僕が見届けよう、君の果てしなき旅路を(8)
※西角の刻=午前9時、東角の刻=午後3時
※1メッテ=約1メートル、1トルメッテ=約1センチメートル
[ 王都アンバーハイヴ ~ 西区 冒険者統括機構支部 ]
「それでは特別依頼の受諾を承認させていただきます。どうか ご武運を」
王城から戻って来た翌日。アルビトラは朝一番で冒険者統括機構の支部へと立ち寄り、レギ名義で発行された依頼書に己の名を書き連ねていた。
宿屋や商店が密集する区画の中で一際大きな三階建ての建物内にて、洗練された衣装を纏った係員が淡々と必要事項のみを告げ、事務処理を済ませていく。
依頼内容は、第一にバルクム・イルド渓谷で出土した特殊な大剣の確保。
第二に先行したロンデルバルク兵の救出、ないしは遺品の回収。
依頼達成時の報酬額は三万デルミス。
そして『幻創記章』授与の推薦……と記載されていた。
『幻創記章』とは、偉業を成し遂げた冒険者や傭兵、旅人といった者達に対する勲章であり、可視化された名声の基準。
ラナリキリュート大陸内の大半の国で浸透している文化の一つであり、この勲章の授与者はそれだけで一目置かれる存在となる。複数回の授与ならば、尚更に。
そして同じ勲章でも大国であるロンデルバルク王国の王都アンバーハイヴで授与されたとあらば、他とは一線を画す価値となるだろう。
「んー、私は勲章よりも おいしい食べ物一年分とかのほうが良いんだけどねぃ」
「アンタの腹に一年間に納まる量なんて頭を抱えそうな金額になりそうだな……」
「えへへー、どれくらいかはヒミツだよぅ」
名誉ある勲章を得られるかもしれないというのに食欲のほうが勝るアルビトラに呆れつつ、ヴィルツは壁に凭れ掛かりながら手続きの完了を待ってくれていた。
「(まあアルビトラくらいの冒険者になれば『幻創記章』の授与なんて)
(きっとこれまでに何度も体験しているんだろうな)」
普通の冒険者なら場合によっては報奨金や自分の生命すら投げ打ってでも得たいと願うほどの勲章なれど、彼女にとっては凡庸な足跡の一つに過ぎない。
数日間の同行を経てアルビトラという人物の輪郭を把握しつつあるヴィルツは、特に驚く素振りを見せなかった。
「手続き終わったよー! じゃあ早速 渓谷までお願いします!」
「おう、こっちも昨日のうちに携行食料や治療薬なんかは買い込んでおいた。
今直ぐにでも飛び発てるぜ」
瘴気が充満しているというバルクム・イルド渓谷の情報と、必要となりそうな旅の備えは既に揃えている。商人であり元冒険者である彼の交渉力と事前準備の習慣が遺憾なく発揮されていた。
「かなり余裕を見て治療薬を準備した。
生き残っている兵士達が見付かれば、その場で充分な量を別けてやれる」
「お兄さん、そういうところ抜け目ないよねぃ。
あの副団長さんが信頼するのも納得だよ」
そうして二人は建物を出て中央通りを進み、正門より王都を発つ。
飼い竜を留めておいた岩場へと足を運ぶのであった。
[ ロンデル地方 ~ 王都圏 ロンデ・タン盆地 ]
「ブレイズ、元気にしてたかー?
