13.道を違えはしないのだ
ぽかん、と。
間違いなくぽかんとしてしまったのは、ジェムにほかならない。
公爵は興奮気味だ。間違いない位に興奮し、運命だと言っている。
「氷の国に攻められ、反撃をするとおっしゃった陛下に、この時ばかりは感謝を! ああ、とうとうわが娘が見つかった!」
「なんかこのおっさん、だいぶ変だな」
容赦のない事をぼろぼろという、そんな悪い癖のあるレパードの口を心配しながら、ジェムもはっと我に返った。
だが。
「到底信じられませんね」
彼女の口から出た言葉も、かなりひどい物である。それはそうだ、ようやく出会えた喜びを示す父親に対しての、言葉ではない。
しかしジェムからすれば、そう言いたくなる案件だ。
「どう考えても、子供が子供を一人抱えて、青の国から氷の国まで歩いて渡れるわけがないですよ」
大体それなら、どうして青の国から出る前に、自分を保護できなかったのか。
そんな事も思えば。
レパードがそんな彼女の、ありえないという常識をぶち壊す。
「餓鬼だって、一本道通れば渡れるだろ? 白い石畳ずーっと歩きゃ」
「渡ったんですか……?」
「しつこくしつこく追い掛け回されりゃ、先に先に逃げるだろ普通」
もしかして。
「レパードさんが追いかけられていたのって、もしかしてわたしを抱えていたからじゃ……」
「そんなの知らねえよ。なんかいきなり囲まれて、何人ものでかいのに腕伸ばされて、怖くねえ餓鬼がいたら見てみたいっての」
つまり。
「レパードさんが何の説明もされないで、ただわたしを取り上げられそうになった、というのだけはわかりましたね、その言葉で」
それは間違いなく、レパードにとって反撃の理由だ。
きっと子供特有の遠慮のなさで、反撃したに違いない。
頭を抱えて呻きたい。
そんな思いすらよぎったジェムは、レパードを見やる。
「よくまあそれで、わたしを手放しませんでしたね」
「だっておれのだぜ、ごろつきが、もってた。飯が欲しくてそいつら襲って、でもそいつらも飯なんて持ってなくて、でもジェムは持ってた。その時からこれはおれんだ、っておれが決めたんだ」
あっけらかん、とした言い方で語られるのは、なかなか壮絶な物だった。
彼の過去は凄惨だ。
それは彼の背中や肩やその他数多の所にある傷痕から察することができる。
幼い頃につけられたとは思えない、間違いなく殺意のこもっているだろう物も多い。
それでもレパードは今日も笑ってるのだ。
生き延びたから。
「……お前がわたしの捜索隊を退けたのか?」
公爵が低い声で言った。色々と記憶を掘り起こし、ツッコミどころ満載なそれらに頭を抱えていたのだが、そこではっと公爵の存在を思い出したのだ。
「退けたって知らねえよ、色々変な奴らが追い回してたわけだし」
レパードに躊躇はない。
そしてそれは、相手が公爵だからどうこうなる物ではないのだ。
彼は首を傾けた。子供のような無邪気さが強く残る仕草。
「あんたが何を思って追いかけたのかも知らねえしな」
「……私の娘は、王子との婚約を認めない勢力にさらわれた。乳母を殺され奪われた」
「はあ」
ぎりぎりと歯ぎしりするばかりの顔でいう公爵、そしてそれらは有名な話なのだろう。
誰もどよめいたりしなかった。
「娘が連れさらわれたとわかった場所に追手をやれば、そこは凄惨な現場で、娘を包んでいた産着だけが残されていた」
「あれ邪魔だったもんなあ、ひらひらしてて抱えるのには。おまけに白くて隠れらんねえし」
「そこから必死に探し求めて求めて、ようやく見つけたと思えば子供が抱えていた時かされた。その背後に、おそらく相手勢力のつわものがいるのだろうと判断していたが」
公爵の眼が、憎悪に膨れ上がったのは、娘を長年連れ去ったままの相手に対する感情がそう服した結果だったのだろう。
ジェムが気おされ、一歩後ろに下がりそうになる。
レパードがその彼女を、確実に背後にやる。
「貴様一人で、隠し続けていたのか、きさまがわたしから娘を、王子との婚約していた娘を!」
公爵がそこで激情の限界に達したのだろう。怒鳴り、佩刀していた剣を引き抜く。
だが。
「やめな、あんたじゃおれを切れない」
たった一つの事実を言う調子で、レパードが言い切った。
その目の中に、なにかが動く。
それは背後にいたジェムでも感じたもので、正面にいた公爵はよく見えただろう。
動きが固まる。
ひらりと、何かが彼の近くで翻るのが分かった気がした。
それと同時に感じたのは、燃えていないのに香る煙だ。
「あんたはおれを切れない。これは事実でしかねえよ、無駄だし返り討ちだからやめな」
あどけない顔をして笑うレパードに、公爵は毒気を抜かれたらしい。
「たとえジェムが、あんたの娘だったとしたって、おれのジェムなんだ。何にも変わらねえよ」
たった一つそれだけが事実、というかのようだ。
そして彼は、ジェムを見やった。
「なあ、ジェーム? お前どうしたい?」
「え?」
「ここに連れてこられた以上、この父ちゃんだっていう奴の所に、連れていかれるぜ、どうするよ、にげっか?」
逃げるのも簡単、でもそれをする前に彼女の意思を問う、そんな当たり前の調子にジェムは思案した。
確かに、父親と名乗る公爵の所に連れていかれるのは間違いないだろう、こんなに喜んでいたのだから。
しかしそれと一緒に感じる面倒事の気配も濃厚だ。
面倒事を避けてしまうか、逃げるか、立ち向かうか。
彼女はちらりと男を見る。
彼女の色々な理由が、少し笑いながら彼女を見下ろしていた。
一瞬当たり前のように手が触れ合い、レパードは彼女の手を握る。
柔らかく指を絡めて、悪戯小僧の瞳で問いかけてくるのだ。
彼女はそれに、勇気をもらう、立ち向かう勇気だ、そして、もう一つ。
レパードだけに、迷惑を背負わせないという気持ちをもらった。
きっとそれは彼にとって、予想外の気持ちかもしれなかったが。
逃げ出して追手をかけられたら、間違いなくレパードだけが戦う事になるのだ。
彼女は自分の普通さ、そして平凡さ、そしてただの娘でしかない無力さを知っていた。
この父という男の所に行ったら、追手だけはかからない。
彼が血にまみれる事も、きっと、ない。
彼女は微笑んだ。しかたないな、と言う顔に見えたかもしれない。
その笑顔の本当の意味は、レパードだけが知っていればいい。
笑顔の理由を分かってしまう男が、唇を不的に吊り上げた。
軽薄な表情、と尼僧様が苦笑いする顔だ。
「逃げませんよ、あなたが燃やし尽くすような、趣味の悪い選択」
「そうかいそうかい」
彼がそう言った後に、かたずをのんで見守っていた公爵に、ジェムは告げた。
「わたしたちは、あなたと一緒に行きます」
「本当か! 娘よ、ああ、神々よ感謝します! これからは父も母も、貴女を幸せにしよう! 何不自由なく! ああ、むすめよ!」
この時の公爵の、踊りだしかねない喜び方は、のちに兵士たちの間でこう言われるゆえんになった。
『公爵様の娘様に、うかつに手を出したら一族抹殺位される』




