12.まざまざと目の前に現れる
そこからの合流は早かった。それは青の国の主力側との合流だ。
どうやらそこの、もっと偉い人にレパードを引き合わせるつもりらしい。
それは仕方のない事だろう。
それはジェムでもわかった。
レパードの立ち位置は、保護されたというものである。
それゆえに、どうしたってもっと偉い人間に引き合わせられるのだ。
その時彼がどういう事を、選ぶのかはわからない。
しかし。
「たぶんいつも通りなんでしょうね」
ジェムは馬上で呟く。本隊との合流の時点で、騎乗する彼女への不遜だという視線は突き刺さるばかり、そしてその視線のぶしつけさに、レパードの機嫌が下降しているのが現状だ。
「ジェーム、おれのジェム、さっきからなんか、心配事みたいなつらしてるぜ、なんかあるのか、おれの見てない所で、嫌がらせとかされてんのか」
ひらりとその言葉の近くで、閃く陽炎の様な、蝶々が飛ぶ。
「なにもされていませんよ、あなたがとんでもない事をするんじゃないかと、そればっかりが心配なんですよ、あなたときたら本当に、その歳で子供みたいなんですから」
「おれが子供みたいかどうかなんて、これに関係あるのかよ」
「ありますよ、年相応っていう言葉があるんですからね」
「年相応が、ジェムから離れる理由になるんだったら」
レパードはジェムの背中に寄りかかり、のんびり音を紡ぐ。
「おれ、年相応にならなくったっていいぜ」
「あのねえ」
ジェムは一つ溜息をこぼした。そんな中、マルコが声をかけてきた。
「二人とも、そろそろ公爵様に対面してもらうぞ」
「顔合わせてどうすんだ」
「保護されたという立ち位置になってますからね、こう言う素性の人間を保護しました、という確認でしょう」
「そんな事してどうするんだ」
レパードの疑問は、庶民なら普通に考える事である。
「さすがに、火の門を開く門士の事を何も知らない、という事は出来ないのでしょう」
「おれ、別に門士じゃねえけどな」
「……火の門を開くというくせに、門士ではないと?」
マルコの疑問に、これまたレパードは欠伸を交えて言い出す。
「門士は、首に入れ墨刻むんだろ、登録印ってやつ。おれ、あれ刻まれる前に、大人しくなるようにって氷の中にぶちこまれたから」
つまるところレパードは、火の門を開けても、それと門士である事は一致せず、自分はその肩書の人間ではないと言いたいのだろう。
素直な事だ。レパードは時折、こういう妙な素直さも発揮する。
「確かに、一般的な門士は、うなじに所属する国や団体の印を刻むが……そう言えばどこにも、印はなかったな」
「そ、おれは野良なんだ」
野良とは口が悪い、とジェムが溜息をついて馬を下りれば、それに続いてレパードも降りる。
そして当然の顔で言った。
「面倒くさい事は先にするのが一番、なあなあ、そのコーシャクってのどこにいるんだよ、さっさと顔合わせようぜ」
「あなたの言葉でマルコさんが、混乱して動けなかったんでしょう」
「そーか」
「……二人は実に、見事な息の合い方を見せるんだな」
マルコが苦笑した後に、自分に続くようにと示す。
その後に、二人の背後に兵士が立ったため、これは続かなかったら後ろからせっつかれるな、とジェムは予測した。そして先に歩き出す。
その後をレパードは、実にゆったりとした歩調で追いかけた。
「早くしろ」
兵士が背後から咎めているが、レパードはどこ吹く風だ。
いう事を聞く理由がないのだろう。しかし。
「レパードさん、あまり人を待たせたらいけませんよ」
ジェムが背後を振り返り、一度だけそう言えば歩幅が大きくなる。
分かりやすさは間違いない。
「そういうもんなのか」
「尼僧様たちを待たせてはいけなかったでしょう」
「おう」
「それと同じですよ」
「ああ、そっか?」
こてんと首を傾けた色男に、ジェムは溜息を吐いた。
「あなたの自由人過ぎる当たりで、あなたが背後から刺されないか不安ですよ」
「大丈夫だろ、背後とられるような、女の恨みは買ってねえもの」
そんな会話をしつつ、マルコに先導されて到着したのは、おそらく本隊の中でも間違いなく、格の高い場所だ。