悪いけど急用が出来ちまった……ひとっ飛び頼むぜ」
「おみやげの味付け干し肉をいっぱい持ってきたよ。
お昼になったら一緒に食べようね!」
「グゥルイ!」
三日ぶりの再会となるがヴィルツの飼い竜は特に問題を起こすことなく過ごしていたようで、「喜んで引き受けよう!」とばかりに両翼を広げて応じてくれた。
[ バルクラント地方 ~ バルクム・イルド渓谷 上空 ]
王都圏から西の空へ向けて、約三刻ほどの間を飛び続けた。
飼い竜の背に騎乗したのが西角の刻だとすれば、現在は丁度 東角の刻に差し掛かる頃合いとなるだろうか。
途中で二度ほど魔鳥の群れと遭遇したものの、王都圏を訪れた時と同じく空中でもお構いなしとばかりに縦横無尽に駆け巡るアルビトラによって難なく撃退。
空の旅路は至極 快調。彼女達の行く手を阻める者は今のところ存在し得ない。
ロンデル地方とバルクラント地方の端境で昼休憩のために降り立った後は只管に目的地を目指すのみ。
やはり翼を持つ竜種というのは上空を飛び回ることが本分であるらしく、岩場で留まっていた鬱憤を晴らすかの如く好調な飛翔ぶりを発揮してくれた。
「あれが"絶望の谷"ってやつか。……確かに、徒歩だとかなり苦労しそうだな」
「ここからでも分かるくらい靄みたいなものに包まれているよぅ。
それに槍みたいに尖った岩が幾つも並んでて、すごく道が険しそう!」
「地面から噴出する水蒸気によるものだな。
少し離れた場所に活火山が存在する影響か? 何だか懐かしいぜ」
「お兄さんが住んでいた国にも、こういう場所があったのー?」
「いいや、ブレイズと出会ったキーリメルベス大山脈の麓のことだ。
大山脈というだけあって部分的に火山を内包していたりするからな」
渓谷の上空を何度か旋回しながら降下できそうな箇所を見繕い、巧みに手綱を引いて飼い竜に指示を出すと両翼を上下に羽搏かせる浮滞状態へと移る。
瘴気により徐々に悪化する視界の中を慎重に降下し、やがて静かに着陸した。
「お疲れさまー! ここまで運んでくれて ありがとねぃ」
「グルルゥイ!」
「ひとまず魔物が居なさそうな場所を選んで降りたから
大剣が発掘された谷底までは歩かないといけないけど構わないよな?」
「ここから先は、空からだと地面が視えないくらいの靄だったからねぃ。
安全な場所からスタートするのは探索の鉄則だよ!」
「僕とブレイズでも足場が視えないような場所への降下は流石に無理だからな。
じゃあ、ぼちぼち進んで行くか……陽が暮れる前には見付けたいな」
「はーい!」
垂直に伸びる光印を発するの魔具を地面に置き、その場に飼い竜を残して二人は瘴気の充満する渓谷へと挑んでいく。
ヴィルツは耐毒性を備えた魔具と思しき防護布を鼻から口元に掛けて丸ごと覆って瘴気対策を施している一方で、アルビトラの井出立ちは普段通りだった。
「アンタが着ている青い長羽織……マッキリー製の魔具だよな。
僕の記憶が確かなら耐寒性や自動修復の刻印こそ施されているものの
瘴気を防ぐ機能はなかったと思うんだが、平気なのか?」
持前の鑑定眼でアルビトラの装備品を分析していたヴィルツがふと疑問を零す。
北方の軍事大国マッキリーは彼とその妻が新居を構えた国でもあるために、そこで生産されている代物に関しては特に詳しいのだ。
「んー……ちょっとだけ息苦しいし、臭いも気になるかなぁ。
でも火山を冒険した時もへっちゃらだったから、たぶん大丈夫!」」
「ふむ、獣人種は過酷な環境にも適応できる優れた肉体って言うからな。
それを加味しても頑丈過ぎる気もするが、まあ良いか」
アルビトラの常軌を逸した能力や行動の数々には散々驚かされてきた。
経験豊富な彼女がそれで今までやってこれたというのなら問題はないのだろう、ヴィルツはそう自分を納得させて不揃いの岩肌を踏み締めていった。
「これだけ視界が悪いと、足を踏み外したら助かる見込みはなさそうだな」
アルビトラを先頭にして峻険な地勢を進み続ける。
そろそろ夕暮れ時に差し掛かるが元より薄暗い谷底ならば、そこまでの変化は感じない。勿論、流石に夜になれば提燈の灯りを頼らなければならないだろう。
ブシュゥゥゥ……!
