基礎の試練
瑛慈たち勇者候補生は、魔法の授業へと移動していた。
たった一時間、剣で真柄相手に打ち込んでいただけなのに、疲労が蓄積され、足がもつれる。
手も鉛のように重い。
そして、到着すると同時にチャイムが鳴り響いた。
「ここからは、勇者候補生たちも魔法授業に合流するみたいね」
氷室が瑛慈たちを見て言う。
「魔法授業は、魔法が使える前提で受けてもらう。だから、基本的には得意な魔法の練度を上げていくことが、この授業の目的」
杖を出し短く詠唱する。
すると、瑛慈たちの目の前に、昨日使った雷晶球が現れた。
「だがまずは、君たちが魔力コントロールができるようになったかを見てからだな」
自主練用に貸してもらっていたが、正直、あのあとから一度も触っていない……。
掌から走った、あの鋭い衝撃を思い出す。
ちゃんとコントロールできれば、その心配もないが、一度も成功していない。
瑛慈が触れるのを躊躇っていると、氷室が急かすように言ってくる。
「魔力コントロールができなければ、魔法を使わせるわけにはいかない。
さぁ、見せてくれ」
ふと、勇者候補生たちを見た。
皆が同じように躊躇っている。
だが、蘆屋だけは迷うことなく雷晶球を持ち上げる。
反応を伺う。
痛がる様子もなく、手に持つそれは赤く光っていた。
「蘆屋は問題ないな。……他の者も続いてくれ」
瑛慈は意を決して雷晶球を持ち上げた。
そして、魔力に意識を向ける。
「っっ……!」
案の定、電流が流れ、雷晶球を放り投げた。
周囲からも、悲鳴やうめき声が上がる。
「蘆屋以外はまだのようだな。
残念ながら、魔法を使わせるわけにはいかない」
腕を組みながら氷室が言う。
「魔力コントロールができるようになるまでは、雷晶球での訓練を続けるように」
そう言うと、蘆屋と共に晴香たちの方へと行ってしまった。
瑛慈たちは仕方なく雷晶球を拾い上げ、魔力コントロールを続けた。
だが、魔力に集中する度に、電流を浴び続ける。
その繰り返しだった。
他の勇者候補生たちは、一人、また一人と雷晶球を黄色や紫色に光らせていく。
瑛慈は焦りつつも、何度も魔力を流していく。
しかし、チャイムが鳴ってしまう。
結局、瑛慈が魔法の授業中に魔力をコントロールすることはなかった。
「焦らずにね。魔法が使えるんだから、魔力コントロールも必ずできる。
……次は、大変だろうけど、また戦闘授業に戻って」
午前の授業は、真柄相手に打ち込む戦闘授業と、雷晶球での魔力コントロールをする魔法授業を交互に受けた。
真柄には容赦なくしごかれ、魔法授業は魔法すら使わせてもらえず、電流を浴びるだけ……。
そんな時間を経て、やっと休憩時間になった。
重い体を引きずりながら、食堂へと向かうと、すでにエレーナたち三人が一緒に食事をとっていた。
瑛慈も注文を終え、トレーを持ってそこに行く。
「瑛慈、遅かったな。……なんだ、ボロボロじゃないか」
エレーナが笑いながら言ってくる。
「……ははっ。真柄先生は容赦ないし、電流を浴び続けてこのザマですよ……」
「そうなのか?久遠はピンピンしてるぞ?」
「俺と比べちゃダメですよ……。俺はまだ武器がないので、スパーリングしてたようなものですから」
「そうですよ。瑛慈さんは、戦闘授業と魔法授業を交互に受けてるんですから」
久遠と晴香がフォローしてくれる。
「魔力コントロールのコツって、本当に無いのか?」
エレーナが呆れたように言う。
「昨日も言ったはずだよ?慣れるしかないのさ」
エレーナは少し考えてから、言葉を続けた。
「……アドバイスくらいはしてあげよう。
氷室も言っていただろう。"魔力の扱い方自体は、皆同じだ"と。
問題は、どこで放つかだけなんだよ。
瑛慈がやってる訓練は、魔法を使う上での魔力コントロール。
……まぁ、ここまで言えばわかるだろう?」
瑛慈は食事を後回しにして、雷晶球に触れた。
そうだ。
魔法と、身体能力強化の魔力コントロールの仕方は違う。
これはあくまでも、"魔法を扱う"ための魔力コントロールの基礎訓練なのだろう。
電流が流れたのは、無意識のうちに魔力を身体に循環させていたのかもしれない。
