実戦演習、開始
自分だけの専用武器を受け取ってからの初めての戦闘授業。
皆の手には真新しい武器がある。
素手で戦闘授業を受けていた久遠の手にも、それはあった。
「拳護にもやっと武器ができたみたいだね」
瑛慈は、久遠のことも名前で呼べるまでになっていた。
だがそれも、年上に敬語で話されるのが居心地が悪いからとのことだ。
「はい。このガントレットが俺の専用武器です。『赫拳装<アブソリューション>』って言うみたいです」
武骨な籠手だった。
黒鉄を思わせる鈍い色合いをしている。
関節部は、工業製品のような精密さで組み上げられていて、無機質で整えられている。
――しかし、よく見ると生き物の気配を感じる。
拳の甲から手首にかけて、ひび割れのような紋様が走り、何かの鱗のようで。
視線を凝らして、ようやく気づいた。
装甲の継ぎ目の奥……。
金属の下から、黒ずんだ何かが覗いている。
それは単なる装飾ではない。
隙間に、かすかな"赫"が沈んでいた。
発光しているわけじゃない。
ただ、その禍々しさが目に焼き付くように鮮烈だった。
「何と言うか……恐ろしさがあるね」
「俺も、そう思います。
これは、本物の魔物から採取した素材を組み込んであるみたいです」
久遠が拳を握る。
キシキシと金属が軋む音に合わせて、赫がゆっくりと広がっていく。
細い線が、まるで血管みたいに走る。
久遠は何も言わず、ただじっと自分の拳を見ていた。
「全員、自分の専用武器を受け取っているな」
そこへ、真柄が現れる。
手には、魔剣とは違う大剣を持っていた。
「今回の授業では、ただ打ち込むだけでなく、専用武器の扱い方と性能を確かめろ。
明日の授業から、実戦演習に出てもらう」
クラスメイトの一人が質問をした。
「実戦演習とは一体どんなことをやるんですか?
まさか、魔物といきなり戦うなんてことは……」
真柄は表情を変えずに言った。
「そのまさかだ。特事室は、各地で起こる超常現象、魔物が起こす事件に対処している。その一部をお前たちにも対応してもらう」
「……うそでしょ?」
「……早くない?」
「……無理だって」
周囲からは、驚きとともにそんな小声が聞こえてきた。
「お前たちの言いたいこともわかる。
だが、どれも事前に特事室が調査し、下位程度の魔物の処理案件ばかりだ」
「下位程度って言っても、私たちは魔物を相手にしたことなんてありませんよ……。
下手したら、殺されるかもしれませんよね?」
不安げな顔を浮かべるクラスメイトが言う。
「当然だ。下位魔物だからといって舐めてかかると、死ぬ。
そのための演習だ。
もちろん殺されないように、我々も同行するから安心しろ」
真柄はそれだけ言うと、授業に移るように指示を出す。
しかし、クラスメイトたちは納得してない者がほとんどだった。
その反応は、至極自然なことだ。
魔物すら見たことがない者もいる。
魔法を知り、戦い方を学んだとしても、死ぬ可能性があるのだ。
だが、瑛慈は内心ワクワクしていた。
逃げるしかなかったあの頃とは違い、今は自分の意思で戦える。
自分だけの武器を手に、戦う術を学び、立ち向かえる。
もう、逃げるという選択肢はないのだ。
瑛慈は移動しながら聞いた。
「拳護はどう思う?」
「俺は、下位魔物なら何の問題もないと思いますよ」
そうだった。
久遠は素手で魔物を倒したことがあるのだ。
武器を身に付けた状態での強さは、どんなものか計り知れない。
なんとも頼もしい存在である。
そう思いながら、真柄の待つ所へと向かった。
「兵装研で武器を受け取ったとき、説明があったはずだ。
だが、実際に使ってみるまで分からない。
私に打ち込んで、専用武器の性能を理解しろ」
そこから一人ずつ、真柄に打ち込んでいく。
当然、一人ひとり武器は違って、能力も違う。
攻撃や防御に特化したもの、魔法が放てるものと多種多様で、確認するように武器を振るっていく。
真柄も初めて受ける攻撃なのに、平然と受け流す。
瑛慈の番になり、剣を抜く。
「さぁ、どんな攻撃でも構わんぞ」
真柄が大剣を構える。
剣を握り締めると、魔力が水流のように剣と自分とを行き来するようだ。
瑛慈は、少量の魔力で魔法が扱えると言っていたのを思い出していた。
魔力へと意識を向け、わずかに流す。