「わわっ、今のはちょっと危なかったねぃ」
アルビトラの顔面より僅か三十トルメッテの距離を、地中より噴出した水蒸気の塊が擦過する。その影響からか、一束に結われている彼女の銀色の髪がふわっと舞うようにして空中を踊った。
「火傷しても知らないぞ? ……で、どう見る?」
噴出の影響により一瞬だけ晴れた視界の中で見咎めた魔物の死骸の山を指差し、ヴィルツが意見を求めてきた。
「矢弾と刺し傷がいっぱい付いてるねぃ。
きっと先に出発した兵士さん達と戦って倒されたのかも!」
「僕も同じ見立てだな。一箇所に骸を固めておくだけの余力すらある。
このくらいの魔物なら王国兵達にとって大きな脅威じゃないってことだ」
悪視界で奇襲を受けない限り、訓練された精兵にとって棲息する魔物などは十二分に対処可能な脅威。
一固めにしてあるのは渓谷の生態系や、後続の者への配慮といったところか。
「……連絡が途絶えた原因は、やっぱり大剣が発する危険な光粒ってことか。
勿論、より多くの魔物に囲まれたり転落した可能性も有り得るだろうけど」
思案と警戒を強めながら更に奥部へと足を踏み入れていくこと四半刻。
漂々と歩き続けていたアルビトラがふと歩を停めた。
「どうかしたのか?」
「んー、結構新しめな血の臭いが混ざってる! ちょっと待っててねぃ」
ヴィルツを制止しながら、その場で左腕を前方へと突き出して全身を駆け巡る魔力を掌に集約し始めた。
「草原の魍魎を祓う、嘶きの諸相……『断空迅』!」
二節の短い詠唱句の後に鍵語を呟いた次の瞬間、アルビトラの掌より突風が巻き起こり周囲の瘴気を一時的に消し飛ばしてみせる。
恰も広大なる大草原を駆け抜ける、峻馬の疾走を彷彿とさせた。
「突風を起こすだけの低位の魔術か、知らない詠唱句だな」
「私がいつも使ってる『風紡』の改造元だよ。
"絶望の谷"よりも更に西側にあるグルダナ大草原で覚えたんだー。
それよりも お兄さん、あっちを見てみて!」
僅かに晴れた視界の中で、斜めに隆起した岩が段差となっている箇所を指差す。
そこには上質な衣服を纏った者達と、巨大な百足のような亡骸が転がっていた。
「……衣服に描かれた紋章からしてロンデルバルクの精兵達か。
しかし、こっちの大きな蟲はなんだ? 魔物とも違うみたいだが」
「近くまで行ってみようよ」
言うよりも早く、岩塊の段差をぴょんぴょん跳び跳ねながら降っていく。
湿気でぬめった岩は非常に滑り易いのだが、アルビトラにとっては大した問題ではなく、また旅慣れたヴィルツも同様であった。
「ふむ、見た感じだと魔物や魔獣とは違うみたいだな。
百足の脚の上に純人種みたいな上半身……」
「でも頭の部分が丸ごと無くなってるよ。
とんでもなく大きな爆発で吹き飛ばされたのかな?」
兵士達の亡骸の前で冥福を祈った後に、百足のような肉塊を検める。
あまりじっくりと眺めていたい光景ではなかったが、ここで何が起こったのか調べずに先へ進むのは流石に無頓着が過ぎるというものだ。
「兵士達のほうは巨大な刃物で斬り裂かれている。
百足の傍で転がっている大鎌によるものか? だとすると、コイツらは……」
「うん、魔物じゃなくて武器を振るうヒトだった可能性が高いね!
下半身が百足の蟲人な気がする」
「王国兵と蟲人がここで交戦して、王国兵の辛勝ってところか」
「んー、それはどうだろうねぃ。
兵士さん達が勝ったのなら仲間の遺体をそのままにして先に進むのは変だよ」
「確かに一理あるな。
それに、これだけ鮮やかに精兵を両断できる奴等が敗けるとは思えない」
亡骸から交戦状況を類推していくが、どうにも不鮮明であった。
精兵である王国兵達は圧倒的な実力差によって一刀両断に処されているように見受けられる。
であれば彼我の戦力差は明白であり、蟲人の半身を消し飛ばすほどの反撃を講じることが出来たとは到底考えられなかったのだ。
「そもそも、いったいどうやってこの蟲人を消し飛ばしたんだ?