ごくりと唾をのんだ彼女とは反対に、レパードが一歩彼女の前に出る。
「行こうぜ、ジェーム」
いつもと同じ間延びした言葉。彼女を呼ぶ特別な呼び方。
それを見ると、何処か肩の力が抜けるので、ジェムは息を吐きだしてその、一歩後に続いた。
天幕の入り口が開かれ、見えてくるのは寝台がある場所が、衝立で隠された豪華な中だ。
そこで折り畳み式の、しかししかるべき身分の男が座る椅子に男が座っている。
その男はどうやら、彼等の到着を待っていたらしい。
「これ以上遅れたら、こちらから催促をしようと思っていたところだ、フィンチ」
「遅れて申し訳ありません、氷の国で閉じ込められていた、火の門を開く門士を連れてきました」
優雅な仕草で頭を下げたマルコを見た後、男がちらりと二人を見る。
「門士は二人なのか?」
「いえ、そちらの……」
「どっちも門士じゃねえよ、おっさん」
室礼を見た後、もう興味を失ったレパードがじいと男を見て言う。
相手の何かを確認するような視線だ。
「門士だろう」
「そっちのマルコ、あんたちゃんと言えよ。面倒くさがるんじゃねえ」
「はは、言われてしまった。……閣下、彼は無印です」
「無印? 貴重といわれる炎使いが、無印でいられるわけがないだろう」
その言葉を聞いて、ジェムもレパードがかなりの例外なのだと察した。
おそらく、門を開ければ誰でも、どんなささやかな力でも、印を刻まれる物なのだ。
それに抗ったレパードは、かなり強情か。
しかし、嫌な物は嫌、と簡単に言い出す人なので、刻みたくなければ嫌がって嫌がって、暴れまわるだろう。
もしかして。
「レパードさん、もしかして印刻まれそうになって、暴れまわって色々壊しませんでした?」
「ん、人間の体をすこーし。大丈夫だろ、別に女がおでこに印付いたって、男が股間に焼き鏝当てられたって。おれが嫌だって言ってんのに五人がかりで押さえ込んで焼き鏝当てるようなやつらだったんだから」
一番危ない方向に暴れていたらしい。
これで死人が出ていたら、レパードは首を落されていたかもしれない……
そうならなかった事を幸運だと思いながら、ジェムはレパードの後ろから顔を出した。
そうなったのは、彼が背後に庇うように、ジェムの前に出ていたからである。
しかし。
顔を出したジェムを見て、公爵の表情がはっきりと変わったのだ。
「……ルリアナ?」
それは信じられない、という顔だ。
公爵はそのまま、レパードに対して向けていた視線をジェムに向ける。
まじまじと見つめられて、居心地が悪い。
自分の顔に何が付いているのだろう。汚れか、食べかすだろうか。
レパードさんみたいに、顔中に食べかすをつけて食事はしないのだが。
「すまない、そちらの彼女は、どこの出身だろうか」
「孤児院で暮らしていました、ジェムと言います」
「孤児院……ご両親の事は聞かされていないだろうか?」
公爵があえぐように問いかけてきた。
その動揺の理由が分からないながら、ジェムもしっかりと答えた。
「こちらの、レパードさんがわたしが三つくらいの時に、抱えて連れてきたそうです、ですよね、レパードさん」
「おー。おれが大事に大事に、抱えて歩いたんだぜ」
「……なんと……! もしや、貴女は右の背中にななつぼしの様なほくろがないだろうか?」
「ありましたっけ、レパードさん」
自分の背中の事などわからない。そのため、子供の頃から背中位は見ている相手に問いかける。
レパードも視線を一度上に向け、思い出すように答えた。
「あるだろ? ななつ。その形を尼僧様たちが、ななつぼしって言ったぜ」
「というわけですが……」
「なんと、なんと!」
何故レパードが彼女の背中を知っているのか、という疑問も出てこないほど、公爵は驚いているらしい。
立ち上がり、近付き、感極まったようにジェムを抱きしめようとする。
だがその腕を叩き落したのは、前に立っていたレパードだ。
その、無礼にどよめく周囲だが、公爵は我を忘れていたらしい。
ジェムを見つめ、こう言ったのだ。
「間違いない! その、青の国の貴族の中でも、王侯貴族にしか現れない蒼穹の碧瞳、そして背中のななつぼし、貴女は私が十数年探し続けた、わが娘に他ならない!」




