今、成すべきは眼前の得体の知れない存在を斬断して大剣を回収する事だ。
彼女の狐尾は未だに粟立っているのだから。
「くふ……くふふふ……こりゃ噂以上だ。ゾーガさんの見立ては凄いや!」
王手に晒されて乾いた嗤い声を挙げるギラであったが、その面貌に絶望や諦観の様相は見られない。降伏の意志など微塵もない。
「ま、前戯は此処までにしておこうかな。
ケモミミくんがどういう奴なのかも、ちょっとだけ分かってきたし?」
絶体絶命の状況にも関わらず口端を釣り上げて一層と嗜虐的な笑みを浮かべた。
「さあ、起きてくれ給え。寝坊助なアビュロトス……忌導だー!」
「……っ!」
ギラが宣言を発すると、彼女の眼帯の中央に埋め込まれた宝玉が呼応するかのように真紅の光粒を放ち始めた。
周囲に充満する同種の光粒などとは比較にならない、より紅く、赫い、不気味で妖しい垂幕の如く一挙に空間を埋め尽くさんとしていた。
「貴方も使えるんだね。だから平気で立っていられた……」
眼帯より噴出する光粒を見咎めた頃には、アルビトラは一切 躊躇することなく後方へと跳び退いて間合いを取っていた。
そして合点が行く。或いは、最初からそんな予感がしていたのかもしれない。
「そうだ、そうだとも! ケモミミくんの粋然刀と僕の眼帯は遠い親戚なのさ~。
正確には別シリーズの兵器だけど、使われている技術はほぼ同じ……」
右手の人差し指と中指を広げ、眼帯の宝玉の上下端を挟んでみせる。
ギラなりの、何かの美意識に基いた様式なのだろうか。
「くふふ、僕からのトクベツな熱視線……避けられちゃったら傷付くぜ?」
言い終わるよりも早く、眼帯より凄まじい光の塊が迸る。
収束された真紅の光粒が、一筋の極太の光線として撃ち出された。
ドォォォォン! ……と凄まじい轟音を響かせ、谷底の地面をも大いに抉り裂きながら一直線にアルビトラへと去来する。直撃すれば、五体満足では済まないだろう。
「(これ、私が浮遊盾を創る時と同じチカラだ!)」
咄嗟に右斜め前方に転がるようにして極太の光線を避けつつ、そのまま ごろごろと地面を転がりながら第二射に備える。然れど、追撃はやって来なかった。
「おぅふ、避けられたら傷付くって言ったじゃないか~~」
「すごいチカラだね、エアドラゴンの荷電粒子哮並かな?
……だけど、それだけだよ」
芝居染みた落ち込む仕草を見せるギラに対し、アルビトラは至極冷静に分析を重ねて行く。光線の威力は確かなものだが、当たらなければ脅威には成り得ない。
「(連射は出来ない? それとも、そういう風に思わせる作戦?)」
射線上の抉られた岩盤を一瞥し、来るべき第二射を警戒するも訪れず。
どうあれ茨と違って何度も撃たれ続けるのは危険極まりない。罠だとしても再び接敵して、今度こそ首を撥ねてしまった方が良いだろう。
何度目かの前転の後に立ち上がり、地面を蹴ってギラとの距離を詰めようとした時、何かがアルビトラの足元に這い寄り、右脚に絡み着いた。
「いたた……!」
「くふふ、君なら右に避ける気がしていたよ」
黄金色の茨に無数に生える棘が右脚の皮膚を穿ち、鮮血が岩盤に零れていく。
更に四方八方から同種の茨がアルビトラを囲い、あっという間に残りの四肢に……ついでに胴体と狐尾にも絡み付いて捕縛してしまったのである。
「うきゅ……い、いつの間に?」
「相手を分析していたのは君だけじゃなかったって事だよ、ケモミミくん♡」
「(そっか、抉られた岩の破片で隠しながら茨を伸ばしたんだ!)」
捕縛され、右掌で握る粋然刀を零し、カラン……と無機質な金属音を鳴り響く。
そんなアルビトラとは対照的に、ギラは左手に握り締める短剣を振るいながら、再び眼帯に光粒を集約させ始めていた。
「君が馬鹿にしてくれた手品での王手返しだ!」
宝玉が妖しく煌めき、圧縮された真紅の光粒を一挙に放出。
「さあさあ、今度こそ遠慮なく僕の熱視線を浴びてくれ給えよ!