爆薬を使おうものなら崩落したり、瘴気が連鎖爆発して自滅するのがオチだ」
「とにかく凄い力で一撃粉砕! された感じだねぃ」
「ふーむ、ここで足を停めて考え続けたところで何も進展しないだろうし
府に落ちない点はあるが、用心して先を進むしかないな」
蟲人と思しき者達に対しても魂の循環と冥福を祈ってから、奥底へと延びる足場を見繕って移動を再開しようとした……が、その時だった。
「……何か居る、かも!」
アルビトラの狐耳がピクリと震え、尻尾の毛先が僅かに粟毛立ち始めていた。
「インジュドゥーヤ、マルシエン。ロンドジューヤ!」
カサカサカサと何かが高速で動き回る物音が四方八方から響き渡ると同時、周囲に充満する瘴気の直中を巨大な何かが突っ切って来た。
「何だ、急に……落岩か? いや、違う」
「お兄さんは退がってて!」
驚愕しながらも咄嗟に短剣を引き抜くヴィルツ。そんな彼を庇うように前衛を張るアルビトラは左掌で鞘を握り締め、右掌を柄に添えて臨戦態勢に移っていた。
「(ただ速いだけじゃなくて足音を拡散させて響かせる工夫を凝らしているねぃ)」
亜音速で接敵した巨体が両腕を振るい、更なる剣速の巨鎌の刃が迸る。
常人であれば何一つ理解し得ない間に生命を刈り獲られている頃合いなれど、生憎と数百年の戦歴を刻むアルビトラは見事に対応してみせたのだ。
ヒュイン…… ガギィィン! という甲高い金属音を轟かせながら、死角より迫る凶刃を的確に見極めて打ち払う。魔獣の骨を削り出した刀身と粋然刀の刀身が克ち合い、黄昏時に火花を散らしていた。
ただしアルビトラは克ち合う間際には敢えて斬撃の芯を外している。
真っ当に刃と刃を激突させていれば、おそらく質量差によりこちら側の刀身か腕が圧し折られてしまうのではないかという直感が働いたのだ。
「(重い上に鋭い一撃だ! まともに受けたら折られちゃってたかも)」
即座に反撃を試みるような真似はせず、追撃に備えて万全の構えを採る。
襲撃者の正体と手管を割り出し、護衛対象の身の安全を優先した。
「デカイ百足のような下半身と、純人種の上半身……。
予想通り、この地で暮らしている蟲人の一種だったのか」
「あっちで亡骸になっていた子達の仲間なのかもしれないね」
「イシュビエル、イード……イシュ」
骨を削り出した大鎌を構えた蟲人がアルビトラへと襲い掛かる。
多脚、というよりは多節を活かした陸上での高速移動と体幹の強さで大鎌を縦横無尽に振り回して見せた。
「……ん! これは当たっちゃうと無事では済まないかも!」
さながら竜巻の如く踊る刃は決して力任せではない、確かな技巧を感じさせた。
一振りが必殺の一撃に相当し、ヒトの肉体など容易く両断してのけるだろう。
珍しく緊張した面持ちを浮かべながらアルビトラは右に左にと短い跳躍を行い、時には地面を転がることで蟲人の猛攻を耐え忍ぶ。
「カルシャナで戦った、あの綺麗な錬成像とだいたい同じくらいの強さかな?」
体躯や膂力、そして戦法こそまるで異なるが、総合的な戦闘力は『中枢個体』と呼ばれた黄金色の錬成像に匹敵すると感じた。
あの時も地の利は相手側が一方的に握っていたが今回の戦いはその比ではない。
悪視界を形成する水蒸気に瘴気。ぬめりの強い岩場。そして蔓延る呪詛。
