11.ただよう過去は近くなり
「信じられない、と言った方がいいのだろうか」
マルコは丁寧な男だった。もともと人間にたいして丁寧な調子なのだろう。
上掛けをかけられ、丸まり、しかしジェムの腰を掴むレパードを見ながらの言葉だ。
「自分の眼で見なければ、彼があれだけの素質を持つ、なんて到底思えない」
確かに。ジェムもそれは思う部分がある。
だって彼はあまりにも子供っぽすぎるのだ。
強いひとって、こんな子供っぽいままではいられないものではないのだろうか。
しがらみなどに左右されて、大人びていくものでは。
そこまで考えて、レパードのこれまでの生活を思い出す。
そうだ、この人は子供っぽいままでも何ら支障の出ない生活をしていた。
しかし。
ジェムはマルコの言った言葉の一部が、妙に気になった。
「素質、ですか」
素質という事は、原石、という事だ。
まるで、レパードが未熟であるかのような、言い方。
でも自分は彼が城だけを燃やし、生き物を全く殺さないように炎を操っているのを見た事がある。
それでも、未熟と言われてしまうのだろうか。
あれだけ制御できても?
それなら、熟練の門士はどれくらいの精度でそれらを使いこなすのだろうか。
怖くてとても、想像したくない。
しかしそんな内心に気付かないまま、マルコが続けた。
「ああ、学べば一体どれだけ名をのこす人物になるか……」
「レパードさんはそんな事、これっぽっちも思いませんよ」
思わず口に出せば、マルコもそうだな、と肯定する。
やはり、他人から見ても、彼は名声を選ぶようには見えないのだろう。
「だろうな、どこまで行っても君の事ばかり考えていそうだ」
まるで、最愛の恋人に対する態度じゃないか。
そんな事を言ったマルコに反論ができず、ジェムは薬湯を口に含んだ。
じわりと体が温まる。もともと温かい飲み物だったために、それは余計に強く感じた。
何度も口に入れていく事で、芯まで凍っていたような気持が薄れる。
ジェムは天幕の中、温かい事にほっとしつつ、さらに体を温める薬湯をもらった事をありがたく思っていた。
「こんなにいい待遇でありがとうございます……」
「いやいや、君に親切にしておけば、その分そこの火の門士がいろいろ譲歩してくれそうだからね」
「昔からこんな人でして……」
ジェムは、眠ったままのレパードを見て、答える。
「昔から? 彼はよほど、君が大切なのだろうな」
「あはははは」
なんとも言えない気分で、笑ったジェム。
その彼女を見て、マルコがいきなり、眼を見開いた。
「君……まさか? 歳は幾つくらいだ?」
「孤児なので正確な事はわかりませんが、だいたい十五くらいかと」
「歳もあう……まさか、まさか?」
ぶつぶつと言い始めたマルコが、真顔に変わる。
「君と彼が初めて出会った経緯を、君は知っているかい」
「あまり詳しくは教えられていませんが……捨てられていたわたしを、レパードさんが見つけて気に入って、そのまま抱きかかえて一緒に生きてきたそうです」
「……たしかに、詳しいことではないな……」
「あの? いったい?」
「いや、君の笑顔が、私のお仕えしている方の奥方に、とてもよく似ているから、もしかしたら何か縁者かもしれないと思ったんだ」
「ありえませんよ、きっと」
「しかし、その詳しい事が聞かされていない分、ありえる話かもしれない。……レパードといったか、彼は。彼が起きたら、詳しい話を聞いてもいいだろうか」
「それはレパードさんが決める事ですから、わたしは答えられません」
その時、ちょうどというべきか。
兵士たちが、ここから離れる準備ができた事を、マルコに知らせに来た。
「さて、彼を起こしても問題ないだろうか?」
「大丈夫だと思いますよ、寝起きだけはいい人なので」
ちらりと、白銀の男を確認したマルコ。
おそらくいきなり燃やされる事を考えたのだろう。
だがジェムは、レパードが孤児院で一回も、何も燃やさなかった事を知っている。
子供たちがどんなに乱暴な起こし方をしても、レパードはむくりと起きて、欠伸をするのだ。
マルコが起こしても問題ないだろう。
「……君が起こしてくれないだろうか」
「ええ、分かりました。レパードさーん、起きてくださいよー」
ジェムは自分を抱え込む腕をゆすりつつ、声をかけた。
二度揺さぶっただけだが、レパードは一気に目を開く。
覚醒が早すぎるような気もするが、レパードの通常なので可笑しくもない。
「んだよ、ジェーム? 朝じゃねえだろ?」
「ここを立つそうですから、わたしたちも動かないと」
「おー」
レパードがそれにうなずいた後に、くしゃみを一つした。
「なんか、上に羽織るもの貸してくんねえ?」
「これは、気付かなくて申し訳なかった、これでいいだろうか」
彼の言葉を聞いた、マルコの側仕えが服を差し出してくる。
レパードは簡素なそれらを着て、感心したように言った。
「おれの一張羅よりも上等じゃねえの、これ」
「あんたら、どっち側の人間なんだよ」
馬に横に座っていいだしたレパードに、マルコがさらに微妙な顔になった。
レパードが当たり前の顔で、横に座った事に対して思う事があったのに、さらにその前にジェムがまたがり、手綱をとったのでその顔の微妙さは加速していたのだ。
そしてさらに続いた言葉が、彼にとっておかしすぎる物だったのだろう。
「どちら側とは?」
「あんたは氷の国と青の国と、どっちに頭下げてんだ?」
「……それ位わからないだろうか?」
「いや、ここ氷の国の、おうぞくとか言うのしか通れない場所に網を張って待ち構えてたあたりで、戦争してた青の国の側だろうな、とは思ってるぜ」
「分かっているならどうして、問いかけるんだ?」
「おれ餓鬼の頃に、青の国で嫌な思いした事があったから」
いちおう、心構えってやつか?
首を傾げつつ言い出すレパードにジェムは振り返った。
「レパードさん、それってどれだけ子供の頃の事ひきずってるんですか」
「しょうがないだろ、嫌がらせみたいに追いかけまわされたんだぜ、なんか意味分かんねー事言って」
足をゆらし、馬の上で器用に体を調整しながら言い出す。
「意味の分からない事?」
「なんか、やっと見つけたとか、そういうの? あれ何だったんだろうな、でも十年以上前だからもう、青の国でも忘れられてそうだよな、うん」
レパードはそこで、マルコに対する説明を止めたらしい。
首を横に動かし、また正面を向いたジェムの肩に顎を乗せ、のんびりとし始める。
「ジェーム、この馬、ちょっと右による癖があるから、手綱とる時気を付ける方がいいぜ」
「はい、ありがとうございます」
そんなやり取りを聞いていたマルコが、視線を傾けて記憶を脇で、探っていた。
何か思い当たる事が、あったのだろうか。
面倒な事にならなければいい、とジェムは前を向いた。
そんな会話をする彼等は、幾重にも兵士に囲まれている。
マルコがこの場所で一番の重要人物であり、そして未知数の力を持った門士レパードは彼の目の届くところにいた方がよく、ジェムもその手綱をとるという事で同じ状態だったからだ。
もっとも、兵士たちも皆、女が馬にまたがり手綱をとって、男が横乗りで後ろに座る時点で、二人に対する視線は集まっていたのだが。




