基礎の始まり
瑛慈たちは、しばらく兵装研内を見学した。
そこには、様々な魔道具や神話に出てくる魔剣があったり、魔物の研究もしているようだ。
「僕たちは日々、魔道具の開発や修理、魔物の研究も併せてやっている」
研究員の話によると、ここにある聖剣や魔剣は一時的に保管しているだけで、適性者が現れれば使用を許可しているとのことだ。
しかし、それを扱える者は極わずかで、1級聖騎士か特級聖騎士クラスでなければ難しい。
なぜなら、魔剣は多くの命を奪い、その怨念が籠っているそうだ。
呪われていたり、強力な魔力を宿していることから、それに耐えうる精神と肉体が必要なのだ。
中には、魔剣自体が意志を持っていて、相性が合わなければ、身体を奪われてしまうという。
「真柄さんも魔剣を持っているよ」
きっと、あの大剣だろう。
屈強な体躯をし、特事室の班長も務めるのだから、何も驚きはしない。むしろ納得する。
あの大剣を振るう時点で、常人ではない。
瑛慈は、あの夜のことを思い出していた。
それに対して聖剣は、神や天使からの加護を受けている剣だという。
触れた者の心を見て、所有者を選ぶと言われている。
ゆえに、勇者の剣として描かれることが多いのだ。
そして、その中でも最も有名なのが、"聖剣エクスカリバー"。
その剣は、あらゆるものを斬ることができ、鞘にはあらゆる傷や病を治す魔法が宿る、最強の剣。
IACOの施設を転々としていたが、適正者が現れることはなかった。
しかし、兵装研で保管されることになってから、数十年ぶりに適性者が現れたという。
「今ここにあるのはレプリカなんだ。本物そっくりに再現したが、能力は雲泥の差だ」
瑛慈は許可をもらい、特別に触らせてもらった。
レプリカとはいえ、重量もあり、魔力に満ちている気がする。
「エレーナは何百年と生きているんだろ?見たことはないの?」
両手で添えて持ち、エレーナの目の前で見せて聞いてみた。
「見たことはあるよ。何百年も前だけど。
確かに、このレプリカは精巧に作られている。
ただ、扱える人間には会ったことはないがね。
それゆえに、勇者の剣と言われるんだよ」
俄然、興味を持った。
勇者の剣と言われる、"聖剣エクスカリバー"。
それを扱う人間とはどんな人なんだろう。
その人がきっと、勇者になるべき人間だ。
色々と見学しているうちに、だいぶ時間が経っていたようで、アナウンスが響いた。
「真柄クラスは入り口に集合するように」
瑛慈たちが戻ってくると、全員が揃った。
真柄がそれを確認すると、話し出す。
「これで検査は終わりだ。武器の開発には、早くとも一ヶ月は掛かる。蔵守さんたちに個別に呼ばれるかもしれないから、その時は協力するように」
蔵守に一礼すると、扉を開いた。
「では、教室に戻れ」
再びあの長い階段を上がるのか……。
下りるだけでも大変だったのに、上がるとなると気持ちが沈む。
何を思っても階段を上がらなければ、教室には辿り着けない。仕方なく、一歩一歩踏みしめる。
やっとの思いで上がりきると、息も上がっていた。
廊下の窓から夕日が差し、すでに日は傾いている。知らないうちに、今日もあと数時間で終わってしまう。
こんなに長い一日を過ごしたのは、初めてだ。
教室に戻ると、机に顔を突っ伏した。
すぐにでも寝れそうだ。
学生の頃は、こうして居眠りをしていたことを思い出す。
眠る寸前だったが、扉が勢いよく開かれ真柄が入ってくると、眠気は飛んだ。
「今日の授業はここまでだ。
明日からもこの日々が続いていく。
今日はゆっくり休め。
では、解散」
真柄はそれだけ言うと、そそくさと教室を出ていこうとした。
しかし、扉の前まで行くと、足を止めて振り返った。
「当然だが、帰ってから魔法を使ったり、武器を出すことはするなよ?