何もかもが外様であるアルビトラ達にとっては油断できない要因……だが。
「ここだー!」
嵐のような斬撃に晒され続けること数分間。
防戦に徹するうちに大鎌の太刀筋に目が慣れてきたので、極僅かな後隙を見定めて的確に粋然刀を抜き放った。
「イギュゥ!? ……イシュア!」
抜刀、一閃。大鎌の柄を両断した後に納刀。
そして即座に後方へと跳躍して距離を取ると、それまでアルビトラが立っていた場所に百足の下半身が鞭の如く押し寄せて岩塊ごと薙ぎ払う。
「ふぃ~……予測はしていたけど油断ならないねぃ」
「おい、大丈夫か!?」
「うん、何とかね! もう少しで反撃の糸口を見出せると思うよ」
言うは易し、行うは難し。常人であればとっくの昔に骸と化しているような状況下でもアルビトラは冷静に成すべきことを成していく。
激しく、変則的な動きに加えて周囲の地形にも適応しつつあり、調子を維持して戦闘を継続していけば、いずれ彼女が競り勝つことだろう。
しかし、此処で状況が一変する。
「イルディンャ。ルイーク ガン、ベリュウ」
「グルギエラ、リーグホルン」
「リーグ……リーグホルン」
「イシュ、ゴドゥイオン!」
アルビトラと対峙する蟲人の後方。瘴気の靄の直中より、なんと更に四人もの蟲人の集団が姿を現したのである。
いずれも骨を削り出した大鎌、斧槍、大槍といった長柄武器を携えていた。
「嘘だろ? 一人でも相当に危険な遣い手だってのに」
「見た感じ、全員 同じくらいの実力者だね。これはちょっと……大変かも!」
油断なく居合貫きの構えを採りながら、珍しく……本当に珍しくアルビトラの額より冷たい汗が静かに滴る。
一対一なら手堅く勝利を収められる。しかし五人掛かりとなれば無傷で切り抜けるのは流石に厳しい。護衛対象のことも気に掛けないといけない。
「……どうにか一人、できれば二人くらいは僕が受け持ってやるよ」
その間にアンタが三人倒せば、きっと何とかなる筈だぜ」
「え、でも!」
「御託は後にしろ」
両掌にそれぞれ三本ずつ短剣を構えたヴィルツがアルビトラの左隣に並び立つ。
軽標な口調とは裏腹に、彼の表情は然るべき緊迫の色が滲んでいた。
この状況下では、護衛の依頼がどうのこうのと体裁を取り繕っている余裕はないという事である。
「(商人のお兄さんの強さも、この蟲人とだいたい同じかな)
(二人も相手にさせるのは かなり無理させることになるよねぃ)」
"北方の勇者"レギの相棒だったヴィルツの実力の片鱗は何度か目にしている。
しかし、それでも渓谷内での蟲人の相手は一人が限界だろう。
ならば使える手札は早々に切ってしまうべきだ。
「だったら、ここで起きようか……アガネソーラ、忌導!」
宣言と同時に居合貫きの構えを解き、静かに抜刀。
得物を高らかに掲げると柄、鍔、鞘の装飾に設えられた小さな赫い宝玉達が煌びやかな輝きを放ち始めた。
フォォォン……と、猛禽類の鳴き声のような鋭く間延びした機械音が鳴り響く。
真紅の光粒、即ち『霊滓』が宝玉より澎湃と吐き出され、アルビトラの周囲で滞留しながら粋然刀に固着して刀身を茜色に染め上げる。
そして余った光粒が三枚の浮遊盾を形成し、その内の一枚をアルビトラに。残りの二枚をヴィルツの左右を護るようにして展開を果たした。
「おお! エルドスヴァンス戦で見せたアンタの奥の手か!
