フランソワの帰国
*フランソワ視点です。
俺は何故かナターリヤ姫と二人っきりで彼女と向かい合っていた。
なんでこんな羽目に陥っているのか?
ジャックがウィンクしながら、セルジュとスズを連れて出て行ったせいだ。
俺は極力女性と密室で二人っきりにならないよう気をつけて生きてきた。
これまで女性と二人っきりになって良かったことなど一度もない。
今回も密室にならないようさりげなくドアに近づいて、隙間が出来るくらいドアを開けておく。
姫にはそんな懸念はないだろうが、密室にならない工夫は長年の経験に基づいて身についた癖になっていた。
姫はそんな俺の動きに気に留めず、俯いて何かブツブツと呟いている。
「・・・ちゃんと・・・ちゃんと伝えるのよ・・・大丈夫」
と自分に何かを言い聞かせているようだ。
ナターリヤ姫はいい人だ。動物好きだし、他の女性のように人と比べたり、人を蹴落としたりするような人ではない。人の悪口も決して言わない姫はこの国の素晴らしい宝だろう。
彼女の瞳に、俺に対する好意が溢れているのに気がつかない訳ではなかった。
しかし、俺は全く彼女に興味がない。それは俺の態度からも明らかだろうし、いずれ俺が帰国すれば、彼女の方も忘れてしまう程度の気持ちだろうと考えていた。
それが甘かったことが分かったのは、彼女が話しだしてしばらくしてからだった。
彼女はタム皇国のために身を捧げると決めているので、国を出ることは出来ないが、俺がタム皇国に来れば、出来る限り最高の待遇と地位を提供したいという。
いずれ皇帝になるユーリ皇太子の片腕として宰相の地位も相応しいのではないかとか、話が壮大になりすぎて言葉が出て来なかった。
「・・・え、いや、俺も自分の国に帰りたいんで・・・」
という言葉は完全に無視されてしまった。
最後に
「・・・私は貴方をお慕い申し上げています。どうか、どうか、私と一緒になって、この国に残って頂けませんか?私は一生貴方だけを愛し、貴方に全てを捧げると誓います!」
と言って、ナターリヤ姫は俺に抱きついて口付けしてきた。
・・・またか、と思った。
俺が知る限り、女性は二人きりになると必ず抱きついたり、口付けてきたりする。
そして、それを拒んだり避けたりすると、今度は俺を重罪人のように非難するんだ。
酷い場合は、突然被害者面して俺に襲われたと嘘をつくような女性もいた。
俺が学んだのは、とにかく抵抗せず取りあえずその場を凌いで逃げ出すという手法だ。
一番いいのは二人きりにならないことだ。だが、今回は不可抗力で如何ともしがたい。
ナターリヤ姫は初めての口付けなのかもしれない。体がぶるぶる震えている。
俺なんかが初めてで気の毒に・・・と思ってしまう。
ナターリヤ姫が体を離すと、彼女の顔は紅潮して目には涙が滲んでいた。
その必死な姿にさすがに俺も胸を打たれた。
だが、俺はスズにしか興味がない。どんなに魅力的な条件を提示されても、スズがいない場所に来るつもりはないし、スズ以外の女性に惹かれることはない。
「・・・姫、大変申し訳ありません。私には心に決めた女性がおります」
と丁寧にお辞儀をして謝罪した。
「・・・そ、そうだったのですね。も、申し訳ありません。私が勝手に思い込んでしまって」
と彼女は溢れる涙を拭おうともせず気丈に笑顔で会釈すると、そのまま部屋を飛び出してしまった。
「はぁ、なんでこんなことに・・・」
と溜息をつくと、ジャックが部屋に入って来て俺を殴り飛ばした。
・・・なんで俺が殴られるんだ?
