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基礎の応用

瑛慈はその日から、何度も中級魔法"アクアカーテン"の訓練を続けた。

しかし、氷室のような広範囲を覆うものは、まだ出せずにいた。

それでも、発動自体は安定している。

ここからは練度を上げる作業。

だが、真柄との戦闘授業と交互に行っているのだ。

剣を握る指の感覚は、次第に薄れていく。

魔法を出すたびに、ぐらりと視界が傾く。

感じたことのない疲労が身体を支配していた。

身体も魔力も回復しきる前に、授業が始まる。


「だいぶ疲れているようだな」


氷室が背中越しに話しかけてきた。

人から見ても、疲れが見えるようだ。

でもそれは、勇者候補生全員、条件は同じなのだ。

だから、遅れをとらないように頑張るしかない。

瑛慈は振り返り、笑顔で返す。


「このぐらいへっちゃらですよ……!」


そうして、再び魔法を詠唱する。

だが、氷室がそれを止める。


「今日はここまでにしよう」


「……いやいや、まだ大丈夫ですって」


氷室はため息をつき、言葉を続ける。


「これ以上続けても、何の生産性もない。

無駄に魔力を消費し続けるだけだよ」


「それでも、やらなきゃ前に進めない……」


頑なに続けようとする瑛慈に、氷室は提案をした。


「……わかった。ならば、違う魔法を教えよう」


そう言うと、杖を瑛慈に向ける。


「"ヒール"」


小さく唱えられたその瞬間――

淡い光が、ふわりと優しく瑛慈の身体を包み込む。


(……あったかい)


思わず、そう感じた。

まるで陽だまりに座っているような、穏やかな温もりだ。

じんわりと、内側から満たされていく。

呼吸が自然と整う。

痛みが、ゆっくりと溶けていく。

気づけば、身体の重さもどこかへ消えていた。

ただ、その感覚に身を任せていた。

やがて、光は温もりとともに静かに薄れていく。


「これは下級の回復魔法の"ヒール"。

軽い怪我と疲労なら、これで治せる」


身体が軽い。

さっきまでの疲労が嘘のように、綺麗に拭い取られている。

指を握ったり、肩を回したりしたが、違和感はどこにもなかった。


「当然だが、魔力を回復させることはできないからな。

ゆっくり休んで、次の授業に備えろ」


「でも……」


「君たちは、ここに来て二週間くらいしか経ってないんだ。

ここまで魔法を使えることも凄いことなんだよ?

だから、焦る必要はない」


瑛慈は渋々受け入れた。

剣をしまい、その場に座り込んだ。

そこに氷室が肩に手を置き、話しかけてくる。


「根性論じゃ強くならないわ。

ただ同じことを繰り返しても意味がない。

魔法はね、私たちが思うよりずっと難しくて、奥深い。

人類が理解している魔法なんて、ほんの一握りなんだから」


氷室は遠くを見つめて、微笑んでいた。

視線の先には、エレーナがいる。

周りの人間とは次元の違う魔法を操っている。

そして、どこか楽しそうだ。


「想像力は、豊かにね」


そこで、授業終了のチャイムが鳴り響いた。

瑛慈はゆっくりと立ち上がり、歩き出す。


(……想像力、か)


同じ魔法でも、氷室とは大きく違う。

それは、経験の差。

今はまだ、埋めることはできない。

――だったら、追いつくしかないんだ。

瑛慈は拳を握り締める。

次こそは、と意気込み戦闘授業へと移動し始めた。



真柄は氷室とは対極で、言葉では何も教えてくれない。

ただひたすらに打ち込むだけ。

それでも、魔法授業よりも成長している自覚がある。

最初こそ、真柄は勇者候補生の攻撃を受け流すだけだったが、今は隙ができた瞬間に反撃がある。

手加減はあるものの、防げなければ怪我は免れない。

だが、その痛みが教えてくれる。

もしこれが実戦ならば、死んだかもしれない。

一方的に攻撃できるシチュエーションなんて、存在しないんだ。


「ふむ。だいぶ手数も増えてきたな。威力も上がっている。私の反撃にも反応できている……」


真柄は何も言わずに、剣を構えた。

今までの防御の体勢ではなく、こちらに向かってくる体勢だった。

その刹那、瑛慈の目の前には刃が……。

慌てて弾く。

しかし、それだけで終わるはずもなく、連続で刃が襲いかかってくる。

死をヒリヒリと感じる。

受け流したり、避けたりとギリギリの反応を見せるが、真柄の振る刃が首元を捉えていた。


(……これは、間に合わない)