命の保証はしないからな」
そう言い残すと扉を閉めて出ていってしまった。
理由なら、もうわかる。
そんな馬鹿なことをする人間は、このクラスにはいないだろう。
クラスメイトたちも支度をして、帰りはじめる。
瑛慈も荷物をまとめ、教室を出た。
普通の学校と何も変わらない感覚だ。
ただ一つ違うのは、この学校を出たら、死の可能性があるということ。
魔物に襲われるかもしれない。
魔法はまだ使えないが、いざとなったらこの剣を使う。
異変を察知し、特事室がきっと助けに来てくれるだろう。
そんなことを考えながら、帰宅の途についた。
今日は、あまりにも密度の濃い一日だった。
朝からいきなり、魔物だの魔法だの、武器の扱いと、これまで経験のないものばかりに触れてきたのだ。
推しとの再会、新たな仲間との出会い。
心も身体も疲れ切っていた。
ベッドに横になれば、すぐにでも寝れそうだ。
明日からは、これが日常になっていくのだろう。
非日常が日常へと……。
瑛慈は掌を見つめていた。
初めての魔法の感覚。
大した魔法ではないが、あの成功体験がきっと、勇者として大切な一歩になる。
あのとき感じた胸の熱さを思い出しながら、その日はゆっくりと眠った。
翌日、アラームの甲高い音が響き、目を覚ました。
何も変わらない朝。
魔王が復活した世界とは、到底思えない。
変化のない朝のルーティンをこなすだけ。
ただ、スーツに着替えるのが、対魔校の制服へと変わった。
まだ着慣れない。
鏡の前に立つ姿は、どこか幼く見えた。
それともう一つ。
この格好には似つかわしくない、剣を腰に添えてある。
そんな気恥ずかしさを抱きながら、対魔校へと向かった。
昨日と同じ教室のはずなのに、扉を開けた瞬間、胸の奥に引っかかるものが少なかった気がした。
小さな話し声がいくつも重なり、わずかに教室の雰囲気も明るく感じる。
きっと、ここがもう、完全な未知ではなくなりつつあるからだろう。
自分の席へ向かう。
「瑛慈さん、おはようございます」
声がした方を向くと、晴香が手を振っていた。
「あ、おはようございます。安倍さん」
「安倍さんって、なんか他人行儀じゃないですか?
晴香でいいですよ。
もしかして、名前で呼ぶの気にする方です?」
「いや、そんなことはないけど……。癖で」
「じゃあ、名前で呼んでくださいね」
そう言うと、ちょうどチャイムが鳴り響く。
席に着くと、しばらくしてから教室に真柄が入ってきた。
「今日も全員いるな?」
教室を見渡し、生徒たちの出席を確認する。
「では、授業に移る。全員武器を持ち、グラウンドに移動しろ」
それだけ言うと、真柄は足早に教室を出ていった。
クラスメイトたちは慌てて武器を手に取り、真柄の後を追う。
やはり普通の学校ではない。
授業の流れもめちゃくちゃだ。
座学なんて昨日の一時間しかやってない。
今日もいきなりグラウンドに移動。
教室が来る意味はあるのだろうか。
瑛慈はそんなことを思いながらも、グラウンドに向かった。
グラウンドに着くと、真柄の横に、氷室、林崎、鷲尾がいた。その他にも特事室のメンバーが数人いた。
「今日からしばらくの間は、ひたすら魔法と武器の扱いの訓練だ。
いくら魔物の知識を頭に入れようが、戦えなければ無意味。
本来、座学なんてやらなくていいんだが……」
「班長がそんなこと言っちゃダメですよ。
一応、このクラスの担任なんですから」
氷室にたしなめられる。
林崎と鷲尾も苦笑していた。
「まぁ、実践が一番なのは確かだ。
これから、特事室のメンバーにも交代で来てもらう。
では、昨日と同じように分かれろ。
勇者候補生は、まずはこちらに来い」
真柄が話し終えると、クラスメイトたちは移動し始めた。
「これで全員だな」
分かれたのを確認すると、言葉を続ける。
「では、さらにここから分かれてもらう。
同じ系統の武器を持つ、特事室メンバーのところへ行け。
勇者候補生と久遠は、私が受け持つ」
瑛慈と久遠は、真柄が待つ方へ移動した。
刀剣類は林崎、遠距離武器は鷲尾、槍や斧といった武器は他の特事室のメンバーの方へと各々向かった。
「あの、すいません。俺も刀なので、林崎さんの方がいいと思うんですが……?」
勇者候補生の一人が問いかけた。
「私が君たちを受け持つ理由は一つだ」
そう言うと、背中の大剣を引き抜いた。
「これは、『龍殺しの大剣<バルムンク>』
魔剣の一つだ」
人の背丈を優に超える刀身は、黒ずんだ鈍色をしている。
刃には消えない染みのように、濃い影がこびりついていた。
それが錆なのか血なのか、あるいはもっと古い何かなのか、判別できない。
だが、目を逸らせない。
ただそこにあるだけで、圧がある。
禍々しいオーラのようなものが、纏っている気がした。
「勇者候補生は、魔剣や聖剣の適性者になる可能性がある。ならば、私が教えるべきだと判断した」
真柄は魔剣を地面へと突き刺すと、どこからか日本刀を取り出す。
「安心しろ。私は魔力は使えないが、武器の扱いには長けている。
林崎に刀の扱いを教えたのも、私だからな」
真柄は日本刀を軽く振り、刃の重さを確かめるように手首を返した。
「まず一つ、覚えろ」
視線を全員に向ける。
「構えも流派も、そんなものどうでもいい。
人間相手なら、覚えたほうがいい。
だが、相手は魔物だ。当たらなければ意味がない」
一歩踏み出す。
「瑛慈。前に出ろ」
呼ばれた瞬間、背筋が伸びる。
ロングソードを持つ手に力が入った。
なんとなくで構える。
「打ち込んでこい」
その一言に逆らう余地はなかった。
踏み込む、思いっきり振る。
――が、刃が空を切るだけだった。
何度振っても、届かない――。
そして次の瞬間、視界がずれた。
気づいたときには、真柄が横にいた。
刀の峰が、瑛慈の脇腹に軽く当たっている。
「今ので、お前は死んでるな」
淡々とした声。
瑛慈は歯を食いしばる。
(見えなかった……一体何が?)