……そして眠り給え、この地の底で」
正に絶体絶命。こうも四肢を縛られては自慢の独自魔術による緊急離脱も適わない。だがアルビトラの面貌に諦観の色合いは見受けられなかった。
その胆力と不敵さは、先程 首筋に刀身を添えられたギラと同等である。
「アガネソーラ! 忌導!!」
右掌から零した無二の相棒の銘を叫ぶ。その声は信頼に満ち溢れ、揺らがない。
何故ならば、斯様な窮地などアルビトラは何度も乗り越えて来たからだ、このアガネソーラという銘の粋然刀と共に。
斯くして主人の呼び声に応えるために、アガネソーラの鍔や鞘に設えた小さな宝玉より光粒が噴き出した。
其の光は瞬く間に密集して三枚の浮遊盾を形成し、アルビトラとギラの間を隔てる防壁となって機能する。
「あっはっは! 『霊滓』を固めて盾にするチカラかい?
便利そうだけどさぁ、そんなんじゃ僕の熱視線は防げないとも!」
ギラは武芸者ではなく碩学者である。それも類稀な頭脳の持ち主にして彼女達が扱う真紅の光粒に関しても熟知する。故に、ギラの見立てに誤りはなかった。
アルビトラの浮遊盾では、例え三枚重ねたとしても直撃には耐えられないのだ。
「ん、なんとかしてみせるよ!」
身動きを封じられた狐人へ、凄まじい熱量を伴った光の塊が迫り来る。
ドォ…… ォォォン!
極太の光線と浮遊盾が激突し、轟音と共に周囲に漂う光粒ごと爆散させる。
ギラの見立て通り三枚の浮遊盾に阻まれても光線の威勢を停めること能わず。
然れど、然れどもアルビトラの生命の灯火が掻き消される事はなかった。
「ん……!」
黄金色の茨の拘束を解いたアルビトラは即座に地面に転がる粋然刀を掴み取り、一挙にギラへと距離を詰めていった。
何故、彼女は直撃を浴びても生きているのか? 何故、拘束を解けたのか?
「くふ、くふふ……土壇場で凄い事するじゃないかぁ……」
第二射の反動で全身に痺れを感じながら、ギラが渇いた嗤い声を発した。
光線が激突する瞬間、アルビトラは浮遊盾に僅かな角度を付けていたのである。これにより浮遊盾は破砕されたものの射線が逸らされ、直撃を免れた。
否、それだけではない。逸れた射線が茨に命中するように仕向ける事で、自身の拘束をも退けてみせたのだ。
「ままま、待っておくれ! 僕が悪かった、話し合おうじゃないか!」
流石のギラ・レスティートでも今度ばかりは動揺の色が見受けられた。
一陣の風と化して凶刃を閃かせようとする"春風"に対し、最早 打つ手無し。
今度こそ、その細い首筋を斬り断つ。詰みだ。
「さようなら」
「うひぃ! た、助けてゾーガさん!!」
眼前まで迫るアルビトラ。
思わず年齢相応の悲鳴を挙げて両手で頭を抱えて蹲るギラ。
刹那の先には頭と胴を別たれた少女の骸が転がる筈……だった。
「……っ!!」
刀身が首筋へと届かんとした所で、アルビトラは急遽 腕を停めた。そして驚愕の表情を浮かべながら左方向へと跳躍。
直後、巨大な何かが両者の間を埋めるかのようにして降り注ぎ、地面を盛大に叩き割って粉塵が巻き起こされたのだ。
「落盤、じゃなさそうだねぃ」
「…………」
降って来たのは、巨大な斧を携えた武人であった。
どうやら断崖の上部より飛び降りて来たらしい。地面に叩き付けた斧を軽々と肩に担ぎ上げながら、アルビトラを威圧するような視線で睥睨する。
「我は、ゾガルディア・ダルジャーク……白紙を埋める者達の剣 也」
二メッテを優に超える体格、全身余さず鍛え抜かれた見事な肉体は浅黒く、長年の戦場暮らしで陽光に焼けたのだろう。正に、歴戦の勇士と呼ぶに相応しい。
・第2話の9節目をお読みくださり、ありがとうございました。
・アルビトラとギラの初邂逅、からの初戦の幕開け……如何でしたでしょうか。
ここから、この2人の長い因縁が始まっていくことになります。
・次回は1節目の冒頭に繋がる展開を予定しております。
思ったより長かったですね。
戦闘シーンが続きますが、どうかアルビトラの戦いを見守ってやってください。