瑛慈は諦め、思わず目を閉じた。

……腹部に痛みが走る。

気づいた時には、地面に倒れていた。

どうやら蹴り飛ばされたようだ。


「なぜ、目を閉じた?」


真柄の厳しい視線が瑛慈を射抜く。


「お前は今の一撃で、確実に死んだ。

……ただ殺されるな。悪あがきをしろ。

最期まで、足掻け」


低い声が響く。


「お前は多少なりとも、魔法を使えるようになったはずだ。

何でもいい。次に繋げろ。

それが、起死回生の一撃になるかもしれないんだ」


真柄はそれだけ言うと、次の勇者候補生の相手をし始める。

瑛慈は、その場にへたり込んだままでいた。

腹部の痛みよりも、斬られる瞬間、簡単に諦めたことに腹立たしさを感じていた。

実戦に近いとはいえ、これは訓練。

殺されることはないと、高をくくっていた結果がこれだ。

真柄を見つめた。

瑛慈たちは本気で打ち込んでいる。

だから、真柄のように寸前の所で止めるのはできない。

彼は自分が傷付くことも、死ぬ可能性があるにも関わらず、本気で相手をしてくれている。


(……俺は、真柄先生にも失礼なことをしているのか)


内省し、訓練の様子を見続けた。

今は蘆屋の相手をしている。

蘆屋の攻撃は、恐ろしく速い。

短剣だから一撃のダメージは低いかもしれない。

だが、連続でそれが入れば、確実に致命傷になる。

彼の動きばかり目がいっていたが、それについて行く……いや、それを凌駕する真柄は異次元だ。

改めて見ると、あの屈強な体躯で、なぜあんなにも速く動けるのだろう?

瑛慈は観察した。

かすかにではあるが、真柄の手足に陽炎のような揺らぎが見える。

あれはきっと魔力だ。

真柄は魔力は使えないと言っていたが、久遠のように、無意識に使っているのかもしれない。

そうでなければ、説明のつかない動きなのだ。

魔法と、身体能力強化での魔力の使い方は違うと習った。

瑛慈自身も、初めて魔物に襲われた時、覚醒されて無意識に魔力を使って逃げれた。


(想像力を豊かに……。この言葉は、魔法だけじゃないのかも)


逃げていた時は、体力の限界を超えても走り続けられた。

死にたくないという想い、止まったら殺される……そんな想像をしていたから。

だから、逃げるためには走らなければいけない。

無意識のうちに、魔力が足へと流れた……。


「次だ。瑛慈……」


思考を巡らせていると、いつの間にか自分の番が回ってきた。

慌てて立ち上がり、剣を構える。


「さっきまでの甘さは捨てろよ」


その一言で、間合いを一瞬で詰められる。

そして、連続の斬撃。

先ほどのような手加減はない。

なんとか避けるが、今度は避けきれず、わずかに斬られてしまう。

そこからは当然、血が流れる。

痛みすらも感じさせてもらえない、斬撃の嵐。

再び防戦一方の状況にさせられる。


(……考える暇が、ない)