ジャックは肩で息をしながら俺を睨みつける。
「姫の心を弄びやがって!」
「おい!弄んでなんかいない。俺には惚れた女がいる!」
「・・・それはスズか?」
と静かに訊ねられて、俺は咄嗟に嘘がつけなかった。
赤面した俺を見てジャックは察したのだろう。
はぁっと溜息をついて
「それをもっと早くに言ってやれば良かったのに。悪いニュースがある。スズはお前と姫のキスシーンを見て、お前は姫のためにこの国に残ると誤解して、セルジュと二人でリシャール王国に帰ったぞ」
と告げた。
俺はジャックの胸倉を掴んで「何だと!」と迫る。
スズが、俺と姫が口付けるところを見て・・・誤解したって・・・。
マジで泣きそうだ。
「俺もお前達を二人きりにしたのは悪かった。ナターリヤがあそこまで本気だとは気づかなかったんだ。ユーリがナターリヤにも人並みの初恋を経験させてやりたいと言い張ってな。彼女は普通の生活をしたことがない。勿論、恋愛も未経験だ。いずれ去る男なら、淡い初恋の良い思い出になるだろうなんて・・・無責任に言いやがって!」
ジャックが珍しく感情的になっているのを見てふと思いついた。
「お前こそナターリヤ姫に惚れてるんじゃないか?」
と聞いた瞬間に、ジャックの顔がトマトのように赤くなる。
「なんだ。お前は姫に想いを寄せてるんだな」
と言うと
「寄せたところでどうなる?この身分が絶対の世界で!」
ジャックが吐き捨てた言葉には悲痛な思いが宿っているようだった。
俺はちょっと考えた。
「・・・あのさ、養子って便利な制度でさ。俺も元々平民だったんだ。公爵に拾ってもらったおかげで公爵の後継ぎなんて言われてるけど」
ジャックが何を言いたいんだ?こいつ?という表情で俺を見るが、俺は無視して話を続けた。
「うちの公爵は・・・剛毅というか、何と言うか太っ腹な人でさ。頼んだらジャックも養子にして貰える・・・かもしれない。お前が欲しいのが身分っていう肩書だけだったら、リシャールに来いよ。公爵の養子になれるように俺も頼んでみるから。まあ事務手続きは煩雑そうだが、お前は得意だろう。姫を口説くのだけ自分でやって貰えたら、他の部分は手伝うよ。」
「その姫を口説くっつーのが一番大変なんだよ!誰かさんのせいでな!」
「俺は関係ないよ」
「ある!・・・何だかよく分からないけど、お前は姫の脳内では完璧な白馬に乗った王子様なんだよ!どうしてくれる?!」
俺は爆笑してしまった。白馬の王子様か。俺の柄じゃねぇなぁ。やっぱり彼女は俺の幻影に恋してただけなんだ。
俺はそのまま皇宮に別れを告げ港に向かったが、その日はモレル大公国行きの船はもうないとのことで、俺は仕方なく港の宿屋に宿泊し、焦れた想いで翌日の船を待つしかなかった。
あいにくモレル大公国行きの船は翌日もなかった。くそぅ・・・。
セドリックの船はもう無かったから、スズたちが帰国したのは間違いない。
俺に愛想を尽かして帰ってしまったんだろうか・・・。不安で心臓が締め付けられる。
早く誤解を解きたい、と焦りで胸がジリジリした。
その翌日、とうとうモレル大公国行きの船が出ると言われて、慌ててその船に乗り込むが、到着までに四日間かかるという。
しかし、俺にはどうすることも出来ない。四日間船に揺られている間、ただスズへの想いだけが胸に去来した。
俺は卒業まで待たずに今すぐスズに告白しようと決めた。
卒業までこの想いは秘めておくつもりだった。俺は学院の教師だし、大人の男として余裕がある風を装いたかったんだ。
でも、猫のスズを溺愛しながら、もうこれは抑えることが出来ない想いだと自覚した。
教師は辞めたっていい。ただただ、スズが欲しかった。
待っている間にスズが他の男に取られてしまう可能性がある。
その可能性を考えるだけで胸が苦しくなって、もう耐えられない。
すぐに告白して、プロポーズする!そして、卒業と同時に結婚する約束を取り付けたい。
スズ。早く会いたい。恋しい。スズがいない世界はモノクロで寂しいんだ。