内側の魔力に意識を向ける。
循環させるのではなく、雷晶球に向けて流し、魔法を外に放つイメージをする……。
「っっ……!」
電流が走る。
だが、確実に痛みは軽くなっていた。
思わず笑みがこぼれた。
「まぁ、焦るな。午後も授業がある。
今は食事をとって、少しでも身体を休めろ」
エレーナはそれだけ言うと、食事を続けた。
「そうですよ。まだ始めたばかりなんですから、ゆっくりでいいんです」
晴香も励ますように言い、久遠もゆっくりと頷いた。
瑛慈は、掌を見つめた。
ヒリヒリとした痛みが残る。
それでも、コツを掴めた気がした。
雷晶球を置いて、食事を続けた。
その後、食事を終え雑談をしていると、予鈴のチャイムが鳴り響いた。
再びグラウンドに向かう。
真柄にしごかれると思うと、少し気が滅入るが、頬を叩き気合を入れ直した。
「午後の授業も、引き続き私に打ち込むだけだ」
そう言うと、構える。
その姿を見て、改めて思った。
――隙が一切ない。
それでも迷わず打ち込む。
午前よりも少しだけだが、動きが明らかに軽い。
真柄の動きも視えるようになってきた。
エレーナのアドバイスのお陰で、身体能力を魔力で強化できているのかもしれない。
「多少、動きが良くなったな。……だが、集中力を切らすな」
真柄の重い一振りで吹き飛ばされる。
「さぁ、次だ。来い……」
この時間もひたすら打ち込むんだ。
そしてチャイムが鳴り、次の魔法授業へと移る。
魔法授業も引き続き魔力コントロールの訓練。
雷晶球を手に、何度も電流を受ける。
それでも痛みは軽く、慣れてきた。
あと一歩のところまで来ているはずだ。
だが、この日の内に雷晶球を光らせることはできなかった……。
そんな日が一週間ほど続いた。
戦闘授業では、真柄に何度も打ち込むことで身体の使い方や体力も向上し、だいぶ動けるようになった。
しかし、魔力コントロールだけは苦戦した。
コツを掴めかけては、すぐに崩れる。
内心、焦った。
一人だけ目に見えて遅れているのだ。
だが、焦るほど魔力が乱れる。
落ち着かせようと、目を閉じた。
そして、思い出していた。自分の基本属性が"水"だということを。
意識を内側へ沈める。
胸の奥に、小さな源流がある。そこから生まれた魔力が、細い流れとなって腕へ伸びていく。
静かで、途切れのない流れ。
そんなイメージをしてみたのだ。
流れ着く先には──何かに“溜まる”感覚があった。
目を開ける。
視線の先には、煌々と赤く光る雷晶球。
「……で、できた」
瑛慈は、その場にへたり込んだ。
(これでやっと、スタートラインに立てる……)
「瑛慈くん。君も魔法授業に合流して構わない。良くやったな」
思わず笑みがこぼれる。
瑛慈は立ち上がると、氷室と共に移動した。
「君の基本属性は、"水"だったね?」
「はい。でも、わずか水しか出せませんでしたけど……」
「最初はそんなものよ。覚えれば、ちゃんと強力な魔法も使えるようになるはずだから」
少し拓けたところに来た。
辺りでは、生徒たちが特事室メンバーのもとで様々な魔法を出している。
その中には、エレーナと晴香もいる。
しかし、エレーナだけは何もしていない。
その様子を見ていると、氷室が話し出した。
「彼女に教える魔法なんてないから、教官側についてもらってるの。私も教えてもらいたいくらいよ」
しばらくしてから、また話し出す。
「さて、魔法授業に入ろう。
そもそも、なぜ、魔法使いは杖を使うのか分かる?」
確かに、どの物語でも魔法使いは杖を使っているイメージがある。
現に、ここにいる魔法資格を目指す生徒たちも、全員が杖を使っているのだ。
瑛慈は少し考えてから、口を開いた。
「……魔法を抑制するため、とか?」
「それも正解。魔法ってのは本来、人間の神経や脳を焼き切るほど危険なものなんだ。
でも逆に、魔法の力を増幅させるデバイスのようなものでもあるの」
氷室がファイティングポーズをとり、ワン・ツーとパンチする。
そして、杖を持って殴りつける仕草をした。
「素手で殴るより、武器で殴ったほうがダメージがあるだろ?