身体能力強化のための魔力の使い方は、どうすればいいのか。

思考がまとまらずにいた。

考える暇を与えてもらえないなら、自分でその余白を作るしかない。

瑛慈は想像した。

久遠や真柄のように、相手の間合いに瞬時に飛び込める一歩。

それができるのなら、その逆もできる。

後方へと跳び、距離を取る。

バッタやウサギのような跳躍力をイメージ……。

瑛慈は、真柄が斬りかかる瞬間、それを受け流し、その力も利用して思いっきり地面を蹴り、後ろへと跳んだ。

真柄との距離が一気に離れていく。

身体は軽く、一度もやったことのないバク宙をする余裕すらあった。

だが、その間合いすらも瞬時に詰めてくる真柄。

瑛慈は、それも追えていた。

まるで世界が沈んだようだ。

水の底に落ちたように、周囲の音が丸くなり、動きが鈍くなる。

視界はシャープになり、速いはずの真柄の動きが、なぜか遅い。

思考は静かで、感情は平坦。

焦りも恐怖も、どこか別の所へと追いやられている。

これは、魔力をちゃんと扱えている証拠だ……。

手と剣に魔力を流す。

真柄のパワーにも負けないような力……。

幼稚な想像だが、隆々とした筋肉のある腕とパワーを持つ、ゴリラをイメージしていた。

振り下ろされた剣に合わせ、振り抜く。

真柄の剣は弾かれ、後ろへと体勢を崩したのが視えた。

その瞬間を見逃さない。

今度は瑛慈が、剣を振り下ろす。


──何故か、当たらなかった……。


「……瑛慈。今のは見事だった。だが――」


真柄の視線は、瑛慈の手元に注がれていた。


「魔力の制御が、あと一歩だったな」


瑛慈の持つ剣は柄しかなく、剣身が無かったのだ。

よく見ると、地面に鋼の破片が散らばっていた。


「お前は魔力でパワーを上げたが、剣の方がその魔力に耐えきれなかった。

私の剣を弾くと同時に、砕けたんだ」


剣が、魔力に耐えられないとは考えなかった。

まさか壊れるなんて……。

考えることで、やっと魔力を扱えるようになってきたのに。

あとはそれをコントロールし、思考せずとも自然にできるようになること……。

やるべきことが明確になってきた。

瑛慈の胸は高鳴っていた。


「まぁ、ちょうどいい。兵装研から、お前たちの武器が完成したと連絡があったからな。

この時間の授業ももうすぐ終わる。兵装研に行ってきて構わない」


真柄はそれだけ言うと行ってしまった。

残された勇者候補生たちと久遠は顔を見合わせる。

そのうち、一人、また一人と兵装研へと向かっていく。

瑛慈だけは興奮が収まらず、その場に立ちすくんでいた。

しばらくしてから、兵装研へ行こうと動き出した。

しかし、足元に散らばる砕けた鋼を思い出す。

手に持つ柄と、この鋼を見つめる。


(片付けるか……)


瑛慈は周囲を見渡し、掃除用具がどこかにないのか探した。

そこに、端で他の生徒の訓練をしていた林崎が近づいてきた。

手には何故かほうきを持っている。


「君が最後に繰り出した一撃、見ていたよ。

もし、その剣が魔力に耐えれる代物だったら、間違いなく真柄班長に傷を負わせる斬撃が出せていただろうな」


その表情はどことなく嬉しそうだった。

そして、徐にほうきで砕けた鋼を集める。


「この破片は、俺が片付けておく。君も兵装研に行くといい」


瑛慈は一礼して、走り出した。



兵装研に着くと、他の生徒たちもいた。

その手には、真新しい武器がある。

瑛慈がその光景を見て佇んでいると、その姿を見つけた蔵守が声をかけてきた。


「君は……勇者候補生の天満瑛慈くん、だったね?

君の武器も完成しているから、ここで待っていてくれ」


そう言うと、兵装研の奥へと姿を消した。

そしてすぐに、細長いアタッシュケースを携えて戻ってくる。

机に置くと、こちらに向けて開いた。


「さぁ、見てくれ。これが君専用の武器だ」


鞘は深い紺色。

一筋の細い銀の線が、波のように走っているだけの、飾り気のないシンプルなデザイン。

ゆっくりと、柄に手をかける。

そして、引き抜く。

静かな音が響く。

金属音というには柔らかく、水面を裂くような澄んだ音だった。

現れた刀身は、群青色。

紺にも見えるその色は、光を受けるとわずかに揺らぎ、まるで内部に水が湛えられているように、静かに脈打っている。


「これが君専用のロングソード……。

『水刻剣<アクエリアス>』とでも名付けようか。

この剣には、水属性の魔力を封入してある。

君の基本属性や魔力量など鑑みて、少量の魔力を流すだけで、魔法を扱えるようにしたよ。

もちろん、剣としての斬れ味も申し分ない」


握り直すと、手の中で水が流れるような感覚があった。

瑛慈の魔力に呼応するように、静かに、だが確かに。


「使ってみて、気になる所があったら、またここで来るといい」


蔵守はそれだけ言うと、そそくさと別の生徒の方へと行ってしまった。

瑛慈は、しばらく剣を眺めていた。


(これが、俺だけの専用武器……)


詳しい説明はなかった。

それでも、胸の奥が、熱く高鳴る。

――真柄との訓練が、脳裏をよぎった。

渾身の一撃は、魔力に耐えられずに砕けた。

だが、この剣なら大丈夫。

なぜか、そう思ったのだ。

まだ何も分からないはずなのに、これなら戦えるかもしれないと。

淡い確信だけが、この手の中に残った。

ただ見様見真似に剣を振り、苦戦しながら魔力をコントロールしてきてから、およそ一ヶ月。

勇者には程遠い。

だが、戦えるだけの力は、確かに手に入れていた。

瑛慈は、勇者候補生としての自覚を胸に刻む。

そして、握り締めていた剣を鞘に納め、兵装研を後にした。

――この剣で、どこまで戦えるのか。

それはまだ、誰にも分からない。

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