刀身の群青が、揺らめく。
すると、次の瞬間――
剣身の表面を薄い水の膜が覆った。
揺らめきながら、静かに流れている。
軽く、試すように剣を振る。
刃から離れたそれは、形を保ったまま前へと滑るようにして放たれる。
薄く、鋭い、水の刃だ。
音は、ほとんどしない。
空気を裂きながら、真柄に向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「ほぉ、攻撃パターンが増えたな」
真柄がぽつりと呟くと、大剣を振るう。
水の刃は届く直前に、かき消される。
剣身にまだ水が覆ってるのを確認すると、同じように二度、三度と振った。
斬撃が水の刃となって飛んでいく。
自分の魔力はほとんど使うことはない。
しかしそれも、真柄は一振りでかき消した。
威力も、速さも、これでは足りない。
視線を落とす。
(……想像力は、豊かに)
ただ魔力を流すだけじゃダメだ。
この剣の形を決めるのは自分だ。
どこかで見た記憶。
細い水の流れが、硬いものを切断する光景。
目を閉じ、思い浮かべる。
剣を構え、もう一度、意識を魔力へと向ける。
剣と自分の間を行き来する“流れ”を感じて、剣身を覆う水へと。
速く鋭い水流に、逃げ場のない圧力。
(圧を……上げる)
漠然としたイメージを、無理やり形にする。
流れている水を、圧し潰すように。
流れを絞るように。
次第に水が、変わっていく。
揺らぎが消え、剣身の表面を覆っていた水が、細く絞られる。
その密度は、先ほどとは比べものにならない。
空気が、微かに震えた。
目に見えるほどの派手さはない。
その形を保ったまま、間合いを詰め、真柄に向かって振り下ろす。
当然のように、それを受け止めようとする。
しかし、寸前の所で大剣を引き、避けた。
瑛慈も追撃することはなかった。
剣身の水が静かな揺らめきに戻ってしまったのだ。
維持するのが難しい。
「考えたな。いい攻撃だ。
危うく、この大剣を傷付けるところだった」
剣で、剣を切ることはできない。
でも、違う物質でならそれが可能だと思った。
そしてそれは、正しいのだと思う。
あの真柄が剣で受け止めるのではなく、避けたのが何よりの証拠だ。
「だが、やはりまだ扱いきれてはないようだな。
お前は、実戦での方が感覚が掴めるようだから、明日からその力を発揮してみろ」
そう言うと、次の勇者候補生の打ち込みに移ってしまった。
本当はもっと試したいことがある。
仕方なく、剣を鞘へとしまい、再び打ち込みの様子を見ていた。
見るだけでも、学びはある。
例えば、蘆屋は短剣を使うことで、素早い攻撃を繰り出す。
なおかつ魔法と式神を併用することで、攻撃の隙がない。
しかし、決定打がない。
特に、真柄のような強敵には。
いくら斬りつけても傷は浅く、それを補おうと魔法や式神に頼っても、致命傷にはならないし、当たらないこともある。
それを、専用武器が解決したようだ。
詳しくは分からないが、斬りつけた箇所に魔法陣のようなものが浮かび上がった。
そして、そこから魔法が発生し、ダメージを与えたのだ。
そして、久遠。
蘆屋のような速い連続攻撃だが、一発の重さが違う。
真柄も久遠の攻撃だけは、まともに受けようとはしなかった。
人間に対しては本気で殴れない久遠だが、武器をつけた状態だと、掠るだけでもダメージがあるようだ。
魔法を使えなくても、十分に戦える強さがある。
それを可能にしているのが、ボクサーとして培った眼だ。
隻眼だが、動体視力がずば抜けており、それに対応する反射速度も速い。
攻撃をただ避けるのではなく、カウンターを常に意識している。
他の勇者候補生たちも、それぞれの戦い方をしている。
武器の使い方、魔法の併用、攻撃の防ぎ方……。
しかし、誰を見ても共通していることがあった。
それは、自分の間合いで戦っているということだ。
今は人対人だからこそ、それが掴める。
だが明日、魔物と対峙した時、それがどうなるのか……。ちゃんと戦えるのか……。
あの夜が蘇る。
狼男のような魔物から逃げるしかなかった、あの頃の自分。
今なら戦える、と妄想していた。
咆哮を上げる魔物。
怯まずに懐へと飛び込む。
大きな爪を薙ぎ払ってきた。