こいつは良い、それでこそ護衛として雇った甲斐があるってもんだぜ」
危機とした状況であるにも関わらず、喜々として笑うヴィルツ。
アルビトラの扱う特殊な武器の真価を間近で拝むことは、彼の旅の目的の一つであったのだから本望といったところか。
「お兄さんも結構 図太い性格してるよ!」
少し呆れながらも意識を眼前の蟲人達へと傾け、向かって右側の三人に対して再び居合貫きの構えを採る。
強化した刀身と浮遊盾が合わされば、極めて不利な地形での難敵との戦いも凌いでいける算段だ。
「ふふん、こういう状況で笑うことすら出来なくなったら終わりなんだよ。
この浮遊盾があれば何とかなりそうだ……って、奴等の様子が変だな」
敵の猛攻に立ち向かおうと覚悟を定めた矢先、蟲人達の歩みが停まっていたことに気付く。
「ゴリル……! イド、オルドロール!?」
「ドゥイ、ギリアイル……」
「オルドゥイ、イシュラァ」
真紅の光粒を目にした途端、彼等の間で明確な動揺が広がっていた。互いに顔を見合わせて、聞いたこともないような言葉で短い話し合いを始める始末。
「戸惑ってる感じだね、どうかしたのかな」
「明らかにアンタの武器を見て驚いていたぞ……。
だがチャンスでもある、この隙を突いて一気に打って出るか?」
「んー、それもアリだけど。
ちょっと気になるから、あっちの話が纏まるのを待ってみたいかな」
「……分かった、アンタの勘を信じよう」
千載一遇の機会にも関わらずアルビトラは反撃を控えた。
百戦錬磨の彼女が切り込むべき時ではないと判断したのだから、ヴィルツは極限の冷静さを発揮してアルビトラの直感を尊重する。
二人が臨戦態勢のまま相手の動向に目を光らせていると、五人の蟲人の中で最も位の高い者が最終的に仲間達の意見を纏め上げたようだ。
「…………」
蟲人の代表者……最初にアルビトラ達に襲い掛かって来た者が、一人でゆっくりと近付いて来る。
両断された大鎌は地に置かれており、代わりに予備の短槍を握り締めていた。
「……何だ? 一対一の決闘でもしようっていうのか」
「仲直りしたいって雰囲気じゃなさそうかな? かな?」
代表者の表情は硬く、侵略者を睨むような目付きを傾けながらも緊張していることが如実に伝わって来る。
そうしてアルビトラから僅か三メッテ離れた位置まで、ずりずりと百足の多節を蠢かせて這い寄ると、ぎこちなく口を開き始めた。
「オマエノ、モツ、ケン。ニ ツイテ シリタイ」
「……ロンド語を喋った?!」
「かなりのカタコトだけどねぃ」
二人は僅かに驚いた表情を浮かべつつも、異種族との交流経験が豊富であるためか即座に目の前の現実を受け入れる。
単独で近寄る蟲人が発する言葉に真摯に耳を傾けた。
「ニクキ モノタチノ コトバ、ダガ。ヒツヨウ。ダカラ、オボエタ」
辛うじて聞き取れる単語から察するに、彼等は現在のロンデルバルク王国の民を快く思っていないらしい。
しかし大国の動向を無碍にして生き延び続けることは現実的ではない。だから仕方なくロンド語の習得に励んだのだろう。
「コチラノ トイ ニ コタエヨ。
ソノ、ケン ……『霊滓綺装』ヲ ナゼ ヘイゼント、アツカエル?」
蟲人の訝し気な視線は、アルビトラの持つ粋然刀が発した真紅の光粒と、それによって象られた浮遊盾に対して注がれていた。
「かろとぐらむ……?」
「チツジョ、モヤス……アカイヒカリ ハナツ、イマワシキ。キバ……」
畏怖の念からか途中より発音が漫ろめいて聞き取り辛くなってしまう。
どうやら彼等は、この真紅の光粒の特異性に心当たりがあるらしい。
「アノ フタリグミ ダケデナク。マサカ サンニンメガ、ヤッテクルトハ……」
その声色は、突然 訪れた大災厄に対する畏怖に震えているかのようであった。
「んー、この子は私が目を覚ました時から隣に置いてあったんだよ!
