マーリンの事情
浴室で体を洗い久しぶりにドレスを着ると、人間に戻ったなという感覚になる。
ようやく人心地ついたので階下に降りていくと、お祖母さまとセルジュ改めマーリンが待っていた。
マーリンはお祖父さまの古い服を着ているが、カジュアルな白いシャツがとても良く似合っている。
誰かに長すぎる前髪を切ってもらったようで、ようやく端整な容貌が見えるようになった。
肩まである艶々した黒髪を後ろで束ねた姿はとても魅力的だ。
こんなカッコいい人が私を愛してると言ってくれたなんて・・・胸がドキドキする。
三人でお茶を飲みながら、私とお祖母さまはマーリンの話を聞くことにした。
もう百年以上昔の話だ。マーリンは半分精霊半分人間の捨て子だった。赤ん坊の時に捨てられて死にそうだったところを神龍の神子と聖女に助けられ、神龍の甘露を与えられて生き残ることが出来た。
長じるにつれ、マーリンは類まれなる魔法の才能を開花させ、更に動物の言葉が分かるという特殊能力を備えていた。また、ポーションも得意でポーションマスターとしても知られていた。そんなマーリンの能力を利用しようとする人間が多く、彼は人間不信を拗らせることになる。
当時の国王がマーリンの才能を高く評価し、宮廷の筆頭魔術師として雇用することを決めたが、マーリンは『顔を隠してもいいのなら』という条件をつけた。才能だけでなく彼の美貌に引き寄せられ、利用しようとする人間も多かったからだ。また、精霊の血を引くため人間のように年を取らないことを隠すという理由もあった。
そうして、マーリンは常に黒マスクを装着し王宮で働き始めたが、必要以上に人間と関わらず、誰も顔を知らない変わり者の筆頭魔術師として知られるようになった。
そんなマーリンが七年前に誘拐された。マーリンが唯一心を許していた動物への愛情を利用された。酷い怪我を負った動物を見つけ、手当てをしている隙に神経毒を吸わされ、拉致されたのだ。
犯人はフィリップとミシェルという二人組だった。奴らは神龍の鱗で呪いのポーションを作り、体を動かすことの出来ないマーリンに飲ませた。彼は10歳の子供の体に退行し、記憶も奪われていた。
二人組の狙いは、フィリップがマーリンに成り代わって王宮に筆頭魔術師として入りこむことだった。マーリンは常に黒マスクを被っており、顔を知る者はいない。人嫌いの変人として有名なので黒マスクをつけていれば、入れ替わりは問題ないだろうと考えていた。王宮に筆頭魔術師として入りこみ、リシャール王国や大陸の結界を破壊することを目論んでいたのだ。
それから、子供の体になった本物のマーリンをモロー公爵家に送り込むことも計画した。オデットが結界防護の鍵になる。オデットを動揺させるにはスズが一番の弱点になるだろうと考えていたので、フィリップ達がコントロールできる存在が内部にいることがいずれ有利になるだろうと考えてのことだ。
マーケットに定期的にフランソワが薬草などを買いに訪れることは調査済みだったので、フランソワが来そうな日に合わせて、マーリンとしての記憶を失ったセルジュを小さな露店に立たせてミシェルが作った違法薬物入りの菓子を売らせていた。フランソワならきっとミシェルの菓子に気がつくだろうと考えてのことだ。
首尾良くセルジュは公爵邸で受け入れられ、フランソワの養子になった。フィリップはスズに注意を払うものがいなくなったら隙をついてスズを誘き出せという暗示の魔法を掛けていたが、そんな隙は見つからなかったので、思いがけなく長い間セルジュは公爵邸で幸せな時間を過ごすことが出来た。
ジルベールがついていた時は当然だが、学院に居る間も常に厳しい警護がされていたので、スズもセルジュも安全だった。しかし、ヤンが亡くなり、リュカやオデットの注意が散漫な状態の上、葬儀が行われた教会はお世辞にも警備が行き届いているとは言えない状況だった。そして、フランソワ達の意識を逸らすためにわざとミシェルがその髪の色で彼らの注意を引きつけ、騒動を宥めるためにモロー公爵夫妻も一瞬スズへの注意を忘れてしまった。
そのような状況で初めて、スズに注意を払う者がいなくなり、セルジュの暗示の魔法が発動した。スズは誘き出された結果、呪いをかけられてしまったのだ。そして、結界も破られてしまった。マーリンと入れ替わったフィリップが、オデットの魔力供給が僅かでも途絶えたら結界を破壊するという魔法を王宮で仕掛けておいたのだ。
だから、スズが呪われただけでなく、結界が破壊されたのも自分の責任だとマーリンは自分を責めているようだった。
そういった話を聞いても、私のマーリンに対する想いは変わらなかった。
「そんなのマーリンのせいじゃない!全部悪いのはフィリップとミシェルよ!」
と私は言い募った。
お祖母さまも
「決してあなたの責任ではないから、気にしないで。誰もあなたを責めないわ」
と言ってくれた。
マーリンは目を赤くして
「俺がこうしていられるのはスズや公爵家の方々のおかげです。何と感謝して良いか分かりません」
と頭を下げる。
『大丈夫!』という気持ちを込めてマーリンの手を握ると、彼はその手を両手で優しく包み込み、愛おしくて堪らないという眼差しで私を見つめた。
マーリンは言葉でも瞳でも常に愛情を伝えてくれる。
私は愛されている安心感に浸って、幸せだな、と感じていた。
好きな人に愛されるってこんなに幸福なんだな、と思う。
生まれて初めて感じる幸福感に私の胸は一杯になった。