慌てることなく剣を構え、防ぐ。
魔物は、すぐさま反対の爪を振り下ろしてくる。
防いでいた爪を押し弾き、間一髪で避ける。
体勢を整え、首めがけて横一閃。
一刀両断にすると、魔物は塵となって霧散した。
あの魔物がどの位の魔物かは分からない。
それでも、イメージでは完璧だった。
明日も同じように戦えるはず――そう信じたい。
瑛慈の手は震えていた。
きっとこれは、武者震いだ。
初めての魔物との戦闘に、高揚していた。
そして、翌日。
始業のチャイムと同時に、真柄が教室に入ってきた。
その後ろには、氷室、林崎、鷲尾もいる。
「昨日も話したが、今日から実戦演習に入る。初めは三班ずつに分けて、それぞれ対応してもらう。
引率するのは、私たちだ」
そう言うと、二手に分かれた。
「第一班から第三班が、私と氷室で引率する。
そして第四班から第六班が、林崎と鷲尾だ。
では、グラウンドに移動しろ」
ほとんどのクラスメイトたちが、戸惑いの表情を見せていた。
何かしら説明があるのだと思ったら、班分けをしただけだったのだ。
心の準備をする暇もなく、実戦演習に移る。
それでも愚痴をこぼさず、慌てて準備をして、グラウンドへと向かった。
グラウンドに到着すると真柄たちの前に、昨日まではなかった大きな魔法陣が二つあった。
「揃ったな。簡単に説明する。
お前たちに対応してもらうのは、ゴブリンだ。下位相当の魔物だが、気を付けろ。
奴らはイタズラする程度の魔物だったが、魔王災害以降、人間に危害を加え、死亡事故も引き起こしている。
見た目は小さい。だが、舐めてかかるなよ」
真柄の声がわずかに低くなった。
「……では、それぞれの班の魔法陣に入れ」
皆が一斉に動き出す。
瑛慈たち第二班は、真柄と氷室のいる魔法陣へと入った。
「これより、各班を指定エリアへ転移する」
真柄の合図とともに、氷室が詠唱をした。
「"ディメンション・ゲート"」
辺りの空気が震え、足元の感覚が揺らぐ。
そして、魔法陣が光の輪に包まれる。
その瞬間──
世界が、反転した。
視界が白く弾ける。
重力の感覚が消え、妙な浮遊感を全身に感じる。
音が遠のき、耳鳴りのような高い振動が頭の奥を震わせた。
(……っ)
思わず目を閉じた。
一瞬とも、永遠ともつかない不思議な感覚だ。
次の瞬間──
どん、と足裏に硬い感触が戻り、空気が変わった。
錆びた鉄の匂い。乾いた埃。
瑛慈は反射的に目を開ける。
そこに見えたのは、朽ちかけた巨大な廃工場だった。
その手前には、特事室のメンバーが一人いた。
「真柄さん、氷室さん、お待ちしておりました」
二人に挨拶をし、話を続けた。
「周囲には結界を張り、一般人は入れないようにしてあります。
中の魔物たちも目立った動きはありません」
「そうか、ご苦労。
私たちが出てくるまで、外の監視は頼んだ」
真柄がそう言うと、特事室メンバーは少し離れた場所へと移動する。
瑛慈は辺りを見渡した。
廃工場以外、何もない。
遠くに山が見え、あとは更地のような場所だ。
まるで、ここだけが世界から取り残されたようだった。
「こんな所、放っといてもいいだろ……」
誰かが小さく呟いた。
瑛慈も確かに、と思っていた。
そこに、氷室が話し出す。
「こんな所だから、よ。
人が寄り付かない所に魔物は住み着く。
そして、そういういわく付きの場所に集まる人間はいるものよ」
「……心霊スポットか」
瑛慈がぽつりと呟くと、氷室が頷いた。
「そう。心霊スポットと呼ばれる所は、たいていが悪霊の仕業。
でも、魔物が引き起こしていることも多いの。
だから、少しでも犠牲者を減らすために、私たちはこういう所を無くしていく義務がある」
それだけ言うと、廃工場の入り口へと歩き出した。
そして、大きな扉を真柄と共に開く。
「さぁ、実戦演習の始まりだ」
真柄の言葉に、背筋が伸びる。
「……よし、行こう」
瑛慈はみんなにそう言うと、歩き出す。
それに皆が続いた。
覚悟は決まった。
もう、逃げるだけの自分じゃない。
確かに、勇者への道を歩いているのだ。
だから何があっても、絶対に逃げない。
瑛慈は震える手を、強く握り締めた。
その震えが、緊張からなのか、高揚からなのか――分からない。
瑛慈たちは廃工場へと入っていった。