ずっと使い続けてるだけだから詳しいことは分からないんだよねぃ。
滅多に刃零れしなくて頑丈だし、名前を呼ぶと不思議な光粒を出して便利なの」
「『霊滓綺装』ト シラズニ、ツカッテイル ノカ」
「その、かろとぐらむ……? って何なの? 私、初めて聞いたよ!」
若干の呆れ混じりの表情を浮かべる蟲人に対してアルビトラは至極 平然とした態度で受け答えする。
然れど、高位の武芸者である彼女達の間に漂う緊迫感は担保され続けていた。
「蟲人の戦士よ。僕達は やんごとなき御方からの依頼でこの渓谷に赴いた。
目的は彼女の持つ武器に似た性質だという大剣とやらの回収だ」
アルビトラが相手の望む回答を発せないと判断したヴィルツが割って入る。
「『霊滓綺装』とやらには僕達は心当たりが無い。
何か知っていることがあるのなら教えてくれないか?」
「…………」
ヴィルツを睨み据え、思案する蟲人の代表者。
少しの間を置いて双方の立場と目的を吟味した上で、発するべき言葉を見繕う。
「イイダロウ。オマエタチ ハ ロンドジューヤ トハ チガウヨウダ」
単語と単語を繋ぎ合わせただけの聞き取り辛い発音で、谷底で発掘された大剣についての説明をし始めた。
辛うじて聞き取れる範囲で彼の話を要約すると、以下の様な内容であった。
彼等は元々、現在のロンデル地方に住んでいた長命の亜人種で、約千年前にロンド族と呼ばれる者達からの侵攻に遭ってバルクム・イルド渓谷に追いやられた。
故にロンデルバルク王国の者達に対して現在でも深い憎しみを懐いている。
一人一人が常軌を逸する戦闘能力を有する彼等に敗北を齎したのは、嘗てのロンド族が持ち出した武器に秘密があった。
それが『霊滓綺装』と呼ばれる真紅の光粒を放つ太古の兵器。
資格無き者が触れれば肉体と魂を分解されてしまう、秩序を灼く光だという。
アルビトラが握り締めている粋然刀の放つ光粒は、『霊滓綺装』の特質と非常に似通っていると蟲人の長は付け加えた。
「この子ってそんなに危ない武器だったんだー。
私は危険に感じたことは一度もなかったけどねぃ」
「テキゴウシャ ナラバ、イムベキヒカリ ニ ヤカレルコトハナイ……」
きょとんとした表情で自身の得物を検めながら、アルビトラはボロボロの冊子を取り出していた。
思わぬところで長年の相棒の正体が判明しつつあるのだから、この話は入念に書き記しておく価値があるだろう。
僅かな所感を聞き遂げてから蟲人の代表者は説明を続けた。
斯様な代物が最近になって渓谷の底で新たに出土し、蟲人達が対処に困っていた折にロンデルバルク王国の兵士達……即ち、彼等にとって未だ消えぬ怨嗟を滾らせる対象が部隊を組んで押し寄せて来たというわけだ。
騒動の渦中の大剣は、今こうしている間も渓谷の深奥にて真紅の光粒を放ち続けているという。
「谷底深くに埋もれていた曰く付きの代物が今になって発掘されて、
おまけに王国兵を呼び寄せるとは貴方達にとっては実に災難だったな」
「ワレワレ ニトッテ、『霊滓綺装』ハ イマワシキ キバ。
ソンザイ ソノモノガ アシキイブツ……シカシ、トリノゾク コトモデキナイ」
苦渋に塗れた面貌を浮かべながら片言のロンド語での説明が締め括られた。
彼の忸怩たる思いが、弥が上にもヴィルツ達へ伝播する。
「説明に感謝を。おかげで凡その事情は理解できた。
『霊滓綺装』に関してはまだまだ謎だらけだけどな」
「(ふーん、手馴れてるねぃ)」
短剣をベルトの裏に仕込まれた鞘に納めながら、軽くお辞儀をするヴィルツ。
既に彼は敵対者ではなく交渉者として接するべく雰囲気を一変させている。
その余りにも自然過ぎる変化を目の当たりとし、アルビトラは大いに関心した。
「貴方達がこのまま僕達を通してくれるのなら、谷底の災厄は回収して立ち去る。
そして依頼主と交渉し、二度と王国兵を近付かせないようにしてみせよう!