答えは単純。
杖を使ったほうが強い魔法を放てるからさ」
瑛慈は疑問を持った。
「じゃあ、勇者も杖を使ったほうが……」
「勇者が魔法を使うのは、あくまでも保険。仲間を守るための力よ」
氷室が、瑛慈の持つ剣を指差し言葉を続ける。
「その剣で全ての魔物を斬れるならそれでいいだろう。
だが、物理だけでは倒せない奴もいる。
その時、魔法が使えなければ、ただの役立たず。
だから、勇者も魔法は使えるべきなんだ。
特に、回復や補助魔法をね」
そして、瑛慈に微笑みかける。
「それに、杖を使わずとも、剣を介してでも魔法は使えるから。
……では、始めようか」
氷室はそう言うと、真剣な表情に変わる。
「まずは、昨日と同じように魔法を出してみてくれ」
瑛慈は掌を前に出し、意識を集中する。
水が湧き出るイメージ…。
しばらくすると、微かな冷たさが掌に広がっていく。
昨日は苦戦したものが、時間は少しかったが出てくれた。
「よし。では次に、"アクア"と詠唱してから、出してみて」
同じように掌を出し、訝しげに唱えてみた。
「……アクア」
すると、難なく出てきた。
必死こいて出した魔法が、すんなりと出せたのだ。
その上、水量も明らかに違う。
瑛慈は目を丸くした。
「魔法は、詠唱することで発動できるし、強力なものにできる」
瑛慈は、困惑した。
「なら昨日、それを教えてくれたら……」
氷室はため息をついた。
「昨日のは、基本属性を見極めるためだ。
水属性を使える人間に、火属性の魔法の名前を教えても意味がないだろ?」
瑛慈は、確かにと頷く。
「でも、なぜ名前を詠唱しただけで簡単に魔法を出せたんですか?」
「言葉には、言霊が宿っているからさ」
少し考える仕草を見せてから、言葉を続ける。
「君だって名前を呼ばなければ、反応しないはずだ。
例えば……おい、とか、お前と呼ばれたら気分悪いだろうし、手招きされるだけじゃ自分を呼んでるのかもわからない。魔法も同じなのさ」
氷室は杖を構え、詠唱する。
「"アクア"、これが水属性の基本魔法。
次は下級魔法だ。
"アクアショット"」
空中に水球が現れると、そこから小さな水の弾が放たれる。
「さぁ、君もやってみろ」
瑛慈は剣を前に突き出し、詠唱した。
「"アクア"」
掌から出したときよりも、遥かに大きな水球が現れた。
続けて詠唱する。
「"アクアショット"」
氷室と同じように、いくつもの水弾が放たれる。
初めて魔法を出したときとは嘘のように、簡単に出すことができたのだ。
「よし。下級魔法は使えるようだな。
……では続いて、中級魔法。
"アクアカーテン"」
二人の周りに、水の壁が広範囲に広がる。
これが中級魔法?と瑛慈は思った。
氷室に続いて、詠唱する。
「"アクアカーテン"」
だが、水の壁が瑛慈の前に現れるだけで、氷室のような広範囲のものにはならなかった。
「初めのうちはそんなものだろう。
あとは、どんな魔法なのかイメージしてしろ」
氷室は水魔法を操作し、話し続ける。
「水属性は万能な魔法だ。攻防ともに使いやすい。
ただし──魔力の消費は激しい。
それは、何もない所に水を生成しなければならないからだ。
だが逆に、水のある所……川や湖などでは低コストで使える魔法でもあるわ」
瑛慈はもう一度、試してみた。
「……"アクアカーテン"」
今度は、この魔法がどんな魔法なのかをイメージして詠唱する。
氷室が出したのは、周囲を覆うような水のカーテン。
身を守る防御系の魔法なのだろうか……。
物理的な攻撃からではなく、魔法からの防御。
イメージを固めることで、さっきよりも広げられた。
一人を包むだけで精一杯の大きさだが、確かに水のカーテンを生成できたのだ。
「ふむ。一度教えただけで、ここまで魔法を使えるとはな。凄いじゃないか」
「いえ……。俺は器用貧乏なので、これくらいはできるんです。
でも、どうせここまでですよ……」
瑛慈は笑ってごまかした。
「……そうやって逃げてきたんでしょ?
君は、今まで本気でやったことはあるの?」
氷室の言葉に、瑛慈は思い出していた。
学生時代は、勉強も部活も何をやっても平均点……。
どんなに頑張っても100点は取れなくて、自分より上がいる。
毎日休まず練習しても、レギュラーにはなれなくて、たまに試合に出れるくらいで……。
自分に才能なんてないし、敵うわけないと気付かされた。
社会人になってもそうだ。
一生懸命、頑張ってきたこともあった。
でも、いつからか向いてないと理由をつけて、誰でもできるような仕事ばかりをこなすようになった……。
本気になる前に、自分の限界を決めていたんだ。
そうやって逃げてきた。
今思えば、本気になることが恥ずかしかったのかもしれない。
だが、逃げることのほうが恥ずかしいと、今は思う。
だから、逃げない。──今度こそ、本気でやるんだ。
瑛慈は剣を握り締め、決意を固めた──。