「お前はただ、剣を振っているだけだ。
殺す気で斬りに来い」
一歩、間合いを詰める。
そして、再び振る。
先ほどよりも速く、力強く。
「それじゃ当たらんぞ」
真柄が言葉と同時に、踏み込んできた。
刀が素早く振り抜かれる。
反応が遅れるが、咄嗟に剣を上げた。
しかし、弾かれる。
重い一撃に、腕が痺れる。
次が来る――
なんとか防ごうと構えた。
瞬きをした一瞬。
喉元、数センチ手前。ぴたりと、刀が止まっていた。
「素人にしては、良い動きだった」
真柄はゆっくりと刀を下ろす。
「訓練だろうが、本気で来い。
お前らに斬られることなんて、万に一つもないから安心しろ。」
瑛慈は息を吐いた。
「では、次」
真柄の視線が動いた。
「蘆屋」
短剣を持った蘆屋朔が前に出る。
構えが軽い。隙が少ない。
昨日も思ったが、普通の者の動きではなかった。
とにかく、速い。迷いがないのだ。
刃を振るスピードも、間合いを詰める速さも、常人ではない。
真柄は日本刀をしまい、短剣を抜く。
そして、一瞬だけ頷いた。
「悪くない」
次の瞬間、距離を詰められる。
蘆屋の刃が、わずかに遅れた。
その隙に、手首を抑えられ、短剣が落ちる。
そして、投げられた。
「速さは申し分ない。手数も多い。
だが、お前の攻撃は魔法と式神ありきだな」
そのまま、首筋に刀が添えられる。
「それは、逃げる前提の攻撃だ」
少しだけ力が入る。
「勇者を目指すなら、魔法と式神に頼らず、己の剣技だけで倒すだけの力をつけろ」
やっと解放された。
蘆屋は立ち上がると、無言で短剣を拾った。
その目は、さっきよりも鋭い。
その後も、真柄は武器を変えながら、代わる代わる勇者候補生たちを相手にしていった。
瑛慈たちは息も切れ切れになっているのに対し、真柄は呼吸一つ乱れていない。
そして一度、全員を見渡した。
「今のを見て分かることがあるはずだ。
全員、武器は違う」
日本刀を軽く振る。
「だが、やることは同じだ」
それだけで、空気が張り詰める。
「殺す気で振れ。相手にするのは魔物だ。人間のように優しくはない。
慈悲などかけてくれないし、容赦なく殺しに来る」
静かに言う。
「優しさなどいらない」
バルムンクに一瞬視線をやると、すぐに戻す。
「魔剣も、聖剣も同じだ」
全員の目を見た。
「扱う前に、これができていないと――」
わずかに間を置く。
「死ぬぞ」
沈黙が流れた。
「……何故ですか?」
その問いに、真柄は淡々と答えた。
「魔剣は強力な武器だ。たった一振りで致命傷を与えられる。死をもたらす」
バルムンクを引き抜き、眺めながら続ける。
「この魔剣は、多くのドラゴンを葬ってきた。その怨念が宿ってる。
ひとたび気を抜けば、精神を蝕まれる……」
その手に力が込められているのがわかる。
「魔剣や聖剣を扱うには、強い心と身体が必要なんだ」
言い終わると、再び構える。
「……では、もう一度打ち込んで来い」
その後は遠慮なく、何度も、何度も打ち込んだ。
初めは恐怖があった。
殺す気で振れと言われても、もし当たれば本当に殺してしまうかもしれないのだ……。
だが、その思いは杞憂に終わる。
どんなに振っても、真柄に剣が届くことはなかった。
万に一つもなかったのだ。
気づけば全員、息を切らし横たわっていた。
「さぁ、立て」
真柄の声が聞こえる。
瑛慈はなんとか立ち上がった。
そこでやっと、終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「この時間の授業は終わりだな。
君ら勇者候補生は、次は魔法の授業に移れ。
久遠は、引き続きここで戦闘訓練だ」
瑛慈たちは立ち上がると、魔法の授業を受けるため、氷室の待つ方へと向かう。
まだ一時限目が終わっただけ……。
瑛慈は、勇者への道が遠いことを思い知らされた。
――それでも、立ち止まるわけにはいかない。
もう逃げないと決めたから。