場合によっては過去にロンデルバルクが犯した罪の清算をさせる」
「……ソノヨウナコトガ。オマエタチノ アルジ ニ、デキルノカ?」
「出来る! 確約する。
もし依頼主が僕達との交渉に応じなければ、回収した代物を持ち逃げするさ。
そうすれば王国兵を渓谷に差し向けている場合じゃなくなるだろう?」
「…………」
自信満々に言い放つヴィルツに対し、代表者だけでなく背後に控える蟲人達からも訝し気な視線が集まり、代わりに動揺が広がり始めた。
「…………」
「…………」
「……ハァ」
突き刺すような異形の視線に晒され続けること数分間。
それなりに長い沈黙の末に、代表者は深い溜息を吐いてみせた。
「……イイダロウ、オマエタチノ ツウカヲ ミノガソウ。
イマワシキ キバ ノ ハイジョ ガ、サイユウセン ダカラナ」
「ヴィルツ・ウォーラフの名に懸けて約束は必ず守る。
貴方達の棲み処に一日でも早く平穏が取り戻されるよう尽力してみせるさ」
話は纏まったとばかりに片手をアルビトラの方へと傾けると、彼女は僅かに逡巡した後に真紅に染まる粋然刀を鞘に納めた。
「じゃあ、通させてもらう……行くぞ」
「はーい!」
未だに得物を構えたままの蟲人の代表者の脇を通り過ぎ、背後に控える者達にも一切怯えることなく歩き出す。
そんなヴィルツに続くようにしてアルビトラもこの場から離れていった。
[ バルクラント地方 ~ バルクム・イルド渓谷 深部 ]
「ふぅ~~~、何とかなって良かったぜぇ」
渓谷を降り続け、背後の蟲人達が視えなくなる地点まで進んだところでヴィルツが立ち止まり、盛大に息を吐き出した。
額からは滝の様な汗が垂れ続けている。安堵と共に張り続けていた虚勢が一挙に剥がれたのだろう。
「上手いこと切り抜けられて良かったね!」
「まともに戦えば相当 厳しい連中だった。
撃退したとしても更に仲間を引き連れて襲い掛かって来るかもしれないしな」
道中では王国兵だけでなく頭部を欠いた蟲人の死骸も転がっていた。
彼等とて既に犠牲者を出しており、尋常ならざる状態にあるのだ。
あのまま交戦して更に刺激するのは悪手極まりない。
「(だが精兵だったとはいえ王国兵達にあの蟲人が倒せるんだろうか?)
(僕でさえ正面から相手するなら一人が精々な筈……それ程の腕前だ)」
若干の違和感。何かを見落としているような感覚。
「(僕達や王国兵以外にも渓谷を探索している奴が居たのか?)」
眉を顰めてヴィルツが思考し始めた矢先。アルビトラからは素直な視線と声色で別の疑問を投げ掛けられた。
「うんうん、でも勝手にあんな約束をしちゃって大丈夫なの?
王女様に言えば、叶えてくれるかもしれないけどー」
谷底で出土した大剣を無事に回収すれば王国兵を差し向ける必要性はなくなる。
だからといって二度と関わらない、蟲人達の領域を侵さないとは限らない。
仮に出土した大剣が非常に有用な代物であるならば、他にも渓谷に埋没していないかと探索したくなるのがヒトの性である。
「ああでも言っておかないと、すんなり通してはくれなかっただろ?」
「んー、確かにそんな雰囲気だったねぃ」
先刻の話を聞く限り、先住民である彼等と昔の王国民との間には只ならぬ因縁と怨嗟が蔓延っている。
であれば虚勢に頼った断言を以てあの場を切り抜けなければ、彼等が抱え続ける怨嗟の矛先がヴィルツ達に傾く恐れがあったのだ。
「あの連中と約束した件は無事に帰った後で考えるさ。
最悪の場合はレギに便宜してもらうことになるかもしれないな……」
どっと草臥れた素振りを見せながらヴィルツは谷底へ続く細い岩場を歩き続け、アルビトラもそれ以上の言及はせずに彼の後を付いて行く。
二人が向かう渓谷の最奥部、谷底からは異質な気配が漂い始めていた――
・第2話の8節目をお読みくださり、誠にありがとうございました!
随分と間が空いてしまったにも関わらず、こうして目にして下さる方々がいらっしゃいますことは本当に有難く、嬉しい限りでございます。
・筆者の環境の変化などに伴い、更新頻度は安定しないかもしれませんが
出来得る限り継続して執筆させていただきますので、どうか今後もアルビトラ達の旅路にを見守っていただければ幸いです。
・次回はいよいよ『霊滓綺装』遣い同士の邂逅となります。
こうご期待ください!




